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風を掬う者(先行版)  作者: 愚者x2
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参章/死望者/其の弐

【死望者】になった義実は、先ず、死を得る手段を考えた。

時々、テレビドラマ等で見掛ける、手首を切る事。

『う~ん。痛そうだな』

首を吊る事。

『これは出来るかもしれない』

よくニュースになったりする、鉄道等への飛び込み。

『出来れば、何の関係もない他人は巻き込みたくないな。

それよりも余り、ニュースになったりしたくはない』

高所からの飛び降り。

『建造物の上からは避けたい。

他人を巻き込む可能性もあるし、

止められる可能性も高いだろう。

だから、何処かの崖の上からだったら』

最後は薬の大量服薬。

『これが一番、楽に死ねそうかな』

とりあえず、これだけ思いついたので、

この中で優先順位を付ける。

1番目は〔薬の大量服薬〕かな。

2番目は〔首吊り〕かな。

3番目に〔崖から飛び降り〕。

以下、〔鉄道への飛び込み〕、〔手首を切る〕となった。

そこで思った。

先ず、自分が如何に、痛みに対する恐怖に弱いか。

〔手首を切る〕が一番最後になったのは、

そういう事だろう。

更に、切るのは手首ではなく、

腹の方が確実だと思い付いた。

しかし、どちらにしても、

義実は自分に、それが出来るとは、到底思えなかった。

そして、いじめをすんなりと、

受け入れてしまっていた自分に、少し納得をした。

〔暴力を恐れる余りに〕、という意味で、

仕方がなかったのかもしれないと、改めて思った。

とは言え、〔自分が金銭で自分自身を売り渡した〕、

という事実は、何も変わらない。

そう思うと、再び、憎しみが沸き上がってくる。

自分をいじめてきた奴等。

父親。

自分自身。

何もかも。

そして、〔何もかも〕なのに、

無関係の他人に迷惑を掛けたくないと、

思うのは何でだろう。

恐らく、飛び込み自殺をする方は、それだけ、

社会に対する憎しみが強いからなのかもしれない。

しかし、自分は、そこまでにはなれない。

確かに、義実にも社会に対する憎しみはある。

だから、〔何もかも〕にはなるのだが、

それでも、迷惑掛けたくない、と思う理由。

一つ、思い付いたのは、義実が自分自身、

余り、目立つ事が好きではないからではないか、と。

誰かを巻き込む事になれば、ニュースになるだろう。

義実はどうしても、それは避けたかった。

とにかく、自分が騒ぎの中心になるような事が嫌だった。

だから、巻き込んでしまう誰かに対する気遣いよりも、

あくまでも、自分の都合でしたくないのだろう。

そう考えると妙に、納得が出来たりもする。

死ぬ事を考えたら、

そんな事を気にしても仕方がないとも思うが、

それでも、嫌なものは嫌だった。

逆に、そのような都合が無ければ、他人の事なんか、

一々、構っちゃいられなかったりもするのかもしれない。

また、より多くの方に迷惑を掛ける事が、

社会に対する復讐にはなるのかもしれないが、

果たして、それで本当に報われるのか。

その辺、義実には全然解らなかった。

ただ、自分に置き換えると、

それで復讐が果たされるようには思えなかった。

そして、もう一つ、思いが過ぎる。

自分が余り、社会との繋がりを強くは求めていない。

その事が、義実の憎しみを社会に向かわせない、

もう一つの理由として、考えられるように思った。

社会に対して、繋がりを求める気持ちが強ければ強い程、

社会に裏切られた、と感じた時に、

社会に対する憎しみが強まる。

これは決して、自殺に限った事ではなく、

社会に対する復讐と受け取れる行為全てに、

そういう一面があるように思った。

また、義実はいじめに対して、

何の行動も起こしてくれなかった、

他の同級生達には余り、憎しみを感じなかった。

義実が、その立場に立って、

いじめられている同級生に対し、

何か行動出来るのか、を考えると、

とても、何か行動出来るとは思えないので、

その事を責める気にはなれなかったからだ。

勿論、当時、実際に助けてもらえていたら、

どんなにありがたかった事か。

しかし、今になって考えると、助けてもらえなかった事で、

同級生を責めるのは、余りにも酷なようにも思う。

この辺りも、義実が社会に対して繋がりを、

強くは求めていない事が、

大きく影響しているように思った。

周囲に対する期待が大きい程、

直接の関わりが無い周囲の者達に対しても、

憎しみが沸いてしまう。

そのような事があるのではなかろうか。

とにかく、義実は社会に対する憎しみはあっても、

無関係の誰かまで巻き込むような、

復讐をしようとまでは思えない。

義実が復讐するとしたら、何に?誰に?

