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争う俺らはお花が欲しい

作者: むー

 部活の稽古も終わり、俺はいつものようにケイシと居残って試合をする。

学校にある剣道場に二人だけで向き合う。

 他に部員がいると狭く感じるここも、二人だけだと妙に寂しく感じるものだ。

ケイシが動き出す。

 小柄で身軽さを武器に、飛び込んできた。

 俺は予想していたのでカウンターする。

だが、カウンター狙いはバレバレだったようだ。ケイシは飛び込んでくるように見せ、その実、フェイントを入れてきた。

 冷静に先を読む。

 それくらいできなくてはケイシの相手は到底務まらない。

ケイシが繰り出してくる攻撃を一つ一つ捌いていく。

全て読み切った。

ケイシの竹刀を払い、がら空きになった胴へ必殺の一撃を繰り出したのだが、俺は驚きのあまり目を見張る。

ケイシがひらりと離れていて、すでにその場にいないのだ。

(躱すなよ……今のを……)

 やや呆れ、離れた隙に一息だけため息を吐く。

 襲い掛かるときはトラで、躱すときはツバメなんて反則だと言いたい。

 俺はもう一度ため息を吐いた。

「なぁ、ケイシ」

「試合中だぞ――何だよ?」

「……お前、ナミに惚れてるだろ」

「はぁ!?」

「隙ありいいいい!」

「――っ!?」

 一瞬の隙を作る、俺の頭脳的プレイだ。間合いを一気に詰める。

 ケイシが動揺しているのは明らかだ。動きが鈍い。

 そこから何合か打ち合い、鍔迫り合いに持ち込み、吹っ飛ばす。ケイシがグラついたのを見逃さない。

「メン――ッ!」

 乾いた打撃音が響く。手応えありだ。

「おいおいおい! ずりーぞヤスオ!」

「うるさい、油断したお前が悪い」

 盛大に文句を言いながら、ケイシがばたりと大の字に横になってしまった。

 先生が見たら盛大に怒るだろうが、今は誰も見ていない。俺もその場に座り込む。

「……好きだぜ」

「いや、さすがに男同士はちょっと……」

「おめぇじゃねぇよっ!」

 いや、知ってますと心で言った。

 さきほどの問に、まさか本気で返してくるとは思わなかったのだ。どう反応すれば良いのかわからない。

「……おめぇはどうなんだよ」

 さすがにノーコメントで、と言っても引き下がってくれないだろう。と、いうより答えを知っていると言いたげな返しだった。

「惚れてるよ」

「だよなぁ……」

 気まずい空気が流れた。親友同士で同じ女に惚れているのだ。 どう反応すればいいのか正直わからない。

「なぁ」

「何だよ?」

 こんなに歯切れの悪い言い方をするケイシは初めてだ。

「諦める気無いよな?」

「無いな」

「だよなぁ」

 当然だ。ケイシも同じ気持ちのはずだ。

「なぁ」

「何だよ」

「俺以外の男があいつと一緒にいるの、耐えらんねぇんだけど」

「……奇遇だな。俺もだよ」

「だよなぁ」

 自分以外の男にキスするナミなど、想像するだけで血反吐が吐けそうだ。

「なぁ」

「だから、何だよ」

「俺が勝ったら諦めてくんね?」

「……できるわけないだろ」

「……だよなぁ」

 そんな簡単な話なら、最初から惚れて無いだろう。

「なぁ」

「いい加減にしろ、何だよ!」

 冷静な俺でなくても、このやり取りはイライラさせられるだろう。

「インハイで優勝した方が告白するってのはどうだ?」

