かわいいは正義
朝、起きたらかわいい幼馴染が起こしてくれる。 男なら誰もが一度は夢見るシチュエーションだろう。
………でも、もしその正体が、昨日まで下ネタを言い合ってた男友達だったとしたら??
それでも受け入れるしかないだろう。なんたって、カワイイは正義なのだから。
俺、潮 義明は自宅のテーブルの椅子に座っている。
テーブルを挟んだ真向いにはとある女の子、もっと正しく言うなら男の子だったはずの人が一人。
その子の名前は「佐藤 祥吾」というらしい。
奇しくも、俺の親友と同じ名前だった。
俺にはもちろん両親がおり、3人で暮らしているが、父親は仕事に行き、母親は2階で洗濯物を干している。
そのためリビングには俺たち二人だけで、木の丸長テーブルに置かれた椅子に向かい合って座っている。
二人には無駄に広すぎるリビングが、静穏に包まれた二人の感情に揺さぶりをかけているような気がした。
「えー、さて・・・・・・・・」
「うん・・・・・・・・」
一言言おうとしてお互いに数秒間沈黙し、気まずい静寂が訪れる。
彼、いや彼女の姿にはいっぱいツッコミどころがありすぎて面白すぎるのですぐにでも爆笑したいのだが、彼女が何かを喋るまでじっと待ち続けた。
ボケが喋るまでツッコミは待つ。そうするのが俺たちの会話のマナーだったからだ。
というかこの時間が既に面白すぎる。
そして、この雰囲気に耐えきれず、彼女は言った。
顔をヒクつかせるなフライングやめろ――
「俺、これからどうしよwwwwwwww」
我慢できなかった。
「いや、絶対ヤバいってwwwwwww」
腹を抱えるようにうずくまって笑い合い、テーブルをドンドンと叩いて笑いを必死に逃がす。
常識では理解できない状況を冷静に理解しようとすることほど、無駄で面白い瞬間はない。
ダメだ、控えめに言って死ぬほど面白すぎる。
ちなみに控えないと死ぬ。
「もう笑うしかなくね?wwwwwww」
「だよなwwwwこれやべーwwwどんなコントよりも面白いやろwwwwww」
「なんで 男 が 突 然 女 に な る ん だ よwwwwwwwwwしかも美少女のおまけつきwwwwwむしろおまけが本編じゃんwwwww」
「良かったじゃんwwww シコリ放題、見放題だぜwwwwwしかも0円wwww
つーかネットの広告みたいに言うなしwwwwwwww」
「誰得だよwwwwwあー、笑いつかれる、死ぬ………」
なんだこれは……。
本当に、訳が分からな過ぎて笑うしかないような事態だぞ、これ。
お互いに溜まりまくった笑いを発散し終えた後で、祥吾が急に真面目な顔に戻った。
かと思うと、テーブルの下に手をまさぐり、うんうん唸り始めた。
なんだ?女になった再確認でもしてるのか?
まあ、現実味のないことが起きたんだ、信じられなくても当然だとは思うけど――
残念だが彼が、そんな普通の行動をとるわけがなかった。
「つーかさ、これさ、もしかしなくても今までの俺の性感帯発掘作業が無駄になったよな?」
は?
思わず自分の耳を疑ってしまうが、悲しいことに俺の耳は正常らしい。
「え!うわ、ホントだ、消えてるううぅ勿体無ええええ!!!!!
返してよ、俺のアリの門渡りいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
は?
頭を抱えて無駄におっぱいを揺らしながら一人騒ぐ祥吾。
ふーん、運良く(?)女になってもぺたんこにはならずに済んだらしい。
物理法則に従って、上下にたゆんたゆんと2つの果実が揺れ動く。
ふーん。
あの……。全くもって嬉しくないんですけど。
これがもし、事情を知らないような状態であれば、『やったー、ラッキースケベ!!眼福ゥ!!』なんて無邪気に喜べたのに。
俺に向かって性感帯が消えたと嘆いてくるような気持ち悪いヤツのおっぱいが揺れたところで、
俺には揺れ動くソレが物理の実験と何ら変わらないような印象を抱いてしまう。
すごいな、おっぱいを見て感情が無になったのは初めてかもしれない。
というかこれで最後にしたい。あまりにも切なすぎるだろ。
「うわキモ、3度死んで2度生き返れ」
「いやーそれは流石に難しいなー、というかこの話先に振ったのお前じゃん?」
よかった、俺の知ってる(キモイ)祥吾が帰ってきた。やっぱりコイツはこうでないとな。
体型が女になってしまったからちょっとだけ心配していたが、それは杞憂だったようだ。
あ、間違えた。俺の知ってるキモイ祥吾だ。()いらねーわ。
「ふう、姿形が変わってもお前はお前のままで少しだけ安心したわ」
「いや、美少女に転生したから異世界でしょこれ。もしかしてハーレム築ける?」
お前にとって既視感しかないここのどこが異世界なんだ?
