表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

そらのそこのくに せかいのおわり 〈 vol,06 / Chapter 03 〉

 ピーコックを追ったオオカミナオシとミカハヤヒは、不思議な場所にたどり着いていた。

 ここは騎士団本部敷地内。遊歩道を外れ、立ち入り禁止と書かれたフェンスを二枚も越えて、鬱蒼とした森を抜けた先。緑に囲まれたこの場所には、草一本生えていなかった。人為的に除草されたわけではない。土が剥き出しになった地面は、直径三十メートルの見事な正円を描いている。

 その円の中心に、なぜか墓がある。いったい誰の墓なのか、墓標を見ても分からない。何も刻まれていない、ツルンとした石柱。それがポツンと立つ異様な光景に、神々は警戒する。

「ここ……変な感じがする……」

「ミカ、気をつけろ。この墓標の下、闇堕ちがいるぞ……」

 オオカミに言われて、ミカは目を凝らす。かすかだが、墓標の下の地面から黒い霧が滲み出ていた。

 ピーコックは墓標の前に立ち、じっと地面を見つめていた。

「あの男、何をしている……?」

「あんなに近くにいたら、危ないんじゃないかな……」

「引き離したほうが良かろう」

 オオカミがピーコックに近付こうとした、そのときだった。


 ピーコックがどこからともなくナイフを取り出し、その刃を墓標に突き立てた。


 しかし、何かがおかしい。金属と石とが激しく接触したにもかかわらず、音がしなかったのだ。ナイフは石に深々と突き刺さり、鍔と柄の部分しか見えない状態である。もしも石柱に『ナイフを突きたてるための穴』があったとしても、どこにも触れず、音も立てずにあの状態にすることは不可能である。

「なんだ? あれは、一体……?」

 ピーコックはそのままの姿勢で十数秒ほど静止し、それからゆっくりとナイフを引き抜いてゆく。するとその刃は黒一色、付け根から切っ先まで少しの斑もなく、完全な闇色に染め上げられていた。

 地面から滲み出す霧は、発生が止まったわけではない。しかし今は、神の眼でも視認できないほどに薄くなっていた。

 二柱の神は顔を見合わせる。

「……魔剣……っぽい? でも、なんか違うような……?」

「似て非なるものだ。魔剣は存在それ自体を食らうが、あの刃が食らうは闇のみ。闇の出でたる根源を浄化せねば、何度吸い取ろうと同じこと。数日も経てば、元の状態に戻るであろう」

「じゃあ、なんであんなこと……」

「……まさか、あの者はこれを食い止めているのか……?」

 草一本生えない、不毛の大地。墓標を取り囲む剥き出しの地面からは、闇に冒された地特有の『死の気配』が濃厚に感じられた。確かに、何の能力ももたない人間がこの浸食を食い止めようと思ったら、こうするよりほかにないのだろう。闇を吸収する特殊な道具を開発し、それを使って定期的に吸い取り続け――。

