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藍色のrequiem  作者: 水無月やぎ
8. 藤鼠色のloneliness
22/34

8-2

「私ね、病院に行ってたんだ、昨日」


「朝から?」


「そう」


「何で…?」


「体調が悪化した」


え、と言う僕に、蘭は続けた。


「朝、起き上がれなくて。何とか起き上がったんだけど、体が熱くて。体中の液体がぐるぐる、すごい勢いで回っている感じがした。それで学校休もうって思って連絡を入れて、でも施設長には悪いから黙っておくことにして。だから制服で病院に行ったの。着いて症状を説明したら、点滴刺された、夕方までずっと。でもそれで何となく落ち着いて帰宅して。今日は回復したんだけど、念のため休んだの」


「何でそんな大切なこと…」


「教室で倒れてから、ずっとどこか調子が良くないんだ。けれど採血は行われ続ける。私って何のためにいるんだろうって。記憶もないし、家族もいなくて孤独だし、採血の理由も分からないし、いる意味あるのかなって…」


僕は腕を伸ばして、蘭の顔をこちらに向けさせた。


「ひ、響也っ?」


「そんなこと言うな。いる意味は十分あるんだ。僕のためにいてほしい」


「………」


蘭が僕を見つめる目は、やっぱりどう考えても”研究材料”になんか見えなかった。誰よりも大切にしたいと心から思える、美しい彼女でしかなかった。

蘭は僕の隣にぴったりとくっついて、再び体育座りをした。


「でも私、一体何者なのか…」


「蘭。実はおととい、病院に行ってきた…そこで、全てを知った」


「全て…知ることが、できたの?」


「ついこの前判明したんだけど、実は母親が…このことに関連した研究者だったんだ」


蘭は驚いた顔で僕を見た。


「え、お母さん、研究者なの?」


「そう。今一緒に住んでるのは伯母さん夫婦。母親はこの前出張で日本に帰ってきて、家に泊まっていった。その出張先が、あの病院だったんだ」


「…響也も、同じなんだね」


「え?」


「肉親が近くにいないって所が」


「でも、僕には伯母さん夫婦がいるよ」


「私にも、施設の人達っていう温かい人々がいる。そこも同じ」


だから好きになったのかなぁ、と言った。僕はそれもあるかもしれない、と思った。

少し沈黙が生まれて、僕は立ち上がってドアの鍵を閉めた。

元の位置に戻り、僕は全てを話した。



…蘭の血液が群青色だったということと、僕の両親が蘭を”育てた”ということ以外は、全て。



蘭は黙って聞いていた。

もっと取り乱すかと思っていたけれど、終始落ち着いていた。


「ちょっと予想はしてたんだ」


「え…想定内だった、ってこと?」


「うーん。何となく、みんなと違って私は、隠されてなきゃいけない存在なのかなとは思ってたよ」


「そっか…」


蘭は再び、僕を見つめた、と思ったら俯いた。何か喋ろうとしては口を閉じる、を何度か繰り返した。何が言いたいのか気になったけれど、蘭の肩に軽く手を置いて、辛抱強く待ってみた。するとしばらくして、意を決したように蘭が話した。


「響也は私の全てを知って、それでも、一緒にいてくれるの…?気味が悪いって、思ったりしないの?人間とは言い切れない私と付き合い続けることに、負い目を感じないの?」


僕は笑ってしまった。


「な、何で笑うのよっ、今笑うとこじゃないでしょ絶対!」


「ははっ、ごめんごめん。そんなこと心配してたのか、って思って」


僕の想いは変わらない。たとえそのせいで、雛さんとすれ違ってしまったとしても。

母親より大切な存在ができたことに自分で驚いて、でも未だ彼女をコントロールしようとする母を、許すことはできなかった。僕が蘭を”研究材料”の役目から解放する、そう誓った。


「そんなことって…」


「一緒にいるに決まってる。だから今日もここまで来たんだよ?人間かどうかとか、関係ない。蘭は蘭だから。こんな美人さんといられるんだよ?気味悪いわけないじゃん」


面食いじゃん、と蘭は笑ったけれど、ありがとう、と言った。

好きだよ、と伝えて、僕は彼女を抱き寄せた。群青色の血液を循環させているであろう心臓の音が、微かに聞こえた。


「蘭は孤独なんかじゃないよ。絶対離さない…明日から学校、来てくれるよね?体調悪くなったら、ちゃんと頼ってくれるよね?」


「うん…絶対、行くよ」


蘭の顔が近づいて、細い腕が僕の首に回された。

僕達は静かに、でも深く、唇を重ねた。

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