お隣さんは転校生
思い出というのは何故か美化されてしまうもので。
苦労の絶えないような日々でも、思い出すと何故か懐かしく感じてしまうものである。
あの時感じた悲しみも、苦しみも忘れてしまったというのに、果たして思い出には何の意味があるんだろう。
それはきっと、いらない過去で、今の自分を作ってくれたものだから。
あの日以来、新学期が始まるまで、俺は祥吾に会うことはなかった。
それは別に、春休みの出来事が恥ずかしいからとかではなく、ただ単に外に出るのが面倒くさかったからといういかにも堕落した考えからではあるのだけど。
それでもたまに、財布の中にしまってあるプリクラを見返しては、一人で笑っていたりもしたのだ。
それは別に、思い出に浸りたいなんていうロマンチズムからではなく、ただ単にあの日のプリクラが面白すぎて何度も見たくなるのが悪いのだけれど。
だってしょうがないじゃん!!!
ビンタする瞬間に撮られたからか、俺の左手はブレていて、写真からも勢いを感じる程引き延ばされている。
その上にプリクラ補正がかかった結果、
写真には、まるで手の長い宇宙人のような真っ白い手が、美少女の顔を侵略する、という世にもおぞましい絵が浮かび上がってしまった。
この時点で既に面白いというのに、
おまけに二人の頭上に「初デート記念♡」なんて到底ミスマッチな言葉や、おおよそこの光景に似合わないお花畑なんかのデコレーションがされていたら、誰だって笑うに決まっているのだ。
俺たちはいつかこのテンプレを作った人に土下座をしないといけないと思う。
多分、ガチなビンタの瞬間をプリクラで撮られたカップルなんて日本で初めてではないだろうか。
本物のカップルが初デートでこんな事やったら別れるどころか絶縁喰らうレベル。
恨むとか憎むとかの次元を超えて一生の笑い話に出来るに違いない。
そしてその度、本来の祥吾を思い出しては「うおぉぉぉ……男相手に何やってんだあの日の俺ェェ……」と一人苦悶に耐えるアホが生まれるのだ。
これもう120%アイツが悪いだろ。いや、俺も-20%くらいは悪いな。
休みというものはすぐに過ぎ去ってしまうもので、あっという間に始業式の日を迎えてしまった。
「義明、起きなさい!!!」
リビングから響く母親の声に起こされ、しぶしぶ布団にサヨナラを告げる。
ってまだ6時半じゃねーか!
学校には20分あれば着くというのに、なんでこんな早くにーーと考えて、祥吾と一緒に登校するためだと気づく。
普段は、家を出る時間がたまたま被ったら一緒に行こう、って程度のものだったから、別に無理して早起きする必要はなかったのだが、これからは毎朝この時間に起きないといけなくなったらしい。マジ許すまじ。
朝飯を食ってから、少しだけ色褪せ始めた学ランと黒のズボンに着替え、隣の祥吾の家に向かう。
呼び鈴を鳴らして待つと、ドタバタした音が家の中から聞こえてくる。出てきたのは祥吾ではなくその母親だった。
「あら、義明君!ゴメンね、今祥吾はちょっと着替えに苦戦してるみたいで、手伝おうかと思ったけど追い出されちゃったの~~。
外で待たせるのも悪いし、ウチに上がって待っててくれるかしら?」
「あ、はい、お邪魔します」
お言葉に甘えて、祥吾の家に上がらせてもらう。
玄関にある客用の椅子に座ると、先に祥吾の母親が話しかけてきた。
「ところでね。
ウチの子、すっっごいかわいくない!?義明君からみてどう!?先週一緒に遊んだんでしょう!?どうだった!?」
すっごい剣幕でまくし立ててきた。
ノリノリかよ!!!そういえば前に祥吾がそんな話してたな!!!
