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改・シンディ

作者: 葵透子

「今度の学芸会でシンデレラをやることになったんだ。ちょっと脚本を書いてきてくれないか」


 学校の教員をしている友人からそう言われたのは、飲み屋でのことだった。いい気分だった私は、なにも考えずにうなずいていた。翌朝になって、とんだ安請け合いをしてしまったと後悔したが、酔った状態とはいえ、一度引き受けたものはやり遂げねばならぬ、と早速脚本づくりに着手した。


   *


「本当に書いてもらえるとは思わなかったよ。いや悪い悪い」


 一週間ほどで脚本を書き終えた私は、友人に連絡して近所のファミレスで落ち合った。待ち合わせから二十分ほど遅れてきた友人は、店員にステーキセットを注文すると水をがぶ飲みした。


「悪いな、試合から帰ってきたばかりでまだ昼飯を食ってないんだ」


 今日は顧問をしているミニバスの試合があったので、隣市まで出かけていたそうだ。休日まで大変なことだ。感心すると、好きでやっているからなあと友人は笑った。そうこうするうちにステーキセットが運ばれてきて、友人は食事にかかりきりになった。食べ終わってから脚本を書いてきたノートを見せようとしたのだが、聞けば夜からもまた出かけなければならないというので、食事をしている友人に私が読み聞かせることになった。

 私が、シンデレラ、と題名を読み上げた瞬間に、友人から待ったの声がかかった。


「シンデレラをやることになってから自分なりに調べてみたんだが、『シンデレラ』には『灰かぶり』の意味があるんだろう? もしかしたらこれが元でいじめが起きてしまうかもしれないから、違う名前にしないか。例えば、そうだな……シンディとか」


 言われてみれば確かにそうかもしれない。私はノートの表紙のシンデレラの上からシンディ、と朱書きした。

 ノートを持ち直し、私は再び読み始めた。


   §


ナレーション「――むかしむかし、あるところに女の子がおりました。名前はシンディといいました。シンディにはお父さんがおりましたが、お母さんは早くに亡くなっていたのでおりませんでした。シンディとお父さんは仲よく暮らしていましたが、お母さんのいないシンディを、お父さんはかわいそうに思っていました。」


(シンディの部屋。本を読んでいるシンディ。シンディの父が登場する。)


シンディの父「なあシンディ。シンディは母さんがいなくてさびしくはないかい?」


シンディ「いいえ、お父さま」


(本を閉じて立ち上がるシンディ。)


シンディ「お母さまのことはよく覚えていませんけれど、肖像画がたくさんありますし、お母さまの大好きだったご本もたくさんあります。ご本を読んでいるときに、お母さまはどんなふうに思って読んでいたのか想像すると、とっても楽しいですわ」


(にこやかに言うシンディ。納得のいかない様子のシンディの父)


シンディの父「そうは言っても、さびしいだろう?」


シンディ「いいえ、お父さま。シンディには本もありますし、なによりお父さまがおりますもの。」


シンディの父「ううん、そうか。おかしなことを聞いてしまったね。父さんは、少し出かけてくるよ。」


(シンディの父、退場。シンディの父を見送り、椅子に座るシンディ)


シンディ「お父さまは、急に、どうしたのかしら。わたしは、なにもさびしくなんかないし、お父さまとお話したり、本を読んだりして、この暮らしがじゅうぶん、楽しいのに。」


(暗転)


ナレーション「シンディは、心からそう思っていましたが、お父さんは、違いました。シンディがさびしいのをがまんしているのだと思って、新しく奥さんをもらうことにしました。」


(談笑するシンディの父と継母、姉1、姉2。シンディ、登場。)


シンディ「お父さま、お話というのはなんですの? それに、そちらの方々は?」


シンディの父「ああシンディ! とってもいい知らせだ! 新しい母さんと、姉さんたちだよ。母さんだけでなくて、姉さんがふたりもできて、これでさびしくないだろう。」


継母「はじめまして、シンディ」


姉1「よろしく、シンディ」


姉2「仲よくしましょう、シンディ」


(おどろくシンディ。すぐ笑顔で礼)


