05/18/10:00――フライングボード
学校に通うようになって、三日目になった。
実際、学校で行われる授業というのに対し、文句は山ほどあったし、不満もあるのだが、その辺りは割愛しておこう。強いて言うのなら、テキストと似たような板書しかしない相手が教師を名乗っているだなんて、それほど馬鹿馬鹿しいこともない、とだけ。
ちなみに、教室内でよく話す相手はカゴメと蛍くらいなものだ。ほかの学生たちとは、挨拶程度である。まあ俺の性格の問題もあって、相手がしにくいのだということくらいはわかるし、のんびり過ごす俺の態度も、とっつきにくい理由の一つなのだろう。
「おうルイ、次の体育は外でボードだってさ」
「そうなのか? 俺はまだ持ってないが」
「ボードは、まあ遊びみたいなもんだし、参加は自由だぜ。どうだろ、教室で過ごすやつらも二割くらいはいるだろ。どうする? 見学しとくか?」
「……まあ、そうだな。見学くらいはしておくか」
「おう。っと、ちなみに男女合同だ」
「合同か。ちなみに、普段はどうなっている?」
「あ、そっか、知らねえよな。えっとだな、体育は男女別で行われるから、基本的には隣のクラスと一緒になる。ボードの授業は、男女合同で、確か津乗のクラスも同じ時間が体育だったような気がするから、そっちとも一緒だな。いいぜ、グラウンド全部使えるし」
「全部か」
ここのグラウンドは広い。何しろ、二百メートルトラックが、二つ並んであるくらいだ。それを貸し切りで遊べるとなれば、さぞ楽しいことだろう。もっとも、クラス数も少ないこの学校には過ぎた場だとも思うが。
ちらりと座ったまま横を見れば、男子たちが着替えを初めていた。学校指定の運動着であるところのジャージだ。俺はこのままで出るつもりだが。
「お前たちの活動とやらは、どうなんだ?」
「不定期っつーか、授業じゃないけど、放課後にグランドを使用してない日を土屋が確保しといて、その時間にやるって感じ。やっぱり広い範囲を飛ぶのが面白いからな」
実際に飛んではいるが、低空飛行なのだし、どちらかといえば移動する、という感じになっているのだろう。それでも距離がなければ楽しみも減る。
ボードを取りに行く連中とは別れ、先にグランドへ向かうと、仮設テントのような場所の下にいるすずを発見した。テーブルとパイプ椅子も用意してある。
「すず」
「――あ、お兄さんじゃないですか。どもっス」
「俺は見学だが、お前は参加するようだな」
「そりゃ、商売道具を扱えないんじゃ話にならないですよ。どうですお兄さん、この機会におひとつ」
「お前も商魂は逞しいな……まだ考え中だ。そう、考え中といえば、このペットボトルの緑茶だが、案外味は悪くない。手ごろで良いな」
「はあ、そうっスか」
「なんだ、反応が鈍いな。これを国外で売れば良い値で取引ができそうなものだが、まあ買う人間は少ないかもしれん。俺は喜ぶ」
「緑茶が好きなんすか?」
「日本茶は全般が好きだ」
「――おう、土屋か」
「金代先生、どうもです」
「なんだ、着替えていないのか、不知火」
「知っての通り、俺はボードを所持していないから、見学だ。それとも、ここで足を組んで見学していると、金代の威厳に影響があるとでも?」
「そんなことは気にしたこともない。それに今日の授業は合同で土屋がいる。専門家に任せて、私は煙草でも吸ってりゃそれでいい」
「先生、生徒に投げるのはどうかと思いますし、校内は禁煙っスよ」
「黙ってりゃいい。職員会議で怒られるのは私だけだ」
「わかりましたよう……とりあえず前半は基礎を中心に遊泳して、後半からはレースにでもするんで、いいっスか?」
「おう、適度に休憩をはさんで、怪我のないようにな」
「はあいっス」
