8.俺らもう結婚できる年だもんな
小学校へは、思ったより早く着いた。
「こんなに近かったっけ?」
幸山くんはそんなところにも驚いていた。
「俺足短かったもんなぁ」などとまじめな顔で言っている。
「そういう問題?」
花のペースに合わせて相当ゆっくり歩いたと思うが、それでも早く感じたようだ。小学生の頃と今とでは歩くペースだけでなく、感じる時間の長さも変わったのかもしれない。毎日が驚きにあふれていると体感時間が長くなるときく。
小学校低学年の時間は、人生で一番ゆっくりなのかもしれない。
花は長期休みの間児童館でバイトをしているので、挨拶がてらまずそこへ顔を出すことにした。その間、幸山くんは校舎を回ってくると言ってひとりでぶらぶらと行ってしまった。
花たちがいたころはできたての新しい学校だったが、今年で創立20周年を迎え、玄関の上の校章からは黒い筋が垂れている。
――この学校も古くなったなぁ。
改めて見ると、感慨深い。
児童館での挨拶が長引いて、幸山くんを玄関で待たせてしまった。
「ごめんね」
「いいよ。結構バイトしてるの?」
「ううん、ちょっと手伝ってるだけだよ。昔お世話になってたから、お金稼ぐのはついでって感じ。でも子どもたちパワフルだから体力勝負だよ〜」
「そういうの、いいな。俺部活しかしてねぇから」
「それもすごいけどね。毎日サッカーでしょ、メールで話聞いてるときも思ってたけど身体大変そう」
「そうでもないよ」
幸山くんは笑って、「にしても子どもは元気だな」と児童館に目をやった。
「でしょ、うるさいの」
外からでも子どもたちのぎゃーぎゃーと叫ぶ声が聞こえてくる。
「わたしたちもちょっと前はあんな感じだったんだよ。信じられる?」
そのあとふたりで、中庭のある方へ向かった。
中庭のまわりの花壇は植え替えがすんだばかりのようで、小ぶりの苗がきれいに並んでいる。レンガの割れ目から生えている雑草が白や黄色の花を咲かせていた。ちょうちょがひらひらと視界を横切り、中庭の中央の方へと飛んでいった。
中央には木でできたあずまやが置かれている。ここではよく鬼ごっこみたいなことをして遊んだっけ。あずまやを眺めている幸山くんを見て、ふいにこの場所で記念写真を撮りたくなった。
見回すと、ちょうどいいところに児童館の子たちが遊んでいた。
「なに、花、結婚するー?」
「ひゅーひゅー」
「ひゅーひゅー」
花のことをよく知っている子たちは幸山くんに興味津々で、カメラを渡すと古典的なヤジを飛ばしてきた。まさか囃し立てるときに本当にひゅーひゅーと言う人がいるとは思わなくて、思わず笑いながら「うるさいっ」と子ども達の頭をこづいた。
幸山くんもそのヤジがツボに入ったみたいで楽しそうだった。
子どもたちは結婚という言葉が気に入ったようでしつこくはやし立てていたが、花は特に否定することなく聞き流した。それなのに、
「花、この人誰?彼氏?」
そう聞かれたときは、
「県外から遊びに来てくれた人だよ」とあわてて訂正した。
現実味のない言葉より、「彼氏」の方がよっぽどドキッとしてしまう。
小学生たちは「結婚式の写真みたい」などと大騒ぎしながら、一枚写真を撮ってくれた。
あとで確認したら、あずまやもその奥の校舎や体育館もきれいに写っていたが、ふたりともまたしても半目だった。陽射しがあまりにもまぶしかったせいか。
――これのどこが結婚式の写真みたいなの!?
だが、彼らはさっさと遊びに戻ってしまい、撮り直しは頼めそうになかった。
「結婚する?」
という言葉は、校庭を抜けて裏口を出るまで、そのあと2回も聞かれた。小学生の脳内では、若い男女イコール結婚とでもなっているのだろうか。
そのたび笑ってすませておいた。単純さとも言えるかもしれないその純粋さがほほえましかったし、子どもらしくてなんだかいいな、と思った。
それなのに幸山くんが、
「そっか、俺らもう結婚できる年だもんな」
とつぶやくのでギョッとした。
「ホントだね」
とっさに頷いてしまった。しみじみ言われると複雑な気持ちになる。小学生に囃し立てられているときは何も思わなかったのに。花たちはまだ高校生で、法的に結婚できると言われても実際の結婚と言われると現実味があるようでないような、いやどっちかというとやっぱりない。大人と子どもの間の、宙ぶらりんな年齢。もうこんなに年をとったんだという気持ちと、まだまだ未熟だという気持ちが半々。
――でも今、ちょっとでも結婚のこと想像したのかな。
もしかしてわたしとの……と考えかけて、花はそんな妄想を追い払うように言った。
「ほんと時が経つのははやいね……あ、でも男子はまだだよ!」
「まだっつっても、もうあと2ヶ月で18になるけど」
「あ、そうか、おめでとう!」
「いや別におめでとうって言われたかった訳じゃ」
「それもそうか」
「なんなんだよ」
どうでもいい会話をして笑っているうちに、花の妄想もどこかに行ったようだった。