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外伝・想い願い希い  作者: 雨天紅雨
火ノ章
7/31

06/04/11:00――知り合いの技術屋

「貴様なんて大嫌いだ!」

 なんて、相変わらずの言葉を残してカゴメは出て行った。休日だったが、学校で集まってボードの練習をするらしい。珍しく桜庭(さくらば)まで出ていった。俺はもちろん、ボードを持っていないので参加はしないし、連中を追い詰める気もない。

 では俺は何をしているのかというと、もちろん暇を持て余していたのだが、ちょっと九時くらいから暇つぶしを兼ねて始めたものがあった。これが案外楽しくて、また次もやってやろうなどと思っていたのだが。

 まだ昼まで時間があるというのに、津乗(つのり)が早く戻ってきた。リビングで本を片手に休んでいた俺が振り向けば。

「なんだ、チビスケが二人か。ここは案内所じゃない。迷子なら交番を頼れ」

「ただいまー」

「お邪魔するっスよ、お兄さん」

「まるでタイミングを見計らったような登場で気に食わんが、まあいいだろう。おい天来(てんらい)! 津乗の帰宅だ、例のものを持ってこい!」

「はーい」

「え、なに先輩」

「いやなに、カゴメの件も含めて津乗にはいらん心労を負わせていると、今朝気づいてな」

「気づくの遅っ! いやもうだいぶ慣れてきたけどね!」

「はいはい、お待たせしました。どうぞー」

「ってまだドーナツかい! こんにゃろ!」

「待て、落ち着け津乗。ドーナツは敵じゃない、むしろ味方だ」

「ふーっ、ふーっ」

「安心しろ、この前みたいに十個食っても腹にはつかん。翌日からしばらく食事制限をしていたのを知っている俺は、きちんと配慮して低カロリーになるよう作った。安心して食うといい」

「いやだからなんでドーナツ――……え? これ先輩が作ったの?」

「そう言っただろう。見ろ、天来が気を利かせて飲み物も持ってきた。連中が帰宅するのには、まだしばらくある。昼食が問題ない程度に食べてみろ、味はそう悪くない」

「じゃ、じゃあちょっとだけ……」

「すず、お前も食え」

「あ、どもっス」

「というか、お前らも今日の練習に参加していたのではないのか?」

「ああうん、そうだったんだけど、早い段階で私はすずっちに整備頼んでたから」

「あたしはその流れで、お兄さんに文句言いにきたんすよ」

「む、なんだ。言っておくが、愚痴を言っていただろうカゴメをどうにかしろという話なら、俺ではなく本人に言え」

「うん、それは私からの文句。すげー愚痴ってた。すまん、すまんって謝りながら、止まらなかった」

「まったく軟弱な女だ。で、何かあったのかすず」

「とりあえず、これです。先方が連絡しろって」

「ヒトシか。わかった、今からかけるから、お前たちはドーナツに集中していろ。おい天来! 特別サーヴィスだ、お前も聞いていていいぞ」

「昼食の準備が優先でーす」

「残念だったな、あとで悔やめ」

 カゴメがいるわけでもなし、問題なかろうと思い、提示された番号を打ち込んだ俺は、スピーカーを入れて携帯端末をテーブルに置く。インカムを使っても良かったのだが、まあいいだろう。

 緑茶が充分にあることを確認した頃、電話がつながった。

『あいよ、どちらさん? こっち忙しいんで手早くな』

「手早く? 冗談だろうヒトシ、口と手を別で動かすのがお前の特技じゃなかったのか」

『あ? そりゃそうだが、誰だよ。ちょっとゴタつきそうなんで、あんまし仕事は引き受けないって、言ったよな俺。あー、ミリじゃなくてインチの六角どこやった? 一本ないんだ。それ使いたいんだけど』

「貴様の事情なんぞ知ったことか」

『ああそう、俺もお前の事情なんか知らんし。ったく面倒な――ん? あれ電話? おい、俺の話し相手は誰よ。珈琲あったっけ? あーくそっ、あの野郎、カーボンの加工は任せろとかいって、だからこれじゃデータ通りなだけで汎用性がないっつーの』