そうは言うものの、土屋にとっては慣れているのだろうし、使い慣れている連中ばかりなのだ、熱心な指導など必要ないのかもしれない。
ばらばらと集まってきた生徒たちは、談笑をしつつ準備運動を始める。これもまた、安全な運動のために必要なものだ。といっても、本当に軽いものでしかなさそうだが。
「今日で、三日目か」
「ん、ああ」
灰皿をごとんとパイプテーブルの上に置いて、本当に煙草を吸いだした。俺は慣れているので気にはしないのだが、体面というのはどうでもいいのか、この女は。
「日本での生活自体が初めてなんだろ。どうなんだ?」
「それもまた曖昧な質問だな。日常生活にはさして問題を感じてはいない。どんな場所にも最低限のルールはあるが、それを知ることさえ忘れなければなんとかなる」
「じゃ、学校はどうだ」
「その件に関してはノーコメントだ。文句を言い出したら止まりそうにない」
「はは、べつに止めやしないから言ってみろ。こう見えて私は寛大だし? 怒ることと叱ることの区別くらい、できているつもりだよ」
「だったら直截するが、クソの役にも立たない座学を強要する馬鹿どもが教壇に立って、やることと言えばテキストと同じ内容が九割だ。それをやる方もやる方だが、クソ真面目に受ける方も受ける方だな」
「役に立たないと、そう思うか?」
「もちろんだ。何故なら、貴様らが教えることの中に、役に立たせろ、と示すものが何一つとしてないからだ。役に立たせるのも立たせないのも、お前ら次第? 笑わせるな、だったら真に迫った内容にしろ」
「……言ってくれるじゃないか」
「貴様ら教員にだけ言っているわけじゃない。既に受け取ったテキストには目を通したが、そういう生徒が何人いる? これで東洋人が優秀だと言われるんだから、呆れるものだ」
もちろん、教えを請うことができるのは、基礎ができてからだというのは理解している。だがどうだろう、一年を過ごし、二年目になった時、教官の言っていた小言じみた説教の意味を理解できるようになるのを、成長と呼ぶのだが、こいつらはどうだ?
平和ボケ、なんて意味合いを深く考えたくもなる。
「だがまあ、こうは言ったが、それで回っているのだから、それでいいのだろう。――俺は御免だが」
「お前、教育の何を知っている? ああ責めてるわけじゃない。ただ、知らなければ見えない発言もある」
「俺自身は、教育なんてことは口が裂けても言えないし、できていたとも思えない。ただ俺の知り合いが、そっち方面に強くてな。俺も世話になった人だ、多少の影響は受ける」
であればこそ、一抹の不安はある。ただまあ、適当にやり過ごそうとは思っているが。
「風祭はどうだ?」
「見ての通り、クソ真面目なエリート様だ」
「お前ね……やっぱりあれだろ、風祭には当たりが強いんじゃないか?」
「これでも抑えてはいるんだ。ああいうのを見てると、イライラする」
「上手くはやっていけないか」
「そうでもない。ないが、いくつかのハードルが存在するのも事実だ。俺自身、嫌っているわけじゃない――ああ、あの感覚だ。たとえば、昔の自分がそこにいたとして、同じ道を歩こうとしている時、止めたくなるのが人だろう? そんなもどかしさに似たものだ。とはいえ、昔の俺と今のあいつはまったく違うが」
「違うのかよ、思わず納得するところだった。まあ、あれこれ考えずに当たってみろとも言うけれどね」
「考えずに当たった結果が、お前の言う当たりが強い、という現状になっているんだろう。最近では蛍も、もう仕方ないとばかりに苦笑しているから問題ない」
「問題は、ないね」
「なんだ? 回りくどく言わずに、直截したらどうなんだ。本題はどこにある?」
「話半分で聞いてくれ」
「だったら最初から半分だけ話してくれ」
