壱章/人斬り/挿話参/異様な男
六郎と嘉兵衛は戸惑っていた。
突然に桜の木の反対側から声をかけられ、
正体を確認する為、
二人で挟み込むように反対側へと回り込んだのだが、
二人の目に飛び込んできた光景は、
二人のこれまでの経験による予測を
はるかに超えていたからである。
一際大柄な男が桜の根と根の間に腰を下ろし、
両脚を投げ出して、背を幹に預けたまま、
大あくびをしていた。
その大きさが先ず、
これまでに出会った事のない程に大柄な男であった。
しかしそれだけであるなら、
驚きはすれども、こうまで戸惑う事は考えられない。
二人を戸惑わせていた要因は、
その大きさ以上の異様な風体にあった。
顔を見ると、額から左頬にかけて大きな刀傷があり、
よく見ると他にも、首から胸にかけて、
袖から見える腕、裾から見える脚、と
到るところに切り傷がある。
さらに髷も結わずに蓬髪であった。
その異様な容姿に戸惑いながらも六郎が再び尋ねる。
「何奴?」
「俺に刀を向ける奴には答えたくないね。
もしやるってんなら、覚悟だけはしておけよ。
俺は強いぜぇ~」
楽しそうにその異様な男は言った。
六郎と嘉兵衛は顔を見合わせるばかりである。
この異様な男をどのように対処すべきか、
迷っているようだった。
「いたぞ!あそこだ!」
突然、六郎達が来た方角から、
新撰組の隊士の一人が声を上げた。
六郎と嘉兵衛はすぐさま身を翻して逃げようとした。
しかし、その視線の先にも、
浅葱色の羽織が次々と飛び込んでくる。
「やばい!囲まれたぞ!」
六郎は嘉兵衛に言った。
嘉兵衛は混乱しているようだった。
六郎はすぐ異様な男に向き直り、
「失礼なのは重々承知の上で
貴殿にお頼みしたい事がありも」
言い終わらぬうちに、
その異様な男は立ち上がり、
「なるほど。そういう事か」
と言いながら刀を横に一閃した。
途端に六郎の頭部は地面に転がり、
続けて体も地面に倒れ込んだ。
「悪いなぁ、俺も一応は新撰組の隊士なんだよな」
今度は嘉兵衛を頭から胸まで断ち割った。