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外伝・想い願い希い  作者: 雨天紅雨
火ノ章
2/31

05/15/18:00――寮生との顔合わせ

 俺にとって日本のお茶というのは、印象深いものであり、それ以来好んで飲むようになった。

 といっても、今までの生活の中で飲み物といえばビールや酒、そして珈琲が身近なものとしてあり、紅茶も含めてお茶を飲むことはほとんどなかった。休息日に自分で淹れなければ飲めなかった俺は、だからこそ、その時間を楽しんだものだが、これからの生活においては気軽に飲むこともできるだろう。その件に関しては非常に喜ばしかった。

 特にここはお茶で有名な静岡県に位置しているため、心なしか期待していたのも確かだ。まだ初日ということもあって詳しく調べていないが、きっと町にはお茶を売っているところもあるのだろう。

「それほど美味いって印象はねえんだけど」

 それはお前が日本人だからだと、俺は気楽に答えつつ、お茶を片手にベッドへ腰を下ろす。この寮に住んでいる同い年の男、明石蛍(あかしけい)は耳が隠れる程度の髪の長さを保っており、明るい印象を受ける。それなりに鍛えているのか、ひょろっとしているように見えて、なかなかに〝太い〟感じの男だ。

「まあでも、俺としちゃ助かったって部分もあるんだけどな」

「なにがだ?」

「今まで、俺以外は全員女っていう状況に参ってたんだ。ハーレムかと揶揄されちゃいるが、冗談じゃねえ。こっちの肩身が狭い上に、作業は全部俺に回ってくる」

「その作業は、俺が来たところで変わらないだろうがな」

「おい! ちょっとくらい手伝ってくれよマジで!」

「……、まあ考えておくか。色よい返事が期待したいのなら、それなりにしろ」

「それなり?」

「俺の袖の下は広いぞ」

「賄賂を要求すんなよ……」

「いや、実際に俺は女との同居やら何やら、男連中とならばともかくも、こうした経験はないからな。多少は不安を抱えている」

「不安なんてツラに出てねえけどな」

「出にくいだけだ」

 部屋着、なんてものを持っていない俺は、スーツの上着を脱いでハンガーにかけ、ネクタイを外した服装である。蛍はジーンズにシャツという身軽な恰好で、これが外と同じなのか部屋着なのかは定かではない。

 そもそも、部屋着と寝間着がどう違うのか、俺にはよくわからないのだが。

「国外の生活が長かったんだろ? そもそもあっちで、日本茶なんて出るのか?」

「専門店は、あるにはある。俺の場合は友人が東洋人でな――いや、そう考えれば、東洋人の知り合いというのは、多かったんだろう。ケイミィと呼ばれていた野郎が、どういう事情かは知らないが、俺に淹れてくれたのを飲んだのが最初だ」

「珍しい味だったのか?」

「もちろんだ。それまでは珈琲ばかりだったからな」

 その珈琲だとて、たとえば同僚のジンジャーが淹れたものなら美味かったが、泥水じゃないのかと疑うようなクソ不味い珈琲もあった。それでも飲めないよりはマシだと思って、喉の奥に流し込んだものである。

「だが、何よりも俺にとっては、そうだな……感情的には複雑だが、なんというか、落ち着いたんだ。頻繁に飲んでいたわけではないが、それから少し凝り出した。急須や湯呑を揃えたりな」

「つまり、性に合ったってことか。いやなんつーか、その恰好というか、雰囲気だけで言うのもなんだけど、お前が湯呑持って縁側で呑気にしてたら、警察に通報するレベルだからなあ」

「よしてくれ。身分証を見せたら、サインを求められそうだ」

「ねーよ。まあただ、のんびりはできるだろ。町に出たって、遊び場はそう多くねえし、ここらのガキの遊びっていえば、ボードくらいなもんだ。ちなみに、サーフボードの方もそこそこ、やってる連中はいるぜ」

