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第三章 29

 翌日、義利たちは処刑が行われるはずだった広場にいた。

 既に処刑台は撤去されており、代わりに舞台が設けられている。その中央に、一人の男が上がった。途端に広場を静寂が支配する。


「――此度の騒動において、ラクス市民の皆様に多大なるご迷惑をお掛けしましたことを深くお詫び申し上げます。誠に、申し訳ございませんでした」


 統括指令本部の最高責任者、ディレック・トーナーによる謝罪のための会見という前例のない事態に、観客は騒然となる。

 高い権力を持った者が、自ら市民の前に立つこと自体が異例のことであり、そのことからも多くの人が集まっていた。

 無数の視線を一身に浴びているディレックは、深く下げた頭を起こし、言葉を続ける。


「魔人側にアダチ・ヨシトシの存在を秘匿する必要があったため、市民のみならず、私と、当作戦の中核であるダンデリオン以外の一切に、アダチ・ヨシトシのことを知らせておりませんでした。そのために先日の事件が起きてしまったのです。これは全て、私の責任であります」


 再度、ディレックは頭を垂れた。

 それを見て義利は溜飲を下げる。

 謝罪会見を開かせたのは、義利だった。ティアナに対する悪意を消すのが主立った目的ではあるが、その裏には私怨を晴らすのもある。友人を人身御供とされたことに、彼は強い恨みを抱いていたのだ。そこから義利は、ガイアには公的な謝罪が今まで一度も行われていないと知って、謝罪会見を要求した。


「ね、ねえアダチさん? さすがにこれはやりすぎなんじゃ……」

「それを言うなら、ティアナに対する扱いだってやりすぎだったんだ。これくらいで丁度釣り合いが取れるよ」

「……アダチさん、けっこうアシュリーに似てきてるわね」


 ディレックの横に席を設けている二人は、ひそめた声で耳打ちをし合う。観客は中央に立った男に注目しているため、そんな二人に気づくことはなかった。


「今後、このような事が起きないよう、この場を以って、改めて彼らを紹介させていただきます。ダンデリオン、アダチ。こちらへ」


 丁寧な仕草で招かれ、二人は民衆の前に立つ。

 その瞬間、言い表しがたい緊張感に襲われた。

 衆目に晒されることに、義利はもちろんティアナも慣れていない。そのための緊張だ。

 固まる二人に代わり、ディレックが紹介を始める。


「まずは皆様もご存知かと思われます『ティアナ・ダンデリオン』を」


 呼ばれたティアナは一歩、前へ出た。


「経緯は略させていただきますが、魔人であるアダチ・ヨシトシを味方にできたのは、全て彼女の功績であります。それを賞する式典であり、誤解なく進めるために、先ほどは私の謝罪をさせていただきました」


 なるほど、と小さく声が上がる。

 人の上に立つことが仕事だったディレックは、人心を掌握するだけの話術を身に着けていた。さらには今の言葉により、義利の思い付きで行わされた謝罪会見が慣例とならないようにもしている。

 今回は式典のために謝罪をしなければならなかった。故の特別措置である。言外に、そう示しているのだ。


「続いて、アダチ・ヨシトシを紹介させていただきます」


 ティアナに習い、義利も前へ出た。

 それまではどこか和やかさまでも醸し出していた広場に、警戒の色が強く現れる。

 彼が魔人であることは周知のことだ。そしてこの場には多数の兵士が集まっている。それでも、長い歴史とともに刻まれた恐怖が、人々の心から平穏を奪い去るのだ。


「魔人でありながら人を殺さず、そして至らぬ私が原因で危険に晒されたダンデリオンを、襲い来る兵士を誰一人として殺めることなく守り抜いたのです。彼が、再び現れたネクロの討滅で活躍したことは、皆様ご存知かと思われます」


 担ぎ上げられた義利は、途端に顔を赤くする。称えられることにも慣れていないのだ。

 彼に対してどのような反応を示せばいいのかを、人々は困窮し、結果として静寂が生まれた。


「さて、紹介もほどほどに、皆様に重大なお知らせがあります。のちに公的書類を作成し、世界中に知らせることとなっておりますが、まずはこの歴史的出来事を、歴史の発祥であるラクスにて、宣言させていただきます」


