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風を掬う者(先行版)  作者: 愚者x2
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壱章/人斬り/挿話弐拾肆/命尽きようとしている女

虎士郎は隠岐家の実家に戻って来ていた。

いつもなら道場の方からの門下生達の掛け声で、

うるさいくらいだったが、

先日何者かに此処の道場で、

虎太郎が斬られていたので、

今はもう門下生達も通わなくなって、

静まり返っている。

そんな中、虎士郎は母の部屋に来て、

母の看病をしていた。

母は息子達に次々と先立たれる事になり、

心労が重なり、病床に伏せてしまったのである。

二日前に行われた虎太郎の葬儀にも、

出席出来ない程に衰弱しきっていた。

そして今はもう、母のその顔には、

死相が色濃く浮き出ているようだった。

虎士郎はそんな母親を付きっきりで看病していた。

すると、誰かが廊下を急ぐような足音が聞こえた。

「虎士郎ちゃ~ん」

いきなり部屋の廊下側の襖が開かれた。

「木下先生が来てくれたわよ」

言いながら、お園が部屋に飛び込んで来た。

木下先生はこの辺りの住人が、

よく診てもらっているお医者様の先生である。

大変評判も良く皆の信頼も厚かった。

お園は木下先生を呼びに行っていたのである。

「様子はどう?」

お園が虎士郎に声を掛けた。

虎士郎は無言のまま、首を横に振った。

「そっかぁ、でも大丈夫だわよ。

木下先生がいらっしゃってくれたから」

慰めるようにお園が言った。

幾らもしないうちに、

木下先生もこの部屋にやって来た。

「その後、どんな感じですか?」

木下先生が虎士郎の母の手を取りながら、

虎士郎に訊いた。

「あれ以来、ずっと目を覚ましません」

虎士郎は俯きながら答えた。

「という事は、食事も全然摂れていないのかな」

「はい」

「う~む、」

木下先生は暫くの間、考え込んでいた。

虎士郎もお園も何も言えないでいる。

その沈黙を破り、木下先生が話し始めた。

「大変申し上げ難いのですが、」

「はい」

虎士郎が応える。

「隠岐様のお母様はもう、手の施しようがない、」

「そうですか」

「少なくとも、私にはどうする事も出来ません」

突然、お園が泣き出した。

再び沈黙がこの部屋を包み込み、

お園の泣き声だけが響いている。

そして今度は虎士郎が沈黙を破り、

「木下先生。わざわざお越し頂き、

本当にありがとうございました」

と深々と頭を下げた。

「いや、こちらこそ、何も出来ずに済まないね」

「そんな事はありません。

木下先生は立派なお医者様です」

「ありがとう。それはともかく、お母様はもう、

いつ死んでもおかしくありません」

虎士郎は言葉に詰まる。

「虎士郎さんは出来るだけ、

付き添っていてあげてください」

「はい」

「それでは私はこれで失礼させてもらうよ」

この言葉を最後に、

木下先生は隠岐家の実家を後にする。

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