[仮宿]
ヘッズ達の往来が激しいのならば、そのまま鬱陶しく思って気に食わない。
逆に誰も姿を見せず閑散としているとしても、殺風景でやはり気に食わない。
中でも、騒がしさを構成するロックヘッドの中には完璧な相手等微塵も存在せず、キーヘッドの中には自分より劣る相手ばかりだ。
それが一番、αA1にとって気に食わないものであった。
捜索を行うに当たって、それこそ運が良ければ一週間以内に済むのかもしれないし、一生を掛けてようやくという場合も有り得る。
キーヘッドは生まれてから次第に年季が重なれば、ヘッド以外の身体の各部位が崩壊を始める。
例えばαA1の視界にも映ったかのキーヘッドは、既に左腕が無くなって居た。両足を無くし車椅子を使って移動するロックヘッド。
身体の欠損が多いほど、年を取っている指標となる。これでもし、ヘッド部分から無くなっていくのだとしたならば。
年を重ねるにつれて、ロックヘッドと結ばれる事が困難になるのだったら。それはきっと生物的にも大きな欠陥だ、とαA1は思うのだ。
時々雑多な奴等に見られてこそ居るが、好奇心にも至りはしていない。αA1自身が目深に帽子を被り、純白で流動を全体に保った完璧なヘッドを殆ど隠しているのもあるが。
此処で帽子を取り払っては、見える限りのロックヘッドが足を止め、内7割程が一目惚れして、その内5割が恥ずかしそうに告白をして、断られても嬉しく感じる。
既に繋がって子を成したキーヘッドが居るのだとか、そんな事は関係なく。そうαA1は本気で思い、実践は行わない。
この街の中には、目当てのロックヘッドらしい相手は存在しない。この町も雑多と同じく無価値だ。
其処で雨が降って来た。
途端に雑多が騒がしくなる。洒落た雰囲気を持った店が数件外に置いた椅子とテーブルを投げ出し、多数の傘が差された。
αA1も同じく、即座に取り出せるようにズボンのポケットの中に仕込んだ傘を差さない。
代わりに、袖口に仕込んだボタン一つで、一瞬で服の襟首から傘が勢い良く飛び出しαA1の頭部を完全に覆ってしまった。
同じ物を着けている姿は疎らにも見えない。傘を差しても雫が腕に掛かる場合も有り、最悪では腐食して動かなくなってしまう。
透明で視界を確保出来る傘、手袋から服、靴に至るまで、雨を完全に弾き濡れていない。片手で優雅に運んでいるキャリーバッグも同じく。
高性能な防水、撥水性は、それだけ衣服に使える金が、収入が有るだけの話。わざとらしく見せ付けながら、αA1はホテルへと向かった。雨は浴びるだけ寿命を縮める。
この辺りの地域は、今現在の様に雨はもとよりにわか雨まで降る。但し温度自体の変化は少ない為、そこは平民としての好みが有るだろう。
出来うる限り雨が降らず、温度も高過ぎない場所こそがこの世界における高級地で理想の土地で有る。
この辺りはにわか雨がこうして降る以外は雨の予測もしやすい。故に平民は集り、αA1も近くに家を持って居た。
「……失礼ですが、貴方様の様な方がどうしてこんな場所に?」
ホテルへと向かい、受付のキーヘッドへ帽子と濡れた荷物を預ければ、当然ヘッドが露出してしまう。
αA1の姿を見て驚いたように一瞬硬直して、次には部屋の希望より先に疑問が音となって飛び出している。
外見と何もかもが上等な手荷物からだろうか、変な値踏みは無く純粋な興味から尋ねているとはその雑味の無い音から判別出来た。
その上でαA1は実に下らないと言わんばかりの態度で、子供をあやす様な口調で相手にこう返したのだ。
「一つ、雨が降ってきたから。二つ、此処ら一帯でホテルと呼べる物は此処しか無いから」
「ふむふむ」
「そしてもう一つ。俺の様なロックヘッドは、一々完璧な場所に住んでは居なかったから」
完璧な場所とは、雨が稀にすらも降らない場所だ。その上で湿気は少なく、海からの潮風を浴びる事も無い。
そんな場所こそが一等の高級地であり、土地の値段はそれこそ膨れ上がっている。一説によれば、一部屋程度の面積がここらの安価な土地の一山に等しいとも。
「随分と不思議な方ですね」
「安心してくれ、理解出来ない事を不思議と決め付ける、表向きには馬鹿にはしないさ」
「……完璧なロックヘッドをお探しなのでしょうか?」
「ふむ、まるで俺がお前がそこまで読めると気付かない…と思ってたな」