「職員室で小耳に挟んだ。――不知火には気を付けろ。あいつは人殺しだ」
「そうか。それで?」
「こういう噂話ってのは、生徒の間ではやるものだ」
「そして噂とは、本人の前で言うものじゃない」
「それはそうだが、いやなに、どうして職員の間でと、そう考えてみちゃいたが、どうもな」
まあ――そうだろうな。根も葉もない噂であっても、生徒間ならばともかく、職員の間ともなれば、何かしらの意図が存在する。たぶん、外部から差し入れられた補給物資のように、ぽつんと置かれたものだろう。
「噂話に花を咲かせるほど、若い連中ばかりじゃないんだろう?」
「それはそうだが……」
「気を悪くしないから、好きに対応していい。あんたには言っておくが、それは事実だ。もっとも、あんたが考えたような〝人殺し〟が、あてはまるかどうかは別の問題だけどな」
それに。
「俺はそういうことを忘れて、のんびり生活したいと思ってここへ来た。余計な波風は立てたくはないな」
「そういうことにしておいてやる。私自身は気にしちゃいない。――面倒な野郎だとは思っているからな?」
「念押ししなくても、あんたには同情している。しているだけだが……おい、余計なことを言うけどな、吸い過ぎるな、金代」
「暇なんだよ」
各人がばらばらになって遊んでいるグラウンドに目を向ける。集団行動には、あまり向かないおもちゃであることは確かか。
しばらく話をしていると、蛍がこちらへ来た。
「よっ。先生と一緒だと息が詰まらないか?」
「どちらかと言えば、喉に煙を詰まらせる金代の方が大変だろうな」
「詰まりはしないよ」
「で、どうした」
「いや、退屈してんなら、試しに乗ってみちゃどうだと、そう思ってさ」
「いいか蛍、その誘いは嬉しいが時と場合を考えてくれ」
「あ? なんでだ?」
ふん、と鼻で一つ笑えば、こちらに飛んでくる耳ざとい女が一人。
「ほらみろ、商売人が匂いを嗅ぎつけやがった」
「あー……」
「およ? どうしました、蛍先輩。変な顔になってますね。どうですお兄さん、ちょっと遊んでみませんか? いやあ、やっぱり一度試してもらった方が良いですからね、ええ」
「毎回誘い文句をよく考えるものだな、お前は……」
「つーか、なんだ? 勝負事が嫌いってわけでもなさそうだし、あれか、まさか無様にすっころぶのがみっともないとか、そういう理由かよルイ」
「そうだ――と、肯定してもいいんだがな。見え透いた挑発だ。ふむ……まあしかし、遊びの際に、保護者を気取って空気を読まんヤツに見えなくもないか」
「見えなくもないというより、そのままだよ、不知火」
「金代に言われたくはないな。年齢のことだ、という副音声が聞こえているようなら何よりだ」
「ふん」
「それで、どうなんだ?」
「――いいだろう。ただし条件がある」
「なんだ条件って」
「お前たちの口車に乗るというのが癪だからな、俺からも要求したっていいだろう。乗りこなして見せるから、レース形式でやろうか。相手はもちろん蛍だ。お前が負けた時は半ベソになっても笑ってやる」
「お前なあ……」
「どういうレース形式にするか、考えてくれ」
「シンプルでいいんじゃね? スタートは直線で、奥のトラックの外周をくるっと回って、また直線でゴール。さすがに今日初めて乗るやつに、障害物走をやろうとは言わねえよ」
「フェアの精神でもあるのか? いいか蛍、勝負事はいかに己を有利にするか、そこに尽きる。反則なんてバレなければいいのだ」
「んなことしねえよ!」
「冗談だ。さて」
「あたしのボード、使うっスか?」
「いや――お前はジャッジを頼む。乗っていた方がいざという時に、対応しやすいだろう?」
「そりゃそうですけど」
「だから、――津乗!」
