かわいいは正義だが
転生するなら、もしかして現実世界よりも異世界に転生した方が楽だよな……なんて、俺は思い知ることになったと思う。 転生する前提かよ。
その後、またしても話を脱線させまくった俺たちは、直接会ってまずは事実確認をしよう、という当たり前の結論に30分ほどかけてようやく到達した。
俺たちの家はお隣なので、行こうと思えばすぐに行ける距離である。
この状況であれば普通は俺が祥吾の家に行くべきだ、と俺は思っていたのに、先に祥吾が俺の家に来たいと言い出したのだ。
「うん、とりあえず相談したくって。今スッゲーウズウズしている感じするんだけど」
「え?俺の家に来たい?いや、だったら俺がお前の家に行くべきだろ。
俺は別にいいんだが……そんな異常事態起こしといて外出するの大丈夫なのか?」
事実は小説より奇なりという言葉だってある。
こんな非常識なことが起こってしまった以上、もはや祥吾の身体に何が起きてもおかしくない。
俺としてはあまりその場を離れない方がいいと思うんだが――
「お前じゃねーよ、お前の母ちゃんに相談したいんだよ。
俺たちが知りうる中での一番の常識人だろうが」
「確かに。」
大正解だった。それなら納得だ。
祥吾の話は、話す人を選ぶべきであるようなぶっ飛んだ内容ではあるが、俺の母親であれば問題ないだろう。
俺の母親は義理堅いし、頭も回るし、なにより常に冷静だ。
非常事態で浮かれている今の俺の、その足りない部分を埋め合わせてくれるに違いない。
「それに、昨日病院行っといて外出できないわけがないだろ?」
「んー、まあ確かにな。」
言われてみれば確かにそうだ。
いちいちこんなことで意地を張る理由もないし、今は現状確認、それと祥吾を励ますのが先決だ。
「分かった。んじゃあとっとと来い。何かあったらすぐに連絡しろよ?」
「お前は親かよ。んじゃ、ちょっと支度して行くわ。また後で。」
祥吾はそう言うと、ぷつりと電話を切った。お前のちょっとは30分だろうが。
というところまで考えたところで、思考を停止させる。
何も考えられないまま、ベッドに思い切り倒れ込み、寝間着姿のまま横になる。
俺の身体が布団に沈み込むように、俺の思考も深く沈み込んでいく。
………今の会話、夢じゃないんだよな。
このわずかな時間で与えられた事実が怒涛のように脳裏に蘇ってきて、頭の中が支配されているような錯覚すら感じるほどに脳がぽっかりと思考を放棄しようとしてくる。
身動きがまったく取れない。まるで脳が体の動かし方を忘れてしまったみたいだ。
理屈を超えたことが起こると、どうやら普通の人間は脳がショートするらしいな。
俺が今、あいつとどうやって喋ってたのか、それすら思い出せない。
何か考えなくちゃいけないことがあったはずなのに、今の俺にはそれすらできない。
何だ?何が起きているんだ?何を考えればいいんだ俺は?
探すべきものが、靄の中に隠れて見えなくなってしまったような気分だ。
とりあえず、服を着替えて朝飯を食おう。
そしてそれから、母親に相談してみるか……
喜怒哀楽のどれにもあてはまらない不思議な感情を抱いて、俺はリビングに向かった。
「・・・・・・・・という訳なんだけど」
俺は朝食を食いながら、母親に事の顛末を話してみた。
こんな荒唐無稽な話でも、真面目に聞いてくれることがとてもありがたかった。
常識ではありえない話だろう。
俺だって未だにそう思うのに、俺の話す声はいつの間にか冷静沈着なものになっているというのだから、この話にも妙に話に真実味が出てしまうというものだ。
俺が一通り話し終えると、母親は小さく息を吐いて、少しの間考え込むように頭を唸らせたあと、驚くでもなく、困惑するでもなく、まるで日常会話をするように落ち着いた声で俺に問いかけた。
「……それ、嘘じゃないのよね?」
「ああ、多分間違いないと思う。あいつはそんなウソをつくヤツじゃない。」
「そう。 じゃあまず、いくつか質問させて。一つ目、祥吾くんの両親はその事を知ってるの?」
「あーいや、どうだろう、聞いてない。」
「分かった。次、病院には行ったの?」
「あー、その辺は後で本人に直接聞くわ」
