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海の楽園と失われた旋律~キミノセカイノネイロ~  作者: 柏田士道
第一部 「あの日失った物(者)の対価」(回想)
3/4

2話①「突如現れたあいつ1」

六年前の春、僕が小学校五年生になった頃突如、彼女はやって来た。転校生としてやってきた彼女は人形の様な整った容姿に瞳はルビーの様な真紅色で特徴的な八重歯が歳相応の子供らしさを感じさせるが、彼女の一番の魅力を引き立てているように思えるブロンド色の長髪が何処からともなくやって来た風に靡いていて、光が差し込む角度の影響だろうか彼女をより神々しく魅せていた。


そしてこの瞬間、僕は彼女に恋をしてしまったらしい。小学生とは思えない風貌に見蕩れてしまったのだ。


まあ、当時の僕は小学生ながら、変わる事のない日常というものに嫌気が差していた頃だったと言う事実から、それが当時の僕には恋と言う複雑怪奇な感情だとは思わなかった。それにその頃は恋とかそう言うものには全くもって理解がなかった為、単に自分の周りの変化に歓喜余ったのだと勝手に錯覚していたのだろう。とそう推測している。


「私の名前は豊島奏(としまかなで)と言います!お父さんのお仕事の都合でこちらへ転校してきました。東京の方には初めて来たのでわからないことが沢山あると思いますが、これからよろしくお願いします!」

と、ハキハキとした大きな声で決まり文句のような自己紹介を済ませた彼女は、先生に俺の席の隣が空いていると促された。


その瞬間僕はドギマギしてしまった。普段は冷静沈着で頭脳明晰タイプの人間として振舞ってきた僕もこの時ばかりは

「まさかこれが恋なのかな」

とか思ったりもしたがその憂いは瞬時によって当時の頭脳明晰な僕の思考により抹殺された。これはあれだ、そう今頃転校生が来たからには僕の身の回りに何か変化を起こしてくれるはずだと。そう信じて。


そして次の瞬間、彼女は僕の期待通りに奇妙な行動に出たのだ。こちらへ向ってきていたのだが、早足で再度引き返し、教卓の前に立つといきなりこんなことを口にした。


「すみません忘れていました!最後に皆さんに質問があります。」


彼女の理解の超えた行動に生徒達は動揺を隠し切れない様子でいるが、先生は

「静かにして豊島さんのお話を聞きましょうね~」

と甘い口調で言うと瞬時にざわめきがおさまった。

こういう所はまだ小学生の可愛いところなのだろう。

(まあ、俺もまだ小学生だったのだが。)


そんなことを思いつつ彼女に期待をしていると


豊島奏は一呼吸置いて真剣な表情でこんな事を言い放った。


「皆さんの 【世界の音色】は何ですか?」


そんな度重なる彼女の不可解な行動や言動に生徒達は皆、唖然としていて蝉の抜け殻の様な顔をしている。今回に限っては僕以外の先生を含めた全員が面を食らっていた。


数秒の静寂が流れた後に

先生は臨死体験から戻ってきた人間かの如く、ようやく現状を把握したのか


「じゃ、じゃあ奏ちゃんの言っていた【世界の音色 】の答えを各自、家で考えてくることにしましょう!」


と言って彼女を再び席へと促した。


まあ、僕はと言うと窓の外で体育の授業を受けている生徒達を観察しながら、遠い目で何かを探していた。そう簡単には彼女の答えは見つからないのだろうと悟りつつ、

「俺の【世界の音色】はどんなものなのかな…」

と他人には聞こえないほど小さな声で独り呟いていた。


…………


そして、俺は一日中その質問について熟考に熟考を重ねてみたが、所詮は下手の考え休むに似たり、小学生の思考だとこれといったまともな答えが出ることはなかった。

(小学生が馬鹿だと言っているのではない。寧ろ下手な大人達よりも遥かに優れた生き物だとそう認知している。)

