『俺』が消える時
まさか、俺が突如として女になるなんて思っていなかったけれど。
それでも、それでも。
義明のサポートや、クラスのみんなの優しさに救われて、「祥子」は上手くやっていけてると思ってた。
いや、実際に学校での生活は順調だったと思う。
むしろ、順調すぎたから―――
こんな当たり前の事にも、ずっと気が付かないままだったのだ。
今日の最後の授業は体育だった。
当然今の私は女子なので、4組の教室に移動して、クラスの友達や、他のクラスの女子に混じって着替えをしている。
慣れ、というものは怖いもので、こうして目の前で女の子たちが下着姿になっているのを見ても、もう驚きも興奮もしないようになってしまった。
4月の初めころの身体測定なんかでは、みんなの下着姿を食い入るように見つめて、まるで家宝にせんとばかりに脳内DVDに全力でコピーをしていたというのに。
ちなみに、その時の様子があまりにガチすぎたせいで、女の子たちの間で「もしかして祥子ちゃんって百合百合な人なのかな?」と一時話題になってしまったが、
「でもあの美しさで迫られたら思わず捧げちゃうよね~~」という誰かの一言にみんなが賛同したことで事なきを得た。
果たして本当に事なきを得たのかどうかは定かではない。
男だけに追っかけられるならともかく、女の子からも追っかけられるとか割と勘弁してほしいんだけど……。
そんな事を考えながら着替えていると、目の前で話していた友だち集団からの会話が飛んできた。
「そういえばさ、祥子ちゃんと潮くんって、本当にただの幼馴染なの?
実はずっと前から好きでした――みたいな、ラブロマンスとかないの!?」
え?何を今更当たり前のことを。
「いや、全然――」
違うけど、と言いかけたところで、思わず言葉に詰まる。
確かに、義明は幼馴染で親友だ――だったはずだ。
いや、今もそうなのだけど、最近その辺りの区分が良くわからなくてモヤモヤしてしまう。
「……。ぶっちゃけると、最近よく分かんない。
勿論嫌いじゃないんだけど、好きっていうには微妙っていうか……倦怠期?みたいな感じ?」
少し迷ったが、私は正直に今の心境を打ち明けることにした。
ここは女としての先輩であるみんなに聞く方が良いだろう。
と、割と真面目に考えていたのだけれど。
「「おおおおぉぉ~~」」
と、みんなから感嘆の声を上げられてしまった。
いや、なんで?というか後ろの子、なんでこれだけで鼻血出そうになってんの?妄想力豊かすぎない?
「いいねいいね、この甘酸っぱい感じ!!」
「わかりみ!尊さすらあるよね、こういうの!!」
「ちょっとマック行ってこの話で盛り上がってくるわ」
そんなにいいものじゃあないと思うんだけど……。隣の芝生は青く見えるってやつじゃない?
あと最後の子はわざわざTwitterに晒されに行かないで!!
事実なのに嘘扱いされちゃうよ!?
「え?だって祥子ちゃんってさ、ウチらと話すときと、潮くん相手に話す時で露骨に態度が変わるじゃん。気づいてないの?」
「え、そ、そうかなぁ?」
げ、そうだったのか。自分としては上手く振る舞えていたつもりだったんだけど、「つもり」じゃあダメなんだよね。
これは完全に私のミスだったけど……。みんなはそういう風に捉えてくれていたのか。助かった。
「そうだよー。潮くんと喋ってる時の祥子ちゃん、こっちが眩しくなるくらいにはスゴく可愛い笑顔してるんだよ?
アレで付き合ってもないし好きでもないよーってのは、流石に無理があるんじゃない??
ほれほれ、お姉さんたちに本音を話してみなされ」
「いや、本当にそういうんじゃないって。誘導尋問は卑怯だよ?」
人の意見を同調圧力で決めにかかるのは何とも危険だ。
特に、それが大事なものであればある程、なおさら。
「おう、ゴメンね。無理強いするつもりじゃなかったんだけど。
『これはええ乙女の悩みですなあ』っていう悪代官様的ないたずら心がつい芽生えちゃって……ね?」
うんうん、とみんなが一同に頷く。
なんだかんだで人付き合いのプロフェッショナルなのだ、ギリギリのところで立ち止まってくれるのはこちらとしてもありがたい。
つーか俺はそもそもまず乙女じゃねえし。
俺は本来男だろーー、と思いかけて、今の思考回路が完全に女の子目線のソレであったことに気づく。
……はぁ。
この辺の考え方も変化しちゃってる辺り、やっぱり女になっちゃったってことなのかな。
大体、もし私が付き合うんだったらその男は義明よりもカッコいい男に違いない。
それこそ、以前の俺のようなイケメンに違いねえな!!!