あまりに傲慢な態度だったが。その美しい白銀の色調に流動性まで備えている。それだけで何をされても許せる気すらしてしまう。
が、客商売としての謝罪を丁寧に送りながら、αA1に対してそのキーヘッドは情報を伝えた。
八日おきにホテルのとある一室を二日ではなく三十七時間借りるロックヘッドこそが、見る限りは完璧な相手だった、と。
「色はどうだった?」「貴方と同じ白銀ですね」
「穴の形状は?」「入り口は流動体でした」
「まだ若いか?四肢の欠損はどうなっている?」「五体満足、お若い方です」
「お前の主観抜きでも、完璧だったか?」「従業員の間でも話題になって居ます」
「ならば今、そのロックヘッドは何処に居るというのだ?」
「今も部屋をお借りして居ます……が、どの部屋かまでは教えません」
守秘義務というものがありますから。受付をしていたキーヘッドは、それが当然という風な口調で語った。
αA1がそのロックヘッドに出会う方法は、一応ソファー等が備え付けられたこの場か、
もしくは、何処かで部屋を借りてロックヘッドが部屋から出るかを待つしか無い、そう受け付けは言いたがっているのである。
「分かった、ならば二日だ。チップは弾んでやる、逐一情報を貰いたい所だ」
「毎度ありがとうございます」
案内された部屋は、街中の雰囲気に相応しく高級という言葉からは何処か掛け離れたもので、しかしながら必要最低限の物、有っても困らない物はある程度揃っている有様であった。
αA1が使用していた部屋と何処か似通った雰囲気が存在して、二日過ごすにしては問題は無い。寧ろこれ以上に寂れた光景を想像していた程だ。やって来た係員にチップを渡して、かのロックヘッドが部屋から出たら知らせて欲しい旨を告げる。
きっと働き者なのだろう。他者に悪い雰囲気を抱かれない異常に全体を荒く磨き上げたロックヘッドは、何処か上擦った音声を持って頼みを了承した。既にαA1に対して惚れ込んでいるし、狙えど相手にしてくれない事も認めている様だ。
数時間後、別のキーヘッドが訪れたのでやはりチップを弾んだ。それから二時間後、別のキーヘッドがまた来たので同じくチップを弾み情報を要求した。あの受付が裏で糸を引いていると知った上で。
そして、αA1が部屋を借りてから述べ十三時間後。かのロックヘッドからの情報を聞いた途端に、部屋の中から押し退けて勢い良く飛び出した。
「…………あぁ」
雨は既に止み、ロビーにてその姿は際立って他の塵芥より美しく見える。どこか赤みがかった白を基調としたロックヘッドの色。その時点でαA1の興味は完全に消え失せる。
白と言えども他の色と同じく無数の白色が存在するのは確かなのだが、αA1が求めていたのは、その通り己の色と寸分も狂わず同色の銀色に輝く白色なのだ。赤も青も黄色もマゼンタもシアンもイエローも何も要らない。
思わず小さな音を漏らしたところで、そのロックヘッドはαA1に近寄り、何か聞いているようだ。何も雑見の無い透き通った響きだったが、今は既にどうでも良い事になってしまっている。
チップを払った相手達か受付かにどうやら話を聞いてやって来たみたいだ。今のαA1にはどうでもいい。完璧でない以上は皆等しく無価値な存在なのだから。ああ。全ては無駄骨であった。
「……後何時間残っている?」
「八時間でございます」
「えっ、それって」
「良いか。俺は今から眠る。誰も絶対に近付けるな……ああ、残り八時間、俺の居る部屋から上階全てを借りる。絶対に俺の睡眠の邪魔をするな、誰も通すな」
ロックヘッドは絶望した。その上で許してしまうのは、それだけキーヘッドが完璧である故に。こんな自分に関係の有る話をしてくれるだけで、それだけでも至福が走り抜けてしまう様な。
金銭面に関しては一切問題は無く、即金でその通り受付は相手の部屋から上階を全て貸させた。ロックヘッド以外誰も使っていなかったのは幸いだっただろう。
無駄骨を折りながら、その意志は硬く決して揺がない。己に釣り合った完璧なロックヘッドを探し出せると、姿を見るだけできっと叶う様な気すら抱かせる。
今直ぐ部屋の中へ飛び込みたいという風な早足で、キーヘッドは歩く。彼の名前は、αA1。
例によってこのまま終わる訳じゃ無いです。無いです。