2014年への突然の来訪者
大学の授業も終わり、テスト期間に突入する前の、時化のやって来る前の凪のような一時。外も暑いし、大学の図書館で勉強するってきにもなれないから、部屋のクーラーを全開にして、深夜過ぎて見れなかったサッカーのワールド・カップの試合の録画を見ることにして、テレビのスイッチを入れて、録画した試合を呼び出す。
もう、ドイツが優勝するっていう結果が分かっているけど、それとは別として名プレイーがみたいのさ。
フォーン・フォーン・ドン
俺は、変な物音がした自分の勉強机の方を見た。
そしたら、髪の長い、女子高校生らしい制服を着た女性が机の上に立っていた。
「うわぁ」と俺は力の限り叫んだ。そして、布団を両手両足ではね除けた。
その女性は、俺に気付くと俺が寝ているベッドへと飛び込んできた。
・
寝ている俺の上に覆い被さる彼女。俺の胸に、彼女の胸が当たっている。
「成功したんだ。夢みたい」と彼女は言った。彼女の髪が、俺の首筋をくすぐる。恥ずかし痒い。
「え? え?」としか俺は言えなかった。
「あ、あなた、栫・誠司さん? 」と、彼女は尋ねてきた。
「そうですが」と、俺は何故か敬語で答える。どう考えても彼女の方が年下に見えるけど。
「お願い。人類の未来を救って。あなたにしかできないことなの」と、彼女は言った。目は潤み、今にも彼女は泣き出してしまいそうだった。
・
「あの、とりあえず、重いからどいてくれる? 」
女の子に覆い被さられて、善処できるほど俺は場数を踏んではいない。
「あ、すみません」と彼女は言って、フローリングの床に正座をした。
俺も思わず正座をして彼女に相対する。
「ところで、君は誰? 」
「あ、申し遅れました。私は、扇・優と申します。未来から来ました」
「え? 未来って? ここは俺の家だし、ちょっとよく状況が分からないのだけれど」
「あ、よく分からないということは良く分かります。私は、未来、現在、過去の、未来から来ました」
どうせ、JR湘南新宿ラインで、横浜みなとみらい21からここに来た、というようなことなんだろう。
「あ、え? じゃあ、さっき、机の上に立っていたみたいだけど、実は、引き出しの中から出てきたってこと? タイム・パトロールによく捕まらなかったね」
「仰っている意味が分かりかねますが、とりあえず未来から来たということは信じてください! 」と彼女は、頭を下げた。
俺の切れ味抜群のジョークは、通じなかったようだ。
「あ。はいはい。分かったよ。それで? 」
『時を駆ける少女』の再放送でも見て感化された、アンテナ感度が良好な電波系女子高生なのだろう。まぁ、突然の訪問客とは言え、彼女がいない歴=年齢の俺が、初めて部屋に入れた女性が、計らずしも彼女となっていしまった訳だからともかく丁重にもてなし、俺の成功体験を積み上げ、自信をつけていきたい。
「時間がないので、手短に説明します。貴方は、今日、1つの選択を迫られます。3つある内から1つを選ぶか、もしくは、1つしかないものからその1つを選ぶかという選択です。お願いします。1つしかない方を選んでください。人類の未来の為に、お願いします」
「ごめん。選択肢も抽象的過ぎてよく分からないし、人類の未来ってどういうこと? 」
「実は、私も選択肢については具体的には説明できません。量子コンピューターのシュミレーションが結局出来ていないままに、慌ててここへ来てしまったんです。私は、西暦、2216年から来ました。栫さん、貴方の選択によっては、人類が2222年に亡びます。どうか、1つしかない方を選んでください」と、彼女は言った。
「あ、ごめん。たぶん、長い話になりそうだね。とりあえず、麦茶を出すよ。あと、ポテトチップスでいい? 」
「あの、ゆっくりとお話をしている時間はないんですが…… 。あ、でも、伝えるべきことは伝えたので、あとは栫・誠司さんに、行動してもらうだけですね。もう私は任務を果たしたということで、お言葉に甘えて、ゆっくりさせていただきます。この時代の飲み物とお菓子、実際に食べてみたかったんです」
