変わるもの、変わらないもの
付き合った後に別れてしまうのは、その人のことが好きでなくなってしまったから。
だからこそ、付き合ってからも、お互いに好きになってもらう努力を欠かしてはならない。
けれど、その努力を押し付けてはならない。
お互いがお互いを信頼していなければ、その繋がりはいつか途切れてしまうから。
人との関係性が変わると、その人の印象というものも大きく変わってくる。
例えば、ケンカした後だったら、目を合わせるのも気まずくなるし、あるいはもっと酷い出来事があると、その人の行動すべてが気味悪く見えてしまう。
逆に、恋は盲目という言葉の通り、その人を好きになってしまうとその人の行動すべてが愛らしいものに見えてしまうこともある。
まあ、つまり、何が言いたいかというと。
「にひひ~。」
隣で歩いている、俺の彼女が可愛すぎて困る。
告白をした後のその日は、お互いの家の前で名残惜しく別れた後も、寝るまでずーっと祥子のことで頭がいっぱいだった。
彼女の仕草や触れた時の感触が、全身に焼き付いてしまったかのようにハッキリと思い出せて、浮ついたままの身体がなかなか平常時に戻ってくれない。
両親とも何かの会話を交わしたことくらいを覚えているので精一杯で、夕飯のメニューや付けていたテレビの内容なんて寝るころにはすっかり頭から抜け落ちていた。
寝る前に、今までに何度も見返したはずの二人で映った馬鹿なプリクラをもう一度見直して、またしても幸せな気分に浸りながら、カーテンを開けて隣の家を見る。
向こうの部屋のカーテンの向こうで、彼女はいったい何をしているのだろうか。
今もなお、左手で持っている携帯でくだらないメッセージを交換しあっているというのに、
その携帯を見ているときの態勢すらも気になってしまっている自分に自分でも軽く引いた。
ああダメだ、こんなんでは束縛の強すぎる面倒なメンヘラになってしまう……。
思わず顔を上げて後ろの壁に引っ掛けてある時計を見ると、既に日付を軽く跨いでいた。
うわぁ~お。時間の感覚すら一切なかった。
画面上にずっと表示されていたはずの時間も、さっきまでの俺には単なる数字の羅列にしか見えていなかったらしい。
恋は盲目とは言うが、なんでそんなとこまで盲目になってるんですかね。
時間を認識した瞬間にようやくやってきた眠気に任せるように、「おやすみ」と一言だけ打って、俺は幸せな眠りについた。
翌日の朝がやってきた。
目覚めた瞬間に口の中が乾いていることに気づいて、思わず顔をしかめてしまう。
そして、昨日の記憶を取り戻した瞬間に、再び暖かな感情が寝ぼけたままの身体を取り巻き始めた。
会いたい。むっちゃ会いたい。余裕で今の生きがいです。
その一心で俺に出来る最大のスピードで朝飯を書き込み、いつもは鈍くやるはずの着替えもわずか2分で終わらせた。
少し制服のボタンも閉じきれてないけど、男ならまあ許される範囲内だろう。
男の利点を最大限に活かして、いつもよりも20分くらい早く家を出て、隣の家に向かう。
人差し指で勢いよく玄関の呼び鈴を押したところでようやく、俺が早くてもアイツがいつも通りに過ごしているなら俺の努力も全く無意味であることに気づいてしまった。
はぁ、朝からこんな感じで大丈夫なのだろうか、俺の日常は。
と思っていたが、どうやら向こうも同じような考えを持っていたらしい。
「くそぉ、負けた~!
今日は私から誘おうと思ってたのにぃ~~!」
玄関のドアが開くと開口一番に、俺の大好きな人の元気のいい声が響いてくる。
昨日と変わってないはずの祥子の笑顔が今の俺には痛烈に眩しくて、俺は目を合わせることが出来なくなった。
俺たちの関係性が変わっても、学校は変わらなく存在しているし、授業も受けなければならない。
だからこそ、いつもと変わらない通学路を歩いているのだが、一つ大きく変わったことがある。
「にひひ……。」
それは、隣で歩いている俺の彼女がかわいすぎて困るということだ。
歩いている間、特に言葉を交わしたわけではないのに、幸せそうに身体をぴょんぴょんさせて歩く姿を見ているだけで、緩んでしまった頬が戻らなくなってしまう。
あれ、コイツこんなに可愛かったっけ?
みたいな幼馴染に対するテンプレートのような感想を思わず抱いてしまうが、そうじゃねえぞと冷静に考え直す。
もともとコイツはとんでもなく可愛かったはずで、それを当時の俺は必死にフィルターをかけて誤魔化していたはずだ。
そんなフィルターをかけていた当時の俺でさえも見惚れさせるほどに美しかったんだから、やっぱりコイツの美貌はすさまじいものがあると言っていいだろう。
そのフィルターが外れた今となっては、もはや見惚れてしまうのも仕方ないのだ、と開き直ってみる。
え、何その優秀なフィルター、すごくない?
こんなに可愛い生き物を適当にあしらえるとか神かな?