結局、諦めがつかない僕は、彼女が言っていた即興について考えあぐねていたが放課後までには答えは出なかった。


放課後、僕は毎日の様に立ち寄っている世田谷区民会館へと向かっていた。世田谷区民会館には、僕が幼稚園の年中の頃からお世話になっている春乃姉が経営している児童館がある。

児童館自体は区民会館の二階に彼女の祖父母が区長に頼み込んで設立させたらしく、下は幼稚園生から上は高校生くらいまで言わば、子供達の憩いの場となっている。

春乃姉は俺の近所に住む僕よりも5歳年上であり、僕にとって憧れの存在だ。

看護系の大学に通いながらも彼女の祖父母から受け継いだ児童館を母親と共に経営している。

誰に対しても優しく、気取らず、他人の痛みを自分が患ったかのように悲しんでくれたり、僕がコンクールで賞を取った時には誰よりも喜んでくれた。

その裏表のない性格に僕はとても憧れを抱いていた。

家族同然に接してくれる所がまた、孤独な気持ちから開放されたのだ。


当時は父も母も共働きであったため、転がり込むように毎日そこに通っていた。


僕は其処になら彼女の言っていた事の答えを探せるような気がしていた。容易に見つかる気配はしないけれども、何故だかそこに行くと何でも出来てしまうのだという厨ニ病的な発想を抱いていた。

まあ、そうと決まれば行くより他に方法は無い。


僕の通っている深沢第一小学校から区民会館までは五分とかからない。僕は小学校の目の前にある一本道を真っ直ぐ歩いていた。少し歩くと左手の方向に大きな黒い建物が見える。ここが世田谷区民会館だ。普段通り自転車置き場の方の入口から区民会館に入ると、僕はある事に気がついた。普段は鍵がかけられていてコンクールが行われる時以外は開放されているはずのないホールから、とても聞き覚えのある音色が聞こえたのだ。恐らくヴァイオリンの音色だろう。

僕はこれでも音楽にはそこそこ嗜みはある。それにこれは聞き覚えのある曲だ。

この曲は僕が最も尊敬している偉大な作曲家、ベートーヴェンが手掛けた


ヴァイオリン・ソナタ第五番ヘ長調作品24スプリング


何故この曲が流れているのだろうか。

これは、何処の誰が弾いているのだろうか?そういう個人的な情緒を刺激され、僕は本来の目的を後回しにして、その音に吸い寄せられるようにして一番奥にあるそのホールへ向かった。


ホールに入った瞬間、僕は時が止まったかのように硬直してしまった。その理由は明白で、転校早々クラスの皆を困惑させ、僕をも悩ませた張本人がそこに立っていたからだ。そして、僕は彼女が持っているヴァイオリンらしきものを目にするとさらに驚きを隠すことが出来なくなった。

先程のプロにも勝る演奏は僕らの様な小学生には到底不可能だと考えていたからだ。それに彼女は本来の楽譜通りではなくオリジナルを含めた演奏を行っていた。


「豊島奏」は何者なんだ?


そんな疑問が僕の脳内に張り巡らされる。


彼女は僕に気が付き、直ぐに演奏をやめ、ヴァイオリンを腕に抱えたまま唖然として僕を見つめていた。何故ここに僕が居るのか分からないと言った様子だ。

然しながら只一日学校で出会っただけで覚えているようなものか?

しかも今日一日、一度も話すことは無かったはずだ。


「あっごめんね。驚かすつもりはなかったんだ。」


そして、僕は気がついた彼女の足が震えている事に。それは人間が歓喜余っている時か恐怖を覚えた時に起こる症状だと。僕は申し訳ない気分になってつい謝ってしまった。

そして、暫らくしてから彼女はゆっくりと口を開いた。


「わ、私こそごめんなさい…驚いてしまってつい…」


これが僕と彼女の本当の意味での出会いだった。そして僕は彼女と出会ったことで後悔する事になるのだ。

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