「俺だ、ルイだ」

『ああルイね、そう、ルイな。今朝の新聞でお前の名前を見たよ、びわの調子が良いんだって? 商売じゃなく趣味で作ってんのな、そうだろルイ。あー駄目だこれ、内部プログラムを先にいじらねえと、レスポンスが出てこない。――よしっ、休憩! 珈琲は……あるな、うん。ええと何だったか、ルイ? あー……』

 半ば呆然としている二人に苦笑する。技術屋なんてこんなものだ。

『――あ、ネインか! おい!』

「ようやく配線が繋がったか……そうだ、俺だヒトシ」

『おう、随分と久しぶりだなあ、おい! お前からの依頼だと、俺に文章が回ってきた時は驚いたもんだぜ! どんくらいぶりだ? 五年? お前が海兵隊訓練校宿舎にいた頃だろ! テスターならそんくらいだ。なんだよ軍の水が合わなくなったのか?』

 驚きにか、がたんとテーブルが揺れた。

『お?』

「気にするな、こちらにも事情はあってな。軍は抜けた。今は一般人だ」

『ははっ、似合わねえ! いや最近のお前は知らないけどな、なんとなくそう思う。んで何の用だよ』

「用事があるのは貴様だろうが」

『おうそうだった! そっちの土屋(つちや)ってのに直通渡しといたんだった。あのなネイン、てめえ、なんつー要求だこの野郎!』

「俺なりに優しい要求にしたつもりだが?」

『技術屋を試すような真似なら楽しんで引き受けるが、できるのがわかってる面倒ごとは大変なんだ! クソ詰まらんし――』

「楽しんでいるだろうが」

『そうしなきゃ、やってらんねえだろ』

「実際にどう見る?」

『じゃじゃ馬だ。バランサーを三倍にして、加速域と減速域をいじるくらい、携帯端末がありゃ簡単にできる作業だけどな――それじゃボードの耐久性に難が出る。土屋にはちょろっと話したが、基本となるSH型のカタログデータより重くなるし、形状も変化が必要だ。お前最近の、乗ったのか?』

「正式な番号はしらんが、芹沢のものを借りて乗った。バランサーは切ったが」

『へえ、そりゃまあ、お前にとっちゃバランサーを覚えなきゃ動けないだろうしな。ボードは速度を出すおもちゃだ、ネイン。乗った感じでどう見た?』

「速度の話か」

『そうだ、速度の話だ。お前のフィーリングを聞きたい』

「加速は六十キロ、瞬間加速なら三秒制限で七十以上出るな、あれは。巡航速度は五十固定。間違いないな?」

『はは、さすがにわかったか。そこらは安全装置の部分だから、いじらねえよ』

「わかっている」

『バランサーがタイトになる以上、特定状況下での安全装置の〝入り〟も早くなる。だが相対的なものだ、扱えるようになればその〝瞬間〟でさえ、バランサーでの対応、つまりお前の動きで制御できるはずだ。重量の増加に関しては?』

「どの程度のものだ」

『倍になることはねえよ。ただフィーリングとして〝硬く〟なる感じは否めない。そこらをどうにかする方法も、あるにはあるが』

「そこまでは求めていない。だいたい、俺がテスターとして使っていたボードは、随分と硬かったぞ」

『おう、そういやそうだったな。っと、最新型だからスイッチは一つだ、バランサースイッチそのものは内部データ上に存在させてある。面倒な装置は小型化して埋め込んだ方が楽だしな』

「最新型か?」

『そりゃ俺が零から作ってんだから、最新式だろ。前回みたいに流通に乗せることを考えなくていいから、好き勝手できる。どうせお前のことだ、軍属時代に使わなかった金が余ってんだろ? 遠慮しねえからな』

「そんなことにこだわりはしない。金額に見合ったおもちゃに仕上げてくれればいい」

『そこんところは疑わなくていいぜ。正直、ここまで突き詰めるなら、お前の身体データが欲しいところだ。かといって、誰かに貸せないってのも癪なんだよな。ナナネだって?』