「何だそりゃ、ナミは賞品かよ?」

「いや、そうじゃねぇよ」

 ケイシがガバッと起き、身を乗り出してくる。

「決めるのはナミだ。告白して断られるかもしんねーだろ。あくまで権利だ」

「負けた方は手を出さない?」

「それくらいのリスクは当然だろ」

「優勝って、わかってんのか? 皇帝に――サトシに勝たないといけないんだぞ?」

「だから死ぬ気で稽古するんだろうが! あの野郎に負けちまうんだったら、俺らの想いはそんくらいってことだ」

 ケイシらしい考えというか……いつも前向きに真っ直ぐな奴だ。

「良いだろう。受けた」

「上等! そうと決まれば、さっそく秘密特訓するぜ。じゃあな!」

 変わり身が早いというか、ほんの少し前まで気まずい空気が、一気に霧散した。

 これがあいつの強さなのかもしれない。

 俺はため息を吐きつつ、素振りを開始した。



 一人で悶々としていたので、通っていた道場へ出稽古に来た。

 古臭い道場で清潔感は無いのが残念だが、近所ではそれなりに名が通っているし、やはり思い入れはある。

「――って理由なんですよ」

「かっはっは、オメェら馬鹿だなぁ。それだけに面白いとも言えるがな」

 師匠に事の顛末を話したのだが、師匠にとっては笑い話にしかならないようだ。

「笑い事じゃないですよ。あまりのアホらしさに心が萎えたんですから……」

「だからってオメェ、落ち込むたんびにここ来んなよ。こっちまで気が滅入らぁ……。――っとナミ!」

「えっ!?」

「がーっはっは、都合よくナミが来るかよっ! そんな調子じゃオメェ告る前にナミに気づかれちまうぞ」

 俺はどうやら相談する相手を間違えたらしい。

「もういいっす、帰ります」

「おうおう、待て待て待て。せっかくだ、オメェも体動かしてけって、な?」

 俺の目はさぞかし険しく据わっていることだろう。

師匠は自分で稽古をつけるのがメンドくさいから言っているのだ。

「ほう、俺にたてつくってわけかい、そーかいそーかい。――ナミイイィィィ、ヤスの野郎がよおおおお!」

「わあああああああ――師匠っ!」

「やる気でたか?」

「わかりました、わかりましたよ!」

 この師匠を敵に回すと怖い。やって良いことと、悪いことを理解した上で、その境界線を蹴飛ばしていく人なのだ。

 こんな大人げない大人を相手にして、勝てるわけがなかった。

「師匠にヤッチン、何話してんですか?」

「うおっ!?」

「……オメェいつの間に来たんだ?」

「ほえ? 今来たとこですけど、どうしたんですかぁ?」

「……ったく。相変わらず頭に花が咲いてやがんな」

「へっへぇ! 可愛いからって引っこ抜いちゃダメですよぉ?」

 呆れた様子の師匠に、ナミはどこ吹く風だ。

だが、俺はそれどころではなかった。

「ナミ、話どこから聞いてたんだよ!?」

「今来たとこだってばぁ!」

「……ホントかよ」

「なぁに、聞かせられない話なの?」

「……秘密だ」

 返答に困った挙句の言葉だ。ちらりとナミを見る。

「あっそ」

 不機嫌そうにそっぽを向かれた。



 無事に稽古が終わり、解散する。俺はナミの後を追った。

「おーい一人の夜道は危ないだろう。送るよ」

「結構です。いつも通ってる道なんで」

 頭にお花が咲いてない。

鋭いお断りの言葉だったが、危ないことに変わりはないのでナミの横を歩くことにした。

ナミが唐突に口を開く。

「今日のヤッチン、ヘン」

