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親友が女になっちゃったので全力で愛でたいですが。  作者: 落単 竜念
一度噛み合わなくなった歯車を戻すのは、もはや不可能に近い。
19/29

『君』との約束。

私は、初めて知った。


人に感謝しながら生きることの難しさを。


人に感謝されながら生きることの難しさを。


そして、――人が救ってくれる優しさを。

努めて冷静に語ろうとしてくる祥吾の顔は赤く腫れて、涙の跡がクッキリと残っていた。


今の祥吾の表情は果たして怒りなのか、呆れなのか、薄暗い室内では良く見えない。


「どの面下げてここに来たと思ってんだ?


どうせ、『俺を救いたい』とか言ってるくせに、結局最後は自分の事しか考えてなかったんだろ?


今の言葉がその証明じゃねえか。」


冷たい言葉の針が、俺を刺そうとしてくる。



そう、彼が言っていることのほとんどは真実だ。


俺が必死に考えて紡ぎだした言葉も、今この場で祥吾に伝えた言葉も、結局は俺の思いの一方通行でしかない。


「俺のことまで考えているフリをして、結局はお前が俺にそうなってほしいっていう、ただの願望の押し付けじゃねえか!


それともアレか、俺がお前の操り人形になれば解決するのか!?」


昂りをこらえきれなくなったのか、口調を激しくして祥吾は続ける。


泣き疲れて、かすれ声混じりに聞こえてくる祥吾の今の言葉のうち、果たして何割が彼の本音なんだろう。


真実であるからといって、それが人の本音であるとは限らない。


強い言葉を使おうとすればするほど、その人を弱く見せてしまうから。


だから、どんなに祥吾が俺に対して怒っていたとしても、その怒りが俺を揺さぶることはない。


俺を傷つけるには至らない。


「なんとか言ってみろよ、なぁ!?」


感情に任せて、祥吾が俺に詰め寄る。



はぁ~。


俺は下を向いて小さくため息をついてから、初めて祥吾を睨みつけた。



ムカつくんだよ、今のお前。


今のお前はまるで――昔の俺にそっくりで。


自分の醜さばっかりだけは綺麗に再現してやがるから。


「ああ、そうだよ?それがどうしたんだ?


さっき言ったよな。他人を理解するには限界があるって。


だったら、自分の理想を自分から話して、その友達の方から俺の理想の存在に近づいてもらえばいいじゃねえか。


そんなにおかしな話か?」


あまりにも冷たく響く声音に、自分でも少し驚く。


「そうだよってお前……。 え?」


予期してなかった返答が来たのか、一瞬祥吾の勢いが止まる。


口論というのは、基本的には必ず感情論より理のかなった理論が勝つものだ。


そして、自分の言いたいことを先に言った方の勝ちでもある。


だから、その隙を見逃すほど、俺ももう子どもじゃない。



そして、目の前の人に期待せず、失望せず、喜ばず、怒らず、黙って受け流せるほど、まだ俺も大人じゃない。


「言いたい言葉はそれで終わりか?


じゃあ今度は俺が言わせてもらうよ。」


かつて今まで、俺が他人にこんなに怒りを覚えたのは多分初めてかもしれない。


あの時の逆恨みなんかよりもハッキリと、俺は祥吾に激怒していた。


「……っ。」


初めて見た俺の様子に驚いたのか、祥吾がたじろぐ。


やめろっつってんだろうがその態度!


昔の俺のような、濁った眼をしている祥吾に、俺は言葉を叩きつけた。


「昔、俺がお前に言った言葉、覚えてるか?


あの時の言葉、今のお前にそっくりそのまま返してやるよ!!」


「っ!」


「学校にも来れないくらい怯えているくせに、俺に相談の一つもよこさないで。


そのくせ、俺がこうして助けに来てくれるのをずっと待ってたんだよなぁ!?


