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2216年の状況

「予定時間になっても反応ありません。所長、駄目です。30年前までのラインは、全て潰されています」と、白衣を着た男が言った。予定時間になっても、送り出したタイム・トリッパーが、過去の改変を成功した場合に生じる変化が、2216年に於いても発生していない。それはつまり、過去へのタイム・トリップによる歴史改変が失敗したことを意味していた。


「30年前に遡っても駄目か。テロリストどもは、なぜ我々のタイム・トリップをここまで防ぐことができるのだ。彼等の量子コンピューターでは、我々の計算速度に追いつけるはずがないだろう! 」と、所長と呼ばれた男は叫んだ。


「おそらく、量コンの立体接続をしているのだと思います。そうでなかったら、彼等の量子コンで、シスファの計算速度に追いつくのは理論上不可能です」


「立体接続か。なぜ、それを可能とするような有能な技術者が、テロに参加しているのだ。まったくもって理解できん。しかし、立体接続をされているとすると、彼等の計算速度は最大で、速度4倍増しか。こちらのスペックと比較するとどうだ? 」と、所長と呼ばれた男は言った。


「まだ、こちらの量子コンの方が、断然早い、とは言い過ぎですが、計算速度では優位性があります。160年前、いや、余裕を持って、180年前の過去へのタイム・トリップをしますか? それなら、我々が何処へタイム・トリップしたのかを彼等が把握するまでの間に、我々は過去を変えられる筈です」と白衣を着た男が言った。


「その意見には反対だ。これ以上、イタチごっこになるようなことは、俺が許さないぜ」と、全身を作業服のようなものに身を包んだ男が言った。


「環境技術部長か、なぜ反対なんだ? 」と所長と呼ばれた男が言った。


「シスファには、100年単位でのタイム・トリップを行うようなエネルギーがねぇってんだよ。いいか、シスファはもともと、有機物の循環を想定した設備だ。水は有限なんだよ! 重水素や三重水素を生成するために、どれだけの水を消費すると思ってるんだ。このままやれば、俺等がミイラになっちまう。それに、ちまちまと、失敗ばっかり繰り返しやがって。おかげで、シスファ内のヘリウム濃度が上がっちまっているんだよ。タイム・トリップが、今の状況を打開する最善の手だということは俺も分かる。だが、それが失敗しても俺達はこのシスファで生き続けなきゃなんないんだよ。少なくとも俺には、生物が生きていける環境を維持する責任があるんだよ! 」


「タイム・トリップが失敗し続けているのは私の責任だ。すまない。だが、なんとしてでも成功させたいんだ。あとどれくらいで生態維持の限界ラインを下回るんだ? 核融合は後何回できる? 」と所長と呼ばれた男は言った。


「ちっ。まぁ、170年なら1回だ。いいか、残り1回、ラストチャンスだ。あと、220年以上のタイム・トリップは、シスファの生物の間引きでもやらない限り無理だ。人類も含めた動物の3分の2を一律カットだ。だが、俺はそんなお役目、引き受けねぇぜ」と作業服を着た初老の男が言った。


「テロリストも同じ条件の筈です! 」と白衣を着た男が言った。


「この、すっとこどっこい! 」と作業服を着た男は、白衣の男の頭を、げんこつで殴った。

「いいか、あっちは自分達の生命維持なんてもんは考えてねぇ。限界以上にやってくる。それになぁ、やっこさんの乗ってる空母は、てめぇのじいちゃんが生まれる前から海に浮かんでいるような代物なんだよ。空母の動力炉にプルトニウムがあんだよ。物量戦に持ち込んでも、負けるのはこっちなんだよ。寝言は寝て言え! 」と彼は続けて言った。


「分かりましたよ。痛いなぁもう」と白衣の男は、自分の頭を撫でながら言った。


「では、170年以上前へのタイム・トリップが出来るのは、あと1回か。成功率を上げるために、何ができる? 」と所長と呼ばれた男が言った。


「やはり、過去への関与の仕方を単項から多項に変えるしかないっす。それで、テロリストに妨害される可能性をかなり低くできます」と白衣の男が言った。


「この、青二才が」と、作業服を着た男は、白衣の男にげんこつを食らわせた。


「痛いっす。今度はなんなんですか? 」と白衣の男は、殴った男を睨みつける。


「もっと分かりやすく説明しろ。単項とか、多項とか、調子に乗って専門用語を使うんじゃね。こっちは、土いじり、乳搾りが本業なんだよ」と作業服の男が言った。


「もう、なんか理不尽っす。じゃあ、ビリヤードのナインボールってゲーム分かりますか? 」と白衣の男が言った。


「玉突きくらい知っている」と、作業服の男が言った。


「今までの、我々の未来改変の仕方は、もの凄く単純に言うと、9番しかテーブルに残っていない状況を想定し、そして9番に手玉を当てて、9番をポケットに落とすっていうやり方でした。それを、1番から9番までの玉がテーブルに残っている状況で、たとえば1番に手玉を当てて、動いた1番が3番と6番にあたり、6番が9番に当たり、9番がポケットに落ちる、というような方法に変えます。これをやれば、テロリスト側は我々がどのように未来を改変するかを、分析するのに時間を稼げます」と白衣の男が言った。


「なるほど。だが、そんな良い方法があるなら、今までなんでやらなんだ? 」と作業服の男が言った。


「それをやったら、未来がどう変わるかが、我々も把握できないからだ」と所長が言った。


「まったく違った未来になる可能性があるってことか? 」と作業服を着た男が言った。


 所長と呼ばれた男は、頷いた。


「まぁ、これ以上ひどい現状って、あんまり無さそうですけどね」と、白衣の男が言った。


「それはお前が歴史を知らないからそう言えるのだ。我々は、テロが起こらない未来を作りたいだけじゃ。まったく新しい未来を作るなんぞ、神仏の領域。我々人間がやって良い道理はない」と作業服を着た男が言った。


「しかし、タイム・トリップを確実に成功させるには、それをやらねば成らぬか。170年前を変えるとなると、新しく生まれる未来は神の領域だな」と所長は言った。


 ・


1ヶ月後……


 

 数々のシュミレーションの後、2222年に、シスファが機能不全に陥ることが量子コンピューターの計算により判明した。そして、シスファの所長は、一人の人間を、202年前にタイム・トリップさせることを決断したのだった。


読んでくださりありがとうございます。

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