「フライングボード、か。試用品を片手に、カゴメがスキップしながら戻ってきていたけどな」

「おう、帰りに遊んでたんで、軽い挨拶だけはしといた。かなり熱中してたから、俺も初めて乗った時のことを思い出したよ」

「……乗る場所は限られるが、面白いおもちゃなんだろうな」

「そういうお前は買わなかったんだろ? 風祭がぶつくさと言ってたぜ」

「知ったことじゃないし、小言に付き合わされた蛍には同情くらいはしてやる」

「なんだかなあ。一応、学校でも授業みたいなのがあるから、持ってた方がいいぞってことくらいは、俺も言っておく」

「そうか。蛍はよく使っているのか?」

「ここらに住む――というか、学校に通ってる連中の九割近くは活用してるよ。一応、部活動みたいなのもたまにやってるぜ。土屋(つちや)ってのが部長で、俺を含めてここの寮生が大半だけど」

「帰り道が長いから、乗り慣れているうちに遊ぶようになった」

「そんな感じだ」

「まあ、気が向いたら買う」

「おう。俺、そういう返事したやつが、気を向けたっての、あんまし聞かないんだけどな」

「越してきて当日なんだ、慎重すぎるくらいがいい。明日から登校はするつもりだが、厳密には来月の頭からだ。日本の学校なんてのも、通ったことはないからな」

「向こうの学校はどうだったんだ?」

「ん、ああ」

 さて、訓練校も学校だが、どう説明したものか。

「義務教育の観念が甘かったからな、ほとんど通ってないも同然だ。本は読むし、独学で対応してきたことも多い」

「あー、あんまし突っ込んで聞かない方がいいか?」

「俺じゃなくて女を相手にやれよ、それは」

「は? むしろ女に対しては押し引きが重要なんじゃね?」

「ベッドの上での話だ」

「ああ、そっちの……」

「説明させるな」

「いや、すぐに反応できる方が熟練者だろ。――お、そろそろ飯の時間になるから、降りようぜ。今日は立食パーティだと」

「へえ? 椅子とテーブルの数が足りないって理由なら、蛍の作業が一つ増えるわけだ」

「嫌なことを言うなよ!」

「冗談だ」

 備え付けの洗い場で、手早く洗った俺は、揃って部屋の外へ。

「そういえば、ここはスペースがかなり取られているな」

「うん? ああ、歓談スペースな」

 住居スペースなのにも関わらず、広間のようになっており、四つの扉がそれぞれある。使われているのは階段側に一番近い右手の蛍の部屋と、その対角にある奥の俺の部屋だけだ。

「これは俺の知識からの考えになるが、一般的には部屋の広さを確保するため、廊下くらいにするんじゃないのか?」

「そう言われりゃそうだな……けど、軽い運動なら下にも響かないし、結構できるんだぜ。大声を出すと怒られるけどな。そういうのは部屋ん中でやれって」

「そんなものか……確かに、スペースがあるのなら、部屋の中でやるよりは解放感もあっていいな。ちなみに全裸で出てきたら俺は無言で蹴り飛ばすから覚えておけ」

「覚えてはおくが、そもそも出てこねえよ。夏場でもパンイチだよ」

「それならいい」

「いいのかよ……」

 そういう連中は見慣れてる。むしろ、全裸で寝るもんだから、そのまま出てくる馬鹿も多かった。


 下に降りると、既に女連中は集まっていた。


「ああ、来たか。先に始めさせてもらっている」

「気にするな。お前に忍耐力なんぞ期待しちゃいない」

「なんだと!」

 文句は無視して見渡せば、料理を運んでいる寮母。それから三学年で生徒会長をしているという――その役職の意味合いは知らないが――桜庭瑞江(さくらばみずえ)がいた。腰までと長い黒髪に、どこかぼんやりとした顔。こいつ何も考えていないんじゃ、と思うほどの顔だ。

 そして、やや小柄で一つ下の一学年にいる、津乗沙樹(つのりさき)。なんだかドーナツが食べたくなるようなものを、髪を巻いて左側に作っているが、挨拶した時に聞いたところ、実家はドーナツ屋ではないらしい。じゃあ何屋なんだと訊ねたが、がんばり屋だと返答があった。こいつもよくわからん。