……まあ、いうて前の俺も言う程イケメンじゃなかったんですけどね。
あれ?
脳内に違和感が残る。
『やめろ!それ以上は考えるな!!』という警鐘が突如、脳内に鳴り響いた。
え?なんで?今の冗談の何が変だったんだろう?
別に、以前の俺がイケメンだろうが不細工だろうがどうでもい―――――――
あれ?
いぜんの、おれ、の、よ、う、 な――
あれ?
俺の顔ってどんなんだったっけ?
え?
なんで思い出せないの??
そもそも、自分ってなんだ???
答えられない。
本当に自分が「祥吾」だったことを証明するものは、この身となった今ではもう何も存在しないのだ。
……寒気がした。
鳥肌がものすごい勢いで立った。
血の気がサァーっと引いていくのが自分でも分かるくらいには、得体のしれない恐怖が背中を駆け巡っていた。
私、いや、俺は、人生で初めて、絶望という言葉の意味を実感させられた。
自分の中の、「祥吾」が消えかけているという事実に。
「あ、アレ?どうしたの祥子ちゃん? 顔色悪いよ?もしかして、さっきの質問、地雷だった?」
「え、あ、いや、全然そういう訳じゃないけど、うん。ちょっと体調が悪くて……。ゴメン、保健室行ってくるね!!」
「え?あ!?祥子ちゃん!?」
今、俺は何と言ってみんなから離れたのだろうか。よく覚えていない。
頭の中で描かれる妄想から逃げるように、ペース配分なんか一切考えないで、自分に出来る全速力の駆け足で保健室を目指す。
一体いつから?いつから俺はこんな『私』を受け入れるようになってしまったんだ?
今まで16年間、俺は『男』として過ごしてきたはずなのに。
その16年間で培ってきた何もかもが、たった1か月で全部消えてしまうというのか?
まるで、最初から、「佐藤 祥吾」という男は存在してなかったかのように。
消える。消えてしまう。「俺」が消える。
なんなんだよ、これ。
なんなんだよ。
はははっ。
自己防衛の反応で口からこぼれ出た乾いた笑みは、唇の振動で震えている。
ただ、恐い。
まるで、自分が操れないほどの強大なモンスターを作ってしまった科学者のように。
俺というちっぽけな存在に対して生まれてしまった恐怖心は余りにも大きすぎて、今の俺にはまったくもってその感情が操れない。
こんな状態じゃあどうあがいても後ろ向きの思考しか出てこないと分かっているはずなのに。
どんなに走っても、どんなに走っても、脳がその恐怖を忘れてくれない。
そもそも俺がこんなに、足の遅いわけがない。
その事実を認識させられるだけでも、吐き気がする。
お前は――『私』は一体誰なんだ?
もう、やめてくれよ。
本当に。
これ以上、「俺」を奪わないでくれ……。
足をもたつかせながらなんとか辿り着いた保健室で、ベッドを貸してもらい、布団の中にうずくまる。
時間と共に暖かくなるはずの布団は、30分経っても、1時間経っても一切暖まらなかった。
身体の震えだけは止まってくれた身体をなんとか動かして。
友だちに、そして、義明に迷惑をかけないように……。
いや、嘘だ。逃げるためだ。
みんなから逃げるために、一足先に教室に戻り、素早く荷物をまとめると、
俺は授業が終わるタイミングで、すれ違わないように気を付けながら一人先に、校門をくぐった。
あの日、一体俺はどこでご飯を食べ、お風呂に入ったのだろう。
それすら覚えていない。
だけど、未だに覚えていることが一つだけある。
あの日に食べた夕飯の最後の一口。
すっかり冷めきった焼き魚とともに、口に運んだ白米は―――
酷く冷たかったということを。
「祥吾!?大丈夫!?」
美味しいはずの母親の料理が、吐き気を催す毒薬と化したのは、あの日が初めてだった。
次の日。
私は、学校を休んだ。
シリアスな部分なので、もうちょいじっくりと書きたかったんですが、今の私の実力だとこんくらいが限度らしいです。
果たして祥吾(祥子)の運命やいかに。
次回投稿は6/11を予定しています。
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