「は?」

「秘密があるって言った。けど、妙に余所余所しい――何で?」

 そんなつもりは無かったが、心当たりはあるので返答に困った。

「ヤッチン、あたしを避けてた!」

「そんなこと無いさ」

「無いわけない! 急に秘密も作るし、今日はケーチンもいないし! 絶対ヘン!」

「たまたまだって。つーか秘密くらいあったって良いだろう?」

 ナミがブーっと膨れてしまった。機嫌が悪そうではあるが、いつものお花は咲いているので思わず苦笑してしまう。

しばらくそうして膨れていたのだが、唐突にしぼみ、目を輝かせている。まるで悪戯を思いついたと言わんばかりだ。

「ねぇ今日のお詫びにあたしの言うこと聞いて?」

「はぁ? お詫びって何だよ?」

 果たしてお詫びをしなければならないほどかと自問してみる。しかしナミが次に言った言葉は爆弾だった。

「ヤッチン、キスして?」

 唐突すぎて理解できなかった。

「何よその顔? こんな美少女が冴えない剣道部員に夢を与えようとだねぇ……」

「あーはいはい……冗談いらんから、何に決めたの?」

「だ、か、ら、キス!」

 どうやら冗談では無いようだ。

「キスだって言ってるじゃん! そんなに嫌かぁ?」

「お前本気で言って……」

「あったりまえでしょう! するの、しないの?」

 キスとはあれだよな。チュウとか接吻とか呼ばれる愛情表現の一つで、ナミの唇に俺の唇を……いや、待て、落ち着け。わけわからなくなってる。

「ヤッチン……どしたの?」

「あ、いや……その……」

 先ほどまで意識していなかったが、ナミの唇がツヤツヤと艶かしく光っているように見えた。

「何かまーたヘンになってるんだけど……で、どうするの?」

 ナミが小首をかしげて訪ねてきた。まるで魔法を使われたように抗えなかった。

「……する」

「それじゃあ、目つぶって?」

 普通逆だろうと思いながら、言われた通り目をつぶった。

ナミが近づいてくる気配がする。

俺は直立不動の態勢だ。そんな俺の首に腕が回される。

思わず生唾を飲み込んだ。

俺も恐る恐るではあるが、ナミの腰に腕を回した。細い。そのまま抱き寄せる。

するとナミの顔が一気に近づいたのがわかる。ナミの息遣いが感じられる。

首筋に息が当たり、少しくすぐったかった。

さらに、ナミの顔が、近づいて――バシンと派手な音が響いた。

自分の左頬がジンジンと痺れるように痛い。

何が起きたのか、理解できなかった。

「痛い……」

 俺は左頬を抑えながらつぶやいた。

その様子を見て、ナミがケラケラ笑っている。

「ヤッチン気合は入ったかぁ?」

 純粋に怒りが湧いてきた。

弄ばれたとはまさにこのことを言うのだろう。ナミに詰め寄る。

「お前ひでぇぞ、おま、これ本気で殴ったろ」

 おそらく左頬は綺麗なもみじができていることだろう。

「へっへぇ、よかったぁ」

「何がよかっただ!」

「だって、ヤッチンいつも通りになったんだもん」

 はっと我に返る。

「さっきまでのヤッチンこんな顔してたんだよー?」

 そう言って自分の額に指を当て「むむむっ」と唸りだした。眉間にシワを寄せている。

「こんな顔ー!」

 そう言ってまたケラケラ笑い出した。

楽しそうなナミを見て、怒る気力が失せてしまった。

 確かに、自分は力が入りすぎていたのかもしれないと思った。

「一応、礼を言っておくよ」

「へっへぇ。良い夢見れた?