「そう。次、これから祥吾君はどうするの?」
「とりあえず、ウチに呼んで事実確認をしようかなって話になった。99.9%本当だとは思うけど、やっぱり俺も信じきれなくて」
『親』の目線から、俺が祥吾にするべきだったことをいくつか指摘されてしまう。
俺の詰めの甘さをチクチクと指摘されているようで、少し心苦しいけれど、こればっかりは俺に非があるのだから仕方ない。
「……本当はウチに呼ぶのもどうかと思うけど、呼んじゃったなら仕方ないわ。
アンタも準備しときなさい。」
冷静な母親の対応のおかげで、俺もだんだん熱に浮かされた頭が落ち着いてきた。
やっぱり母親って神だわ。
とりあえず、今の俺ができることは、祥吾と一緒に解決策を考えていくことだけだな。
そんなことを考えていると、丁度呼び鈴が鳴った。
都合の良すぎるタイミングに一瞬驚きながらも、インターホンの画面を見る。
そこには男物の服を着た女性と思わしき人物が立っていた。
おそらく、電話越しの彼女で間違いないだろう。
「祥吾、なのか?」
「ああ、はよ入れてー」
俺の心配を余所に、普段と変わらない口調で彼女は言った。
玄関へ向かっていると、謎の緊張が突然訪れてきた。
アイツ、マジで女になったんだよな……
あれ?そもそも、なんて声を掛ければいいんだ?分かんなくなってきたぞ……
ふう、と一息ついて、玄関のドアを開ける。
「うぃーす、おはよう………」
「いいなー、お前は女になっていなくて。」
そう言いながら彼女は目の前に現れた。
俺と同じ身長だったはずの彼は、どこにもいない。
そこにいたのは、玄関の段差を差し引いても見下ろせるような身丈の、俺と同じくらいの若さの女の子だった。
ぼさっとした髪型に、やや丸みを帯びた顔。
荒々しい髪型には不相応な、やや細めの透き通った瞳。
すらっと伸びた細い腕に、毛一つ見当たらない綺麗な脚。
柔らかそうな全身とは対照的な、チェック柄のTシャツとシンプルな青のジーパン。
そして何より、男にはないはずの2つの膨らみを携えていた。
「っ…………」
目の前の彼、あるいは彼女の姿があまりにも衝撃的過ぎて。
意識だけが残ったまま、現実から取り残されたように固まってしまった。
違うな。彼女の美貌に見惚れてしまっていた、と言った方が正しかったかもしれない。
女の子の自撮りとは得てして可愛く映るためのテクニックで誇張されているものではあるけれど、本当の美人ならどう撮ってもキレイなんだろうなー。
なんて、身体の動かし方も忘れているはずの脳で考えていた。
5秒ほど経ってから、ようやく目の前の現実に思考が追い付き始めた。
え。え。なにこれ。
LIMEの自撮りよりめっちゃカワイイんですけど!!!!!!!
一瞬天使かと思ったわ。
ウチの高校で一番じゃね?余裕でミスコン取れそう。
にしては中身残念すぎるな。
じゃあサキュバス?うーん、こんな下ネタ全開のサキュバスって嫌やなー。
というかコイツの下ネタはただ単に下品だ。無駄に説得力のある役立たない知識しか持ってこねぇし。誰が男の性感帯教えろなんて言ったんだよ。
待てよ、そもそもサキュバスなら性知識はあってもおかしくない……。ガイジ系サキュバスとしてならいけるのか?いや、やっぱダメだろ。
というか勝手に妄想して勝手に幻滅とかキモオタか何か?
じゃなくて、頭じゃなくて口を動かせよ――
「おーい、大丈夫か?生き返ってる?」
目の前で固まった俺を心配してくれたのか、顔の前で手をぶんぶんさせながら祥吾が問いかけてきた。
その一挙手一投足すらも可愛く見えてしまうのは、絶対に俺の錯覚に違いない。
「あ、ああ。さっき1UPキノコ食ってきたから多分大丈夫」
祥吾の言葉でようやく我を取り戻すことができた。
あ、一回死んで生き返ってきた扱いなのね俺。
こっそりディスられてたんか今。分かりづれーわ。
まあ俺もさっきの電話でいつものように死ね死ねめっちゃ連呼しちゃったしおあいこか。何のだよ。
「とりあえず上がってくれ」
「お邪魔しまーす」
「はい、どうぞー」
祥吾の甲高い声を聞き、リビングでお茶していた母親がすぐさま玄関に駆け寄る。
「はーい、いらっしゃい祥吾君、大丈夫だった?
