12. じゃ行くか
「バス、5時半だっけ?」
「あぁ」
「どうしよう、ちょっと時間があるね」
「どうしようか……」
一日中心が忙しかったから、心を一刻でもはやく休めたくて、花は内心さっさとバスの時間になってしまえ〜と思っていた。それと同時に、このまま泊まっていけばいいのにという勝手な願いと、花の方がついて行きたいという無茶な衝動があった。
最後に提案をしたのは幸山くんの方だった。
「じゃあ、駅前のドーナッツ屋で時間つぶす?向かいにあったよな?」
「いいね!」
花はなるべく元気に返事をした。
今日は小学校をうろついたり、家でのんびりしゃべったり、デートというより小学生同士の遊びみたいだった。性別は関係ない、ただの幼馴染みの再会だった。
駅前のドーナッツ屋というと、まわりの子達もよくデートで利用している定番のスポットだ。最後にちょっとだけ今時のデートっぽいことができると思うと嬉しくなった。知っている人に出くわす可能性は高いが、自慢の幼馴染みなんだから見られてもどうってことない。
「じゃ行くか」
さっさと歩く幸山くんの背中がなんだか頼もしく感じた。
ドーナッツ屋さんでは、いつも見かけるチャラチャラとした男子高生たちが奥の席を陣取っていた。デート中らしきカップルもいれば、携帯を耳に押し当てながらパソコンを叩くおじさんもいる。
おなかがすいたときひとりでふらっと立ち寄るときはいつも見られてることを意識してしまうのに、今日は他人の目が気にならなかった。みんなの存在感というか、現実感が薄くなったみたい。
ふとチャラチャラ高校生のうち2人と目があったが、何を思うでなく目をそらした。
先に会計をすませて待っていると、幸山くんはバスの中で食べる分と今食べる分と両方買ってきて、向かいの席にどんっと座った。
最初に行ったカフェでは横並びで、家でははす向かいで、今ようやく向かい合わせになった。一日一緒にいたおかげで慣れたのか、もうちゃんと目を見て話せる。
テイクアウトの袋をしまうとき、カバンの中に日本史の参考書らしきものが見えた。
「日本史?」
と聞くと、幸山くんはさらりと答えた。
「あぁ、趣味でやってる」
「趣味!?」
「変?」
「いや、そんなことないけど。歴史に興味があったなんて初めて知った」
最近やっと授業をまじめに受け始めたと言っていたのに、好きなことは自分でどんどん勉強する人のようだ。花は小説はよく読むが、趣味で勉強したいと思ったことがない。
意外な発見をした。
幸山くんは目をきらりとさせると、歴史は面白いよと言って語り出した。バスの時間までの間に、鎌倉時代や室町時代、ひとつの時代が終わるときにはさまざまな要因がからみあって、必然とも言える流れで衰退していくのだということを教えてもらった。鎌倉時代のおわりと言えば、元寇で戦った御家人がほうびをもらえなくて不満をもったからだ。そんな教科書的な理解しかしていなかった花には、目から鱗な話だった。
――ここに来るのは久しぶりだったし、たぶん次に来るのはだいぶ先なんだろうな。
幸山くんの話を聞きながら、小さな丸が連なったドーナッツをひとつずつ丁寧にちぎって、ゆっくり食べた。
他人のおしゃべりをBGMとし、幸山くんの話を聞くのはとても楽しかった。店内は賑わっているのに、ふたりだけの空間にいるような気がした。