「ちっ、もし俺が優勝したら……」

「ほえ?」

「……いや、何でもない」

 ナミといるのが楽しすぎて、ケイシとの約束を破るところだった。

ナミがまた不貞腐れているが先ほどとは違い「ま、いっか」と言ってニコニコ笑っていた。

「ヤッチンもケイチンも、あとサトチンも、同門で全国常連ってすごいよねぇ」

「サトシがぶっちぎりで強くなったけどな」

「そだねぇ。でも、やっぱり、三人には頑張ってもらいたいなぁ」

 そうやって笑顔を向けてきた。

ナミのその笑顔を見て、俺は絶対に勝つと心に決めた。



東京武道館はにわかに騒がしくなった。

 俺は奥の更衣室で着替えていたのだが、その気配を感じて、外へ出てみることにした。

 注目選手が入って来たのだろうか、興味本位で入口を覗く。

「来たぞ、皇帝だ」

 どこからともなく聞こえてきた単語は、苦い気分にさせてくれた。

「でけぇ……二メートルくらいあるんじゃねぇか?」

「面はまずはいんねーよな。しかも手元もうめぇときてるんじゃ隙ねぇよ」

 最強のライバル、サトシの入場だった。

 他を圧倒するように歩いてくる。人だかりが出来ているのに、誰もが道を開けている。

 サトシと目が合った。何を思ったのかこちらに近づいてくる。

「よぉテメェら相変わらず仲いいんだな」

 後ろを振り向くとケイシがいつの間にか来ていた。まったく気配を感じなかった。

 ケイシが敵意満々の様子を見せている。まるで尾をパンパンに膨らませたネコのようだ。威嚇するように声を発した。

「何の用だよ!」 

 サトシは皮肉気味に笑う。 

「見かけたもんだから挨拶くらいと思ってよ。高校最後くらいは楽しませてくれんだろう?」

 俺は今の発言をするりと受け流すが、ケイシは無理だったようだ。苦虫を噛み潰したような顔をする。

サトシは追い打ちを掛けるように言った。

「去年みたいに秒殺、なんてことは勘弁してくれよな」

「……ぶっつぶす」

「はっ威勢の良さは相変わらずだな。ま、楽しみにしてるぜ」

 サトシは「じゃあな」と手を振って去って行った。

 ケイシを見ると「ぬぐぐぐ」と歯ぎしりをさせている。

「あの野郎! ぜってー倒してやっからな!」

「対戦カード見に行くか」

 俺はケイシを連れ、掲示板の方へ歩いていく。ここでも人だかりだ。

 小柄なケイシは掲示板を覗けないようだ。説明してやる。

「俺はαブロック、ケイシはβだな。――お前とやれるのは決勝になりそうだ」

 そういうとケイシはニヤリと笑って手を叩いた。

「んでサトシの野郎はどっちなんだよ?」

「αブロックだな」

「こっちじゃねぇのかよ」

 本当に悔しそうだ。どこからそんな自信が湧いてくるのか不思議に思う。

 俺だってどんな相手だろうが勝つ気でいるが、相手は今では『皇帝』と呼ばれている存在である。

 勝負事に絶対は無い、というのはよく知っている。それでも戦うにはリスクが高い相手だ。

できることなら当たりたくないと思うのは当然の心理だ。

「俺の代わりにあいつをボコボコにしろよな!」

「はいはい」

 適当にあしらって会場に入る。

 高校剣道の大会にしては珍しく人が多く感じられる。

 報道陣の姿も多いようだ。大量に設置カメラが置いてある。

 おそらく『皇帝』のインターハイ三連覇を見たいという、期待の現れだろう。

 熱気に包まれた大会が始まる。

 さすがにインターハイという舞台だけあって、どの試合もレベルが高い。

それでも波乱は無さそうだ。順当に注目選手が勝ち上がっていく。

特にケイシとサトシの試合は際立っていた。

 他を寄せ付けない圧倒的な気迫で勝ち進んでいく。

俺もその流れに沿った。

対戦相手を見据える。

 相手は物凄い気迫をもって望んで来ていた。

だが、まだまだ温い。

 毎日ケイシと稽古し、サトシとは同門で競った間柄だ。その二人と比べると例え注目選手だろうが一段劣る。

俺は冷静に対処して勝利を収める。

この大会は今までとは違う。絶対に負けられないのだ。

 油断なくどんどん勝ち進み、サトシと相対する。

 実際に試合に立つと、その圧倒的な威圧感に押されそうになる。

「始めっ!」

 審判が開始の声を掛ける。と、同時にサトシが竹刀をスッと上げた。

 上段の構えだ。

 高身長のサトシがこの構えを取ると、さらに大きく見える。

サトシが動く。

長身の上段から打ち下ろされる高速の面打ちだ。さすがに見え見えだった。