 総勢五名の寮生に、寮母――なのだが。

「おい」

 俺は蛍から烏龍茶の入ったグラスを受け取りながら声をかけるが、どうやら聞こえていなかったらしく、最後の一人に向かって俺は言う。

「おい、肉ばかり食って明日の朝、便所で後悔するタイプの女であるところの金代(かなしろ)、お前だ」

「ああ?」

「どうしてお前がここにいるんだ?」

「年上には敬意を払え、敬意を」

「だったら年上は、敬意を払われる努力をしろ、努力を」

「ふん」

「――あれ、聞いてませんでしたっけ? 二代ちゃんは、ここに住んでいるんですよ、不知火(しらぬい)くん」

「担任が一緒? 息が詰まるだろう、お前ら」

「いやべつに。金代さんは、ちゃんとプライベイトを区別する人だしな」

「というか、ルイはきちんと公私を区別したらどうなんだ?」

「横合いから口を出すような礼儀知らずは、まずは自分ってものを理解して、一貫した態度を取れるようになってから、鏡に向かって同じセリフを言ったらどうなんだ?」

「このっ……!」

「あのう」

「なんだ、どうしたドーナツ屋……ではなく、津乗」

「ちょっと待てルイ。なんでドーナツ屋なんだよ」

「頭の横についているだろう。ドーナツ屋がついに、販売を伸ばそうと苦肉の策に出たのかと思って聞いたら、間違っていただけだ」

「お、おう……その発想はねえよ……」

「それで?」

「あーうん。ルイ先輩って、カゴメ先輩と仲悪いの?」

「……? いや、そう見えるかもしれないが、実際のところは知らないな。何しろ、お前たちと同じく、今日初めて逢った相手だ。仲もなにも、ただの他人だろう」

「私は貴様のことが大嫌いだ」

「ああ、だから感謝をしろ」

「何故だ⁉」

「俺の悪口を言うことで、ほかの連中と円滑なコミュニケーションが取れたんだろう? だったらそれは俺の成果だ。それをまさか、自分が上手く他人を打ち解けられると勘違いでもしたのか?」