ってええええ!!??あなた本当に祥吾君?すっごい可愛いじゃない!!おばさんビックリ!!」
誰だお前!?
テンション上がりすぎだろ。
さっきの頼りになる冷静沈着な母親はどこいったんだ。
俺らが求めてるのは常識人モードだ。早くその猫かぶりを捨てろ。
「あ、ありがとうございます??」
ほら見ろ、困惑してんじゃねえか。
この話は玄関の立ち話でするような内容でもないので、とりあえず居間に上がる。
母親も居間に残るのかな、と思っていたが、母親は洗濯物を干しに2階へと上がっていってしまった。
男の子じゃなくて、女の子に接する態度をとってしまった……と反省し、頭を冷やしてくるらしい。
いやー、あの、うん。
どうみてもツッコむべきところはそこじゃないよな。
あの時の母親、獲物を前にした捕食者みたいな顔してたぞ。
息子であるはずの俺も若干引くって、どんだけすごい顔してたんだよホントに。
……という時間を今まで過ごしてきたわけなんだが、驚くべきことに、この間、わずか1時間半である。
なんつーか、還元し損ねた濃縮還元100%ジュースみたいな1日送ってんな。
それジャムじゃん……。
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ふう、落ち着いた(3分ぶり7回目)。
さて。聞きたいことは山ほどあるが、現状を整理するためにも、疑問をいろいろぶつけて一つ一つ整理していこう。5W1Hってやつだな。
まずは<When>。
「いつから女になっちゃったの?」
「昨日の朝だな。起きた瞬間は(もしかして君の〇はパターンじゃね!?)って思ったけど場所が自宅だったし、もっと言うなら俺あの映画見てないし」
「あれ?じゃあ昨日は何してたん?」
「親と病院行ってた。原因不明だってさ。で、その後は何とか元に戻れないか色々やってたら1日終わっちゃった。
んで今朝も、起きたら男に戻ってねーかな、って思いながら起きたけどやっぱりダメだった」
あ、そりゃそうか。流石に自分の両親に相談する前にこっちに相談するのは流石にヤバいよな。
コイツなら本気でやりかねないから困る。
「で、昨日の今日に至るわけか。前日になんか変なことでもやったん?女になる前兆とかなかったのか?」
「あったらキモすぎるだろ。俺もそこまで人間やめてねえ。普通にyourtove見てたら1日終わってた」
「奇遇だなぁ。俺もだ」
「「やっぱりな」」
何故か漫才みたいなノリになってしまったけれど、祥吾は一つ大事なことを忘れてるようだった。
それは、お前の身体に女になる前兆があってもなくても、変わらずお前はキモいということだ。
さて、<Where、Who、What、Why、How>は……
祥吾の家で<Where>
祥吾が<Who>
男から女になってしまったが<What>
原因は不明<Why>
どうやって変化したのかなんて本人にも分からない<How>
先ほどの会話で、中身に変化ないことは確認してたから……あとは……あとは……。
あれ、事実確認終わり??
今現在の俺たちが分かり切っていることはこれで全部らしい。
こんな大ごとが起こってしまった割には意外と少ないな、というか冷静になって考えてみれば当たり前かもしれない。
地球規模で考えてみれば、このくらいどうってことはない。
当事者の俺たちが大変なだけである。
それでも地球は回っているし、俺たちの日常も続いていくのだ。
今日から結構な割合で非日常だけど。
さて。いよいよ本題である。
これからどういう風に過ごしていくのか、それが問題だ。
「さあ、これからどうするよ?」
「どうするよって一言で言われてもなあ……いっぱい考えないといけないじゃん??」
「じゃあまずはお前の意向を確認したい。これから女として生きたいとか思わないの?」
「ない。どうにかして元に戻る方法を探すしかないだろ」
即答かよ。んまぁ、なんて勿体ないのかしら!!
何故かオカマ調になって出てきた本音を修正しながら、なんとか妥協してもらえないか模索してみる。
こんなカワイイ美少女がいなくなるとか、もはや人類の
「えー、勿体なくない?だってお前、中身隠したらめっちゃ可愛いじゃん!