だからお前は俺の話を聞いてくれたし、鍵を開けてくれて俺とこうして喋っているんだよなぁ!?」


俺の言葉一つ一つが、凶器となって祥吾を穿つ。


「違う!」


思わず祥吾が反応するが、その反論は俺が許さない。


「違わねえよ!」


違うはずが、ないんだ。


「っ!なんで!人の意見をそうやって言い切れる!」


「分かるさ。


だって、今のお前は昔の俺にソックリだから。


お前があの時散々バカにした、あの滑稽な俺が目の前に立ってるんだから!!!」


「……っ!!ぁ……。」


本当は、彼も分かっていたんだろう。


俺よりも頭の回るやつだ、そんなことくらい知ってて当然だ。


だから余計に、今がつらいってことも。


それでもなお、逃げることしかできないことも。


俺に言われるまでもなく、きっと分かっていたんだろう。



まるで当時の俺を再現するように、祥吾の全身が脱力していく。


このまま放っておけば、衰弱して倒れてしまいそうな程に、その身体は弱々しく映る。


本当に、立場を変えて4年前の再現をしているみたいだ。



でも、昔の俺と今の祥吾には、一つだけ違うことがある。


それは――


今の祥吾には、『昔の俺』でも認めてくれるような、優しい親友がいるってことだ。


「なぁ、一つ、約束してくれないか?」


ボロボロになった祥吾が、縋るような瞳で俺を見上げる。


……決めたもんな。支えるって。


「俺を信じろ!


俺は絶対に『祥吾』を忘れない!!


例えお前が自分のことを忘れたとしても、俺がずっと覚えていてやる!!」


「っ!!」


下げてから上げられたせいで突然の変化についていけてないのか、祥吾は不安な眼差しで俺を見る。


「……。ほんとう、に?」


「ああ。大丈夫だって。


これでも4年間付き合ってきたんだ。


お前の親友、舐めんなよ?」


俺はそっと、まるで小さな子供をあやすように、優しい微笑みを浮かべた。


「甘えちゃうよ?そんな言葉言われたら……?」


「最初から甘えておけばよかっただろうが。


元々お前は人に頼るのが下手なんだよ。」


「お前に言われたくないけどな。」


そこは棚に上げておけ。


「もう、俺と一生縁切れないかもしれないよ?こんなの、ただの友達の範囲を超えてるよ……?」


「春休みの時に約束しただろ。お前が男に戻るまでは、俺はお前の味方でいてやるって。


そんくらいの覚悟、とうに出来とるわ」


支えになるって、きっとそういうことだ。


手を差し伸べることじゃない。


その人から、手を差し出してもらうことなんだ。


「だから、もう一回約束するぞ。


守ってやる。


絶対にお前の味方でいてやる。」


強い意志のこもった眼差しで、祥吾をもう一度見つめなおす。


祥吾は、まるで俺に説得されたかのように、困り果てた顔を浮かべながら、笑っていた。


俺が待ち望んでいた人の、待ち望んでいた笑顔が、ようやく戻ってきた。


「それは、死ぬまで?」


再び涙ぐみ始めた声で、祥吾が意地悪な質問を投げてくる。


「さあな。俺の気が変わるまでだろ。」


ほんの少し気恥しくなって、ちょっとはぐらかしてしまう。


「あはは……ゴメン、胸貸して?」


そう語った彼女の瞳は、今にも零れ落ちそうな涙でいっぱいだった。


俺は何も答えずに、祥吾の身体を優しく抱きしめてやる。


今までよりもやせ細った身体は、柔らかいというよりも、脆すぎて、儚すぎて、すぐにでも壊れてしまいそうだと思った。


「よく、よく頑張ったな」


昨日俺が母親にしてもらったように、背中を撫でまわしてやる。


それが、彼女の最後の砦を壊すトリガーになった。


「うわぁあっぁ!!!」


彼女の我がままを止めるモノは、もう存在しない。


「分かってたよ、そんなこと!


