13. ここで出会った人が唯一無二
幸山くんはまだ話したそうだったが、もうそろそろ時間だ。「もう時間だよ」と言って並んでドーナッツ屋を出た。
「あ、おみやげ買っていってもいい?」
「もちろん」
おみやげはサッカー部の部員に買っていくと言う。なんと家族には今日こっちに来るということを言っていないらしい。
「じゃあお母さんも知らないの?」
「あぁ」
「!」
「家を出るのが朝早かったから、家には『ちょっと出かけてくる』って置き手紙しておいた」
「すごいね……!それで大丈夫なの?」
「んー、別に大丈夫」
「お金は?」
「お年玉使ってなかったし。それに近いし」
「ぜんぜん近くないよ!」
バスで5時間もかかるなんて、近いなんて言えないよ!男の子ってこうなのかと思いながら、おみやげ代を援助しようと心に決めた。
だが、結局全部幸山くんが自分で払ってしまった。
さすがにカフェのときのようにはいかなかった。「ホントいいから」ときっぱり言われては、財布に掛けていた手を下ろさざるをえなかった。
部員用のおみやげは早々に手に入れた幸山くんだが、自分用にと考えていたお目当てのおまんじゅうが売り切れていて、いくつか店舗を回って探していた。
花はそのおまんじゅうが他の店で売られていないことを知っていたが、探している姿を見たら言い出せずに一緒に探しているふりをした。
――今度は、わたしが幸山くんのところに会いに行こう。そのときおまんじゅうも買っていこう。
心に誓った。
バスの発車予定時刻が迫り、ターミナルに向かった。
利用客は少ないようで、同じバスを待っていると見える客は数人しかいない。皆疲れた顔で大きな荷物を抱えているなか、身軽な幸山くんが目立つ。バスが発着所に入ってくるのを待っている間、二人はずっと無言だった。
花は本当は聞きたかった。
――わたしに会いに来たんだよね?どうして?
思えば今日一日、いつ答えをくれるのかとずっと待っていた。予想できない答えが返ってきそうで怖いが、宙ぶらりんなままでいるのももやもやする。そしてバイバイをするまえに、握手をしたかった。お別れの前に幸山くんの体温を感じたかった。
けれども、何もできずにただ突っ立っていた。時刻表の貼ってある柱にもたれて、ひたすら中央に植えられているけやきの木を見つめていた。バスと同時になにか不確かなものを待っている時間、幸山くんもずっと無言だった。
「あの」
幸山くんが重い口を開いた。花は胸が早鐘のように打つのを感じた。
「うん」
「今日は楽しかった」
「うん」
「そっちの秘密の場所に連れて行ってくれたの嬉しかった。まじできれいだった。懐かしい場所を見て回れたのもよかった。俺、なんか色々いらんこといったかもしれないけど」
「ううん」
「思い出は美化されるっていうし、今日こっちにくるまで確信無かったんだけど。思ってたとおりだった。変わらなかった」
「?」
「……この町も、そっちも」
「わたし?」
「あぁ。遠くから見た瞬間に分かった」
「そうなの?それって小3のころから変わらないって意味だよね?あんまり嬉しくない!」
「ははっ、違うって。女子高生になった姿を想像してたんだけど、その想像の通りだった」
「そう?幻滅しなかった?本当はもっと華やかな女子高生になれてたらよかった」
「なにそれ。スカートが超短かかったらどうしようとかは思ってた。そういう女子怖いし」
「あ、映画撮ったときの相手みたいな?でもかわいい子だったんでしょ?」
「うーん、確かに顔はいいかもしれないけどあいつは好みじゃなかった。それに会ってがっかりさせないかは俺の方が心配してた。ずっと手紙やメールだけで、顔見せることなかったし。いや、昔の俺はただのちびデブだったからがっかりもなにもないか」
「そんなことないよ!幸山くんも変わらない。特に目が。自分では色が変わったって言ってたけど、むかしからキラキラしてるなって思っててそこが変わらない……ってごめんなんか変なこと言ったよね、あんま男子への褒め言葉じゃないよね」