「は、はあ……まあ、確かにかわいいんじゃあないでしょうか、人気は出ると思いますよ」
中身がアレじゃなかったらな。というか中身知っててもオシャレしたときの衝撃は忘れられなかった。
あんなもん免疫のない男が何も知らずに見たら倒れるで。
「でしょう!?あの後ね、あの子に………」
俺の返答がよほどうれしかったのか、祥吾の母さんは饒舌に話を続け始めた。
のだが、あまりに話の流れが早すぎてついていけない。
祥吾に鍛えられたはずの俺ですら追い付けないってとんでもねーぞ。
というかどんだけ一人娘を待ち望んでたんだ、アンタ。男時代にももう少し優しく接してやれよ。
「あら、ゴメンね。いっぱい喋りすぎちゃって」
「いえ、全然大丈夫ですよ」
大体聞き取れなかったんで。
「でね、こっちが本題なんだけど。」
急に真面目な顔つきに戻られる。
「あの子もあの子でこれからいっぱい苦労を背負うと思うから。出来る限り私も協力するけど、やっぱり友達にしか相談できないことってあるじゃない?だから……
祥吾のこと、よろしくお願いします」
そしてそこには、丁寧に頭を下げて、我が子のために尽くそうという親の姿があった。
……はあ、なんだかな。
そんなにカッコいい言葉を言われては、俺の返す言葉も一つしかない。
「言われなくても、僕も協力しますよ。祥吾と約束したんで。むしろ、こっちからもお願いします」
「うん、ありがとう。それじゃあ、そろそろ祥吾を呼んでくるわね」
祥吾の母親が去っていく。
なんというか、まるで嵐みたいな人だったな。
勝手にペースを狂わされて主導権を握られるとこも祥吾そっくりだし、決めるところでビシッと決めてくるから嫌いになれないのも祥吾そっくりだし。
そして何より、本音を話すのがこんなに下手なのも祥吾そっくりだ。
親子の血は争えない、ということか。
しばらくして、制服に着替え終わった祥吾がやってきた。
黒のブレザーに、赤いネクタイ,そして黒よりの紺のスカート、という何とも地味な恰好ではあるが、制服の持つお淑やかな雰囲気が、祥吾の整った顔立ちを綺麗に仕立て上げている。
1年間の学校生活でこの服を見慣れていたからよかったものの、これが初見だったらあの日のように固まってたに違いない。
「すまん、待った?」
「うん、徹夜で待ってた」
……あぶね、一瞬ドキリとした。デートの待ち合わせかよ。
今のセリフを無意識に言ったのだとしたら、コイツは小悪魔の才能があるに違いねえな。
小中学生の無邪気な笑い声を遠くに聞きながら、二人で見慣れた通学路を歩く。
閑静な住宅街が醸し出すのどかな空気が、気だるい体には心地よい。
せめて今日くらいは、平穏にいきたいものだ。
「それにしてもさー」
「うん」
「スカートって久しぶりに着るけど、やっぱり慣れないんだよなー」
ぶっきらぼうにそう言って、祥吾はスカートの裾を持ち上げては難しそうにうなり始めた。
平穏がいきなり壊れかけそうなんですが。
え?コイツマジで女装の趣味があったのか?
流石にそれはハイレベルすぎてついていけないぞ?
いや待て、だったら今の口調はおかしい。あまりにもぶっきらぼうすぎる。
それに、今の真顔も無理して作っているようにも見えた。
つまり今のは冗談だな、なーんだよー。
思わず乾いた笑いが漏れる。
「あのさ、」
「うん、なに?」
「お前のその分かりにくい冗談やめろって言わなかったか?ねぇ!?」
今のはコイツと一緒に何度も話しまくってきた俺だったから分かっただけで、普通の人がいきなりこんなことを言われたら真に受けてしまってもおかしくない。
ウチの高校はどうやら全国的にも進学校らしいが、所詮は高校生だ。
ほとんどは大人ぶってるような女子とガキ丸出しの男子の集まりでしかなく、そんな奴らにこんなにレベルの高すぎるボケは通用するわけがないのである。はよ京大いけや。
ちなみに、何故友達と遊んでいただけでこんなに鋭い洞察力が身に着いたのかは考えてはいけない。
「この癖直せよ?マジで直せよ?」
俺は割と真面目に言っているのにも関わらず、何故か祥吾は目を輝かせて握手を求めてきた。
訳も分からず俺も手を差し出すと、
「ありがとおおぉぉ!!そう、こういうくだりがやってみたかったんだよ俺は!!!」
そう声に出した祥吾の瞳は、少し潤んでいるようにも見えた。なんで感動してんだよ。
そして思いっきり手をぶんぶんさせるな痛い柔らかい痛い!!
日間ランキングにジャンル別で乗ってましたありがとうございます!!!!!!
しかも感想もレビューももらえるとか感謝感謝です!!
テンション上がりすぎて思わず予定を早めて書いちゃったので、「はよ続き書けや!!」という方は、評価や感想、レビューなどをしていただけると思わず僕も調子に乗って書いちゃうのでそうしてください。