壱章/人斬り/挿話漆/不用意な男
暗闇の中、一人の男が歩いている。
その男の左手には提灯がぶら下がっていた。
新撰組の提灯であった。
隠岐虎次郎、この男の名である。
新撰組にも多くの隊士を輩出し、
京都で一番評価の高い剣術道場を開いている
隠岐家の次男である。
そして虎三郎と虎士郎の兄でもあり、
さらにはお園という女子の許嫁でもある。
その虎次郎が来た方角のちょっと先には、
有名な遊郭があり、
どうやら虎次郎は、
女子を買った帰り道のようである。
すると虎次郎の行く手の先に人影が見えてきた。
この時代のこんな時間に
他人と出会う事は滅多にない事である。
虎次郎と同じく女子を買うか、
何かしらの暗躍の必要がない限り、
外を出歩く人は全くと言っていい程いないのだ。
虎次郎はその人物が倒幕派の志士である可能性も考えて、
十分に用心をして歩を進めて行った。
そして相手の顔を確認出来るような距離になると、
虎次郎は緊張の糸を解きほぐした。
「なんだ、虎士郎じゃないか」
返事はない。
「こんな時間に出歩くなんて珍しいな」
虎次郎は虎士郎へとさらに近づく。
その途端、虎士郎は刀を抜き放ち、
そのまま闇の中へと消えて行った。
そして、その場には頭と体が切り離された
虎次郎だけが残された。
そこへ一人の大柄な男が現れた。
「悪かったな、虎次郎よ。
しかし、面白いもん見させてもらったぜ。
虎次郎よ、奴は俺が斬るぜ」
黒谷天竜はすでに事切れているであろう
虎次郎に語りかけた。