つまり俺は神だった。Q.E.D. 証明完了。
なるほどな、つまり俺が神なのだから、コイツが女神のように可愛いのも自明か。
うーん、ヤバいなー。
どうした俺の頭。
とんでもなく頭が悪いぞ??
もし今の俺に風船をくくりつけたら、思わず宇宙まで飛んでいって流れ星になってしまうかもしれない程、今の俺はやっぱり誰がどうみても浮ついているのだった。
いや、一つ訂正しよう。
10分もの間身体をぴょんぴょんさせ続けたせいで、思いっきり息を切らしながら、
昨日の再現のように電柱に身体を預けてうなだれているあのアホも、どうみても浮ついているのだった。
「つがれた゛」じゃねえよお前俺のさっきまでのウキウキを返せ。
学校についてしまったので、1,2歩距離を空けて今までの距離に戻る。
靴箱から教室までの道を歩いているときも、何故だか目の前の祥子の後ろ姿にしか目の焦点を合わせていなかったことに気づいて思わず焦った。
教室に、今までと同じように二人並んで入る。
祥子の性格だったら、俺たちが付き合ったことをすぐにバラしてしまうかなぁと覚悟してたけど、意外なことに友人3人組との会話の中でも、その話題を出すことはなかった。
「結局まだ付き合ってないの?」という確信を突いた質問にも、「さあ、どうだろうねぇ~」とはぐらかせるくらいには、その心にも余裕が持てているらしい。
というか、その様子を見ているだけでも和む。かわいい。
あ、話の流れで今日提出の宿題を完全にやってなくてあわあわしている。カワイイ。
しかも全然分かんないらしく、友達に「お願い、見せて~~っ!!」と手を合わせておねだりをしている。可愛い。
いかん、どうしても「かわいい」がゲシュタルト崩壊を起こしてしまう。
もうちょっと違う形容詞を使えばよいのだろうか。
祥子が俺の言葉に嬉しくなって笑う時は、天使。
祥子が俺の情けない姿を優しく笑って受け入れてくれる時は、聖母。
祥子が俺をからかって遊ぼうとしている時の笑顔は、小悪魔。
みたいな感じなのだろうか。
うーん、ヤバいなー。
どうした俺の頭。(本日2度目)
コイツと付き合えるならその男は余程の変わり者だ、なんて昔の俺は思っていたが、残念ながらやはり俺は変人なのかもしれない。
違うな、もっと正確に言えば祥子に変人にされてしまった、という方が正しいだろう。
1か月前だったらもしかしたら怒っていたかもしれないが、こんな関係になった今ではもう怒れない辺り、なかなかに俺も祥子に甘くなってしまっている。
というか、今俺が想像したときの祥子の顔は全て笑顔だった。
人が他人を覚える時は、一番よく見た顔の表情が真っ先に思い浮かぶらしい。
つまり、祥子は今までに喜怒哀楽の色々な表情を俺に向けてきたが、その中では笑顔を一番向けていたことになる。
うーん、春休みからこんなにも激動の時間を過ごしてきたのに、努めて俺のために笑ってくれていたなんて、俺の彼女はなんて健気なんだろうか。
ああああああああああああああ尊いぃぃぃぃぃ!!!!
ここが学校で良かった。
もしこれを家で思い出していたなら、突然祥子の部屋に不法侵入して、思わずその身体を抱きしめずにはいられなくなった後に勢い余ってプロレスごっこになろうとするもお互いに丁寧に恥部を洗いきれてなかったことを思い出してピンク色に盛り上がったムードが一瞬で霧散してしまうに違いない。
なんでこう、こういうところの妄想だけは妙にリアルなんだろう。
チェリー検定なるものがもしあれば俺は準1級くらいならノー勉で受かるに違いない。
とにかく、これ以上、ここで祥子について考えるのは危険だ。
思い出せば出すほどにその魅力がポンポンと出てきて、思わず叫ばずにはいられなくなってしまう。
なんというか、こんなに好きになってしまうならもっと早くやっておくべきだった感が半端ではないけれど、
これは今までずっと我慢してた分が一気に爆発してるからなんだと思う。
まあ、こんなにアホのように祥子に色眼鏡を使ってしまうのも今の内だろうけど。
それでも、それはそれとして今を楽しもうと思える辺り、やっぱり俺の頭は祥子にいい意味で毒されているのだった。
男のデレを書くのがこんなに面白いとは思ってませんでした。
あと何話か書いて、一旦このシリーズはストーリー編ということにして閉じます!
6月末までに完結させられれば良いのでしょうが、果たしてどうなるかはまだ書いてないので分かりません。
次回の更新は、6/24を予定しています。
……たのですが、体の調子を崩したため少しお休みします。
少なくとも完結はさせますし、なんとなく蛇足感が強いので、パッと終わらせることにします。
私の方でも、イチャイチャのシチュは10個くらい、話数で言うと50話くらいは書きたいものがあるんですが、「こういうシチュでの二人の絡み合いくれ!」とかの希望があれば、感想などで教えて下さると嬉しいです!
それでは、今回も、ありがとうございました!!




