とけい
時計のコチコチだか、カチカチだか分からない音が好きだった。
静かな時や、耳を澄まさないと聞こえてこないそんな音。
テレビの音や、人の話し声、外の車の音に掻き消されるそんな音。
そんな音が好きだった。
音が刻まれるたびに、自分が揺れて、響いて、何かを感じるような特別な感覚だった。
だが、今聞こえる時計の音には苛立ちを感じた。
じりじりと追い詰められるよう焦りが募り、汗も滲む。
目の前に倒れているのは、確かに父親で、生きてはいなかった。
確実だった。
自分の手にはカッターが握られていたし、血も滴っていた。
警察はまだ来ない。
警察どころか、隣人でさえ気付いていない。
まだ、だれも。
死とはこんなにも脆いのだ。
そして、それを人の手で行うことは容易いのだ。
こんなことを考えても意味がない。
「手を手を洗わなくちゃ」
「汚い汚い汚い汚い」
「落ちない
どうして、血が落ちない
どうして
落ちないよ」
とっくに手は肌色を取り戻していたにも関わらず、赤に覆われているような、ベトベト感が無くならなかった。
ティッシュでタオルで、壁で、手を擦った。
ベタベタを拭いたかった。
でも拭えなかった。
まだまだまだベタベタする。
気持ちが悪い。
カッターを握った。
左の手首にズブリと刺した。
固まりかけている血が既にこびり着いたカッターでは、そもそもこんな小ぶりのカッターでは、手首は切り落とせない。
けれど、何度も何度も繰り返し刺しては引き抜いた。
力が抜けていった。
もうカッターは握れず、身体は前向きに倒れていった。
最後に聞こえた時計の音は、僕の好きな音だった。