「そうだ。ボードが認可されているだろう」

『だいたい二年くらいか。どうなんだ?』

「そういう話はすずとすればいいだろう」

『ん? あー、土屋か? そういや、してなかったな。まあいいだろ、それで?』

「あくまでも移動用に使っている、その延長に過ぎない。スクリューやバンクどころか、シザースですら俺が見せて初めて知ったようだったな」

『はは、おもちゃの遊び方を知らねえんだな。学生なんだろ?』

「もちろんだ。俺やお前と年齢はそう変わらん。なんだろうな、日本人は〝無茶〟のやり方も下手なんじゃないかと思うくらいだ。まあ、そう言う俺も、テスターをやらされて六十時間くらいは、もう止めてやると、ずっと思っていたものだが」

『ま、仕方ないとも思うけどな。だったらネインが混じって、多少は汎用性が出るって感じかもな』

「ボードが届けば、あるいはな」

『うるせえ、まだ時間はかかるから、楽しみに待ってろ。こっちもちょいとゴタついてて、俺みたいに多少の管理を任されてる身にとっちゃ、面倒ごとが多くっていけねえ。ああそうだ。ボードに最初から仕込んであったデータロガーなんだが、システム開発やチェック用以外に、外部受信ができるようアプリを作らせた。お前の持ってる携帯端末、うちのか?』

「そうだ」

『だったらアプリを転送してやるよ。走行時間、速度、もろもろのデータが確認できる。あれだ、サイクルコンピュータってのがあるだろ、あれと似たような感じ』

「マジっスか!」

『あ?』

「あっと……すみません、つい」

「いやいい。なにヒトシ、傍ですずが聞いているだけだ。見る限り、そのアプリはこっちにも寄越せと、強い要求を顔に浮かばせている。俺に売り込みをかけた時に見たツラだ」

『あー、まずはテスターとしてって考えてたけど、不具合が我慢できるなら公開してやるから、あとで連絡してやるよ。はは、不具合が出ても改良すんのは俺じゃねえしな。ネインと遊ぶ予定の連中が何人いるか知らないが、そいつらに使わせるくらいなら、問題ねえよ。ただしテスターだから、利用してちゃんとこっちにも情報を寄越せ。まあでも、最低ライン、ネインくらいの動きがねえと無駄だろうけどなあ……』

「定速で動くくらいで、戦術の幅が狭いようじゃ、話にならんか」

『そういうことだ。技を出せないなら、どうやって速度に乗せるか、ただそれだけだろ。加速と巡航速度の違いもわからないようじゃ、どうしようもねえ。まあお前みたいに、巡航五十キロを上限にしてんのに、加速をし続けて六十を維持するような馬鹿になってもらっても――』

「困るか?」

『――いや、よく考えたらべつに困らなかった。ははは、まあいい。何かあったら連絡しろ、俺は組み上げだ』

「頼んだ。もし暇があるようなら、お前も顔を見せろ。もう五年だろう?」

『そっちこそ。んじゃなネイン』

「ああ、またなヒトシ」

 休憩時間は終わりかと、俺は苦笑して通話を切った。

「懐かしい相手だな……ん、どうした貴様ら。ドーナツが減っていないぞ。まずかったか?」

「え、あ、や、美味しいよ?」

「です。あのう、というか……」

「えっと、何から聞こう……?」

「俺が元軍人であることか? 言っておくが、軍人崩れならここにも山ほどいるだろうし、そう特別なものじゃないだろう。それとカゴメには伝えるな、愚痴の量が増える」

「うえ、それは嫌だ」

「黙ってるのはいいんすけど、そうは見えなかったっスよ? それこそ、お姉さんの方が、初見の時から、それっぽいっていうか……」

「あえて誇示するような生き方はしていない。まあ訓練校時代だな、五年前か。テスターをやっていたのは知っていると思うが、その際に開発者であるヒトシとは、顔を合わせて話し合った。すずは対応しただろうが、あの男も俺とそう年齢が変わらん。会話を聞いていれば、雰囲気でわかるだろう。気が置けない間柄――と、いうわけでもないが」

