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6.そういう方が俺は好き

プリクラを撮ってしまうと、いよいよすることがない。

駅周辺にはショッピングモールがありこの地域のカップルの定番の行き先となっていたが、あまりにも天気がよくて屋内に入るのはもったいなかった。

1時間に1本の電車もちょうどくる時間だったので、さっそくだけど電車に乗って幸山くんが昔住んでいたところ―花にとっては今住んでいるところ―に向かってしまうことにした。




田舎の電車なので、ボックス席ばかり。

並んで座ると思いの外肩が近くて、ふたりともなんとなく黙って窓の外を眺めた。

田んぼは若草色がちらほら混じり、山も空もやわらかな色合いを見せていた。

向こうの方言を少し教えてもらったりもしたが、基本的に景色を見て過ごした。

膝の上に置いたおみやげの袋が、線路の起伏があるたびに揺れていた。




いつもの駅で降りて外へ出ると、日の光がぽかぽかとホームを照らしている。ラッシュ時間以外は駅員さんもいないような、小さな駅。ありふれた景色なはずなのに、今日はなんだかいつもよりきれい。


「懐かしい〜」


と言いながら幸山くんが伸びをした。


「小学校遊びに行く?」

「あ、その前に俺の昔の家行っていい?」


花は、リクエストがあるのを嬉しく思った。


「うん、わたしはそっちは分かんないから案内してね」




幸山くんの家があった場所は、花の家とは真逆の方向にある。昔は遊びにいくこともあったが、親に連れられて車で行くことが多かったし、幸山くんが転校してからはときどき自転車で通り過ぎるくらいで、その道を歩く、ということがなかった。だからこの道をこうして歩くというのが、花には新鮮だった。

幸山くんは勝手知ったるといった様子で歩き、なつかしい、なつかしいと繰り返した。



幸山くんについて歩いていると、横断歩道の向こうから見知った学ラン姿の二人組がやってきた。隣のクラスの、学年でもかっこいいと評判のふたりだ。本人も自分たちがかっこいいということを知っていて、休憩時間になるといつも廊下で立ち話をしてまわりの視線を集めていた。花でさえふだんなら目が合うとちょっとぽうっとなってしまう。太めのズボンを着崩しているのが妙に様になっていて、なんとも野暮ったい自分とは天と地ほども違う。

いつもはすれ違うことなんかないのに、こんなところで出くわすとは。ふたりはわたしの存在を知らないだろうけど、制服を見て同じ高校の人だって分かるかな。

びっくりはしたけれど、普段のようなドキドキがないことに花は気付いた。


――なんだか不思議な感じ。


ぽうっとならなかった自分が嬉しくて、花は隣の幸山くんを見上げて笑った。

そんな花を見て、男子学生ふたりは目を見張った。

幸山くんはこっちを凝視しているふたりに少し目をやったあと、花の方を向いて言った。


「その制服、いいな」

「え、そう?こんな地味なのが?わたしはかわいいチェックスカートとか履いてみたかった」

「うちの学校派手な女子多いから、そういうシンプルなのいいと思う」

「え、こんな紺ずくめの制服がいいの?」

「あぁ。そういう方が俺は好き」


ストレートに褒められると嬉しいものである。花は自分がこの制服を着ると本当にただの地味女になってしまうと思っていたが、幸山くんにそう言ってもらえるならいいやと考えを改めた。幸山くんの制服を尋ねると、上が黒のブレザーで、下はグレーに薄いチェックが入っているとのことだった。想像してみるだけでかっこよくて、きっと似合いそうで、いつか写真を見せてもらおうと心に誓った。





地元のスーパーマーケットの裏に入ると、団地がたくさん連なっている。

そこまで来ると、幸山くんは懐かしそうに、


「変わってない。だけど綺麗になってる!!」


と目を輝かせた。

花は元々をあまり覚えておらず同意できなかったが、


「ほんとだ、普通に綺麗」


と言ってしっかり舗装された道路をながめた。

幸山くんはキョロキョロ左右を見わたしながら、どんどん奥へ入って行った。


「もう少し行くと、抜け道があるんだよね」


自分の住んでいた官舎が見えると、「あれ」と指さして教えてくれた。

すごく楽しそうで、花まで嬉しくなった。




幸山君の言う通り、程なく「抜け道」に出た。

抜け道というのは、官舎の駐車場へと続く崖みたいな道のことだった。人の足で踏み固められていて、その道のところだけ雑草が生えていない。この崖を下ってさらにその先にあるフェンスを越えないと、官舎の方に出られない。

幸山くんは慣れたように歩き出した。


「あれは何高?」


官舎の反対側にある校舎を指して幸山くんが尋ねた。


「えっと……この辺だったら南高じゃないかな。」

「そうだっけ、あんときは高校なんて気にもとめなかったから全然記憶にないや」

「そっかあ、確かにそういうもんかもね」


その崖は少しずつ下がりながらも、フェンスに向かってどこまでも続いていく。まわりには背の高い雑草が生えている。


どこから駐車場に出るんだろう?


崖の道の最後は駆け下りるようになっていて、さすがにこれはスカートでは難しそうだった。幸山くんはそっちじゃなくてここから降りるんだとフェンスの先の塀を指さすと、さらっとフェンスを越え塀からジャンプして飛び降りた。





降りてからやっと気づいたらしく、「あ、降りれる?」と聞く幸山くん。

塀のすぐ横に立って、しまったという顔でこちらを見上げている。


「それ今更聞く?わたし一応スカートなんだけど」


花が抗議すると、


「つい昔の感覚でこっちから入っちまった。悪りぃ」


と言って、右手を差し出そうとしてくれた。



「へいき!」



花は膝を曲げて、スカートのすそを揺らさないようにして器用にぱっと降りた。幸山くんが差し出してくれた手を取るか少し迷ったけれど、ひとりで降りられる自信があった。子どものころから自然の中で遊んできたので、柵をよじ登ったり高いところから降りたりなど余裕なのだ。


――「降りれない」って言って、手を取ってもらう方がかわいかった?幸山くんの高校の女子たちだったらどうする?


そんな考えが一瞬頭をよぎったが、花にはそういう演技は無理そうだった。

何より手を取るのが気恥ずかしかった。




「さっすが!」




塀から飛び降りると、一気に視界が低くなった。



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