近くにいた津乗を呼んで、俺は軽く事情を説明した。
「ああうん、いいよ。でも調整入ってるよ? ルイ先輩だいじょうぶ?」
「問題ない。どうしたすず、事情を説明しに行け。どうせ後半からはレース形式にすると言っていただろう? トップバッターを俺と蛍にするだけの、簡単な仕事だ」
「ああ、はいはい」
「おいルイ、軽く乗ってからのが良いだろ」
「そこで無様に転んで、できませんと泣くのが俺の仕事か? 冗談じゃないな」
「いやそういうこと言ってんじゃねえけどな……」
懐からアイウェアを取り出してかけた俺は、ボードを受け取って。
「――ああ、金代は止めないんだな?」
「ガキの遊びに横から文句を言う大人には、なりたくないもんだな」
「それはそれで、相手をしている俺が詰まらんということを覚えておいてくれ」
「だったら、お前が勝ったら私の煙草を一本やるよ」
「聞いたか蛍、一箱ではなく一本だ。チップをケチると良いことがないってことを知らないらしい」
「なんでそこで俺を巻き込むんだ! あー……それだけ大事なものなんじゃね? っていうフォローはどうですか、金代先生」
「蛍、勝てよてめえ」
「あれ⁉ 俺フォローしたはずなんだけど⁉」
俺と蛍は手前のトラックの外周に立つ。俺が内側なのは、蛍の配慮なのだろう。ボードのスイッチは二つ、まずはバランサーを入れて、始動スイッチを入れる。降りる時は逆の手順だ。
「よし、倒れないな」
「お前は俺をどこまで平衡感覚のない野郎だと思っているのか、そっちを疑問視したくなるんだが……?」
「一応心配してんだから、受け取れよ」
「だったら勝負が終わってからのお前の心配を、俺はしてやる。嬉しいだろう、先行予約だぞ」
「終わってからにしてくれよそれは!」
並んで停止すれば、後ろから津乗がそれぞれのボードを掴んだ。少し離れた位置で、すずがこちらを見る。ちなみにほかの生徒たちは、トラックの中からこちらを見ていた。
「準備いいですか、お二人さん」
「おう!」
「いつでも」
すずが、深呼吸を一つ。
「ゲットレディ」
軽く、蛍は前のめりに。
「――GO!」
手が離され、蛍が先行するように加速した――それを俺は、見る。
見て、二秒。
「すず!」
「トラブルっスか⁉」
「――目を瞑っておいてくれ」
「はい⁉」
俺はそのまましゃがみ込んで。
「あまり褒められたやり方じゃない」
バランサーだけ切って、一気に加速した。
ボードの表面を両手で触れるほどの低姿勢、瞬間的な加速は六十キロを超え、蛍の背後に追いついた頃、おそらく安全装置が上限設定している五十キロにまで落ちていたが、四十キロ未満である蛍に追いつくのは容易い。
「早いじゃねえか!」
「お前が遅いだけだ」
一つ目のトラックを終え、二つ目に入る。ボードがくれる浮遊感と、疾走感に昔を思い出し、苦笑が浮かんだ。
コーナー手前、イン側だと面倒だと思い、一度ボードをトラックの内側に投げるよう、遠心力を使って蛍の上空を、回転しながら越え、アウト側へ。この方法が一番、減速しないで済むことを、俺は知っている。
「なに⁉」
「コーナーに入るぞ! 驚いている暇があるのか!」
入った。
俺は外側へボードを投げ、まるでそこに壁があるかのように滑る。その際、沈めていた躰を次第に起こすようにしながらコーナーを抜け、最後の直線に入った。
先行している俺は、蛍が立ち上がりに加速を入れるタイミングを見計らって、減速。おそらく蛍の視界からは俺が消えたように見えただろう。そのまま、三度ほど五芒星を描くようにして蛍の周囲を移動してかく乱、最後には前へ出るよう先行する。
そして、幾度か蛍の前で大きく曲線を描くよう左右に揺れてから。
「――懐かしいな」