この打面を打ち払うべく、こちらも竹刀を出す。が、逆にこちらの竹刀が弾かれてしまった。

「――――っ!」

 どうにか身をよじり躱す。

だが回避が精一杯で反撃する余力はまったく無い。

サトシはまた間合いを保ち上段へと構え直す。

 前回の大会でもこの上段を突破できずに負けたのだ。

 だが、今回は対策を考えてある。

 俺は間合いを計り、じりじりと詰める。

 上段の間合いへ――サトシの必殺の間合いへ一歩踏み込む。

 瞬間、サトシが動き出す。

 俺はそれをしっかりと見切り、攻撃を肩で受けると同時にもう一歩踏み込む。

 この瞬間、サトシの必殺の打面を掻い潜ることに成功したのだ。

 あとはこのまま胴をなぎ払えば……。

 胴を打ち込もうとした時だ、肩に受けた竹刀で押し込まれた。

 あまりの力強さに踏ん張ることができず、吹っ飛ばされる。

「――うぐ!」

 ありえないと思った。こちらのプランを純粋に力だけで崩されたのだ。

 停止の声が掛かる。

 俺が転んだので、中央の開始線から仕切り直すことになった。

だが、正直それどころではない。考える時間がほしかった。

あえてゆっくりと立ち上がろうと床に手をつけると、右肩に激痛が走った。

(――――っ!)

 サトシの一撃で肩を痛めたようだ。右肩が上がらない。

 パニックに陥った頭を何とかリセットさせる。深呼吸しながら、開始線に付く。

 右肩が逝っていることに気づかれないよう振舞わなければならなかった。もし気づかれたら一気に攻め込まれるだろう。

 状態を確認する。骨は折れてなさそうだが、竹刀を振り回せる状態でもない。激痛で身が竦む。

 サトシが上段へ構える。

 その気迫は一向に衰えることを知らない。無尽蔵のスタミナだ。 

 サトシがじりじりと間合いを詰めてくる。

 俺は完全に待ち受ける態勢を取った。

 もはやこちらから攻撃できる状況ではない。

一発で終わらせる。

 子供の頃から幾度となく試合をした。

サトシの来るタイミングを知っている。これは賭けだった。

 そして、上段に構えているサトシの気迫が僅かに揺らぐ。

(――くるっ!)

 初動するさらに前、筋肉が軋んだ瞬間、俺は唯一残された技を繰り出す。

(小手抜き片手突きだあああああああ!)

 左手一本でサトシの喉元へ突き入れた。最速で奔る。

 サトシからしてみると、動き出しを狙われたのだ。

 反応などできなかっただろう。

 喉元に刺さった竹刀を驚きの表情で見つめている。

会場はサトシを見に来た観客の悲鳴で包まれた。ブーイングすら起こる。

剣道の大会では珍しい光景だろう。だが、誰が何と言おうが俺の勝ちだ。

 ほっと一息つく。

 何とか勝てた思いが強い。

(あと一つ……ナミっ!)

 ナミの笑顔を思い出す。

 右腕は相変わらずだが、あと一戦くらいならやれるだろう。

 そう思っていたところにサトシがやってきた。

「……悪かったな」

「どうした?」

「右腕、使えないんだろう?」

「バカ言え、あれは俺が間抜けな避け方をしたからだ。事故だよ事故」

「だが……」

「気にすんな、こんなんで負けたりしないさ」

「……そうか。試合前に言ったこと悪かったな」

 律儀なやつだと思った。

「俺よりケイシに言ってやれ。あいつ相当頭に来てたみたいだからな」

「……わかった。お前らに発破かけたかったんだ。悪かったな。――またやろう」

「おう」

 また昔みたいに、三人とナミで稽古できたらと思った。

(さて、と)

 昔を懐かしんで緩んだ心を締め直す。

 ケイシはすでに会場へ入っているようだ。

 集中を高めている様子が見て取れた。

 同じく会場入りする。

 決勝まできた。泣いても笑っても最後だ。

ナミへ告白する権利は誰にも渡せない。それが親友であってもだ。

 決勝が始まる。

 いつものようにケイシが飛び込もうとしている。

 俺は上がらない右腕をかばうように、左手一本で竹刀を持ち、そのまま上段の構えを取る。片手上段の構えだ。

 ケイシが訝しげにするのが見て取れた。

 しかし、俺が右腕を庇っていることに気づいたのだろう、動揺しはじめた。

 しかしそれも一瞬のことで、ケイシは自分を戒めるように気合の声を出す。

「あああっ――!」

 まったく油断も手加減もしないという現れだ。

 こちらも負けてられない。気圧されないように声を出す。

「おああああっ!」

 しかし、声を張ると、ズキズキ右肩が痛んだ。その痛みで集中が乱れる。

(くっそ……!)