「……いや、ありがとう」
「?」
「はぁ、なんか照れるな。でも変わらなくて安心した。ここが俺のふるさとだって思った」
「うん」
「あのさ、分かってる?ふるさとは、町とか自然だけじゃなくてそこに大事な記憶があるからふるさとだって思えるんだよ。そこで出会った人がいるから」
「うん」
「ここで出会った人が、唯一無二ってことだよ」
「……」
「また会おう」
「うん」
バスがホームに来て、ほかのお客さんが運転手に乗車券を渡し始めた。
ついに幸山くんが、「じゃ」と手を挙げた。
花は目をじっと見つめて、話の続きが聞けないかいまいちど待った。しかし幸山くんは言い切ったという顔をしている。寂しい気持ちが襲ってきて、花は唇をきっと閉じてうなずいた。
「じゃあね」
謎解きみたいな言葉だけ残されて、何を考えているのか疑問は晴れないが、いま解決できなくてもいいのかもしれない。たぶん、それでいいのだ。花たちにはまだまだ時間があるし、これからなのだから。
幸山くんが乗車券を見せる番になり、確認が終わるとバスステップに片足をのせこちらを振り返った。
「またな」
花は口を閉じたままほほえんで、大きく「うん」と頭を上下に振った。
バスに乗り込んでいく。
薄暗い窓の向こうで、自分の席を探しているのが見える。
バスが発車するまで、花はもたれた柱から動かずにずっと立っていた。目が悪いのが悔しい。バイバイという言葉が出てこなかったのも悔やまれた。
バスがエンジンを吹かし、ぶるんと車体が揺れた。
そして発車していく。目を大きく開けて、必死に探してみた。すると、後ろの席の方で手を振っている影が見えた。幸山くんに違いない。花もとびきりの笑顔をつくって、バイバイと口を動かしながら手を振った。
窓越しの揺れる手に向かって、遠ざかるまで振った。
本音を言うと、ちょっとだけ、告白されるのかなと期待してしまった。
なぜ来たのかよく分からないままだったが、きっと今日帰ったらメールが来るだろうし、また一日一通のやりとりがはじまる。でも一度会ってしまうとメールでは足りない。何も話さなくても一緒に同じものを見て感情を共有できる時間、隣に体温を感じられる時間がほしくなってしまいそうだ。もっと幸山くんの将来の夢について聞きたいし、好きな歴史の話もしてほしい。
幸山くんのおかげで原点巡りができて、花まで懐かしさで胸がいっぱいになった。のんびりしていたあの日々を思い出してしまった。
――その懐かしい場所が、幸山くんとの思い出だらけになっちゃった。
ひとりで行っていた秘密の場所も、次からはそこに行くたびに幸山くんを思い出してしまうかもしれない。同じように晴れて気持ちの良い日、光を反射する湖を見たら、きっと今日のことがよみがえる。花だけがこんな思いを抱えるとしたら幸山くんはずるい、意地悪だと感じた。
たった一日だけのデートだった。
振り返れば夢を見ていたかのようだ。
けれども、花と幸山くんの並んでいる姿を見て、付き合ってると勘違いした人がいるかもしれない。いやいてほしい。たとえ他人の思い過ごしの中だけでも、ふたりが恋人でいられるならば嬉しい。
また、今日のことが夢のまま消えていきそうで怖くなったとき、現実だったと教えてくれるものがある。それは机の上ある、幸山くんからもらったおみやげ。
そして、ふたりで半目になっているプリクラ。
プリクラを手にとって、花はまぶしそうに、くすっと笑った。
――加奈子に見せなくちゃ。
これで花と幸山くんの一日デートは終わりです。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
このお話のサブタイトルは、花がドキッとするきっかけとなった言葉たちでした。幸山くんの言葉のときもあれば、友達やおばちゃんに言われた言葉にドキッとしていることもあります。
このあと幸山くん視点のお話がありますが、花から見た幸山くんのイメージを壊したくない方はここで読むのをやめることをおすすめします。