もしここが異世界なら俺は真っ先にお前を魔法でぶっ倒してるからな?
「お前女なんだから逆ハーレムだろ……いやそうじゃなくて………とりあえず現状を整理させろ……疲れる……」
これ以上真面目にツッコミを入れ続けると、精神がすり減ってろくなことにならねぇ、
と判断した俺は、現実逃避をするように、あまりにも濃すぎる今日の出来事を思い返し始めた………
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
高校生活も1年が過ぎ、これから2年生になろうかいう春休みのある日のこと。
深夜までゲームに没頭し、いつものように10時に起き、寝ぼけながら枕元に置いている携帯をいじるという春休み特有の黄金ムーブを決めようとして、
LIMEに親友からの通知が入ってることに気づく。
遊びの誘いかな?まあいいや、今日も暇だし一緒にどっかに遊びに行くか……
寝ぼけた頭で文面を見る。
そこに書かれていたのは、
「俺、女になったかもしれない。」という一文と、
黒髪ショートのかわいい女の子の自撮りの写真だった。
あれ、あいつが俺にも理解できる冗談を送ってくるなんて珍しいな。
いつもならば、「朝起きた瞬間にパッと思いついたんだけど、潮の潮吹きって文字的に面白くない?」のように、
見た瞬間に携帯を投げつけて叩き割りたくなるほど失礼な冗談を発してくるはずの祥吾が、こんな冗談をおくってきたのだ。
もしかしたら、何か本当にヤバい事情があるのかもしれない。
というか思い出したらまた腹立ってきたな。
「この女の子の詳細は後で教えろ。で、何時から遊ぶ?」 返信。
身体を伸ばしながら一つ大きな欠伸をして、身体を徐々に起こしていく。
春休みのおかげですっかり乱れた生活リズムを送っているが、この乱れこそまさに休日の醍醐味ではないか!
と、誰に向けたのかも分からない言い訳を思い浮かべながら、机の隣にある本棚へ向かう。
さて、積んでたラノベでも読むか……って電話かよ。
祥吾からか。まだ春休みも残ってるし、今から遊びもワンチャンあるかな---
俺はそんなふうに緩く考えていたのだが、祥吾の方はそうでもなかったらしい。
「おい!助けてくれ!!大変なことが起きた!!」
まるでホラーゲームに出てくる登場人物のように、電話越しに鬼気迫ったような声が聞こえてきた。
耳を近づけすぎたせいでめっちゃうるさかったので文句を言おうとも思ったが、これが目覚ましの代わりだと考えて自分を納得させる。
にしても、変だな。
何か声がいつもより高い感じがするんだが……
「分かった、今助ける!!!!! んで、どうしたの?」
「いや、本気で助けてくれ!!ヤバいヤバいどうしよ……」
どうやらさっきのはただの質の悪い冗談という訳ではなかったらしい。
あれ、コイツ本気で困ってるぞ、口調にいつもの余裕がないな。
ぐぁ~、そうか、しまった……。
日本語を喋っている時点で違和感に気づくべきだったか……。
まあいい。親友の悩みだ、相談に乗ってやろう。
俺は素早く頭を切り替えて、慌てている祥吾とは対照的に努めて冷静に状況を聞き出すことにした。
「どうした?俺が協力すればなんとかできる?」
「いや、それ以前の問題すぎてどうしようもねえ…」
「?? どういうことだ?」
全くもって話が掴めない。
この謎の高音と関係があるのか?
情報のないままでの考察というのはなかなかに無理がある。
「いいか、嘘じゃねえぞ。」
そういうと、電話越しに深呼吸の音が聞こえてくる。
思わずこっちにも緊張が走る。
どんだけ大きな事情なんだ、まさか突然の転校とか?