 気合の差分押し込まれた。

 ケイシが緩急を付けて攻め立ててくる。

 まったく手加減を知らない、というより、いつもよりキレが増している。

(そりゃそうだよな……)

 ナミの存在はそれほど大きいのだ。

 だが、それは俺も同じだ。

(絶対に勝って、告白する!)

 間合いが詰まった瞬間、左肩を入れて体当たりを食らわす。

 さすがにまともに食らってくれないが、それでも間合いを取ることに成功する。

 ここからが勝負だ。

 俺は気合いを入れ直し、片手上段の構えをする。ケイシが動く。

 その動きを察知して俺は竹刀を一閃させた。

 この一発は楽々躱すだろう。

 俺も入ると思ってない。

 しかしこれは牽制だ。

 ケイシの強みは獣じみたフットワークである。

 その動き出しを潰してやれば、ケイシの攻撃を封じることができる。

 怖いのはカウンターを狙われることだが、ケイシにそれだけの技は無い。

 もし懐に入られても体当たりをすれば問題ない。

 とはいえ、片手だと印象が薄くて一本を貰えにくい。 

 ただでさえ疾いケイシに当てるのは至難の技だ。

 お互いに果敢に攻めるものの、決めきれない。膠着状態が続く。

しかし、慣れない片手上段のせいで、俺の左腕も異変が出始めた。

試合直後のような鋭い打ち込みができなくなったのだ。

 肩が上下する。息が上がっているのだ。

 乱れる呼吸を整えながらケイシの様子を伺う。

 ケイシのほうも呼吸は乱れているが、余力は残ってそうだ。

 俺が消極的になっているのがわかったのだろう、ケイシが叫ぶ。

「おおおおおおおおおお!」

 今日一番の気合だった。

 完全に気圧された。

(しまっ――!)

 一瞬の隙に懐へと潜られてしまう。

 慌てて体当たりする。

 だが、俺の行動をケイシは読んでいたようだ。合わせられる。

「つぁコテええええ!」

 完全に不意を付かれた、何とか反応する。

 相手の竹刀を殴りつけるように弾く。反則ギリギリの荒業だ。

 おそらく審判はこの行動で俺のことをマークするだろう。次は無い。


――俺は、勝てないのか……?


(ナミ……)

 諦める気は無かったが、追い詰められた状況に少し気が緩む。

 ケイシがにじり寄ってくる。

 トラの突撃態勢を連想させるその出で立ちに苦笑する。

(まったく、俺は良い友人を持ったもんだ)

 白状だと思わなかった。

 全力を尽くすその姿に、感謝したくなった。

(これで俺はナミを諦められ……)

 心の中で敗北宣言をしようと思った時だった。

 歓声の中から一際大きな声が飛んできた。

「ヤッチン、最後まで諦めるなああああ!」

 頭にお花が咲いている感じが随分と懐かしい。

驚きすぎて体を動かすことを忘れる。

 それはケイシも同じのようだ。

 こちらも見事なまでに硬直している。

 声がした方をチラリと見てみる。

ナミがいた。その隣には番犬のようにサトシの姿も見て取れた。

 ナミが見ているのだ。恥ずかしい姿は見せられないと、再び闘志が燃え上がる。

 面をつけているから分からないが、ケイシも同じだろう。

 少し笑っているような気がする。


――右肩が痛い? カッコ悪いこと言ってんじゃねぇよ。


 俺はいつもの構えに戻す。

 右手でも竹刀を持つ、中段の構えだ。 

 ケイシも気合を入れ直したようだ。

 試合時間も残り少ない。

 隙を伺う。といっても相手はケイシだ隙などあるわけもない。

 ケイシがニッと笑った気がする。

 そう思ったらもう目の前にいた。瞬間移動したと錯覚するほどのスピードだ。

 ざわりと肌が粟立つ。

 慌てて迎撃態勢を取る。

(くっ間に合わな――っ!)