別に、俺はゆっくりして言って良いと言った訳ではないが、彼女の受け取り方は違ったようだ。
「あ、じゃあ、待っている間、俺にも分かるように話をまとめておいてよ。俺、コップ洗っているからさ」
流し場には、洗っていない食器が山積みされていた。最下層にある食器は、いつ使った食器かもう思い出せない。この季節だと、虫でも湧きそうだ。
冷蔵庫の麦茶は良い感じだ。煮出し用のティーバッグを、煮出さないでポットに水道水と一緒に入れておいただけなのだが、ちゃんと色は麦茶になっていた。1週間くらい前に作ったやつだから、麦茶成分がゆっくりと染み出したのだろう。
とりあえず彼女に麦茶を差し出し、ちゃぶ台にポテトチップスを置いた。
「あ、もしかして、この緑色のはミドリムシですか? 」と、彼女はポテトチップスを1口かじったあとにそう言った。
『いや、青のりだけど。これ、「のり塩」だし。あ、もしかして、「うすしお味」か「コンソメ」がよかった? 』と、俺は聞いた。
青のりをミドリムシだなんて、随分斬新な表現をする。そんなに貶めなくてもいいだろう。たまにいるんだよね、アンチ「のり塩」の人。大学のサークルでは「うすしお味」信者が多い。サークルの宅飲みで「のり塩」をつまみに買ってこようものならバッシングを受けたりもする。
「あ、いえ。これ、とてもおいしいです。この時代くらいにミドリムシの研究が盛んになりはじめたと聞いたことがあったので、もしかしてと思ったんです。早とちりしてしまいました」と、彼女は言った。
「え? あ、そうなんだ。誰にでも間違いはあるよな」
俺は内心では、何言ってんだコイツと思った。せっかく、録画したベルギー・アメリカ戦を見ながら食べる予定だったポテチを奮発して出したのに、なんかなぁ。麦茶だけにしとけばよかった。まぁ、彼女、おいしそうに食べてるからいいか。
「ありがとうございます。麦茶もおいしいです」と彼女は言った。
「いえいえ、大したお構いもできませんで」と、俺は言った。うむ。俺は、何を言っているんだと自問自答をする。こんな茶番をしている場合じゃないだろう。
「えっと、扇優さんだったっけ? 」
「はい。そうです。栫・誠司さん」
「何でここにいるんだっけ? 」と彼女に聞く。彼女も麦茶を飲んで、少しは落ち着いたはずだ。
「人類の未来を変えるためです。繰り返しになりますが、1つしかない方を選んでください。どうか、お願いします」と、彼女はまた頭を下げた。
「あの、よく分からないんだけどさ。人類の未来を変えに来たんでしょ? 人類の未来が変わるのであれば、人類の未来を変えようとした貴女も最初から存在しないってことになるんじゃないの? なんでここにいるの? って感じ。未来を変えられないから、ここにいるんじゃないの? 」と、俺は率直に疑問を聞いた。
「はい。仰っていることはよく分かります。グランドファーザー・パラドックスですね」と、彼女は言った。どや顔だ。
「まぁ、そういうやつ。実際どうなの? 」
「すでに、私がここに来た時点で、この世界の原子や電子の運動に与えてしまっています。つまり、未来は変わっています。もちろん、栫さんの未来も変わっています」
「え? 俺も未来も変わるの? 」
「はい。このまま私が来なければ、栫さんはサッカーの試合を見ていました」
「うん、そのはずだね」と俺は同意する。内心、だから? という感じ。
「栫さんの未来が変わったんですよ。本来なら、サッカーの試合を見ていたはずなのに、それがいま、私とお話をしているんですよ! 不可能と言われたタイムトリップが、そして歴史改変が成功しているんですよ。感動しませんか? 」と、彼女は興奮した口調で言った。
「いや、あんまり実感わかないかなぁ。大したことない感じ」と、俺は正直に言った。
「そうですか。では、栫さんは2ヵ月後に彼女が出来るはずだったのですが、その未来が変わったと言えば、実感していただけます? 」と彼女は言った。
「え? 俺、彼女ができるの? まじで? やったぁ」と、俺はガッツポーズ。
