プロローグ 2216年 シスファ所長の手記
2216年、人類は絶滅の危機に瀕している。原因は、結核菌を利用したテロだった。結核菌は、感染したとしても発病することが非常に稀な病気である感染検査で結核の陽性反応があったとしても、発病が希な病気として結核は見逃されていた。結核は人類がすでに克服した病気であるという認識の隙間を付かれたのだった。
この遺伝子改造された結核菌のタチの悪かった点は、その結核菌に感染して1週間程度すると、その感染者の肺からその病原菌が放出されるということだ。その結核菌をまき散らす広告塔に感染者がなるのだ。もちろん、この細菌を開発した生物学者はこのことも計算済みだったはずだ。
この結核菌の感染力は恐ろしく強い。200人の観客がいる映画館に1人の感染者がいた場合、映画2時間の間に20人が結核菌に感染してしまったと考えられる。そしてこの細菌の潜伏期間は1年にも及び、最初の感染者が生まれてから、1年間、人類はこの危機に気付くことができなかった。その1年で感染者は、等比数列の如く増えていたのだ。最初の感染者が発症するまでの一年で、地球上の全人類を感染させるには充分すぎるほどの感染力であった。
そして今は、2216年8月。最初の発症者が現れたのが、2214年8月であるから、2年の歳月が流れたことになる。今、地上で生き残っている善良なる人類は、我々、シスファにいる人間のみだろう。アクセス権限を委譲された監視衛星のカメラを通じて、地球上を隈無く探してはいるが、人類の生存は確認できていない。また、我々の通信への応答も、この5ヶ月ない。
おそらく、生き残っている人類は、シスファ《閉鎖型持続可能生態系施設(CESuFa : Closed Ecology Sustainable Facilities)》にいる我々とテロリストの集団だけだ。我々シスファの人間は、2211年から、宇宙空間で地球と同じような循環型の生態系を人工的に生み出す実験を行っており、地球上にありながら、地球とは隔離された環境下にあった。だから、2014年に人為的に作られた結核菌の脅威を我々は免れている。しかし、シスファにも耐久限界はある。このままでは、はっきり言って、じり貧状態だ。やがては循環機能が失われるこのシスファ内で死ぬか、外に出て、結核菌で死亡するかの二択しかない。
テロリスト達も、太平洋上で空母を改造したシスファと同じ閉鎖型持続可能生態系施設にて生き残っている。だが、彼等は、人類が地球にとって害悪な存在であると信じ切っている狂信者集団だ。我々が、いや、人類が存続できる可能性を潰しきったなら、彼等は喜んでこの地球上から自らを消し去るだろう。
テロリストに、人類史を勝手に終焉させる権利はない。結核菌で死に行くに行く人々が、我々に願いを託して送信してくれたタイム・マシンの設計図データ。その設計図を基に、ついにタイム・マシンがシスファ内にて完成した。我々は、このタイム・マシンを使って、歴史を改竄する。結核菌の新種の開発した生物学者にして、今回のテロリストの首謀者を生まれてこない存在にする。歴史に「もし」は存在しない。しかし、我々は、我々が存在する歴史を「もし」に変えて、存在しないものと我々はする。
2216年8月6日、シスファ所長、阿式健司。
追記:我々の計画が失敗したら、人類がこのまま生き残る可能はないだろう。よって、この文書が読まれることなどないであろう。それでも、シスファ内の貴重な有機物を使って、紙を生成し、こんな手記を残すのだ。私は、自分自身を冷徹な理性を持った科学者だと分析していたが、案外、私は単なるロマンチストであったのかもしれない。もしくは、生物としての本能が、自分の某かを後世に残すようにと働きかけたのかも知れない。
短編です。
読んでくださりありがとうございます。