そう呟き、最後の加速をして設定されたゴールラインを越え、一度しゃがむようにして体を沈めた俺は、後方宙返りをしながらボードごと躰を回転させつつ、最短時間での減速を行い、ぴたりと停止。小さく肩を竦めてから、スイッチを切った。
「やはり芹沢が合ったな……おい津乗、借りて悪かったな。助かった」
「あ、うん……」
さて。
とりあえず戦利品を受け取りに行こうと、仮設テントに戻れば、妙に渋い顔をしながら金代が一本の煙草をこちらに寄越していた。俺はそのまま咥えて、火を点ける。基本的に欲しがるわけではないが――たまに、もういない友人のために、吸ってやることがあるのだ。
「経験者だろう、お前」
「その話は少し待ってくれ、落ち着いた蛍がこっちに来るはずだ。だがまあ、フィーリングが変わっていなくて何よりだった。無様に負けていたら笑い種だったしな」
「こっちはそれを期待してたんだけどなあ」
「性格が悪いぞ金代」
「お前にだきゃ言われたくないね――っと、ああ、お前の真似しようとして、すっころぶ連中が出始めた。どうするんだ」
「知ったことじゃないな。それに、打撲程度ならばともかくも、安全装置が働いている以上、大事には至らんだろう」
お、蛍が来た。すずも一緒だ。
「くそう……!」
「お疲れのようだな、蛍。少し休め。椅子も余っているしな。おいすず、目は瞑っただろうな?」
「目ぇかっぽじって見てましたよ。なんなんすかあれ、思いつきもしませんでした。というかお兄さん、バランサー切ってたっスね」
「はあ⁉ 切ってあんだけのパフォーマンス出したのかよ!」
「バランサーは調整の要なんだろう? さすがに津乗の調整が俺に合うとも思わなかったからな」
「お兄さん、初めてじゃないっスよね」
「フライングボードは、初めてだ。まあこれはグレーな物言いになる。いいだろう、ネタバレだ。お前たちが使っているボードのバランサーを開発するに当たって、もう五年くらい前になるのか……俺はそのテスターの一人だ。つまりその頃は、バランサーなし、安全装置のみという試作品で遊んでいた」
「グレーっていうかそれ、ほぼ騙しじゃねえか……」
「俺の強気な発言の理由がわかって何よりじゃないか。言っておくが、バランサーが悪いとは言っていない。ただ、俺自身が、バランサーの使い方を知らないだけだ。逆に言えば、バランサーがあるんだから、あのくらいの芸当はできて当然だとも思えるが……そこらは、すずの方が考えられるだろう」
「バランサー切らなくても、あの速度が出せるってか……?」
「おそらく、な。飛べることが当たり前だから、理屈についての勉強が薄いんだ。いいか、前進するのは重心の移動だ。これを簡単に言ってしまえば、前を重くすれば良いと、そうなる」
「ああ、そりゃ俺もわかってる」
「そこに落とし穴がある。いいか、速度を維持することと、加速は別物だ。俺が先ほど乗った感じ、初速の限界は六十キロになっていた。これを出すためには、ロスのない体重移動、つまりゼロから百を一気に乗せるような感覚が必要になる――が、それはすぐに制限の五十キロで停止する。ここからは速度の維持に入るわけだ。どうだすず」
「まあ……理屈としては、というか、スペックとしてはそうです」
「だからって、インからアウトへ、俺の頭を回転で飛び越すか……?」
「ああ、スクリューな。〝玉入れ〟には必須技能だ」
文字通り、ねじのような動きで障害物を飛び越える技だ。
「玉入れって、なんすか?」
「日本の、なんだ、運動科目であるだろう? あれと似たようなものだ。バスケットボールしかなかったから、ボールはそれを使って、適当な場所に立てて置いた、二メートルくらいの高さにある籠へ、それを入れる。ボールに触れられる時間は三秒だ。つまり、持って、振りかぶって、投げる――という動作で終わる。必然的にゴールを決めるなら、ボールを上空に投げて、それを拾って上から落とすのが確実だろう?」