シンディ「はじめまして、おかあさま、お姉さま」


ナレーション「こうして、新しく継母とふたりの姉ができたシンディは、家族五人で暮らし始めました。」


(シンディの父、退場。談笑するシンディ、継母、姉1、姉2)


姉1「あら、シンディ。すてきなネックレスね。」


シンディ「ありがとう、お姉さま。亡くなったお母さまが若いころ使っていたものなんですの。」


姉1「そうなの。それ、わたしがつけてもいいかしら? だってわたしはあなたの姉さんだもの、いいわよね?」


シンディ「ええ、どうぞ。」


(ネックレスを取られるシンディ。ネックレスを身に着ける姉1。)


姉2「あら、シンディ。すてきな髪飾りね。」


シンディ「ありがとう、お姉さま。亡くなったお母さまが若いころ使っていたものなんですの。」


姉2「そうなの。それ、わたしがつけてもいいかしら? だってわたしはあなたの姉さんだもの、いいわよね?」


シンディ「ええ、どうぞ。」


(髪飾りを取られるシンディ。髪飾りをつける姉2。)


継母「まあ、シンディ。すてきなドレスね。」


シンディ「ありがとうございます、おかあさま。亡くなったお母さまが若いころ使っていたものなんですの。」


継母「そうなの。それなら、そのドレスはわたくしが着ても構わないわね。だって、わたくしはあなたのかあさんだもの。」


シンディ「ええ、どうぞ。」


(ドレスを脱がされるシンディ。ドレスを着替える継母。手伝う姉1、姉2。シンディの父、再登場。)


シンディの父「やあ、シンディ。どうしたんだい、そんな格好で。」


シンディ「おかあさまとお姉さまが、わたしの髪飾りとネックレスとドレスを気に入ってくださったから、差し上げましたの。」


シンディの父「そうかい。早速仲よくしてくれて、うれしいなあ。」


(シンディの父、継母、姉1、姉2、声をあげて笑う。)

(暗転)


ナレーション「それから、家族五人で、シンディたちは仲よく暮らしていましたが、あるとき、お父さんが病気で亡くなってしまいました。」


(ベッドに横たわるシンディの父。すがりついて泣くシンディ。少し離れたところでそれを見る継母、姉1、姉2。)


シンディ「お父さま、どうして、お父さま。」


(シンディに近づく継母、姉1、姉2。)


継母「ねえ、シンディ。お父さまが亡くなってしまったから、これから、ぜいたくな暮らしはできないわ。」


シンディ「ええ、おかあさま。」


継母「だから、あなたのドレスと宝石を売ってしまいましょう。」


シンディ「え?」


継母「仕方のないことなのよ、シンディ。お葬式を上げるのには、お金がかかるでしょう? 大丈夫、喪服は残してあげるわ。」


シンディ「わかりました、お母さま。」


継母「それから、使用人にはみんな辞めてもらいましょう。」


シンディ「え?」


継母「仕方のないことなのよ、シンディ。ひとを雇っていたらお金がかかるでしょう? 大丈夫、お洗濯もお掃除もお料理も、あなたは自分でできるわ。」


シンディ「わかりました、お母さま。」


継母「それから、あなたのお部屋は屋根裏に移しましょう。」


シンディ「え?」


継母「仕方のないことなのよ、シンディ。ドレスと宝石がないのなら、広いお部屋にいるのはもったいないでしょう? 使用人がいないのだから、広いお部屋でなくてもいいでしょう? 大丈夫、身の回りのことを自分でやるのなら、小さいお部屋のほうが、過ごしやすいわ。」


シンディ「わかりました、おかあさま。」


(暗転)


ナレーション「こうしてシンディは、ドレスと宝石を売って、仲のよかった使用人にお別れをして、屋根裏のお部屋に移りました。」


(屋根裏部屋のベッドに腰かけるシンディ。屋根裏部屋にはほこりやくもの巣。姉1、登場。)


