お隣さんと、俺と。
大事なものから逃げられるくらいに甘い人生を送りたいなら。
大事なものを諦められるくらいの強い人でなければならない。
逃げることと諦めることは、きっと似て非なるものなのだ。
「ということで、外に出ようぜ! 中はダメ!外に出して!」
「いや、何が『ということで』なんだ?
あとその下ネタをお前からされると普通に引くことが分かったので二度とするな」
「おお、新発見だね」
「知りたくなかったんだよなぁ……。」
俺のツッコミもどこ吹く風、今日も今日とて祥子は我が道を行く。
まあそもそも、俺の悪口程度で揺らぐような奴ならこんなに捻じ曲がった生き方は出来ないだろう。
その後も祥子の謎の勢いに押し負け、結局祥子と二人で外出することになってしまった。
「やっぱり今日はお家で精神と肉体の休息をだな……。」
「ダーメ☆ ……ンコルセット」
満面の笑みで否定されてしまった。何故そこでそんなに素敵な笑顔が出てくるんだ。
まるで天使が現れたかのように錯覚してしまうからやめろ。
あとダーメンコルセットってなんだ――
「とは医療用に使われる軟性のコルセットであり、胸椎用と腰椎用があるため、患者の状態に合わせたコルセットを選択することが望ましい」
目を瞑りながら祥子が何かをブツブツ唱えていると思ったら、さっきのダーメンコルセットの説明を呟いていたらしい。
え、暗記してんの!?なんで!?
「どやぁ?スゴイやろ?」
「……。」
「ほらー、言葉も出ないくらい感動してるー」
知らねぇよ。言葉が出なかったのは感嘆じゃなくて困惑してるからだよ。
「ちなみに、今ならタイの首都の正式名称も言えるぞ!!クルームテーププラマハーナコーン……。」
長そうなので聞き流すことにした。というかそんな事でドヤ顔するな。
しかも顔が綺麗だからいちいち余計に反応してあげたくなるのもタチが悪い。
「……ウィサヌカムプラシット!!どう?どう?スゴクない!?どっかで使えないかな!?」
「確かにスゴイがその記憶力をもっと勉学に使え」
『どうせなら本物のデートっぽくやろう!!』という鶴の一声ならぬ祥子の一声で、家の外で待ち合わせるところからデートを始めることになった。
あんまり変わらない気がするんだけどな……。まあ、こういうのは気分の問題なのだろう。
祥子の家の前で、スマホを弄りながら祥子を待つ。
春を迎えたばかりの日差しは熱いというよりも暖かく、俺たちを春の陽気に包んでくれる。
ああ、それにしても。
眠い。
完全に寝不足だ。今日まさかどっか外に出かけるなんて予想してなかったもんで、ついつい昨日は深夜までゲームの生配信を見てしまった。
加えてこのゆる~い日差しも俺の眠気をアシストしてくる。もしここに公園のベンチがあったならば、俺はすぐに横になって幸せな夢を見始めるに違いない。
というかそもそも何故お隣にこんなお邪魔虫がいたのにお昼まで安眠できると思ってたのか。
昨日の自分を恨んでやりたい。
試着室で寝て祥子に嫌がらせしてやろうかな。流石にそれはほかの人の迷惑になるな。
いや、そうじゃなくて、今日は祥子を女の子扱いするって日やろ。祥子を基準に考えるのは一旦よそう。
とは言ってもなぁ……。そもそも女の子ってどういう風に扱えばいいんだ?
女の子とデートどころか外出なんてしたことない俺にはいきなりハードルが高すぎやしませんかね?
祥子が家から出てきたのは、そんなことを考えていた時だった。
「やっほー。待った?」
「おう、待った……ぞ」
現れたのは、さっきまで下ネタを俺に浴びせてきたような全身ジャージの男女ではなくて、本当にこの日のデートを楽しみにしていたかのような、可憐な若い女の子だった。
良い意味で衝撃的な姿に、俺の眠気も一瞬で吹き飛んでしまった。
さっきからの華麗な豹変っぷりに、俺の声にも動揺が隠せない。
祥子は、白い薄手のシャツの上から、青いオーバーオールのスカートを履いて,赤のショルダーバッグを肩から掛けていた。以前の服屋で見たような控えめな印象とは打って変わって、今度はとても活発でおてんばな様子を感じさせる。
白日の下へ惜しげもなく晒された太ももから、俺のサイズよりも何周りか小さいはずの黒のスニーカーまでの脚のラインがあまりにも眩しすぎて、俺は祥子の足元に目線を下げられないという謎の制限が追加されてしまった。
ちょっと魅力的過ぎてヤバい。「ヤバい」という言葉以外の褒め言葉がどっかに行ってしまって帰ってこないくらいにはヤバい。
「どう、似合ってるかな?」
その場で一回転しながら、ノリノリで女の子の芝居をしてくる祥子。
こんなに嬉しそうな笑顔をされては、こちらまで笑顔にならざるを得ない。
前回は思わず絶句して何も言えなかった俺だけど、俺だってキチンと褒める練習をしてきたんだ頑張れ!!