当然に、先ずは、義実の事を直接いじめてきた奴等である。

そして、それを見て見ぬ振りしてきた大人達であろう。

しかし、誰かをいじめるような奴が、

その対象が自殺したからといって、

傷付くような性質なのか。

中には、そういう奴もいるのかもしれないが、

そうでない方が多いような気がする。

いじめをするような奴が、そのような細やかな神経を、

持ち合わせているとは、到底思えない。

そうであれば、〔自殺〕は復讐とは、

なり得ないのかもしれない。

もし、死ぬ事で、いじめてきた奴等を呪う事が出来れば、

復讐は可能なのかもしれないが、

それはちょっと、現実的ではないように思う。

結局、〔自殺〕は復讐を目的にすると、

空振りに終わる危険性も高いように思った。

また、親や教師等の大人達に対しては、

〔自殺〕が復讐には、なり得るのかもしれない。

親にとって自分の子供が、

教師にとって教え子が、自殺してしまったら、

それなりのダメージはあるだろう。

しかし、それなりのダメージを与えたところで、

自分は、復讐を果たした、と思えるのだろうか。

そうは思えない。

自分の憎しみは、そんな容易いものではない。

では、どうなれば、復讐を果たした、と思えるのだろうか。

判らない。

ただただ、憎い。

ひょっとしたら、復讐では自分の中の憎しみを、

追い出す事は出来ないのかもしれない。

そのように考えていくと、

今度は復讐する事自体に、疑問が生じたりもする。

本当に自分は復讐をしたいのか。

復讐で自分の中を憎しみを何とか出来るのか。

ひょっとしたら、復讐以外の選択肢も、

あるのかもしれない。

もし、復讐という悪意で、誰かを傷付けてしまったら、

いじめという悪行を認めてしまう事にも、

なり得るのではなかろうか。

例え、切っ掛けが相手にあったとしても、

結果として、悪意で誰かを傷付けてしまったら、

同じ穴の貉になってしまうように思った。

あんな奴等と同類にはなりたくない。

あんな奴等の為に、自分が加害者になるのは馬鹿らしい。

そもそも、復讐自体が空振りに終わる可能性も高いのに、

成功したら成功したで、

自分が罪悪感に苛まされる事にもなりかねないのだ。

それも、あんな奴等の為に。

そのように考えていくと、自殺する理由として、

復讐というのは適当ではないように思った。

勿論、死ぬ事を考えたら、罪悪感に苛まされる心配は、

しなくてもいいのかもしれないが、

それでも、復讐が果たされる事は少ないように思う。

やはり、復讐をする為には、死んだりするよりも、

生きていないと駄目なような気がする。

自分はどうなんだろう。

義実は考えてみた。

復讐がしたいのか。

死にたいのか。

復讐が出来るのであれば、してみたい気がしないでもない。

しかし、復讐が出来るとは思えない。

何の才能も特技もない自分が、

どうやって復讐したらいいのか、全く判らない。

それに復讐は出来たとしても、

同じ穴の貉になるだけなのだ。

あんな奴等と同類にだけはなりたくない。

そう考えると、やっぱり、死にたい。

復讐なんてもう、どうでもいい。

死ぬ事さえ出来るのであれば、

後はもう、全て、どうでもいい。

自分が進むべき選択肢は復讐ではなく、

〔自殺〕だと思った。

復讐の為の〔自殺〕ではなく、

あくまでも、自身の〔死〕を望む気持ちに、

報いる為の〔自殺〕である。

そして、義実は自殺を試みる事にした。

先ずは、一番楽そうに思えた〔薬の大量服薬〕を。

睡眠薬は父親に不眠を訴えれば用意してくれた。

父親は知人の医師から譲ってもらっているようだった。

とにかく、義実の父親はよっぽどのものでない限り、

金銭で何とかなるものは何でも与えたくれた。

そのおかげで睡眠薬を入手する事は、

何の問題も無かった。

そして、50錠程、睡眠薬を溜め込んで、

それを一度に服薬し、そのまま眠りについた。

しかし、いくらもしないうちに、薬の殆どを吐き出して、

意識が朦朧とするまま、病院に搬送され、胃洗浄を受ける。

その胃洗浄が地獄の苦しみだった。

一番楽だと思ったのが、大間違いだった。

もう二度と、薬の大量服薬はするまいと思った。

元々、痛みに対する恐怖に弱い義実にとって、

胃洗浄の苦痛に、かなりの恐怖を植付けられた。

そして、三日間静養し、職場に戻ったが、

当然に解雇された。

別に、自殺未遂がバレた訳ではないが、