姉1「ねえ、シンディ。わたし、お洗濯ってしたことがないの。あなた、やってくれない?」


シンディ「でも、お姉さま。」


姉2「ねえ、シンディ。お洗濯をしたことのないわたしがお洗濯をして、ドレスをだめにしてしまったら、新しく買わなければならないわ。うちはもう、ぜいたくな暮らしができないの。だから、できないわたしがやるより、できるあなたがやったほうが、ずっといいと思うの。」


シンディ「わかりました、お姉さま。」


(姉1、退場。姉2、登場。)


姉2「ねえ、シンディ。わたし、お掃除ってしたことがないの。あなた、やってくれない?」


シンディ「でも、お姉さま。」


姉2「ねえ、シンディ。お掃除をしたことのないわたしがお掃除をして、なにか壊してしまったら、修理代がかかるわ。うちはもう、ぜいたくな暮らしができないの。だから、できないわたしがやるより、できるあなたがやったほうが、ずっといいと思うの。」


シンディ「わかりました、お姉さま。」


(姉2、退場。継母、登場。)


継母「ねえ、シンディ。わたくし、お料理ってしたことがないのよ。あなた、やってくれない?」


シンディ「でも、おかあさま。」


継母「ねえ、シンディ。お料理をしたことのないわたしがお料理をして、けがをしてしまったら、お医者にかからなければならないわ。うちはもう、ぜいたくな暮らしができないのよ。だから、できないわたくしがやるより、できるあなたがやったほうが、ずっといいでしょう。」


シンディ「わかりました、おかあさま。」


(シンディを立たせて、上から下までじっと見る継母。)


継母「ねえ、シンディ。お洗濯やお掃除やお料理をするなら、動きやすくて汚れてもいい格好のほうがいいでしょう?」


シンディ「そうかしら。」


継母「ドレスを汚したり破いてしまったら、もったいないわ。着替えたほうが、きっといいわ。」


シンディ「わかりました、お母さま。」


(暗転)


ナレーション「こうしてシンディは、使用人の代わりに、洗濯や掃除や料理をするようになりました。」


(継ぎ当てだらけの服を着て、掃除をするシンディ。その横で、ドレスを着て、お茶を楽しむ継母、姉1、姉2)


   §


「ちょっと待ってくれないか。それはいただけないな」


 と、途中で友人が待ったをかけたので、私はなにがいけなかったのかを尋ねた。友人は数回瞬きをして唸ったあと、個人情報にかかわるからあまり詳しくは言えないが、と前置きをして話し始めた。


「うちの学級に、親と死別した子と、親が離婚した子、それから、親が再婚した子どももいるんだ。

その話だと、問題になるかもしれないな」


 なるほど、それはデリケートな問題だ。死別、再婚をノートにメモしてバツをつける。


「あと、継母と姉さんふたりがシンディをいじめるだろう。いじめを助長させる恐れがあるから、そこは削ったほうがいいかもしれないな」


 私はうなずきながら、いじめと書き、その上に大きくバツをつけた。


   §


ナレーション「――むかしむかし、あるところに女の子がおりました。名前はシンディといいました。父さんも母さんも健在で、お城の見える大きな館に、家族三人、仲よく暮らしていました。」


   §


「いや、ちょっと待ってくれ」


 またもや友人が待ったをかけた。


「両親が健在で仲がいいことを強調するのも、逆に悪いかもしれないな」


 私はノートに強調しない、と書き加えた。


   §


ナレーション「シンディは、お城の見える大きな館に、父さんと母さんの三人で暮らしていました。」


(舞台中央。父親と母親と一緒に仲よく本を読んでいるシンディ。)


ナレーション「さて、ある日のこと。シンディのところに、お城から舞踏会の招待状が届きました。」


   §


 私は、そこで読むのをやめた。なぜなら、意地悪な継母も姉もいないシンディは、なんの障害なく舞踏会にいけてしまうからである。不思議そうに続きを促す友人に、私は事情を説明した。すると、友人は腕組みをして唸った。