「……すっごい似合ってる。」
「うーん、なるほど。他には?」
「……印象が変わりすぎてすっげードキッとした。もしも中身がお前って知らなかったら多分落ちてると思う」
「ふむふむ……。」
俺の言葉を受けて、何かをバッグから取り出したメモ帳に書き込む祥子。
「何書き込んでるの?」
「俺を女の子っぽく扱えてるかの採点。今のは言葉に深みが足りないので減点です」
え、今ので減点!?
結構上手く褒められたつもりだったんだがなぁ。
というか言葉に深みがないってなんだよ、コーヒーみたいに言われても分かんねーよ。
結局女の子扱いとはどうすればいいのだろうか。
このまま喋っていても結局いつものようにただ単に祥子を邪険に扱って終わってしまう。
何か、何かいい方法はないのか?と考えながら停留所まで歩いていくと、丁度いいタイミングでバスが来たので一旦思考を中断する。
よし、ノータイムで乗り込めるぞ、ナイスタイミングだ!
「行こうぜ、祥子」
……と思って後ろを振り返ると、祥子の姿は俺の想定よりも遥か後方にあった。
どうやら新しく買った靴の靴紐が運悪く絡まり、直すのに戸惑っているようだ。
このまま靴紐を直していては、祥子はこのバスには乗れそうにないだろう。
はぁ、なんだよ全く、折角バスがちょうどいいタイミングで来てくれたというのに。
しょうがねえな。
俺は祥子のために、先にバスに乗ってあげることにした。
いっか、祥子だし。
「うおおおおおおおい待てやああああああ!!!」
……おおよそ女の子が出してはいけない叫びを上げながら祥子を走らせたのは、やっぱりちょっと失礼だったかもしれない。
バスを降りて、以前訪れたアーケード街に再びやってくる。
どうやら、デートコースは前回巡ったところと全く同じところを辿っていく形らしい。
以前と同じ足取りでも、デートをやる意味は全然違う。
前回は祥子のため、今回は俺のためのデートだ。
全く同じデートを、今度は違うシチュエーション(のつもり)でやるっていうのも、人生でなかなかない経験だとは思うけどな。
春に比べて人通りの少なくなった大通りを、以前のように2人で歩く。
人通りは少なくなっているはずなのに、人の視線が以前並みかあるいはそれ以上にこっちに集まってくるのを見ていると、隣を歩いているのは普通の女の子ではなく祥子なのだ、と否応なく感じさせられた。
「ねえ、アレ絶対他の女の子相手にやる芸当じゃないよね!?」
「いや、うん、まあ、正直すまんかった。お前相手だとつい安心しちゃってな。」
「安心して取れる行動がそれって、なかなかいい性格してると思わない?
あんた、親しき仲にも礼儀ありって言葉ご存知?」
面倒なからみ癖の関西のおばちゃんみたいな口調で言い寄られる。
いくらコイツの中身を知っていても、やっぱりかわいい女の子の顔が間近にくると思わずドキッとしてしまうので、一歩後ろに下がって今までの距離を保つことにした。
「うーん、お前に似たんだろ、よかったな!」
俺に出来る精一杯の笑顔で祥子に向き直ってやる。
前にやられたやり取りもたまにはやり返しておかないとな。
「……確かに!」
「うんうん、物分かりのいい子でオジサン嬉しいぞ!」
話の勢いで、思わずぐしぐしと頭をなでてしまった。
「……え?」
祥子の髪質は元々から綺麗だったのは知っていたが、女の子になってからは更に艶やかさが増したらしく、面白いほど手が滑っていく。
え、流れでやっちゃったけどめっちゃ触り心地良いじゃん最高かよ。
「今のこの状況で「おじさん」って言っちゃうと結構事案だから気を付けてね?
というか普通の女の子だと思って接しろって言ってるよね!?
