表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

1.これ読んだらすぐに電話して

【24日、暇?】

永らく会っていない相手からの、突然のメッセージ。

こんな何気ないメッセージに息も止まるくらいびっくりして、頬を真っ赤に染め上げる女の子がいるとしたら——

でもそれは正しく恋の予感。

鈍感な彼女に訪れた、恋のはじまり。




***




花は17歳。

高校生活も残すところ1年、桜に囲まれた校舎をみられるのもこの春が最後だ。古びた校舎は建て替えのうわさがあるけれど、くずれかけた石段も、花びらが散るとなんともいえない風情を醸し出すのだ。

今はまだつぼみだが、これからやってくる変化を思うと楽しみでたまらない。

花は春が大好きだった。

春風にさそわれてすてきな恋もやってきそうな、そんな予感がするから。


子どもっぽい妄想なことは分かっている。

それでも今まで彼氏がいたことはおろか、本気で好きになったこともない花には、この季節になると「恋の予感」だけでワクワクできるのだった。毎年同じような予感を抱いては、なにごともなく夏を迎えるのだが。


花は自分の容姿が垢抜けないことを知っていたし、男子の気をひく技をひとつも持ってないのも分かっていた。

クセが強くてふわふわとした髪の毛は流行りじゃないし、華奢すぎるのもよくない。周りの子達みたいに制服を着崩そうと思っても、なんだか決まらないのが花である。

だから実際の恋愛偏差値は底辺だ。

男の子達はまわりの美人な友人にばかり声をかけ、花はいても気付かれないか、せいぜい橋渡し役に抜擢されるくらいだった。







そんな花にも、ひとりだけ特別な男の子がいた。

それは、小学生の時に2つ先の県に転校していった人。

昔の記憶では、丸い目がきらきらしているかわいい子だった。花と同じく髪はやわらかくて色素が薄く、色白なため興奮するとすぐに頬が赤くなった。

控えめだったけど優しい男の子だった。

名前は、幸山直樹くん。




昔はごくたまに手紙を送りあっていたのだが、いつからかメールに変わった。それからはなぜか日課のように送りあっている。といって共通の話題もないので、一日一通がおきまりで、テスト週間にはいるとぱったり送られてこなくなる。

それでも花にはそれが何となく幸せだった。

今日の授業中に面白かったこと、部活で大変なことがあったこと。

メールは苦手だったが、ゆっくり考えて、一通を大切に送っていた。


——もし転校しなかったら、あのあと違う好きになってたのかな


妄想好きな花にとって、もし転校していなかったら…から始まるアレコレはお楽しみの妄想のひとつだった。




そんな折、突然向こうからこんなメールが入った。


【24日、暇?】


いつもよりずっと短いメール。


——どうしよう、男子に暇?なんて聞かれたことない!そもそもいきなりどうして!?


花ははやる胸を押さえながらようやく返した。


【午前中に終業式があるくらいで、あとは暇だよ。何で?】


この日ばかりは一日一通と言わず、早く返事が欲しかった。それなのにやっぱり次のメールは翌日になってから届いた。


【その日だけ部活がオフだから、もしかしたらそっちに行けるかも】


花はほほが熱くなるのを感じた。

一日だけのオフの日を使って、わざわざ遠い町から会いに来ようとしてくれている。

転校以来ずっと会っていなかった分、毎日メールをかわしながらもどことなく現実感がなかった相手だった。知らない町の話は、靄がかったようにふわふわとしていた。そんなお話の世界のキャラクターが、いきなり目の前に現れるなんて!そう思うと少しだけ怖い気もした。







それからしばらくの間、花は授業中もそのことばかり考えていた。

どんな人になってるんだろう?

何で来るの?

わたしに会いに来るってことだよね?

教室の窓から見える桜の木は、枝の先につぼみがふくらみかけていた。風は強かったが、細い枝には計り知れないエネルギーが詰まっているようだった。




24日が近づき、またメールが来た。


【24日は絶対いける!これ読んだらすぐ電話して】


花は目を丸くして、電話して、という箇所をもう一度読んだ。

……わたしから!?

焦りで呼吸を浅くしながら、あわてて携帯を握りしめ、家族のいない部屋に逃げ込んだ。

ベッドにもたれて座りこむと、より大きくドキドキの音が聞こえてくるようだった。

こわい……

花は大きく深呼吸しなんとか心を落ち着かせると、ひとつずつボタンを押した。同じ時間に生きてるはずなのに、ずっと距離を感じていた相手とつながる……

ルルルルル・・・ルルルルル・・・・

カチャ


「……もしもし」

「もしもし、あの、花です!」

「あぁ」


幸山くんの声が聞こえたと思ったら、想像していたよりずっとさわやかな声で、何も言えなくなってしまった。しばらく沈黙していると、電話越しにくすっと言う笑い声が聞こえた。


「……ひさしぶり」

「う、うん……ひさしぶり」


肉声を聞いてしまってドキドキが最高点に達しているというのに、向こうはなんだか余裕そうである。聞こうと思っていたことを少しずつ思い出そうとしながら、花は何とか言葉を続けた。


「24日、本当に来れるんだよね?」

「あぁ」

「何時に着くの?」

「12時半ごろかな」

「あの、わたしの終業式が終わるのがそれくらいだから、駅に着くのはたぶん遅れるけどいい?ごめんね、どうしようか……」

「いいよ、適当にその辺でぶらぶらしとくし」

「ほんと?じゃあ携帯持ってく……終わったら、電話するから」

「あぁ、分かった。じゃあこの番号登録しておくから」

「うん、ありがとう」





あわてて会う約束を取り付けてしまうと、もう話すことがなくなってしまった。

花は次の言葉を探しあぐねて、結局沈黙した。


「じゃあ、おやすみ」


幸山くんは、また少し笑いながら優しく言ってくれた。


「う、うん、おやすみ!」








電話をした夜、花はなかなか眠りにつけなかった。最近風邪を引いて微熱があったのもあるが、布団の中が異様に熱くて、寝返りをうってもうっても苦しかった。

体全体が熱くて、もうどうにもならなかった。

文面だけでは感じられなかった、相手の息づかい。笑う声。

まぶたをぎゅっと閉じたまま、熱さと戦った。






ことしの恋の予感は、例年のそれよりもずっと強烈で、具体的で。

春の夜は静かにふけゆくのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