それならこの慌てようもまあ分からなくもないが――
「俺、女になっちゃったかもしれない、というかなっちゃった」
(╹◡╹)→→( ´_ゝ`)
はー……と電話越しにも聞こえるくらい、大きなため息を漏らす。
人を真面目にさせといて、言った冗談がこれですか。
まーた、祥吾特有の面白くとも何ともない時間つぶしに付き合わされてしまったらしい。
いや、基本的に彼は面白がってやっているから、大抵の場合被害者は俺だけである。
なんて理不尽なんだ。
「つまんね。0点」
「いや違う!!!!本当に、女になっちゃったんだって!ほら、この電話の声も高いだろ!?」
思わず電話を切ろうかなとも思ったが、普段とは違い、祥吾も無駄に食い下がってくるので、続けてあげることにした。
まあ確かに、この声の違和感は間違いなく残ってはいるけど。
残念だが、俺を含めた99%の人間は、
『男から女になったんだ~』なんてことを言われて、
『そうなんだ~~』と軽く受け流せるような人種ではないので、今は驚きというよりも困惑の色が強い。
まだ信じられないな。カマをかけてみるか。
俺は、答えを全く知らない質問を適当にぶつけることにした。
「じゃあ本人確認だ。最後に買ったエロゲは?」
「栄祭孕ます行為」
「好きなエロ漫画のジャンルは?」
「ツンデレが薬を飲んで素直になる系」
「エロゲーの隠し場所は?」
「デスクの三段目」
………へえ、そうなんだ。初めて知ったわ。
全部聞かなきゃ良かったょ(>_<)
それはともかく、俺の質問にこんなに即答できるような人間が電話の向こうにいるということは。
それはつまり、本当にこの電話の女性は祥吾で間違いなさそうだ、ということを示していた。
……そうか。おう、そうか。
おう、そうか…………
え?え?え?え?まじ?まじ卍?
さっきまで困惑に隠れていた驚愕が、今になって急激に押し寄せてくる。
「え?え?じゃあえーっと、今は「ついてない」ってこと?」
「うん、「ついてない」。
代わりに胸ができた。
………胸、できちゃった、ね?」
「赤ちゃん出来ちゃったねみたいに言うんじゃねえ俺の夢を壊すなぶっ飛ばすぞ」
将来俺が言われてみたい言葉ランキング7位のセリフをよくも……
いや、ツッコミどころはそこじゃなくてだな、うーんと、その、えーと。
何て言えばいいのか分からないけどとりあえず一つだけ分かってるのは。
な ん や こ の 超 展 開 。
今の俺の脳内には、意識高い系の奴らが繰り広げているセンシティブでクリエイティブな会話を聞いた時よりも?マークがいっぱい駆け巡っていることだろう。
そもそも俺の脳内を第三者視点で見ようとしている時点で割とヤバいな。
いや、まず、その前にやらなきゃいけないことがある。
まーずは、この驕り昂った激情を発散しなくちゃな!!
既に全身でふしぎなおどりを踊っているくらいには頭が混乱しているが、
どうやら全身だけじゃなくて口からも何か言葉を発さないと俺のブレインさんは気が済まないらしい。
「笑えばいいと思うよ」というネットスラングが唐突に思い浮かんだ俺は、とりあえず笑ってみることにした。
アハハ!アハハ!
ついでに、その流れでなにか適当なことを口走ってみる。
異世界ものよりファンタジー!どんな日よりもメランコリック!どんな時でも俺ポジティーブ!!好きな割引スイカ割りーーー!!!!!
結局メランコリックなのかポジティブなのかはっきりしろよ??
SAN値を犠牲にすることで、なんとか俺の脳内は少しずつ正常に戻ってきた。
というかSAN値を犠牲にする日常イベントってなんだよ。
「えーっと、うん、なるほどな。どうしよう、頭が追い付かないんだが」
「奇遇だな、俺もだ」
「確かに、お前にしては声が高すぎるもんな」
「そうそう、喉仏も綺麗さっぱり無くなってたんだよ、ツルッツル。ほら、触ってみる?」
「すまんな、電話越しの遠隔操作はまだ使えないんだ」
へーえ、そうなんか。
すっごいなー。
さっき落ち着かせたと思ったんだけどなー。
わ け わ か ら ん 。
残念ながら、俺の脳は貧弱らしく、まだこの非現実的な現実についていけないそうだ。
目には目を、歯には歯を、ということで、意味不明には意味不明をぶつけてみたのだが、残念ながら特に効果は得られなかったらしい。
「へー、でも、そっかー。
本当に女の子の声になってるもんなー。綺麗な声してるもんなー。
とりあえず「えええーー」って叫んできてもいい?ちょっと待ってて」
「ああうん、分かった、布団に顔突っ込んでやると近所迷惑にならなくていいぞ」
おお、いいアドバイスを貰った。実際にやってみよう。
一旦携帯をベッドに置く。
そして布団に顔を突っ込み、身体中の力を集めて、せーの。
「えええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!???????」
俺の眠気が、布団より吹っ飛んだ瞬間だった。
残念系ヒロイン、書くの楽しいですね。
ここまで読むなんて暇人ですねありがとうございます!!!!!!!
自分で読み返したときに、自分で書いたけどおもしれーなこれ……と思えるように頑張りますので応援よろしくお願いします!
P.S.最初にこれを書いたとき、これの4分の1の分量だったんですよ。
復帰して書き直した時、これの6割くらいの分量だったんですよ。
今くらい書いてようやくしっくり来てるくらいなので、昔の俺の粗さ酷いな(今も言えた義理じゃないけど)、と改めて思ったところでございました。