「ですが、その未来は変わったと思います。まず、2週間後に、友人から誘われた合コンの席で、その彼女となるはずだった女性の向かい側に栫さんは座ります。そして、彼女とベルギー・アメリカ戦について熱く語り合い、意気投合、ということになるはずでした」と彼女は言った。
『あのさ、「はずだった」とか、未来のことを過去形で語るの止めてよ。貴女が帰った後に、しっかりとベルギー・アメリカ戦を見るようにするから、問題ないでしょ』と俺は言う。3回ぐらい繰り返して、じっくりと観よう。
「そううまくいくでしょうか。すでに栫さんは、2週間後に出会う女性が彼女になるという事実を知ってしまっています。その事実を知っているがゆえに、本来するはずのない行動、もしくはしていたはずの行動を行わない可能性が高いです」と彼女は言った。
「ちょ、まて。じゃあ、扇さんの話を聞いてしまったから、彼女が出来ない可能性もあるってこと? 」と俺は答えた。
「はい。そうです。私が喋ったことが、大きな変化の要因になります。人類を救うためとは言え、申し訳ないことをしました」と、彼女は言った。
たしかに、この人が未来の自分の彼女になる人だなんて知っていたら、普通の対応は出来ない気がする。変な意識の仕方をしてしまうだろう。しかし、この扇って女子高生、とんでもないことをしれっとやりやがる。
「栫さんのファースト・キスの相手は、その方になるはずだったのに、残念でしたね」
「おい、それはまじか? 」
「はい」
「ちくしょー。なんてこった。じゃあ、俺はいつ彼女が出来るの? 」
「それは、未来が変わってしまったので、再度シュミレーションをしてみないと分かりません。申し訳ございません」
ああ、マジでショックだわ。早く、この子、どっか行って欲しい。ってか、どうやって俺の部屋に入ったんだ? 鍵はかけてたぞ。
「これで、未来が変わるということは分かっていただけましたか? 」と彼女は言った。
「ショック過ぎるくらい理解したわ。でも最初の、未来を変えるために来た貴女は、そもそも存在できないだろうって話、あれはどうなっているの? グランドファーザー・パラドックスだっけ? 」
「いま、私が来たことによって、未来がどんどん変化しています。その変化の波が、私がタイムトリップした時間まで到達した段階、つまり2216年に到達した時点で、私の存在は消えます」と彼女は言った。
「ん? よく分からない。どういうこと? 」
「えっとですね。水面に石を投げ入れた時を想像してくだされば分かりやすいかもしれません。石によって出来た波紋が、徐々に広がっていきます。その波紋は、近くから徐々に遠くまで伝わっていきます。私がこの時代に来た時間から逆算をすると、変化の波は、いま、2150年辺りに及んでいるはずです。その波が、2216年の私がタイムトリップした時間軸まで押し寄せてきたとき、私は消えます。人類の滅亡しない未来であれば、私がこの時代に来る理由もないですしね」と彼女が言った。
「つまり、未来の未来が変わるまでには、って未来の未来って日本語変だな」
「大丈夫です。仰りたいことは分かります」と、彼女がフォローを入れてくれた。
「未来の未来が変わるまでの、時間差みたいなものがあって、その間、貴女は存在していられるってこと? 」
「そういうことです。私は今、本来存在していないはずの存在、つまり幽霊みたいな存在なんです。あと、4分20秒で、2216年に波が到着するはずです。それまで、ここにいさせてもらってよいですか? 」と彼女は聞いてきた。
「あ、気にするな。足のない幽霊なら、恐いからいやだけど、扇さんなら大丈夫」と、俺は言った。
「ありがとうございます。栫さんは、優しい方ですね」と彼女は言った。
俺はちょっと照れた。
「でもさ、未来がどんな風に変わるかって、分かっているの? 」
彼女が本当に2216年から来たのなら、俺が生きて会うことはまずないだろう。だが、未来でまぁ元気に暮らしてほしいと思ったからだ。たぶん、この扇さんとは別の扇さんなんだろうけど。
「実は、どんな風に変わるか、わかりません。今から100年後とかに、核戦争で人類が滅ぶとか、そんな結果になっていたらすみません」と、彼女は言った。
