壱章/人斬り/挿話伍/見込まれた男
新撰組の屯所である前川邸の廊下で、
二人の男が話をしている。
一人は取立てて言う事もないのだが、
もう一人は一際大柄な男であった。
この大柄な男、名を黒谷天竜という。
「人斬り以蔵ですか」
相手は隠岐虎三郎という男である。
「ああ、奴は俺が斬るぜ。
だから俺もちょっと後悔してるのさ」
「後悔してるような顔には見えませんよ」
「うるせぇ!虎三郎、
お前もいずれ俺に斬られるんだからな。覚えて置けよ」
「僕なんか斬っても、なんの面白みもないですよ」
「そんな事はないぜ。隠岐流剣術の突きは十分に面白い」
「突き、ですか」
「ああ、でも突きも含めて、
まだまだだけどな、虎三郎はな」
「じゃあ、僕はもっともっと精進しなければなりませんね」
「是非そうしてくれよ。
源太郎の奴は何者かに斬られちまうしよ」
「父上ですか」
「虎次郎よりはお前の方が強いだろ。
虎太郎もいずれは斬るにしてもよ」
「虎士郎はからっきしですもんねぇ」
「隠岐家の恥晒し、か。
俺は虎士郎とは会った事ねぇけどよ、
しかし双子でこうも違っちまうんだな」
「虎士郎もその気になりさえすれば、
そんな事もないと思うんですけどね」
「そうなのか!?
じゃあ今度自分の目で確かめさせてもらうよ」
「いえ、その必要はないでしょう。
虎士郎は性格上その気にはなれないでしょうから」
「そうか、じゃ、そろそろ行くぜ」
「はい」
「手柄はまた今度の機会にくれてやるよ」
「いえ、手柄なんていりません。
また切腹させられそうになるのは勘弁です」
「ははは、それもそうだな。
虎三郎が切腹する事になったら、
後悔するのも俺の方だしな」
そう言いながら、天竜は闇の中へと消えて行った。