「そうか、舞踏会にいけなくなるようなできごとがなければいけないのか……」


 ふたりしてしばらく悩み、私はひとつの案を思いついた。舞踏会は夜遅くまで開かれているので、まだ子どものシンディは参加してはいけないと両親に禁止される、というものだ。それを伝えると、友人は首を振った。


「それだとシンディは親の言いつけを破って出かける悪い子どもになってしまうだろう。それに、夜遅くに出歩くなんて演じる子どもたちに悪影響を与えてしまうかもしれないし……。そうだ、舞踏会の開催は昼にしよう。それで、シンディは招待状を誰かにあげてしまうのはどうだろう。招待状をなくしてしまった友だちに自分のぶんをあげてしまうから、舞踏会に行けなくなる。これだと、シンディがとても心のやさしい子どもだということも伝えられるな」


 なるほど、そのやさしさに感動した魔法使いがやってきて、シンディに招待状とドレスを出してあげるということにすれば、筋が通る。


「そうだな、それなら、友だちに招待状と一緒にドレスもあげてしまったことにしよう。うん、これならいいな」


 満足げにうなずいたので、私は続きを読み始めた。


   §


シンディ「あなたはいったい、どなたですか?」


魔法使い「あたくしは、通りすがりの魔法使い。心やさしいあなたに、ドレスと招待状を出してあげましょう。」


(魔法使い、杖を振る。効果音とともに暗転。)

(ドレス姿になるシンディ。)


シンディ「まあ、なんてすてきなドレスでしょう。」


魔法使い「シンディ、舞踏会を楽しんでおいでなさいな。」


(招待状をシンディに手渡す魔法使い。)


シンディ「ありがとうございます、通りすがりの魔法使いさん。」


ナレーション「――そうして魔法使いにドレスと招待状を出してもらったシンディは、お城の舞踏会に行きました。」


(お城。ドレスを着た招待客たち。)

(椅子に座った国王と王子。順番にあいさつをしている招待客たち。)

(舞台袖から現れるシンディ。)

(シンディの姿を見つける王子。)


王子「父上、あそこにいる女性はどちらのご令嬢でしょうか。」


国王「はて、どこの令嬢だろうか。」


王子「とてもすてきな方ですね。ダンスを申し込んできます。」


(シンディのほうへ向かう王子。シンディは楽しそうに周りを見回している。)


王子「こんにちは。」


シンディ「こんにちは。みなさまおめかしなさって、とてもすてきですね。」


王子「あなたもとてもすてきですよ。」


シンディ「ありがとうございます。」


王子「ところで、これからダンスの時間ですが、お相手はもうお決まりですか。」


シンディ「いいえ、まだですわ。」


王子「よろしければ、わたしと踊ってもらえませんか。」


シンディ「ありがとうございます。よろこんで。」


(シンディの手を取り中央に進む王子。)

(ダンス用の音楽。)

(楽しげに踊る王子とシンディ。周囲の招待客も踊る。)

(鐘の音。)


ナレーション「シンディが楽しく踊っていると、お城の鐘が十一時四十五分を知らせるのが聞こえました。」


   §


「そこでさっきの門限の話を出したらいいんじゃないか。まじめな子だということが伝わってくる」


   §


ナレーション「十一時四十五分の鐘でした。シンディは、急いで家に帰ることにしました。お昼の時間までに戻らないと、お父さんとお母さんが心配してしまいます。」


(王子の手を離しドレスの裾を持ってお辞儀をするシンディ。)


シンディ「すてきなダンスをありがとうございました。」


王子「こちらこそありがとうございました。」


シンディ「家の者が心配しますので、わたしはここで失礼いたします。」


王子「もう帰ってしまうのですか。」


シンディ「はい。楽しい時間をありがとうございました。」


(もう一度ドレスの裾を持ってお辞儀をして舞台袖に向かって走り去るシンディ。)