 一拍の間を置き、ディレックは言う。


「この魔人、アダチ・ヨシトシを、国務兵として正式に登用いたします」


 それまでの静寂が嘘のように、非難の声が上がりだす。

「危険だ」「金の無駄」果ては「今すぐ殺せ」など、群集心理も働いているのだろう、義利に対する罵詈雑言が飛び交った。

 それらの声を無視し、ディレックは粛々と語りだす。


「彼が人類にとって、どれほど希望をもたらす存在であるか、今一度お考えください。おぞましいまでの再生能力。恐ろしいまでの破壊能力。それらを有する彼が、今後現れる魔人から、人間を守ってくれるのです。――尤も、彼が我々に愛想を尽かさなければ、の話ですが」


 罵声は、即座に止んだ。


「そして彼の登用に際し、エスト国国務兵に、第十三の隊を設けます。アダチ・ヨシトシを主戦力として、魔人討滅を最優先の職務とする隊であります。当然その長は、アダチ・ヨシトシが信頼できる者、そしてアダチ・ヨシトシを信頼できる者でなければ務めることは不可能でしょう」


 一呼吸を挟み、ディレックは羊皮紙を広げた。それは、既に一度ティアナの手に渡されたものだ。この式典は、それを人々に広く知らせるために催されている。


「ティアナ・ダンデリオン。貴女をエスト国国務兵、第零大隊の隊長に任命する」


 証書を受け取ったティアナは、その場に片膝を着いて頭を下げた。

 ざわつく観客を無視し、厳かな声で彼女は誓いを立てる。


「この命果てるまで、承った使命を全うすることを、ここに誓います」


 自分たちの役目を終えたティアナと義利は、投げかけられる言葉の一切を無視してその場を去った。

 そういう取り決めだったのだ。残る苦情の対処は、国務兵が請け負う。

 暴動寸前の広場を目端で確認し、若干の後ろめたさを覚えつつも、ティアナは義利に手を引かれて隊舎への道を進んでいった。



 今までにない類いの疲労から、義利はすぐに自室のベッドへと飛び込んだ。


「あ~、緊張したぁぁぁ……」


 そのまま溶けてしまいそうな勢いで脱力する彼を見て、ティアナは呆れたように小さくため息を吐く。しかし彼女も極度に緊張していたため、義利のベッドに腰を下ろすと、グッと伸びをした。気が抜けたのはティアナも同じだったのだ。

 気疲れから解放されたティアナに、義利はいたずらを思いついたようにニヤリと笑みを浮かべる。


「ダンデリオン隊長殿、お疲れのご様子ですね。肩でも揉みましょうか?」

「何、その喋り方--」


 訝しむが、ティアナは義利のおふざけに乗っかるのだった。


「いえいえ。副隊長殿の手を煩わせるほどのことではございません」


 にっ、と二人は笑いあい、それから改めて言葉にする。


「昇進、おめでとう。第零大隊隊長ティアナ・ダンデリオン――、様?」

「普通にティアナでいいわよ。今さら畏まられても首筋がかゆくなっちゃう」

「今だけだよ」


 微笑み、ティアナは仕返しをした。


「あなたこそ。無職からの大出世じゃないですか。おめでとうございます。第零大隊副隊長アダチ・ヨシトシ様」

「うわっ。ホントだ。首筋がかゆくなる」


 照れ隠しをするように首に手を当て、彼は笑う。

 ティアナの言ったように、義利には国務兵としての籍が用意されたのだ。魔人であるというその性質から、ただの一兵卒としてではなく、新設された第零大隊の副隊長として。

 突然として与えられた身に余る大役に、義利は実感を覚えることすらできずにいた。


「副隊長、かぁ……」

「基本的な仕事は私がやるし、アダチさんは魔人の討滅だけが仕事だと考えていいわ」

「要するに、今まで通りってこと?」

「そ。今後はそれにお金が支払われるってだけ」

「それと、戦うことに責任が乗っかるんだね」


 やること自体は今までと大差ない。魔人が現れれば倒す。それだけだ。

 しかしこれからは、ただ戦うだけではダメだ。国務兵として、可能な限り被害を抑える必要がある。仕事として、迅速に討滅しなければならない。

 それが兵士としての責任というモノだろう。


「……何はともあれ、これでようやくゆっくりできるわね」

「準備期間三か月――、って建前の有給休暇だもんね」


 それはディレックから、せめてもの償いとして与えられたものだ。指名手配と、それに伴う死の脅威を与えたことに対する償いであり、同時に義利を繋ぎ止めるための餌でもある。

 義利が兵役に属することは、彼にとってあまり得なことではないのだ。魔人討滅の報酬くらいのものだろう。反面、損は複数存在している。


 まずは行動に制限が設けられることだ。今まで通りであれば、彼は自由に各地を回ることもできた。しかしラクス勤務の兵士となった今は、街を出るだけでも書類手続きを踏まねばならない。スミレのように功績を積み上げれば例外となるが、それまでは窮屈さを強いられることになる。