「行き当たりばったりで来たんだ」と、俺は言った。
「はい、行き当たりばったりです。過去のどの時点に行けば私がいた未来を変えることができるかを計算して分析するだけで精一杯でした」と彼女は言った。
「でもよく、俺なんかのことを、200年後によく調べたよね。2ヶ月後に彼女が出来るとか、よく調べたもんだよ。もしかして、俺って、200年後でも知られているような偉大な人物になるの? 」と俺は聞いた。
「すみません。栫さんのことは、あまりシュミレーションの分析結果を見ていないんです。2214年に細菌テロを起す首謀者の先祖を遡っていて、偶然、栫さんを見つけたというのが本当のところです。テロを防ぐ意外に、未来人である私が接触したとしてもその他の未来を大きく変えそうにない人っていう項目で条件検索したら、202年前、つまり現代を生きる人のなかでは、栫さんがトップだったんです。この時代のナンバーワンです。あ、でも、そのテロリストの先祖が、栫さんということではないですよ」と彼女は言った。
どうやら、俺は大器晩成型でもないらしい。ってか、未来に影響を与えなさそうな人ナンバーワンって、どうなのよ。
「あ、そうだよね。もし、俺がご先祖様だったら、俺を殺していたでしょ? 」
「はい。そうです」と、彼女はまじめな顔で断言した。冗談のつもりで言ったのになぁ…… 。
「2216年って、タイムトリップできちゃうなんて、すごい技術発展だよな。すごい技術って他にもあるの? 宇宙戦艦とか、猫型ロボットとか発明されてる? 猫型ロボットって、やっぱり狸みたいな感じ? 」
「まだ、宇宙で永続的に生活できる技術をまだ人類は開発できていませんから、宇宙戦艦は建造されたりはしていないですね。あ、ちなみに、地球外生命体も2216年でも発見できていないです。あと、猫のロボットはたくさんいますよ。すごい技術だと、やはり量子コンピューターでしょうかね。なんでも計算できちゃいますよ。人類の未来も、過去も計算できます。栫さんが、彼女ができたというのも、量子コンピューターで計算して分かったんですよ? 」と彼女は言った。
「はぁ? それって、計算して分かるものなのかすごい疑問なんだけど、どういうこと? 」
俺もできることなら計算をして、そして気配りをして、21歳になる前に彼女を作りたいっす。
「いろいろと計算して、としか説明できないんですけど。あ、サッカーでたとえていいですか? 」
2216年でもサッカーはやはりあるのだろう。第何回目のワールド・カップとなっているのだろうか。
「うん。身近なものにたとえてくれないと、現代人では理解不能な気がするし。サッカーでたとえてくれると、ありがたい」と俺は答えた。
「はい。あの、選手がシュートをしたとき、ゴールキーパーはそのボールがどこに行くのか、分かりますよね? 」
「うん。分からなきゃ、止められないしね」
「そのゴールキーパーが、瞬時に頭の中でやっている計算を、大規模にやれるのが量子コンピューターです」
「うん、全然意味が分からないんだけど」
「あ、すみません。えっとですね、ゴールキーパーは、ボールがどのような軌跡を描いているか、ということから、どこにボールが飛んでくるかを予測していますよね。野球でも同じです。バッターが打ったボールの軌跡を見て、外野手はボールの落下地点を予測しています。つまり、そのボールの軌跡を正確に分析できれば、その後、ボールがどう動くかを正確に観測できるんです」
サッカーから野球へと種目が移っている気がしたが、まあいいや。
「それはそうだろう。俺は理系じゃないから詳しく分からないけど、ベクトルの矢印の方向とか、力学とかで、現代でもそれはできる気がするんだけど」
「2216年では、その分析を素粒子単位でやるんです。2216年では、試合の始まる前に素粒子の動きを全てスキャンして読み取り、試合結果を予知することが一瞬で出来ます」
「は? 選手がどんな動きをして、いつパスしてとか、そんなのも分かるの? 」