みっともなくても、情けなくても!!


それでも、それでもこうするしかなくて……。


ずっと辛くて、ずっと悩んで、ずっと苦しかったんだ!!」


自分の本当の弱音を吐ける人が、この世界には果たして何人いるのだろう。


そんなことを考えてしまう程には、彼女の弱すぎる本音はあまりにも痛々しい。


支離滅裂になりながらも、彼女の吐露は続く。


「今までの本物の自分が消えても、誰も覚えてくれないんじゃないかって……。


自分は嘘だって思ってた『祥子』もみんなから見れば本物で……。


もう、なにがただしいかも分からなくて……。」


「な。最初から、他人に頼っとけばよかったのにな。」


うん、と、腕の中の祥吾は力なくうなずく。


本当に、人に頼るのが下手くそだよな。


俺も、お前も。



俺の腕の中で思いっきり泣く祥吾の感情が、まるでこっちにまで直接伝わってくるような気がして。


大きく声を上げて泣く彼女から顔をそっと背けて、俺も静かに泣いた。



生まれて初めて、人のために泣いた瞬間だった。



―――――――――――――――――――――――


その後、泣き疲れていつの間にか寝てしまった祥吾をベッドまで連れ込む。


一切俺を意識していないように安らかに眠る姿には少しだけ腹も立ったけど。


その眠る姿が、あまりにも幸せそうだったから、俺は黙って彼女に背を向けた。



祥吾の母親にも、俺たちの一部始終は聞こえていたようで、思いっきり感動されて感謝しながら泣かれてしまった。


というか、仕事を終えた祥吾の父親までもリビングに居た。


あんまり面識はなかったから、少し不安だったのだけど、ただ一言、「ありがとう」と、深く頭を下げて言われてしまっては、俺ももう何も言えなかった。



家に戻り、心ここにあらず、といった感じで夜ご飯を食べ、風呂に入り、ベッドに潜り込む。


本当なら両親に全てを話すべきだったんだろうけど、当時の俺の頭にはそんなことも一切頭に浮かんでこなかった。


寝る前にもう一度、財布からあのプリクラを撮りだす。


変わらずにいる二人の馬鹿を見て、素直に笑えることに感謝しようとしたところで、俺にも我慢の限界が来てしまった。


隣の家に聞こえないように、布団で身体を覆いながら思いっきり泣いた。


それは、昨日とは違う涙だった。


はぁ~あ。


俺、泣きすぎだろ……。



翌日の朝。


またしてもいつもの時間に目覚めてしまった俺は、いつもの時間に隣の家の呼び鈴を押す。


ドタバタとした足音が聞こえてきた後、出てきたのは――


「ゴメン、お待たせした?」


「……いーや、別に。」


祥子だった。


何だか昨日の俺がしたことがだんだんと恥ずかしくなってきて、まともに顔が見れない。


決して、彼女に恋をしたわけではないのに。ムカつく。


「行こうぜ。ちゃんと靴は履けよ?」


「わーってるよ。アンタはオカンか!」


他愛のない会話を口にする祥子の顔には、まだ泣きまくった跡が目の下に残っているけれど、それも数日すれば消えるだろう。


ようやく、俺たちの日常的な非日常が帰ってきた。


「あ、そうそう。一つ言い忘れてたんだけど」


「ん?なんだ?」


といっても、コイツと一緒ならそんな日々は滅多に来ないに違いないだろうけど。


けれど、せめて今日一日くらいは平穏に過ごしたいものだ――



「好きになっちゃったから。これから、よろしくね!」



「は?」


……。平穏な日々が訪れるのは、ずーっと先のことになりそうだった。


なーっがいプロローグがようやく終わりました!!


というかこれを書いてるせいでバイトに遅れそうとかアホかな?


次回は6/14を予定しています。


それでは、今回も、ありがとうございました!!

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