そらのそこのくに せかいのおわり 〈 vol,06 / Chapter 07 〉
その晩、レインはこっそり部屋を抜け出し、宿舎裏の池に潜っていた。
池の底に設けられた隠し扉を開き、狭く長い水路を泳ぎぬけた先。十二剣士サザーランドの活動記録が隠されたあの部屋で、レインはもう一度、問題の映像を確認していた。
小島に追い詰めた竜族への、サザーランド艦隊からの一斉砲撃。レインはこれまで、ダイナミックな戦闘シーン以外はほとんど見ずに翌日の映像へと足を進めていた。だから、この砲撃シーンの前後に何が行われていたのか、きちんと確認してはいないのだ。
一歩進むごとに一日進む、実物大の三次元映写室。それはマルコが入った亜空間と全く同じシステムである。レインは、今度はきっちり、すべての映像を見終わってから翌日へと進んで行った。
「……なんですか……これ……」
レインが受けた衝撃はマルコ以上だった。ダウンタウンで闇堕ちと戦った後だからこそ、その映像の意味がより深く理解できる。
『動く死体』にされた奴隷たちは、せっせと食べ物を集め、それを竜に差し出している。
彼らは己の死に気付いていない。そんな彼らに竜は言う。君はいいのかい、と。ご主人様はさも優しげに笑顔を振りまき、奴隷たちを気遣うそぶりを見せる。
奴隷は嬉しそうに答えている。
「いいえ、今はお腹がいっぱいですから」
今は、ではなく、この先ずっとだ。彼らの体は既に生命活動を行っていない。空腹を感じることもなく、余計な記憶は削除され、『優しいご主人様』のために延々と働き続けるのだ。
そんな一部始終を撮影していた偵察ゴーレムが、奴隷の一人に発見された。
戦闘突入。
サザーランド艦隊が砲撃を開始し、離島のジャングルに隠れた竜と、その奴隷たちに物理的打撃を与える。
そこで奴隷たちは疑問に思う。
なぜ自分の体は痛みを感じないのか、と。
己の死に気付き、次々と堕ちてゆく奴隷たち。そこへ、より一層激しく降り注ぐ砲弾の雨。闇堕ちの肉体を物理的に破壊したのち、サザーランドらが光の剣を手に揚陸戦を開始する。
全員、まったく同じ炎の剣を手にしていた。
これは一柱の神が複数の人間に、同時に加護を与えているということだ。
レインの目を通して一緒に映像を見ていたコニラヤは、驚いた様子で声を掛けてくる。
「こんなの、ぼくにはむり! このかみ、すごくつよい! ふつうのかみの、じゅうばいいじょう!」
「……サザーランドには、そんなに強い神が憑いていたんですか……?」
その神の名を知りたかったが、サザーランドたちが神の名を呼ぶことは無かった。彼らは肉体を失った霧状の闇を次々と切り伏せ、浄化してゆく。
その日の映像はそこまでだった。
翌日も、翌々日も、サザーランドの活動記録はこのような内容ばかり。来る日も来る日も、彼は闇に堕ちた『奴隷の死体』を破壊し、闇を浄化し続ける。
「……だから、この記録はここに隠されて……」
やっとわかった。
そして同時に疑問に思う。
あの日のマルコは、どうして闇堕ちの正体を理解していたのだろうか。
その答えとして考えられる可能性はひとつしかない。マルコも何か、これと同系の映像を見ているのだろう。
「……コニラヤさん、教えてください。貴方は、私が全力で信仰を寄せたら、どんな力が使えるようになるんですか?」
「ぼくは……」
頭の中でフワフワと漂う、海月のようなもの。物心ついたころから意識の中に常に存在し続けたそれは、ふわりと具現化し、レインの前に姿を現す。
自分とそっくりな顔、漆黒の髪、白目と黒目の区別がない真っ黒な眼窩。
薄汚れたボロ布を纏った神は、か細い声で答える。
「ぼくは、じぶんのちからをしらない。ちきゅうにいたころ、みんなのために、いっぱいつくった。ひとがのぞむもの、ぜんぶあげた。でも、ぼくはこのすがたのまま。ひとは、ひかりのかみがすき。たたかいのかみがすき。たべもののかみがすき。やみのかみ、だれにも、ひつようとされない……」
「でも、誰にも必要とされないのに、貴方は存在を維持できているんですよね? 普通に力を使っていますよね? 他の属性の神には、絶対にできないことなのに……」
「ぼくはやみのかみ。それしかしらない。ぬしさま、ぼくにいった。『うみだせ』って。だからつくる。なんでもつくる。ぼくは、それしかできない」
「それしか……? 何でも……?」
レインはずっと疑問に思っていた。
なぜ、闇堕ちを浄化できない『闇属性の神』がいるのか。
神は人の信仰心で強くも弱くもなるはずなのに、闇の神だけはちがう。コニラヤとツクヨミは守るべき民を失ってからも、基本的な能力を維持したまま存在し続けている。そして他の神族に殺される前に創造主に救われ、こちらの世界に送りこまれた。
他の属性の神々が食らい合う現場に、創造主は現れない。つまり闇属性の神にだけは、創造主にとって『失うわけにはいかない何か』があるのだ。
レインは一歩進み出て、コニラヤに手を伸ばす。
頬に触れると、コニラヤは少し――本当にほんの少しだけ――その身を強張らせた。誰からも求められたことがない神は、誰かに触れられたことも、人の体温を感じたことも無いのだろう。
はじめて感じる温もりに、コニラヤは静かに涙を流す。
「……れいん……おしえて。ぼくの、ほんとうのちから……」
「だったらコニラヤさん。私にも教えてください。貴方と一緒なら、私に、何ができるのか……」
そっくり同じ顔の二人は、まるで鏡のように。
同じ動作で両手を伸ばし、体を寄せ合い、抱きしめ合って――二人の姿は、そのまま掻き消えた。
それまで二人がいた場所に、薄水色の蝶が舞う。




