1.これ読んだらすぐに電話して
【24日、暇?】
永らく会っていない相手からの、突然のメッセージ。
こんな何気ないメッセージに息も止まるくらいびっくりして、頬を真っ赤に染め上げる女の子がいるとしたら——
でもそれは正しく恋の予感。
鈍感な彼女に訪れた、恋のはじまり。
***
花は17歳。
高校生活も残すところ1年、桜に囲まれた校舎をみられるのもこの春が最後だ。古びた校舎は建て替えのうわさがあるけれど、くずれかけた石段も、花びらが散るとなんともいえない風情を醸し出すのだ。
今はまだつぼみだが、これからやってくる変化を思うと楽しみでたまらない。
花は春が大好きだった。
春風にさそわれてすてきな恋もやってきそうな、そんな予感がするから。
子どもっぽい妄想なことは分かっている。
それでも今まで彼氏がいたことはおろか、本気で好きになったこともない花には、この季節になると「恋の予感」だけでワクワクできるのだった。毎年同じような予感を抱いては、なにごともなく夏を迎えるのだが。
花は自分の容姿が垢抜けないことを知っていたし、男子の気をひく技をひとつも持ってないのも分かっていた。
クセが強くてふわふわとした髪の毛は流行りじゃないし、華奢すぎるのもよくない。周りの子達みたいに制服を着崩そうと思っても、なんだか決まらないのが花である。
だから実際の恋愛偏差値は底辺だ。
男の子達はまわりの美人な友人にばかり声をかけ、花はいても気付かれないか、せいぜい橋渡し役に抜擢されるくらいだった。
そんな花にも、ひとりだけ特別な男の子がいた。
それは、小学生の時に2つ先の県に転校していった人。
昔の記憶では、丸い目がきらきらしているかわいい子だった。花と同じく髪はやわらかくて色素が薄く、色白なため興奮するとすぐに頬が赤くなった。
控えめだったけど優しい男の子だった。
名前は、幸山直樹くん。
昔はごくたまに手紙を送りあっていたのだが、いつからかメールに変わった。それからはなぜか日課のように送りあっている。といって共通の話題もないので、一日一通がおきまりで、テスト週間にはいるとぱったり送られてこなくなる。
それでも花にはそれが何となく幸せだった。
今日の授業中に面白かったこと、部活で大変なことがあったこと。
メールは苦手だったが、ゆっくり考えて、一通を大切に送っていた。
——もし転校しなかったら、あのあと違う好きになってたのかな
妄想好きな花にとって、もし転校していなかったら…から始まるアレコレはお楽しみの妄想のひとつだった。
そんな折、突然向こうからこんなメールが入った。
【24日、暇?】
いつもよりずっと短いメール。
——どうしよう、男子に暇?なんて聞かれたことない!そもそもいきなりどうして!?
花ははやる胸を押さえながらようやく返した。
【午前中に終業式があるくらいで、あとは暇だよ。何で?】
この日ばかりは一日一通と言わず、早く返事が欲しかった。それなのにやっぱり次のメールは翌日になってから届いた。
【その日だけ部活がオフだから、もしかしたらそっちに行けるかも】
花はほほが熱くなるのを感じた。
一日だけのオフの日を使って、わざわざ遠い町から会いに来ようとしてくれている。
転校以来ずっと会っていなかった分、毎日メールをかわしながらもどことなく現実感がなかった相手だった。知らない町の話は、靄がかったようにふわふわとしていた。そんなお話の世界のキャラクターが、いきなり目の前に現れるなんて!そう思うと少しだけ怖い気もした。
それからしばらくの間、花は授業中もそのことばかり考えていた。
どんな人になってるんだろう?
何で来るの?
わたしに会いに来るってことだよね?
教室の窓から見える桜の木は、枝の先につぼみがふくらみかけていた。風は強かったが、細い枝には計り知れないエネルギーが詰まっているようだった。
24日が近づき、またメールが来た。
【24日は絶対いける!これ読んだらすぐ電話して】
花は目を丸くして、電話して、という箇所をもう一度読んだ。
……わたしから!?
焦りで呼吸を浅くしながら、あわてて携帯を握りしめ、家族のいない部屋に逃げ込んだ。
ベッドにもたれて座りこむと、より大きくドキドキの音が聞こえてくるようだった。
こわい……
花は大きく深呼吸しなんとか心を落ち着かせると、ひとつずつボタンを押した。同じ時間に生きてるはずなのに、ずっと距離を感じていた相手とつながる……
ルルルルル・・・ルルルルル・・・・
カチャ
「……もしもし」
「もしもし、あの、花です!」
「あぁ」
幸山くんの声が聞こえたと思ったら、想像していたよりずっとさわやかな声で、何も言えなくなってしまった。しばらく沈黙していると、電話越しにくすっと言う笑い声が聞こえた。
「……ひさしぶり」
「う、うん……ひさしぶり」
肉声を聞いてしまってドキドキが最高点に達しているというのに、向こうはなんだか余裕そうである。聞こうと思っていたことを少しずつ思い出そうとしながら、花は何とか言葉を続けた。
「24日、本当に来れるんだよね?」
「あぁ」
「何時に着くの?」
「12時半ごろかな」
「あの、わたしの終業式が終わるのがそれくらいだから、駅に着くのはたぶん遅れるけどいい?ごめんね、どうしようか……」
「いいよ、適当にその辺でぶらぶらしとくし」
「ほんと?じゃあ携帯持ってく……終わったら、電話するから」
「あぁ、分かった。じゃあこの番号登録しておくから」
「うん、ありがとう」
あわてて会う約束を取り付けてしまうと、もう話すことがなくなってしまった。
花は次の言葉を探しあぐねて、結局沈黙した。
「じゃあ、おやすみ」
幸山くんは、また少し笑いながら優しく言ってくれた。
「う、うん、おやすみ!」
電話をした夜、花はなかなか眠りにつけなかった。最近風邪を引いて微熱があったのもあるが、布団の中が異様に熱くて、寝返りをうってもうっても苦しかった。
体全体が熱くて、もうどうにもならなかった。
文面だけでは感じられなかった、相手の息づかい。笑う声。
まぶたをぎゅっと閉じたまま、熱さと戦った。
ことしの恋の予感は、例年のそれよりもずっと強烈で、具体的で。
春の夜は静かにふけゆくのだった。