「ぬ、ぐっ……!」

「はいはい、追加ですよー。遠慮せずに何でも食べてくださいね」

「うーん、仲が悪いっていうか、波長が逆に合ってるっていうか……うん、今は穂乃花(ほのか)さんに助けられたね」

「うるさいぞ、沙樹。む、待て金代殿! その肉は私も狙っていたのだ!」

「早い者勝ちだ。あと年長優先だ。野菜だ、野菜を食え風祭」

 女の方が争奪戦は野蛮そうだな、これは。桜庭がぼうっとしていて参加できていないが、俺の知ったことじゃない。

「本当、ルイ先輩って動じないなあ……」

「ああ、それは俺も思った。なんかこう――落ち着いてる」

「見知らぬ場所に一人きり。そういう時に必要なのは、周囲に流されずに己を見ることにある。それは慎重さに繋がり、少なくとも後悔することがなくなる」

「なくなるのか?」

「後悔した時でも、認められると言いなおした方が現実に即しているかもしれん。……まあ、元の性格もあるんだがな、俺の場合は」

 もっとも、周囲に流されることが悪いとも思わない。流れに乗るというのもまた、必要なことだ。

「俺にしたって日本の生活は戸惑うばかりだ」

「あれ、ルイ先輩はどこでしたっけ?」

「アメリカだ」

「ってことは、カゴメ先輩と同じじゃん」

「――アメリカといっても広いぞ、沙樹。私はイリノイに長くいたが、生活上、あちこちに出歩いたものだし、どうであれ一緒にされたくはない」

「いちいち突っかかるな、面倒な女だな……」

「それは貴様の方だろう!」

「津乗の胃に穴が空いたら、治療費くらい払ってやれ。俺はいつ空くかを、蛍と一緒に賭けをして儲ける」

「なに不吉なこと言ってるの! やだよ私、この年齢で胃潰瘍とか!」

「安心しろ、カゴメが料金を出すから、俺が良い医者を紹介してやる」

「そっちで安心したくない! まったくもう!」

「……、なあ蛍」

「どうした」

「俺の周りの女は、よくこうやって声を荒げるんだが、類は友を呼ぶというやつか?」

「あはは、類がお前の名前にかかってる冗談なら笑えるところだぜ、それ。――お前の性格が悪いんじゃね?」

「知ってるが」

「知ってんなら直せよ!」

「馬鹿を言うな、まだ裁判沙汰にまでなっていない」

「なってたら大問題だろ……」

 口が悪いのは承知しているし、これでもだいぶ抑えているつもりだが、まだ甘いのだろうか。

「しかし、日本の料理は美味いな。いや、それとも天来(てんらい)殿の腕が良いのか?」

「さあ、どうだろうね。穂乃花だって、昔から料理をしてたわけじゃないし、食材の鮮度が良いってのも、肉は関係ないだろう、肉は。つまり肉は正義だ」

「金代殿、確かに肉は美味いが、肉ばかりなのはいかがなものか」

「鳥は前菜、牛がメイン、豚がデザート。良い流れだろう?」

「胸がぜんぜん、腹がふっくら、尻がでかい……?」

「ちょっ、なんで瑞江先輩は私の方見て、とんだ聞き間違えを言うの⁉ なんでディスられてんの私!」

「……?」

「そこで可愛らしく首を傾げるな! 訂正! 誰か訂正ちょうだい!」

「鏡を見て自分でやれ」

「ルイ先輩のとどめきた! ――泣きそうなんだけど」

「おい蛍、ロリコンとしてフォローしてやれ」

「俺に飛び火させんな! つーか俺はロリ方面は得意としてねえよ!」

「つまりこの中では金代だけがターゲットだと……?」

「ほう、なんだ明石、私だけが歳を食ったババァだとそう言いたいわけだな?」

「言いたくないっす! 言ってねえよ! おいルイ、フォロー!」

「ん? ああ、鏡を見て皺を数えているのは天来の趣味だ。一番のババァは既に決定している。――どう足掻いても二番目は金代だが」

「ああん?」

「現実を直視したくない気持ちはわかるが、しかし俺は偏見を持たない。金代もまだ充分に若い部類だろう。ロリコンマスターの蛍からすれば、そうではないということらしいが」

「だからちげーよ! いやなんでそうなる⁉ ちょっ、いいからルイは年齢の話をすんな!」

「ほほう? 明石はつまり、私にとって年齢の話はタブーだと、そう言うわけだな……?」

「あーもーこれどうすんだよ!!」

「あのう、私のフォロー、誰がしてくれるんですか……」

 ふうむ……なんでこうなるんだろうな? 俺が悪いのか?

 まあともかく、飯は美味い。葉っぱ一枚でも、みずみずしくもあり、甘みすら感じ取れるくらいだ。こんなものが手に入るというのは、本当に恵まれている。元よりあまり飯を食わない俺でも、つい手が伸びてしまうくらいだ。

「……あー、マジで酷い目に遭った」

「戻ったか蛍。どうした、飯を食ったのならもっと嬉しそうな顔をしろ。料理人に失礼だぞ」

「お前のせいだろうが!」

「そうなのか」

「ったく……まあでも、こうやって騒がしいのも悪くはないな」

「今まではそうでもなかったのか」

「そりゃ、たまにはあったけど、本当にたまにだ。金代さんはやっぱ担任だし、先生だ。桜庭先輩はあの調子だし、話す相手もだいたい津乗だったからな。ちなみに、津乗は直線重視で、桜庭先輩はコーナーや障害物走みたいなのを、のらりくらりとやるタイプ。――あ、ボードの話な」

「お前はどうなんだ?」

「俺はバランスタイプってところ。今のところ、障害物系か速度競争くらいしかないんだけどな……下手に触るとバランスを崩して倒れるし」

「そういえば、まだ歴史は浅いのか?」

「実際に発売されたのが四年前くらいで、こっちに配備されたのが二年前ってところか? あんまり有名でもないし、設備があるわけじゃないしな。一応、芹沢が出してるポインタってのがあって、それを設置して触れながら移動する、なんてゲームもあるんだけど」

「なるほどな……まあ、スポーツとしては難しいのかもしれないな。結局は人気が左右するものだ、マイナーなほど肩身は狭い」

「それでも楽しんでやってるよ。土屋もよく考えてくれるし。知ってるだろ、ボード屋の土屋」

「ああ、すずになら逢った。言った通り、カゴメが購入を検討しているからな」

「活動もあいつが中心になって動かしてくれるから助かるぜ。後輩だけど頼りになる」

「そんなものか」

 となれば、俺がボードに乗ることになるのも、そう遅くはないのだろう。そうなったらなったで、どうとでもなるので構わないが――隠そうとしていないことを、あえて隠すというのも、また面倒だ。

 多少は手の内を明かしておくのも、円滑な人間関係を作る手であることを、俺はよく知っている。結局はそのバランスだろう。

 そう。

 そのバランスが崩れた時が、一番面倒だ。



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