 さらには魔人討滅後、報告義務が生じる。ただの国務兵であればそれほど苦にはならないが、彼は魔人だ。兵士の多く集まる場所に出向けば、悪意の視線に晒されることは免れない。全員が全員、彼を受け入れた訳ではないのだ。


 それらの損と見合う対価として、有給が与えられることになった。

 

「どうせなら旅行にでも行く? アダチさん、ラクスとその周辺くらいしかガイアのことを知らないでしょ?」


 余暇を過ごすことがあまり得意でないティアナは、軽い気持ちで義利に持ち掛ける。

 すると彼は、途端に緩んだ表情を消した。


「なら、ティアナの故郷に行きたいな」

「……え?」


 思わぬ返事にティアナは硬直させられる。

 分からなかったのだ。義利がどんなつもりでその一言を発したのかが。

 

「面白半分の冗談半分って訳じゃないよ? トワから聞いたんだ。キミの故郷がどうなってるのか」


 かつてスコーネと呼ばれていた町の現状を、義利は伝聞ではあるが知っている。灰以外に何もない、荒廃した土地だと。それがティアナの故郷だと、知っていながら言ったのだ。


「……私としては、できれば思い出したくもないんだけど」


 声の調子を落とし、ティアナは義利に向ける目を冷たいモノにする。

 思い出したくもない。その一言に彼女の思いの全てがこもっていた。脳裏に浮かべるだけでも苦痛なのだ。他人から容易に触れられたとあれば、怒りが湧き出すだろう。

 今も、相手が義利でなければ掴みかかっていたはずだ。

 足立義利という少年が、簡単に他人の心に踏み入るような性格ではないと知っているから。だからティアナは堪えることができている。

 目に見えて不機嫌さをにじませ始めたティアナに、義利は若干の後ろめたさを覚えた。


「……気を悪くさせたらごめん。大したことはできないけど、せめて花くらい植えられないかな、って考えてる」


 トワから伝え聞いただけで、スコーネの凄惨さは想像ができていた。それを灰の海ではなく、一面の花畑に変えることで、少しでもティアナの心の傷を癒したい。そんな夢を、義利は思い描いていた。

 彼の気遣いに、ティアナの頭は熱を落とす。悪意や好奇心ではなく、善意から言ったのだと分かり、その気持ちだけでも嬉しかった。

 だが、同時に疑問が生まれる。


「なんで、スコーネとは無関係のあなたが……?」


 直後、ティアナは自身の言葉を悔いる。それは義利の口から、まだ言われるわけにはいかない単語を引き出すことになるからだ。


「だって、トモダ――」

「やめてッ!」


『友達』と、言い切られる前にティアナは遮る。


「あ……、ごめん……」


 ヘーゲンでのことを、二人は同時に思い出していた。


「その……、ね。前に『友達だと思ったことなんてない』って言ってしまったでしょ?」


 照れから、ティアナは俯いたまま義利に向けて言う。真っ直ぐに彼の顔を見ることができずにいた。

 逃亡初日に、体を張って助ける理由を訊ねたティアナに対し、義利は『友達だから』と返した。それに対してティアナが口走ったのが、それだ。

 俯いていて、だから彼女は義利の表情が暗く沈んでいることに気づいていない。


「……うん。ほんと、ごめん」


 忘れかけていた出来事が鮮明になり、義利は更に沈む。


「本当はね、昨日の内に言いたかったんだけど、すっかり言いそびれちゃって……」


 やや頬を赤く染め、ティアナは意を決して顔を義利に向けた。

 そしてようやく、義利が今にも泣きそうな表情をしていることに気づく。


「アダチさん……?」


 今の状況を、彼女は客観的な立場になったつもりで見直す。

『友達』という一言を強引に遮り、友情を否定した日のことを話題に上げている。

 ともすればそれは、二人の関係を改めて確認しようとしているようにも取れるのではないだろうか。――もちろん、悪い意味で。

 そのことに気づいたティアナは、慌てて義利に向けて手を差し伸べた。

 彼女の予定では、もっと雰囲気を作ったうえで言うはずだったのだが、こうなってしまえば雰囲気など気にしていられる場合ではない。

 その場の勢いに押されるように、ティアナは言った。


「アダチさん! 私と、友達になってください!」


 一瞬の間だけ呆気に取られるも、義利の答えは決まっている。


「喜んで」


 差し出された手を握り返し、義利は微笑む。

 こうして二人の間には、確かな友情が結ばれた。

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