5.ひっでえ顔
お昼ごはんのあと何をするか、花は具体的なプランを決めてなかった。とりあえずふたりが通っていた小学校に連れて行く。それ以外は加奈子と約束したとおり、プリクラを撮る。
田舎の町ではできることもかぎられている。
プリクラはこの町の女子中高生の、数少ない楽しみのひとつだった。
もしかして幸山くんが何かいい案を持っていないかと期待してどこへ行きたいか聞いてみたけれど、「どこでもいいよ」という人任せな答えが返ってきた。
――こういうとき、スマートにエスコートしてくれたらいいのに
少女漫画に出てくる男の子はぐいぐい引っぱってくれるのに、と自分のことは棚に上げてちょっとむくれると、幸山くんは、
「駅回りで遊ぶことなかったから分からないんだ。ごめん」
と申し訳なさそうな顔をした。
花たちが住んでいたところは、町の中心地から電車で数駅行った先にあって、確かによほどのことがなければ小学生がここまで出てきて遊ぶことはなかった。
――それなら、さっさと加奈子との約束を果たしちゃおう。
「せっかくだから、一緒にプリクラ撮らない?」
幸山くんは少し嫌そうな顔をしたが、
「あの、友だちに幸山くんのこと話したら、顔が見たいって言ってて」
と事情を説明したら、
「写真うつるの苦手なんだよな……」
と言いながらも了承してくれた。
「いい感じにとれたら撮れたら、見せてもいい?」
「いいよ。あぁ、だけどちょっと緊張する」
「?」
「ちゃんと写らないと」
変に気を引き締める幸山くんを見て、花は思わず吹き出してしまった。
外はまぶしいのに、地下にあるゲーセンは少し薄暗くて、時間感覚が変になる。
ふたりでプリクラ機に入って画面に映ったところを見たら、当たり前だけど隣に幸山くんがいた。男の子とふたりでプリクラを撮ることになるなんて、自分にはずっと先の話だと思っていた。友だちのカップルプリを見たときも、カメラの前で仲良しアピールができる勇気に感心するばかりだった。
――画面の中の自分が自分じゃないみたい。
すると幸山くんも、「俺普段大勢でしか撮らないから、ふたりで撮るのはどう写ったらいいのか分からない」とこぼした。
「あ、そっちでは男子もプリクラ撮るんだね。こっちの男子はあんまり撮らないよ」
「そうなの?」
「カ、カップルとかじゃなければ」
言ってしまった後花がちょっと照れると、幸山くんも微妙に沈黙して、
「とりあえず普通にとるか」
とまじめな顔で言うから、花はますます気まずくなった。
プリクラ機の音声が急かすので、花は慌ててピースを作った。幸山くんはなぜか真顔で突っ立っていた。
一枚、アップで変な写真が撮れた。
ふたりともシャッターを押す瞬間に瞬きをして、半目になってしまったのだ。同じように半目になっているのを見て、思わずといったように幸山くんが吹き出した。
「ひっでえ顔」
ずっと笑っているので花も気持ちがほぐれて一緒になって笑った。
「ほんとぶさいく」
「あ〜あ、気合いいれて写ろうと思ってたのに」
「しかもニット帽のせいで顔微妙に隠れてるし」
「あ、まじか」
「見せるのはこのプリで決まりだね」
「まじかよ」
ふたりでしばらく笑って、印刷したい分を選択するとき、花は真っ先にそれを選んだ。
幸山くんはプリクラに落書きするのは苦手なようだった。
ずっと長いことかかって、今日の日付だけ書き込んでいた。
「こういうのは女子の方が得意だからまかせて」
そう言ってほとんど花が落書きをしてあげた。半目のカットには何を書こうか迷って、自分の顔の横に“花”と書いた。しかし幸山くんの顔の上でペン先がぴたっととまった。『幸山くん』じゃよそよそしいし、『直樹』と漢字で書くのはあまりにも直接的すぎる表現に思えた。そこで花という文字を消し、“Hana”と“Naoki”とローマ字にして書き込んだ。これならほどよくおしゃれでほどよくかわいい。
プリクラにおさまっている自分の目がキラキラしていて、おまけに頬も紅潮している。わたし今こんな顔してるんだ……いつもよりかわいいかも、とちょっと嬉しくなった。
印刷が終わったら、すぐに半分に切って渡した。
花はなくさないように、幸山くんにもらったおみやげの袋の中にしまった。