普通の女の子にこんなこと絶対にしないじゃん!?」
俺の左手首を両手で掴まれて、祥子の頭から離されてしまう。
ああ、もったいない……。
「い、いや、もしかしたら出来るかもしんないぞ?」
無理やり強がって、何とか取り繕おうとしてみる。
「ううん、絶対できない!!ソースは昔の俺!!」
「負けました。あと俺って言うのやめような?」
ソースが強すぎる。いやそうじゃなくて。
いかんいかん、ついついペースが乱れてしまう。
そうだ、今日の本題は俺が女性に慣れることだったじゃないか。祥子はそれに付き合ってくれているのだ、俺がしっかりしないと。
やるからには全力でやらないとな。どんなことがあっても、女からは逃げられないんだから。
……この言い方、メンヘラに捕まった男みたいでなんか嫌だな。
一度来た道のりというのは、なんとなく体が覚えているもので、俺たちはあっという間にショッピングモールに着いた。
「まずは服だな。俺……いや、私に似合う服を選んでみなさい!!」
選ばれる立場だというのに、何故か世間知らずなお嬢様のような口ぶりで俺を挑発してくる。
こちらを向けた左手は、キチンと指先まで伸ばしきっており、まるで隠し事を見抜かれたみたいで思わず後ろめたいような気持ちになってしまった。
いや、何もやましいことはないし、ついでに言うと人差し指は人を指さすために使う指じゃないからな?
普通の人がこんな真似をやったら冗談で流せるだろうが、祥子がそんな芝居をするとその高圧的な態度にキチンとその美貌が釣り合うから驚きだ。
ついつい下僕になって従いたくなってしまう。
「へいへい、かしこまりました、お嬢様っと」
しゃーない、使用人として、ここは一肌脱ぎますか!!!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いやー、今日のデート、楽しかったなー。義明はどう?」
「いやー、楽しかったな。もう一日が終わるのかー」
デートも終わり、帰り道。
バスの停留所からの田舎道を、再び俺は祥子と歩いていた。
え、終わった?
終わった!???
「え、なんで!?なんでもう終わってんの!?」
「えー、知らないよ。楽しい時間はあっという間に過ぎちゃうからねー」
「違う違うそういう次元じゃねぇ!!始まってすらねえんだぞ!?」
過ぎる時間がねえってどういう状況だああん!?
「なんで俺の1日は始まる前に終わってんの?いや厳密にいえばまだ終わってないけどな?」
「んもう。1日は、夜まで、って言いたいの?しょーがないから付き合ってあげよっか?」
「そもそも昼がねえから夜しかねえんだよ!!!」
「夜しかない、なんて大胆だね(ポッ)」
「そういう意味じゃねーしポッって自分で言うなーー!!」
ノリノリな祥子とは対照的に、俺の脳内は激しく混乱していた。
熟練ツッコミerの俺ですらツッコミが追い付かないってどんな状況だよ。
というかそもそも熟練ツッコミerってなんだよ落ち着け俺。
いや落ち着けるわけねーだろこんな状況!!
あかん、セルフツッコミしてたら永遠に解決しねえ。まずは現状を整理するんだ。
「まず、お前から見て今日の俺はどうだったの?
結局本題の女性アレルギーは克服できたの?」
そう、最悪、これさえ達成できてたならば、今日は意味のある一日だったと百歩、いや千歩くらい譲って納得できるかもしれない。
頼むぞ、祥子。ここは嘘でもいいから空気を読む場面だ……!!
「うーん、俺も楽しむのに夢中で忘れてたからよく覚えてないや」
コイツにちょっとでも期待した俺がバカでした。
「あれ!?採点は!?あの謎採点はどうなったの!?」
「え~、めんどいから途中で飽きた」
「というか思い出したけど割と最初あたりからお前も普通の女の子のフリやめてたよな!?」
「いや~、アレは私をほっぽり出したお前が悪いっしょ。本気でバスに間に合わないと思ったからね?」
「あれ?というかさ、俺、気づいちゃったよ?
この1日さ、もしかしなくてもいらなくない?」
「確かに。」
「いや確かにじゃなくてだな?どうみても今の言い方的に同意求めてなかったよな俺?」
「まあいいじゃん。これからも意識してガンバロー!ってことで」
「いや、ガンバロー! じゃなくてだな?
はあぁ……。もうそういう風に捉えるしかないか」
どちらにせよ、デート(仮)中も全くと言っていい程いつものノリで楽しんじまったし、赤の他人扱いは俺たちのノリではそもそも無理であった、ということが、今日一日を通じて改めて証明された。
既に証明されていたような気がすっごいするけど、そういうことにしておいて。
この二人のデート、最後のところでもうちょっとだけ続くんじゃ。
デート丸カットオオオオオォォォ!!っていうのは一度やってみたかったんですけど、どうしてこんな発想が出てきたのか、自分でもよく分かりません。
次回の更新は6/8を予定しています!!
【『ジャンル別日間1桁に載ったら友人に晒すって決めちゃったので評価&ブクマはしたりしなかったりしてください!!!!
感想はいつでも待ってます!!!』←テンプレにしました。
本当に感想はお待ちしております。よろしくお願いいたします。】←ここまでテンプレです。
それでは、今回も、ありがとうございました!!