そんなに今まで見つけてきた性感帯が大事か?」
「いや、突然『はい、今から女として生きてね』って言われてさ、はいそうですか、となるわけないじゃん?」
まあ、そりゃそうだ。いくら順応性の高い人だったとしても、いきなり新しい環境に放り込まれて一瞬で対応するなんてことは不可能だ。
それこそ、人間以外の生物にでもならない限りは。
あれ、じゃああり得るじゃん……。
「まあ性感帯も大事だけど!!」
大事なのかよ。
「えー、お前の性格なら『え!?俺、超かわいいじゃん!俺の人生勝ったな』ってなると思ったんだけどなぁ」
「最初は確かにそう思ったから否定はしないけどさー。
でもこれが「自分の顔」って言われると違和感ありまくりだぜ?
それに、やっぱり体型がとんでもなく変わっちったから。
強くてニューゲーム、という訳にはいかねえんだよな……装備もないし」
祥吾に真面目な顔で諭されると、思わず俺もちょっと反論しづらくなる。
その辺は当事者の方が気が付くよな。そこまでは頭が回り切ってなかったか。
「まず今までの服が使えない。サイズもデザインも男用だから今までの服を試しに着てみるとバリバリが違和感だった」
そうだよなー。着るものがないよな。
1日2日ならまだしも、まさか母親のおさがりをずっと着るわけにもいかないだろう。
「まだ服は買いに行ってないのか?」
「買ってから男に戻ったんならその服完全に無駄じゃん?
つーか着たくないし。3日経っても男に戻れなかったら諦めて買いに行くつもり。
母親はノリノリだったけどな、『やっと私にも一人娘ができたのね……』って感動してた」
それでいいのか、祥吾の母さん……
まあ、男の服でもシンプルなものだったら女になっても着れるだろうしな。
少し大きくても、サイズを合わせるために先っぽを捲るスタイルや、長めの萌え袖がもはや一種のファッションになっててすごく似合いそうだ。
だってカワイイ子は何着てもオシャレだもん。ソースはネット。
「まあいいや、そん時は誘ってくれ、俺も選ぶわ。第三者の意見もあった方がいいだろ」
「男二人で若い女の服買うって大分面白いよな」
なるほど、服についてもきっちり考えてるんだな。
「よし、服の話題はとりあえず置いておこう。他には?」
やはりこういうのは、当事者から聞くのが一番手っ取り早くて一番効率的だろう。
「思った以上にヤバかったのは……トイレだな」
えっ。
またしても聞きたくない下ネタを聞かされるのかと思った俺は、無意識的に顔をしかめてしまう。
「いやそんな顔すんなって!!これ本当に困るんだって!場所違うだけで超気持ち悪いんだからな!?力入れるとこが若干下にズレてて、トイペで拭くときも突っかかりとかないし見れないしで綺麗になったか分かんねえし!!!」
「やめろー!!そんな話聞きたくなーい!!」
思わず耳に手を当てて避難訓練の態勢みたいな構えをとってしまった。
わざわざ言うなや。何の解説だよいらねーよ。
そういう生々しい下ネタは求めてないんだよ、せめて夢のある下ネタをいってくれ。
というかいいから早くラッキースケベさせろ。
「そんなもん慣れろ!以上!この話終わり!というかその話題を俺に振ってどうすんだよ……。」
「いいか、女は楽じゃねえ。これだけはハッキリと真実を伝えたかった」
知らねーよ。俺も女になる予定なんてねーから安心しろ。
まずお前が女になってるのが異常なんだろうが!
取り返しのつかない話が来てしまうより先に、俺は釘を刺すことにしておいた。
「うん、分かった。よーく分かったから!!エロトークは乗ってやれるけどグロトークは無理だ。
間違って『生理来たーーーーwwww』とか報告してきたら絶縁してやるからな」
この話を「生まれ変わったら女になりてぇ」って言ってる男の人に言ったらその派閥絶滅しそう。
夢は夢だからええんやなって……
その後も俺は祥吾に知りたくなかった女のアレコレについて教え込まれたとさ、めでたしめでたし。
なんで年齢=彼女いないマンが女の辛さを知る羽目になってんの?
人生苦もありゃ楽もあるらしいから、そろそろ楽が来てもいいと思うんだけどなー。
今のところ苦しかないんですけど???
ネタで考える分には楽しいですけど、ガチで考えてみると大変ですよね。こういうの。
【蛇足】ジャムのくだり分からねぇって知り合いに言われたので解説を。
ジャムは、果物に砂糖を加えたものを濃縮して作られるので、いわば、果汁の原液に砂糖を混ぜたようなものです。
まあつまり、すっげーーー濃い出来事だったよって言いたいだけです。