(途中で靴を片方落とす。)


ナレーション「あわてていたシンディは、ガラスの靴を落としてしまいました。」


王子「行ってしまった。あの方は、どこのご令嬢だったのだろう。」


(シンディの走り去った舞台袖に向かう王子。靴を見つける。)


王子「これは、あの方がはいていた靴。」


(靴を拾い上げ、王のもとに向かう王子。)


王子「父上、わたしの伴侶を見つけました。」


王「そうか。いったいどこのご令嬢だ。」


王子「わかりません。」


王「なに。わからないとは、どういうことだ。」


王子「お名前を聞きそびれてしまいました。しかし、ここにそのご令嬢の忘れていった靴があります。」


(ガラスの靴を掲げる王子。)


王子「この靴をぴったりはけるご令嬢こそが、わたしの伴侶となる方です。」


王「そうか。そうとなれば、国中にふれを出そう。その靴にぴたりと合う足の令嬢を探すのだ。」


(暗転)


ナレーション「王子さまはもう一度シンディに会いたくて、そのガラスの靴を頼りにシンディを探すことにしました。」


(靴を持って貴族の家を訪ね、令嬢たちにガラスの靴を試させる王子と従者たち。)

(令嬢たちの足に合わず首を振る従者と王子。)


従者「王子のおなりである。こちらに先日の舞踏会に出席したご令嬢はおられるか。」


シンディの父「舞踏会ですか。」


(シンディの母を振り返るシンディの父。)


シンディの父「シンディは舞踏会に出席しただろうか。」


シンディの母「いいえ、あなた。シンディは招待状をなくしたお友だちに自分の招待状とドレスをあげてしまったから、出席できなかったのよ。」


シンディの父「そうか。」


(王子たちに向き直るシンディの父。)


シンディの父「お越しいただいたのに申し訳ありません。わが家に娘はおりますが、舞踏会に出席をしていないのです。」


従者「そうであったか。王子、どうなさいますか。」


王子「そうか、困ってしまった。この家が最後の家だったのだ。ここにあのご令嬢がいないとなれば、あれは幻だったのだろうか。」


魔法使い「お待ちなさい、王子。」


(全員が周囲を見回す。王子をかばって立つ従者。)


従者「なにものだ。」


(暗転)

(舞台中央に登場する魔法使い。)


魔法使い「あたくしは、通りすがりの魔法使い。」


シンディの父「通りすがりの魔法使いだと。」


シンディの母「いったいどのようなご用件でしょうか。」


魔法使い「王子、舞踏会の日、あなたが踊ったご令嬢は、幻などではありません。」


王子「どういうことです。」


(舞台袖に現れるシンディ。)


シンディ「まあ。通りすがりの魔法使いさん。」


(舞台中央の魔法使いに駆け寄るシンディ。)


シンディ「こんにちは、通りすがりの魔法使いさん。あのときのお礼をずっと言いたかったんです。招待状とドレスをありがとうございました。」


シンディの父「招待状とドレスとは。」


シンディの母「シンディ、いったいどういうことなの。」


シンディ「お父さま、お母さま。通りすがりの魔法使いさんが、わたしにドレスと招待状を出してくれたんですの。」


魔法使い「そうですとも。シンディは、舞踏会をとっても楽しみにしていました。けれども、招待状をなくしてしまった友だちに、自分の招待状とドレスをあげたのです。シンディのやさしい心に、あたくしは、すっかり感動しました。」


シンディの父「そうでしたか。シンディのために、ありがとうございます。」


シンディの母「わたくしからもお礼を申し上げます。」


(魔法使いの手を取ってお礼を言うシンディの父と母。)


従者「つまり、こちらのご令嬢は舞踏会に出席したということですか。」


魔法使い「そうですとも。」


シンディ「まあ、こんにちは。お客さまがお見えなのに、気がつかなくてごめんなさい。」


(従者に気づいてドレスの裾を持ってお辞儀をするシンディ。)