「でも、そのためにここに来てるなら、あの人、もうかなり……」

「ああ。まだ体表にまで達してはおらぬが、あの者の体には闇が『根』を張り巡らせている」

「ねえ、オオカミ。何とかしてあげられないのかな? ひょっとしてあの人、自分が危ないことやらされてるって気付いてないんじゃない?」

「おそらくはな。人間が、あの闇を知覚することはかなわぬゆえ……」

 ピーコックは取り出したとき同様、ナイフをどこにともなく収納し、元来た道を引き返してゆく。

 闇のにおいの原因は分かった。しかし、今のオオカミは肉体を持たない。精神体だけでは、墓標の下の『根源』を食らうことは出来ないのである。

「……やむを得ん。しばらく、あの男の様子を観察するとしよう」

「うん、そうだね……」

 ピーコックは自分の後ろに神がいるとも知らず、自分のオフィスに戻っていく。




 情報部庁舎のエントランスホールに足を踏み入れると、数人の情報部員が駆け寄ってきた。

「ピーコック! 緊急事態だ!」

「ボイラーがぶっ壊れた! 庁舎内、どこも水しか出ないぞ!」

「修理が終わるまで水風呂決定だってさ~」

「ええっ⁉ お風呂入れないの⁉」

 機密保持のため、情報部員の大多数は庁舎内に設けられた居住区画で生活している。庁舎のボイラーが壊れれば、当然、そういうことになる。

「どこもダメって、給湯室もか? 熱湯出ないの⁉」

「ああ。さっきコバルトがカップ麺を食おうとして……」

 チラリと視線を向けられた二枚目は、悲しげに目を伏せた。

「水没した乾麺の哀愁は、筆舌に尽くしがたいものがあるね……」

「コバルト……それ、ベイカーが地球から持ってきたやつだよな? 最後の一個だからって、大事に取っておいてたの……」

「ハハ……世界のすべてから見放された気分だよ……誰も僕を愛さない……」

「いや落ち込みすぎ! いくらなんでも落ち込みすぎだろそれは!」

 茶髪の猫耳男が、面倒くさそうに顔をしかめる。

「どうしても水風呂が嫌な奴は特務部隊宿舎で風呂借りてこいとよ」

「え? ホントに? だったらあとで一緒に……」

「断る!」

「なんで?」

「今日はベイカーもロドニーもいない。ゴヤとキールは地方任務だし……今夜宿舎にいるのは……」

「……セレン?」

「他には海産物と王子様と、住み込み清掃員。他の連中は今夜から渓流釣り旅行だそうだ」

「あー……それって、けっこう気ぃ遣うかも……」

「王子様のあたりが、特にな。立場的に微妙なところとはいえ、一応は王族なわけだし……」

「えー? じゃあもう水風呂以外選択肢ないのかぁ?」

 この言葉に、いかにも長毛種らしいフワフワの猫耳男が提案する。

「旧本部で借りよう!」

 三人が一斉に振り向き、真面目な顔で否定する。

「ナイル、それはやめるべきだよ。危険すぎる」

「コバルトの言うとおりだ。メリルラント兄弟に見つかったら戦闘は回避不能だぞ」

「ナイルとコバルトはともかく、俺とシアンは本気で目ぇつけられてるからねぇ?」

 情報部最強戦力、シアン。情報部エース、ピーコック。彼らは戦闘と幻術の達人である。彼らをライバル視し、対戦を希望する者は多い。きちんとしたルールのもとで、練習試合として手合わせする分には何の問題も無いのだが――。

「奴ら、遠慮なく殺しに来るからな……」

「それを平然と受けちゃうベイカーとロドニーがいけないんだろぉ?」

「ああ。本気でやっても死なない後輩が出てきたもんだから、あいつら、『手加減』って単語を完全に忘れやがったからな」

「俺たちはフツーのネコ科おじさんなんだから、遠慮してもらいたいもんだよねぇ」

「まったくだ。雷獣や人狼と同列に並べないでもらいたい」

「え、じゃあ、本当に今夜水風呂? 本部内で他に使えるシャワーブースなかったっけ?」

 コバルトがひらりと差し出したコピー用紙を受け取り、ピーコックは「えっ」とも「げっ」ともつかない声を発する。

「訓練棟は水道設備の定期メンテナンス中? グラウンドは車両管理部と市民チームとの親善フットサル大会? 一般職員宿舎は職員の家族を招いたディナーパーティー? なんだこれ! 本気で世界のすべてから見放された感じだな⁉」

「よくもまあ、ここまで日程がかぶったもんだよな。俺は諦めて、水風呂で我慢する」

「ん~……まあいいや。それじゃ俺、今夜はカノジョのところにでも行くかぁ……」

 『カノジョ』とは諜報活動を行う者たちの隠語である。諜報員たちは裏社会の情報屋と密接な繋がりを持っている。誰がどこの情報屋と通じているかは諜報員同士でも教え合うことはなく、ピーコックの言う『カノジョ』が本当に女かどうかも分からない。彼はいずこかの情報屋の住処に転がり込むつもりでいるらしいが、すかさずシアンが止める。

「さっき言っただろう? 緊急事態なんだ。本部からは出られないぞ」

「は? どういうことだよ」

「ダウンタウンで抗争のようなものが発生しているらしい」

「抗争……の、ようなもの?」

「ああ、『ようなもの』だ。どこのファミリーが戦っているのか、まったく情報が入ってこない。一方は『ロッキンホース』という家出少年ばかりのグループだが、もう一方が……」

 シアンの説明に合わせ、ナイルが超小型の偵察用ゴーレムを取り出した。トンボに似た偵察ゴーレムは、現場上空で撮影・録画してきた映像を壁面に映写する。

 狭い路地裏で、数十人の人影がせわしなく動き回っている。バンダナやストールで鼻と口を覆っているのが少年グループだろう。鉄パイプや角材を振り回し、もう一方の勢力からの攻撃をしのいでいた。どちらかと言えば、押されているのは少年グループのほうであるようだ。