 ほぼ同時に面が入り、互いに残心を取る。

 周りから見ると、どちらが勝ったかわからなかっただろう。

 だが、打ち合った俺はわかってしまった。

審判が旗をあげる。

 俺の旗だ。

 俺の勝ちだ。だが、確信めいたものが有った。ケイシが最後の最後手を抜いた、と。

「なんで譲った!?」

 会場から出た瞬間ケイシを掴んだ。

 ケイシがどこか遠くを見て言う。

「……自分でもなぁ、バカだと思う。もちろんナミのことは好きだ。けど……俺なんかよりお前の方がふさわしいんじゃねぇか、って思ってな」

「――っ何だよそれ」

「試合中、ナミが応援したのは俺じゃなかっただろ?」

 確かに試合中に呼ばれた名前は……。

だが、それは俺が諦めかけたからだと言ったのだが、ケイシは頑として認めない。

「ちっ……たったそれだけで放棄したのかよ。バカだな。……俺、ナミに告るわ――なぁ」

 俺は告白することを決めた。

 だが一つだけ必要なものがある。

 ケイシが訊いてくる。 

「なんだよ改まって」

「告白するところ、お前もいろよ」

「はあ!? やだよ、他人の色事なんて覗きたくねーよ」

「そこをなんとか頼むよ。俺……勇気が出ないんだ」

 ケイシは物凄く嫌そうな顔をした。



 俺はナミにどうやって告白するか悩んだ。

 さんざん悩んだ挙句。

「……ナミ、俺と付き合ってくれ」

 何のひねりも無しに、まっすぐ告白した。

 ナミは驚きの表情で、もじもじしている。

 この顔を見て俺は自分の勝利を確信した。

 の、だが返ってきた言葉は予想を裏切るものだった。

「ごめんね、ヤッチン……」

「えっ!?」

 思わず聞き返してしまった。

「あたしもう彼氏いるんだよねぇ……」

 衝撃の事実だった。俺の声は上ずる。

「そ、それは、まさか……ケ、ケイシ、とか……?」

 まさかあの野郎、俺に譲っておきながら最低最悪の抜けがけをしたのかと思ったのだ。

 ナミが相変わらず、もじもじしている。

「いやー違うんだよねぇ……。伝えそびれちゃったのがいけないんだけどぉ……サトチンがあたしの彼氏なんだぁ」

「――っ!?」

 俺の体に雷が落ちた。

 今まで生きてきてこれ程ショックだったことは無い。

「だからぁごめんね!」

 舌をぺろりと出して可愛い表情で謝られた。

「今日はサトチンも道場の稽古来てくれるって言ってるんだ! その前にちょっと遊びに行くから、あたしもう行くね」

 それだけ言って、タタっと駆けて行ってしまった。

 俺はその場で崩れ落ち、後ろにいるであろう人に声を掛けた。

「おい、ケイシいるか?」

「……おう」

「俺たちって一体何やってたんだろうな」

「……言うな」

「なぁ」

「なんだよ」

「俺たちってサトシに何で勝てないんだろうな……」

「……言うな」

 俺はナミが言った言葉を思い出す。

 たしか、今日は道場に来ると言っていた。

「なぁ」

「……だから何だよ?」

「今日サトシが来るんだってよ。俺らも行って――あのやろうボコボコにしないか?」

「……のった。ちょっと卑怯だが二人係で稽古付けてもらおうぜ」 

 俺とケイシは不敵に「ふっふっふ」と笑いあったのだった。


おわり。

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[一言] 好きでもない男にキスしてと好意があるフリをする最低な女だったな。
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