(従者の後ろから出てくる王子。)


王子「こんにちは、シンディ。」


シンディ「まあ、こんにちは。この前の舞踏会とっても楽しかったですわ。」


王子「わたしもとても楽しかったです。あのときの忘れものを届けに来ました。」


シンディ「そうでしたの。わざわざありがとうございます。」


(ひざまずいて靴を取り出す王子。)


王子「こちらの靴をあなたに。」


(靴に足を入れるシンディ。ぴたりと合う。)


王子「シンディ、わたしと結婚してもらえませんか。」


(ファンファーレ。)

(暗転。)

(王子と花嫁姿のシンディ。祝福する王、従者、貴族たち、シンディの父と母、通りすがりの魔法使い。)


ナレーション「こうして、ふたりは末永くしあわせに暮らしました。めでたしめでたし。」


   §


 読み終えると、友人は難しげな顔で考え込んでいた。どうしたのかと尋ねると、結婚してふたりは本当にしあわせになれたのだろうか、と反対に尋ねられてしまった。


「このふたりは、舞踏会で出会って、ほとんど一目惚れのような状態だったんだろう。果たして、一目惚れしあったもの同士が、すぐに結婚して、うまくいくものだろうか。そもそも、シンディは王子を好きだったのか、不明じゃないか? 王子は、ガラスの靴を頼りにシンディを探すほどだから好きかもしれないが。シンディは、これでしあわせなのか?」


 言われてみれば、確かにその点についてははっきりしていない。


「シンディがどんなふうに思っていたのか、もっとわかるようにしたいな。気にはなっているかもしれないが、好きかと聞かれたら答えられない、みたいな感じの葛藤もほしい。愛が育っていく過程というものはリアルにしなければな。これは重要なところだぞ」


 友人の言うとおり、なまなかな恋愛描写では、演じる子どもたちも納得しないだろう。

 それから、友人が出かける待ち合わせのぎりぎりまで粘って、脚本は完成した。


   §


ナレーション「――こうして、王子と文通しながら諸国を放浪したシンディは、ようやく自分の国に帰ってきました。」


(舞台袖から登場するシンディ。)


シンディ「久しぶりに戻ってきたわ。」


(反対の舞台袖から車を引いて登場する商人1、2。)


商人1「さあさ、なんでもそろうよ。いかがだい。」


商人2「いかがだい。」


シンディ「まあまあ、こんにちは。鏡をいただけますかしら。」


商人1「はいよ、どうぞ。」


(鏡をのぞきこむシンディ。)


シンディ「あらまあ、ずいんぶんおばあさんになってしまったわ。王子さまは、わたしのこと、誰だかわかるかしら。」


商人1「なんだい、おばあさん。誰かに会うのかい。」


商人2「お孫さんかい、お子さんかい。」


シンディ「いいえ。わたしには、孫も子もおりませんもの。」


商人1「孫も子もいないのかい。」


商人2「よし、待ってくれ、当てて見せよう。恋人だ。」


シンディ「さあ、どうかしら。」


商人1「ふうむ。じゃあおばあさん、手みやげにこいつはどうだい。都のいちばん人気さ。」


(車の中から箱を取り出す商人1。)


シンディ「まあ、なにかしら。」


(商人1の持つ箱を開けて中身を取り出す商人2。)


商人2「こいつはなんと、ガラスの靴だよ。王さまが王子さまのときに恋をしたご令嬢がはいてた靴さ。」


シンディ「そうなの。どうしていちばんの人気なのかしら。」


商人1「それがね、王子さまはそのご令嬢以外を伴侶にする気はないといって、王さまになってからずっとお妃さまがひとりもいないんだ。」


商人2「だから、王さまには息子がいないもんで、次の王さまは、今の王さまの弟の息子の息子になることが決まったんだよ。今度、新しい王さまに代わるお祝いの舞踏会が開かれるんだ。」