「……何の魔法だ? 全身が黒く見えるな……?」

 年齢も性別も分からない。真っ黒な靄のようなものに覆われた人々が、素手で少年グループに襲い掛かっているように見えた。彼らは鉄パイプで頭を殴られても、平然と起き上がってくる。

「……隠匿性能と防御効果があるのか? こんな魔法、初めて見る……」

「厄介な新型呪文だよな。どこの傘下でもないクソガキどもが襲われているところを見ると、おそらくは呪文の効果を確かめるための『実験』なんだろうが……」

「他のグループやファミリーは、どこも動いていないんだな?」

「ああ。どいつもこいつも様子をうかがっている状態だ。中央以外からの新興勢力かもしれない」

「チッ……田舎マフィアが進出してきやがったか。『おのぼりさん』はこれだから……」

 ピーコックもシアンも、これが何らかの魔法の効果によるものと信じている。だが、彼らの肩越しに映像を覗き込んでいるオオカミナオシとミカハヤヒには、この『黒い人々』の正体が分かっていた。

 二柱の神は顔を見合わせ頷き合い、パッと姿を消した。




 保管庫の奥の隠し部屋で、マルコとレインは絶叫していた。

「あああぁぁぁーっ! マルコさん、ここにもありました!」

「レインさん! これ! ここにもそれらしい記述が!」

「これも! こっちも! なんですかこれ! 四代目特務部隊員の記録って、もしかして全部……」

「リストです! これはサザーランドたち十二剣士が討伐しきれなかった残党たちの、封印場所のリストなんです!」

 二人は今、隊員の個人情報が記載されたファイルを一枚ずつ光に透かしていた。

 発見したのはマルコだった。ファイルのページをめくるとき、ほんの一瞬、紙の裏側から光が当たった。紙の両面に細かい文字でぎっしりと記載されているため、裏側の文字と表側の文字とが重なり合って、ほとんどの部分は読めなくなってしまうのだが――。

「南部……ミン……タ……アニ…ヤ……?」

「あっ! もしかしてそれ、南部ミンターニャ・ムガル霊廟じゃありませんか? 古代呪物があって危険だからって理由で、立ち入り禁止にされていたはずです!」

「本当ですか⁉ では、間違いありませんね! ならばこちらは……」

 マルコはファイルから別の紙を取り外し、光にかざす。するとポツポツと空いた裏面の空白部分だけ、表側の文字がハッキリ読める状態になる。それを拾い集めて読み上げていくと、きちんとした文法で、短い文章が記されているのだ。

 土地の名前であったり、人数であったり、性別であったり――必要な情報をそれと分からぬように後世に伝えるため、非常に手間のかかる工作が施されたのだと分かる。

「あっ! マルコさん! これ、近いですよ! ジャクソン湾二番瀬!」

「二番瀬? 一番から六番までの干潟は埋め立てられていていますよね?」

「はい。二番瀬は埋め立てられた後、下水処理場にされています」

「下水処理場……なるほど。一般市民が絶対に立ち入らない公共施設ですね。だとしたら、さっき見つけた『ラプラーズタウン』としか書かれていなかったものは……」

「ラプラーズタウンのはずれの、ゴミ焼却場かもしれませんよ? あのあたりでは一番大きな施設だったと思いますけど……」

「ごみ焼却場……炎……あの、レインさん? 堕天使たちと戦ったとき、トニーさんの炎は闇を浄化していましたよね?」

「あ、はい。ただの炎でも、一応は『光』ですから……あ、だとすると、下水処理場も濾過槽とかじゃなくて、汚泥処理プラントのほうかも!」

「汚泥処理?」

「はい。濾過槽の下のほうに溜まった泥を、焼却炉で殺菌するんです。処理済みの泥は無菌園芸用土として、下水道局の売店で販売してるんですよ。私、たまに買いに行くんですけど……」

「それです! 毎日少しずつ浄化していけるように、問題の場所の真上に『炎』にかかわる施設を建設したのかもしれません!」

「だったら、ミラ・メラ市の火力発電所も怪しくないですか? あそこは終戦直後の、まだ電気式工業機械が一般的でない時代に建設されていますよ? ミラ・メラからセントラルまで、百キロ以上もケーブルを繋いでますし……」

