壱章/人斬り/挿話拾伍/掴み所のない男
虎三郎と天竜が、
岡田以蔵と名乗る男と対峙していた時と、
時を同じくして京都の町の別の場所では、
虎士郎もまた一人の男と対峙していた。
二人はまだ剣は抜かずに、
無防備な状態で向き合っていた。
男は虎士郎に話し掛ける。
「俺になんか用があるのかい?」
虎士郎は無言のまま、
男に対して刺すような視線を送っていた。
「おいおい、何か言ってくれなきゃ、
何がなんだかわからんだろうよ」
虎士郎は男の言葉には構わず、
ゆっくりと剣を抜き構えた。
「いきなり俺を斬ろうっていうのかい!?」
虎士郎はじわりと間合いを詰める。
男は詰められた分と同じ距離だけ間合いを拡げながら、
「俺もそう簡単に斬られるわけにはいかねぇんだよな」
すると突然、虎士郎は一気に間合いを詰めて、
男に鋭く斬り掛かって行った。
男は今度は間合いを取らずに、
逆に虎士郎へ向かって行きながら、
虎士郎の剣を紙一重でかわし、
体を入れ替えて、再び向き合う形になった。
静寂が闇の中に溶け込んでいく。
「何をしている?」
静寂を切り裂いて、
虎士郎の背後から三人の男達がやって来た。
「あばよ」
虎士郎が背後から来た三人に注意を向けた途端、
虎士郎と対峙していた男は闇の中へと去って行った。
実はこの男、坂本竜馬なる人物だったのである。
虎士郎はそんな事は知る由もなく、
今度は後から来た三人と対峙していた。