「だろうって……簡単に言ってくれるぜ。んじゃあのコーナーリングは?」
「あれはバンクと呼ばれるものだ。速度を落とさず反転するのも、玉入れには必要だろう? 何しろフィールドは区切られる。いかに素早く反転するかは考えたものだ」
「確かに、あっさり抜かれたけどな……」
「視界が広いのも利点だ。あの状態でも、下を走るお前の動きはよく見えた」
「そのあとの直線、あれは? 俺、完全に見失ったんだけど」
「ヘキサという技術でな、〝鬼ごっこ〟をやるなら、これも必須技能だ。加速と減速を使い分けて、相手の周囲を移動することで、捕まえやすくなる」
「鬼ごっこってのは?」
「そのままだよ、間違っていない。ただし、背中しか触れられないルールだ。まあ俺の場合、全員での勝負だったから、鬼ごっこというのは語弊があるかもしれないが」
「あと、俺の前をふらふら動いてたのも、なんか関係してんのか?」
「シザースは、〝かけっこ〟――いわゆるスピード勝負の駆け引きで使う技だ。左右に大きく揺れれば、直線よりも遅くなるが、後ろからは抜きにくい。逆に、抜かれた際に背中にぴたりと張り付くことも、やりやすいんだ。基本、スピード勝負は後ろについた方が有利だからな、同じ速度でもスリップに入った方が楽になる」
「そんなもんか……? いまいち実感がわかないのは、たぶん俺がそういうゲームをしたことがねえから、だと思うけど」
「最後の大回転はなんすか?」
「あれは見た目が良いだろう? 停止時の減速時間を使った大技だ。一応、あれができるということが、特定のレベルに達している証明でもあるが、まあ見た目重視のもので、それだけだ。緊急停止して、ふうとため息を落とすより、恰好が良い」
「そんだけかよ! ああくそっ、俺ちょっと練習してくる!」
「あたしも行くっスよ、明石さん。みんな無茶しなきゃいいけど……」
「……どうだ見ろ金代、勤勉なものじゃないか」
「お前の嫌味は耳に痛いねえ」
そういうつもりではなかったんだが。
「――おいルイ! ルイ!」
「うるさいのが来たな。なんだ? 俺は戦利品で一服中だ、言葉は選べカゴメ」
「なんだ貴様、吸うのか」
「見ての通りだ。それでなんだ?」
「くっ……癪だが、どうやればあんな運動が可能になる⁉」
「素直に教えてくれと言いに来たところは評価してやる。だがなカゴメ、お前の首の上についているのは、鏡の前で化粧をして男に良いところを見せるだけの外側だけか?」
「なんだと!」
「ちったあてめえの頭で考えてからにしろと、言った方がお前にはわかりやすいか? いいかカゴメ、どうしてボードは浮いている? どうして加速する? 側転をする際に、どうして転ぶ? 転ばないためには、どういう運動エネルギーが必要になる? そして、――どうやればそれは成功する? テキストを読み込んでも、現場じゃ通用しない。だが、現場で通用する連中は、必ずテキストも読んでる。間抜けと言われるのがお前の趣味ならとやかくは言わないがな」
「――、やっぱりお前なんか大っ嫌いだ!」
「そうかい、知ってるよ」
肩をいからせて去るくらいなら、俺なんか頼らなければいいのにな。
「やっぱりあたりが強いだろ、お前」
「知ったことじゃない。――さて、追及されるのは面倒だ。金代、俺は帰る」
「早いじゃないか」
「これが終わればどうせ昼だ、町で適当に食ってから戻ればいい。じゃあな。次は箱できちんと用意しておいれくれ」
「うっせ。お前にゃもうやんねえよ」
「生徒に言う口調じゃないな」
生徒として扱われるつもりは、それほどないので問題もないが。