一日無断欠勤し、そのまま三日間休んだので、

元々、解雇するタイミングを測っていたであろう、

会社の方からしたら、ちょうど良かったのだろう。

そして、義実が自殺未遂をした、という事実を知るのは、

家族と病院で関わった方々だけであろう。

恐らく、というか先ず間違いなく、

病院関係者には父親が口止めをしているはずである。

二度程、そう推測出来るような場面を目にした事があった。

近所には適当な病名を告げているようである。

そして、そんな父親に義実は絶望したのだ。

だから、再び、自殺を試みようと思った。

とは言え、すぐにとはいかないので、

とりあえずは、仕事を探す。

別に、仕事はしなくとも養ってはもらえるだろう。

しかし、父親に絶望している義実は、

そんな父親の世話になるのは我慢がならなかった。

出来れば、実家を出て一人暮らししたいくらいなのだが、

仕事が長続きしない義実には、それも難しかった。

とにかく、出来る限り自立する為にも、

仕事は探す必要があった。

そんな義実にとっては仕事を探すのも、

そんなに簡単な事ではなかったが、

選り好みしなければ、何とかはなった。

元々、何の特技も資格も無い義実には、

選り好みしてる余裕は無い。

とりあえず、働かせてもらえる所があれば、

何処でも構わなかった。

そして、暫くすると、職場で義実は孤立する。

それから、暫くすると、今度は解雇される。

いつもの事である。

そして、何度か職を転々としている間に、

次の自殺をするタイミングを謀った。

一度目の自殺未遂の時から、二年程経って、

今度は首を吊った。

自宅の自室で、天井の梁にロープを括り、

机の上から降りるように首を吊った。

義実は、そのまま気を失った。

気が付くと、兄に介抱されていた。

天井を見ると、ロープが切れていた。

左の足首と左手の薬指に激痛が走る。

どちらも骨折していた。

そして、再び、病院に担ぎ込まれた。

しかし、また入院はさせてもらえなかった。

治療を終えたら、自宅へ連れ戻された。

義実は別に、入院したかった訳でもないのだが、

父親がまた、義実が自殺を試みた事実を、

隠そうとしたのだった。

義実の首にはロープの跡がくっきり残っていた。

入院させるよりも自宅へ連れ帰った方が、

事実を隠すのに都合がよい、と判断したのだろう。

そして、それから二年程、義実は父親に軟禁された。

父親の世話になるのは嫌だったが、

首吊りも失敗に終わった事で、かなりのショックを受け、

何もする気になれなかったので、

とりあえずは、甘えるしかなかった。

せめてもの抵抗にと、可能な限り、食事を抜いた。

一週間に一度とか、二週間に一度とか、

長い時は一ヶ月くらい抜いた事もあった。

そのまま、死んでしまえれば、と思ったりもしたが、

限界がくると、どうしても食べてしまう。

結局、二年間で70㎏近くあった体重も、

40㎏を切っていた。

そんな義実の様子を見て父親は、

このまま軟禁し続ける事も問題だと思ったらしく、

義実と話し合いをして、軟禁を解く事になる。

義実も軟禁を解いてもらうなら、働きに出たいので、

体力を戻す為にも、と無理な節制は止めるようにする。

ただ、自分がまた、自殺を試みようと思っている事は、

言わずにおかなければならなかった。

言ってしまったら、父親からしたら、

軟禁を解く訳にいかなくなるだろう事は、想像に難く無い。

再び、自殺を実行する為にも、

これ以上、父親の世話になる事を避ける為にも、

そうするしかなかった。

そして、三ヶ月もすると体重も60㎏くらいまで戻り、

義実は仕事を探し始める。

仕事が見つかり働き始めると、

義実は再び、自殺するタイミングを謀る。

今度は〔崖からの飛び降り〕を考えていた。

そして、下調べをして、実行する場所も特定した。

しかし、なかなか、その気になれなかった。

思った以上に前回の失敗が、

義実の精神を弱らせていたようだ。

実際に、本当に参ってはいた。

死ぬ事すら出来ない自分自身に、更なる絶望を感じた。

自殺を実行するには、相当な気力も必要なのである。

結局、気力が回復し、再び、この崖に来るまで、

前回の未遂から、約五年もの歳月を経ていた。

下調べで来た時からは、四年程、経っていた。

義実はもう、二十八歳になっていた。

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