「国営のオクタヴィアン鉄工所も、終戦直後からずっと同じ場所で稼働していますよね?」

「そうなると王宮の『平和のともしび』も……」

「王立競技場の『英雄の魂』というモニュメントも、王宮の火と同じく終戦直後から『一度も消えていない炎』ですよね?」

「それ系の『炎』だったら、国営屠畜場と水産埠頭の『鎮魂の灯火』も、戦後すぐの建立だったはずです! 私、埠頭でそういう石碑見たことありますもん!」

「中央裁判所と貴族院の議場でも、似たような炎のモニュメントを目にしたことがあるのですが……」

「あの……マルコさん? 私たち、なんだかすごいことしてませんか?」

「ええ……そうですね。これはもしかしたら、私が思っている以上に危険なものなのかもしれません……」

「あ、でもでも! 十二剣士が仕留め損ねた竜族を私たちがって、なんだかすごくロマンがあります! 伝説の英雄たちの偉業を、私たちが引き継ぐなんて……わあぁ~♪ 冒険小説の主人公みたいですよぉ~♪」

 マルコはレインに、あの映像のことを話していない。レインが見たサザーランドの映像は軍艦からの砲撃シーンのみだという。その島でいったい何が『闇』を放っていたのか、詳しいところまでは見ていないのだ。

 レインは今、マルコが提言した仮説、『闇堕ちした竜族が封印されている可能性』を信じている。

(ごめんなさい、レインさん。本当のことは、あとで必ずお話しします……)

 心の内で謝罪しつつ、マルコは次の紙を光に透かす。

「……え? これは……?」

 顔色を変えるマルコに、レインが尋ねる。

「どうしたんですか?」

「……騎士団本部、気象観測標準点……」

「えっ⁉ 本部の中⁉」

「気象観測標準点なんて、ありますか?」

「いえ、一度も聞いたことが……あ! でも! 知ってそうな人なら心当たりがあります! 今聞いてみますね!」

 レインはポケットから通信機を取り出し、どこかに掛ける。

「あ、もしもし? いつもお世話になっております! 特務のレインです! ……あ、いえ、今日は顔が溶けたわけではなくて、ちょっとお聞きしたいことがありまして……はい! 情報部だったらなにかご存知かと思いまして! あの、『気象観測標準点』というスポットが本部内にあるそうなんですが……え? 無い? いえ! そんなはずはないんです! だって、四代目特務部隊の記録にちゃんと書かれていて……」

 レインがそう言った瞬間、レインの目の前に《雲雀》が現れた。

 赤いリボンをくわえた小鳥はレインの指に止まり、その指にリボンを絡める。リボンが結ばれた瞬間、相手と通話が繋がるのだが――。

「貴様、いったいどこでそれを見た?」

 その声はピーコックではなかった。

 低く押し殺したような声。

 声を聞いた瞬間に全身を強張らせるレインに代わり、マルコが通信に割り込む。

「情報部の方ですか? 私は特務のマルコ・ファレルです。四代目特務部隊の名簿を閲覧していたところ、面白い暗号文を発見いたしまして。気象観測標準点という場所の地下に、竜族か、それに関係する何らかの器物が封印されている可能性があります。ぜひ一度、現場を確認させていただきたいのですが」

 早口で一気にまくし立てた。相手はこの場にいるのがレイン一人と思っていたようだ。逡巡するような間を置いたあと、渋々といった様子で名乗る。

「情報部所属、シアンです。マルコ王子、確認させていただきたい。貴方が見たのは、何の資料ですか?」

「本部庁舎四階に置かれている、歴代特務部隊員の名簿です」

「その資料に地名と人数が記されていることはこちらでも把握しています。それをどうやって竜族と結びつけたのでしょうか?」

「簡単な推理です。記載された土地の多くに『炎』に関する施設やモニュメントが置かれています。それも、終戦直後から一度も絶やされたことがない『炎』ばかりが。これは何かを封じるための手段であると推測できます」

「考え過ぎです。そんなものはございません」

「そうですか? でしたら、なぜ貴方が《雲雀》を飛ばしてきたのでしょう? 本当にそんなものが存在しないのであれば、ピーコックさんとレインさんの会話に割り込む必要は無かったはずですよね?」