「はい。選手のパスをする際の判断も、その選手の脳のシナプスにどんな電流が流れるか、もっと細かくしてしまえば、どこからどこへ素粒子が動くかという、素粒子の移動です。結局、すべては人間には無数としか表現できないような膨大な数の、素粒子と素粒子の相互作用がこの世界の現象であると、説明できちゃいます。つまり、ボールと同じように、素粒子がどういう軌跡を描いているか、というようなことを分析できれば、その後の素粒子の動きがわかります。そしてその素粒子の動きを全部計算すれば、そしてその素粒子の集合体によって構成されている世界、つまり私達の世界のすべての現象が正確にわかるというこです」
「なんかよく分からないけど、ボールがどう動くかが分かるように、世界がどうなっていくかも分かるんだ。でもそれって、太陽の光とかまで計算しないと、おかしくなるんじゃない? 植物が太陽の光で光合成をして、酸素作って、その酸素を人間が吸って、みたいな感じでしょ? 」
「もちろんです。太陽が一番、影響を与えているといっても過言ではありません。もちろん、太陽すべての素粒子も計算の範囲に含めてますよ。ちなみに、銀河系全部の素粒子を範囲にして計算をします」
「なんか、SFの話をしているみたいだ」と俺は感想を言った。
「この時代からすれば、SFだと思いますよ。あ、ちなみに、SFって、すこし、不思議って言う意味じゃないですよ」と彼女は言った。
どうして、彼女はSFを「少し不思議」と読めることを知っているのに、先ほどから、俺のボケには全スルーなのだろう…… 。
「でも、なんか素粒子を見ても、なにがなんだか分からないんじゃない? サッカー選手の筋肉の中にある無数の素粒子のひとつの動きを見たとしても、なんにも分からないじゃん」と俺は言ってみた。
ほとんど、扇さんの話を理解できていないけどね。
「そうです。ですから、量子コンピューターにその素粒子の動きを、人間が認識、可視化できる次元にまで再構築させるんです。サッカーの試合結果を予測したデータなんて、まるっきし、肉眼で試合を見るのと同じですよ。音声まで再現させたら、歓声も試合と同じですし、試合解説者の台詞も一言一句同じですから」と彼女は言いながら笑った。
「そうなんだ。すごい技術だな」と、俺は言った。ちなみに、俺は彼女の笑いのポイントがいまいち分からなかった。さっきの彼女の発言の中に、笑いの要素はなかった気がする。
「ええ。でも、その技術で、自分達が2222年に滅びるということが分かっちゃって、その時はショックでした。私達が避難しているシスファの仲間全員が死んでいる映像でしたからね」と彼女は言った。
「そっか。変わるといいな、未来」と俺は言った。
「はい、そうですね。あ、栫さん、そろそろ時間です。私、消えますので、あとはよろしくお願いしますね。繰り返しになってくどいと思いますが、3つある内から1つを選ぶか、もしくは、1つしかないものからその1つを選ぶかという選択が今日、栫さんに訪れます。その際には、1つしかない方を選んでください。お願いします」
「分かった。まぁ、内容にもよるだろうけど、1つしかない方を選ぶようになるべくするよ」
「ありがとうございます。あ、あと15秒ですね。栫さん、ちょっと目をつぶってもらっていいですか? 」
俺は、目を瞑ったあと、「目を瞑ったよ」と彼女に言った。
次の瞬間、俺の唇に柔らかいものがあったった。思わず目を開けたら、彼女の顔が目の前にあった。
「ごめんなさい。私、キスってどんなのか、やってみたかったんです。本当は、好きな人としてみたかったけれど、人類を救う栫さんとならいいかな、って思ってしまいました。私にだって、やりたかったこと、経験したかったことが沢山あったんですよ? あ、時間です。さよなら」と彼女は言った。そして、消えた。
なんとなく、手とか足から徐々に薄くなって最後は光の粒になっていくように消えていくのではないかと思ったけど、突然コンセントを引き抜かれたテレビ画面のように、一瞬で彼女は消えた。
読んでくださりありがとうございます。