「そんなもんかなあ。口が悪いのはすぐわかったけど」

「下品なことを言った覚えはないな」

「それだけじゃん! まあいいけどさ、事情はそれぞれあるし。あんまし言いたくないのもわかるから、他言もしない」

「理解が早いな、津乗。それでいい。最近はお前の髪形を見るたびに、またドーナツかと内心でため息を落としているが、それも言わない方が良かったか?」

「うううっさい! 個性! これ個性だから!」

「え、可愛いじゃないですか、これ」

「可愛い……? それは、あれか。行きつけの酒場に、たまに時間を外して行ったら、まだ準備中だったいつもの女とばったり逢って、いつも化粧をがんばっていることに気づいた時に感じる、あの可愛いというやつか……?」

「一緒にされたくない!」

「よくわからんな、お前らは。いかんな、俺は年下との付き合いというやつが、どうも少なくてな、対応がわからんのだ。どちらかといえば、五つは上くらいの方が楽に対応できる。おい天来、貴様の年齢はいくつだ⁉」

「変な話の流れで、さも当然のように人の年齢を聞かないでください! 内緒です、内緒!」

「ふん、詰まらん女だ。どうせ――おっと、これ以上は止めておこう。あいつが泣きだしたら止める(けい)が今はいない」

「蛍先輩も嫌がるって、それ……」

「なんか楽しそうにやってるんすねえ。あ、そうそう、注文自体は済んでますし、現在開発中ってことなんすけど、デザインはどうするっスか? さっき話には出てませんでしたよね」

「ああ――そういえば、忘れていたな。いや、一任すると伝えてくれ。黒のマット仕立てでも文句は言わん。そういう遊び心は、どうも、俺にはないようでな。さすがにお経が書かれたボードに乗るつもりはないが」

「わかりました、そう伝えます。というか、本当、大変だったんすよ、ヒトシさんと話をするの……」

「え、そうなの? さっき聞いてた感じ、最初は変だったけど、会話にもなってたし」

「あのね沙樹ちゃん、それはお兄さんが詳しいからですよ。あたしだと、どうしてもわからない部分がでてきて、そういう説明をしてくれない人なもんで、あとで勉強して理解したり、すげー大変なんすから」

「知識が深まって良いじゃないか」

「そりゃまあそうですけど、商売人としては、やっぱ情けないっスよ。ボード専門でやってきたつもりなんすけどね、この二年」

「まだ二年だ、すず。そう落ち込むな。だいたい、あれを見せてからだいぶ経つが、未だに蛍ですら、実際にできてはいないんだろう?」

「あ、うん。先輩もまだコケてる。横に振ってバンク? をやろうとすると、安全装置が働いてボードが元に戻るんだよね。高速でやろうとすると、逆側に振り子みたいな動きして、減速しつつ回転しながら、最終的に尻から落ちてる」

「俺も最初はそうだった。平衡感覚と力の移動を感覚で身に着けたあと、一度でも成功すれば、躰が覚えだすから、それまでの辛抱だ。というかすず、きちんと教えていないのか」

「軽く、理屈くらいは説明してるっスよ。でも、あたしがまだできてないんで、それを我が物顔で説明できるほど、顔の皮は厚くないです」

「立派なことだ、カゴメに爪の垢を飲ませてやりたいくらいだな。まあ――だが」

 そうだなと、俺は一つ頷いた。

「俺のボードが届いたら、すずにはアドバイスくらいしてやろう。それで覚えて、ほかの連中に教えてやれ」

「え? 先輩は教えてくれないの?」

「何故俺が見てやらねばならん。そのくらいのことは自分で考えてやれ」

「贔屓だ! なんですずっちだけ!」

「もちろん、ボードの手配で世話になっているからだ。それに加えて、すずにもメンツがある。勉強しているのならば、教えることも少なくて済むだろうしな」

「ぬう……」

「唸るな、ドーナツを食え」

 もうすぐお昼ですよー、なんて声が台所から聞こえた。それもそうだ、残りはおやつにでも取っておくとしよう。



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