「マルコ王子、御忠告させていただきます。それ以上、その疑問について答えを求めないほうがいい。これ以上踏み込んでくるようであれば……」

「私を消しますか?」

「いいえ。そんな野蛮な真似は致しませんとも。女王陛下に『王子の身に危険が迫っておられます』と進言させていただくまでです」

「なるほど。私を騎士団から追い出しますか」

「最終手段として、ですが」

「ですが、それをしたら困るのはあなた方であると思いますよ? 今から追い出すには、私は少々、知りすぎている気がしますが?」

「なんの。王国の暗部は、表の特務には一切知らされていませんよ。そちらで把握できる内容程度でしたら、いくらでも暴露本を出版なさってください」

「そうですか。分かりました。どうやらこちらのほうが、分が悪いようだ。今回は諦めます」

「今回は、ではなく、この先ずっと諦めっぱなしでいて頂きたいものですが」

「それはお約束いたしかねます」

「でしょうね。ま、今日のところはこのくらいにしておきましょう。失礼します」

 フッと掻き消える雲雀とリボン。

 通信機のほうも、一方的に通話が切られたようだ。レインは悲しそうな顔で通信機を仕舞う。

「レインさん、申し訳ございません。私の思い付きのせいで、ピーコックさんとのご関係が……」

「いえ、大丈夫です。ピーコックさん、切る前に『この話題はホントNG、ごめんな』って言ってたんで……」

「タブー視されているということは……」

「やっぱり、本当にあるということですよね? 竜の死体か何かが……」

「ええ……そうなると、ますます気になりますね。その、『気象観測標準点』とやらの場所が……」

 騎士団本部は広い。セントラルシティの中央、頂上に王宮を戴く台地の中腹から上、王宮以外のすべての部分が『騎士団本部』という名称の土地なのだ。小規模な街なら二つや三つは軽く収まってしまうだろう。広大な敷地内のどこに何が存在するか、騎士団長ですら、すべてを正確に把握しているかどうかは分からない。

「敷地内の発電施設でしょうか? 発電所なら常時火を使って……」

「いえ、マルコさん。うちの発電所は火力じゃなくて原子力です」

「え? そうなのですか?」

「はい。あれは魔力エネルギーの合成炉としても稼働していますから。有事の際はこの台地全域に防御結界を張れるだけの魔力を生み出せますよ」

「台地全域⁉」

 実に馬鹿げた大きさである。いったいどのような事態でそんなものを起動させるのか、マルコには想像もつかなかった。

「クリーニング工場のボイラーも最近設置したやつだし、ゴミは遺伝子改変キメラ微生物処理だし、情報部が持ってる火刑場と火葬場はたまにしか使わないし……ん~、それらしい場所って、本部内には無さそうなんですけど……」

「遺伝子改変キメラ微生物……火刑……火葬場……?」

 王国の暗部どころか、騎士団の闇だけでも実に奥が深い。マルコは内心、喧嘩を売る相手を間違えたかもしれないと思い始めていた。

「あ、そうだ! 完全に立ち入り禁止にされている区画ならありますよ!」

「え、本当ですか? どこでしょう?」

「環境指標地です! 中央市のありのままの自然環境を保存する目的で、枝打ちも下草刈りもしない森があるんです。ごく限られた研究者しか中に入れません」

「本部敷地内にあるのですから、調査隊が立ち入る際は、騎士団員が同行するはずですよね? 総務に申請すれば、見学可能でしょうか?」

「いえ、おそらくあそこの鍵は情報部の管轄だと思います。指標地の入口って、情報部庁舎の真裏ですから……」

「情報部の真裏の、立ち入り禁止の森……」

 怪しい。ここまで怪しいと、逆にすがすがしく感じられるほどの怪しさだ。

 二人は確信した。


 その森に、何かがある。


 二人が、真面目な顔で忍び込む方法を考え始めたときだった。二人の前に、唐突にミカハヤヒが現れた。

 ミカは切迫した様子で言う。

「マルコ、レイン、一緒に来てほしい。市内に『闇堕ち』が出現している」

「市内に⁉」

「ダウンタウンの裏通りだ。少年たち十数人が鉄パイプや角材で応戦しているが、情報部は動く気配がない。あまり育ちの良くない子供たちのようだけれど、僕はこれでも神だからね。このまま人が死ぬのは見過ごせない。お願いだ。協力してくれ。頼れるのは君たちしかいないんだ」

 マルコとレインは迷うことなく頷く。

 正義感溢れる王子と、ドラマチックな展開に弱い文学オタク。熱意や決意の方向性は若干異なるが、同じ方向を向いたときには、ピタリと足並みが揃う不思議な組み合わせだった。

 二人はミカハヤヒに言われるがまま、騎士団本部を飛び出していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