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藍色のrequiem  作者: 水無月やぎ
5. 灰色のtruth
13/34

5-3

さっきまで震えて消え入りそうだった蘭の声音は、今までのものに戻りつつあった。


「話したくなった時でいいよ、無理しなくていいから」


「今、話したいの。だから呼んだの。…これからの話、信じてくれるかどうかは分からないけど…」


蘭の目つきは、数段真剣なものになっていた。僕はこくりと頷いて、先を促した。互いに認めて、傷つけて、謝って。一連の経験をしたから、どんなことでも受け入れる心の準備はできていた。


「えっと、ね。私が最近体調悪かったのは事実。原因も、実はちゃんと理解してた」


えっ、と僕が言うと、蘭は「ちょっと重度の貧血かな」と言った。


「実は私、2学期の始めに倒れる前から、定期的に病院に通ってるの。今までは週に1回、学校終わりに」


「…もともとどこか悪いの?」


「ううん。ただの検査、というか、採血」


ふう、と息を吐くと、蘭は堰を切ったように話し始めた。


「順を追って話すね。まず、私はこの公園で施設の人に保護されたの。雪が降ってた深夜、施設の人が逃げ出した子どもを追いかけていた途中で私を見つけたんだって。気を失って倒れてた私の隣には大きなアタッシェケースがあって、ケースと私は一緒に施設に保護されたの。私の記憶は、その公園から突如始まってて、自分の名前も分からなかった。施設の人がケースを開けると、そこには私が着られそうな洋服が数着と、大金と、保険証と、メッセージが入ってて。メッセージには、私の名前は上島蘭だってこと、このメッセージを書いて大金を置いていった人間を決して特定しないでほしいこと、とりあえずは学校に行かせたいから、近くの高校に通わせてほしいこと、学費はケースのお金から支払ってほしいということ、そして、週1回、ケースに入った保険証を持って、指定された病院に1人で通わせてほしいこと、が書いてあったの。私の栄養状態はそう悪くなかったみたいで、とにかくこの施設ですぐに預かってくれることになった。施設の1番近くにあったのが今の高校で、施設長と高校の理事長は昔馴染みなんだって。だから1年間だけでも入れてくれることになって。で、編入した時から、メッセージに従って通院してるの」


「その病院で、採血を受けている、と?」


「そう。初めてその病院に行った時、保険証を見せたら別室に連れて行かれて。色んな機材が入った部屋なの。そこで30分くらいかけて採血するんだ」


「え、そんなに時間かかるっけ?採血って、どんな風に…?」


「それがね、私もよく分からないの。採血の準備を始める時から、目隠しをしなきゃいけなくて。あんまり痛くないから怖くはないんだけど、どれくらいの量なのかはよく分からない。それが7月くらいまで続いてたんだけど、8月くらいに突然、週2回来てください、って言われるようになって。夏休み中は施設でゆっくりできたから、週2回でもあまり問題なかった。でも学校が始まって早起きしなきゃいけなくなってから、週2回の採血は辛くなって…。病院の先生に言ったの、貧血気味で辛いし、既に1度教室で倒れかけたんですって…響也が助けてくれた時のことね。でも、私の意見は聞いてもらえなかった。どうしても必要だから、週2回来てくれって。それから、採血をしていることは施設の人も含めて誰にも話しちゃいけないって。昨日まではその言いつけを守ってた。でもやっぱり変だよね…毎日思ったよりキツいし、何より目的を教えてくれない中で、誰にも話しちゃいけないって…私、もう耐えられなくてっ…!」


目的の分からない採血を、週に2回。しかもそれはメッセージを書いた謎の人物によって指示されたこと。

記憶のない蘭が混乱するのも無理のない話だった。僕でさえ、混乱するだろうことは容易に想像できたからだ。




蘭の目には大粒の涙が溜まっていた。もうこれが、ただ人を惑わすための涙じゃないことは分かっていた。ブランコの手すりを掴む手も、小刻みに震えていた。

僕は立ち上がって、蘭の前に移動した。見上げる蘭の目から、ついに涙が零れ落ちた。僕は静かに、手すりを掴む蘭の手に触れた。


「蘭。おいで」


蘭は立ち上がって、そのまま僕に身を委ねた。彼女から溢れる涙を吸収して、胸元が少し冷たくなった。蘭の手が僕の肩を掴んだ。僕は彼女を軽く抱き締め、頭を撫でた。


「よく話してくれたね。信頼してくれたんだな…ありがとう、蘭」


蘭が抱え込んでいた事態は想像を遥かに超えて複雑で、到底僕が今すぐどうこうできるものではなかった。17歳の僕には受け止めて、受け入れるだけで精一杯だったけれど、多分蘭はそれを1番強く求めていたんだろうな、と思った。

しばらく泣いて、僕の胸元で何かを囁く声が聞こえた。


「…き」


「ん?」


「…す、き…です、」


「…え、何が?」


「…響也が好きだった、前から。だから施設に来てもらったの」


「ら、蘭?」


「だから喧嘩というか言い合いになっちゃった時、もう本当に本当に後悔して。でも今日謝れて、響也が怒ってなかったことも分かって。だから、気持ちを今伝えなきゃダメだって、思ったの。それから…隠しちゃってたことも、全部」


僕は何で、大切なことをいつも蘭に言わせてしまうんだろう、と思った。自分の勇気がないばかりに、蘭に何でも行動させてしまっていた。気持ちを伝えるなんて、すごく緊張して大変なことなのに。そんなことまで、蘭に…。

僕は何度か女子に告白されたことがあったけれど、自ら告白したことはなかった。好きかどうかよく分からないまま付き合って、結局長続きすることはなかった。

初めて蘭のことは好きだと思えたのに、伝えられずにいた自分が何とも情けなく感じた。

僕は蘭との距離を少し開けて、真っ直ぐに彼女の目を見た。蘭はもう泣き止んでいて、目が少し赤く腫れていた。


「僕も蘭のこと好きだった、前から。今も。…付き合って、くれませんか」


蘭は、えっ、と驚いたけれど、すぐに、はい、と言ってくれた。両想いがこんなに愛おしいものだと気付いたのは初めてだった。

僕は再び蘭を抱き寄せた。首元にある彼女の額に、そっと唇で触れた。

蘭は照れたのか、強く抱きついてきた。


「ねえ、蘭。これからは一緒に解決していこう。何で蘭が採血しなきゃいけないのかとか、色々。何が真実なのか、一緒に探そう」


「うん…ありがとう、響也」



まだ若いなりに、重大な決心をしたつもりでいた。

僕達なら、この試練にも絶対立ち向かって全てを解き明かして、ちゃんと幸せになれるんだって、信じていたんだ。

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