3.花、あれじゃないの?
その流れの中に、ひとり若そうな男の影を見た。
だがいざ顔を合わせるとなると無性に怖くなり、少しでも再会の瞬間を先延ばしにしたくなった。なるべくその人の方を見ないようにして、あらぬ方向を探しているふりをして。
すると亜矢が、
「花、あれじゃないの?」
と、花が一生懸命目をそらそうとしていた方向をあごで示した。もちろん花が逃げ腰になっているのはお見通しである。
「え?……そう、かもしれない。」
――どうするんだ、わたし。
ゲームだったら、この期におよんでなにしているのかと問い詰められようと、『逃げる』の選択肢を選んでしまうかもしれない。そう思いながら、そうっとその人に目をやった。20メートルほど先なので、顔は分からない。ニット帽をかぶっていて、黒いジャケットにジーパンの、細身の青年。
「合ってると思う?」
「さぁ?わたしは分かんないよ」
どうしようと困っていると、黒い影も花の方をちらりと見たようだった。そして、もう一度見るそぶりを見せると、ゆっくりと近づいてきた。
亜矢の腕を、「合ってるっぽい」と引っ張った。
「うん、よかったね。じゃあまた今度詳しく聞かせてよね」
亜矢は余裕の笑みを浮かべて、顔の横で柔らかく手を振って改札へと向かった。
「……久しぶり」
ついに、青年が話しかけてきた。ニット帽のせいで顔の半分しか見えなかったが、昔の記憶のまま、帽子の端からキラキラしたかわいい目がのぞいていた。
幸山くんだ。
大きくなった幸山くん。
声変わりをしていて、さわやかだけど落ち着いた声になっていた。
「うん」
花はそういって、ぎこちなく笑うしかできなかった。メールではあんなに何でも話していたのに。それでも必死に平静を装って先を続けた。
「バスの中でお昼食べちゃった?」
「いや、まだ」
「ならまず食べに行く?」
「あぁ、どっかあれば」
「あのね、じゃあおすすめのところがあるんだけど」
最初からここに行こうと決めていたカフェがあった。
かわいいお姉さんがふたりが開いている、ふんわりとした印象のカフェ。白い店内には、植物や手作りの小物が飾られていてとってもかわいい。
「こっち」
そう言って、南口の方を指さした。
幸山くんが隣に立って、ふたりで歩き出したときはいよいよ現実味を感じなくなった。それでも少し背の高い幸山くんと並ぶと、ほんの少しだけ右側があったかいような気がして、それだけはやけにリアルだった。
体の奥の奥の方で、心臓がドキドキしていた。
憩いの場として作られた水路の横を歩きながら、ぽつぽつとたわいない話をした。
幼馴染みというのはこういうときありがたい。
話題がたくさんある。
幸山くんのお母さんはあいかわらず、小学校で読み聞かせをしたりするなど精力的に活動しているらしい。幸山くんによく似たかわいい目のおばちゃんが頭に浮かんで、なつかしくなって笑ってしまった。よくお家に招いてもらって、かわいがってもらったなあ。
うちの親も相変わらずだよ〜と言ったら、笑ってくれた。
風はまだまだ冷たいけれど、日向は暖かくて、水が日の光を受けてチラチラ輝いていた。