シンディ「まあそうなの。それなら、みなさん準備のお仕事がたくさんね。」


商人1「そうさ。王さまの恋のお話のガラスの靴は飛ぶように売れるんだ。」


(舞台袖から走って登場する郵便屋。)


郵便屋「おおーい。」


商人2「おお、郵便屋が来るぞ。」


郵便屋「はあはあ。あなた、シンディさんかい。」


シンディ「ええ、そうよ。」


郵便屋「ああ、よかった。こいつは、あなたあての手紙だ。」


(白い封筒を手渡す郵便屋。)


シンディ「まあ、ありがとう。」


郵便屋「じゃあ、おれは配達があるから失礼するよ。」


(走って舞台袖に退場する郵便屋。)


ナレーション「それは、新しい王さまに代わるお祝いの舞踏会の招待状でした。差出人は、王さま、かつての王子さまでした。」


商人1「舞踏会の招待状か。それなら、シンディさん、このガラスの靴はプレゼントするよ。」


商人2「舞踏会の日は、ぜひともこのガラスの靴をはいて出てくれよ。じゃあな、シンディさん。」


(シンディにガラスの靴の入った箱を渡し車を押して去っていく商人1、2。)

(箱のふたを開けてガラスの靴を取り出すシンディ。)


シンディ「まだはけるかしら。」


(シンディにぴたりと合う。)


シンディ「まあ、ぴったり。」


(暗転)

(舞台中央に立つ魔法使い。)


魔法使い「あたくしは、通りすがりの魔法使い。さあシンディ、舞踏会を楽しんでおいでなさいな。」


(杖を振る魔法使い。効果音とともに暗転。)

(お城。ドレスを着た招待客たち。)

(椅子に座った王と新しい王。順番にあいさつをしている招待客たち。)


新しい王「あいさつばかりで疲れました。」


王「そう言うでないよ。すてきなご令嬢との出会いがあるかもわからないのだから。」


新しい王「大伯父上のようにですか。」


王「そうかもしれないね」


(舞台袖から現れるシンディ。)

(シンディの姿を見つけて立ち上がる王。)


新しい王「大伯父上、どうしたのですか。」


王「わたしはあのご令嬢にダンスを申し込んでくるよ。」


新しい王「ご令嬢ですか。ずいぶんお年を召しているように見えます。」


王「そうだね。でも、とてもすてきだろう。」


(シンディのほうへ向かう王。)


王「こんにちは。」


シンディ「こんにちは。みなさまおめかしなさって、とてもすてきですね。」


王「新しい王の即位をお祝いしてくれているのですよ。あなたもとてもすてきです。」


シンディ「ありがとうございます。」


王「ところで、これからダンスの時間ですが、お相手はもうお決まりですか。」


シンディ「いいえ、まだですわ。」


王「よろしければ、わたしと踊ってもらえませんか。」


シンディ「ありがとうございます。よろこんで。」


(シンディの手を取り中央に進む王。)

(ダンス用の音楽。)

(楽しげに踊る王とシンディ。周囲の招待客も踊る。)

(鐘の音。)

(向き合う王とシンディ。)


王「シンディ、わたしと結婚してもらえませんか。」


シンディ「はい、よろこんで。」


(ファンファーレ。)

(暗転。)

(王と花嫁姿のシンディ。祝福する新しい王、貴族たち、通りすがりの魔法使い。)


ナレーション「こうして、ふたりは末永くしあわせに暮らしました。めでたしめでたし。」


   *


 しばらくして、友人から連絡があった。学芸会で発表するのに、王子の従者役を手伝ってほしいというものだった。しかし、それでは役にあぶれてしまう子が出るのではないかと尋ねたが、友人は豪快に笑い飛ばした。


「ああ、そんな心配は無用だよ。みんなシンディ役だからな。なぜって、主役とそうじゃない役があったら、不公平ってもんだろう。みんな平等にするには、みんなが主役をするのが、いちばんいいだろう?」

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