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第三章 26

 あまりにも救いのない現実に、義利の涙が堰を切ったように溢れ出す。

 いくら大人びた言動をしていようともトワは子供だ。たった十年あまり。それだけが、彼女の生きた時間だった。その命に見合うだけの価値が、義利は自分に見いだせない。


「なんでだよぉ……」


 ただなんとなくで生きた地球での十七年、そして流されるままに過ごしているガイアでの二ヶ月。その中で成し遂げたナニカには『足立義利でなければできなかったこと』などない。他の誰かであったとしてもできたことばかりだ。それどころか、他の誰かであれば、もっと良い成果を生み出していたかもしれない。今回の一件にも、もっと良い解決方法があったのではないか。

 そんな風に、彼は自分を責めていた。


「頑張ってるのに、どうして僕の周りでは悲しいことばっかり起きるんだよぉ……」


 隠していた弱音が、言葉になる。

 いつだって彼は悲しみから逃げるために動いていたのだ。ティアナを助けようとしているのも、友人との死別という悲しみを知りたくないからだった。

 そのために頭を回した。そのために傷も負った。しかしその結果、トワが命を落とした。

 後悔ばかりが、義利の頭に浮かび上がる。

--別の国に逃げていれば。どこかの街を占領していれば。そうすれば誰も傷つくことなく仮初ではあるが平穏を手に入れることができたのではないか。

 そうでなくとも悠長に交渉などせずにティアナを攫って逃げ出せば良かったのだ。そうすれば、トワが悪役を買うことも無かったかもしれない。終わったからこそ言えることだが、紛れもない事実だ。そして既に終わってしまった以上、取り返すことはできない。


「せめて、安らかに……」


 優しく声にし、彼はトワの手を握ったまま、祈るように額にあてがった。祈りを捧げることしか、少女の恩義に応える方法を思いつかなかったのだ。

 目を瞑り、深く祈る。

 だが、祈りは天に届かなかったらしい。

 隊舎の玄関口から、慌ただしい足音が響いてきた。


「ダッチ」

「……わかってる」


 ぐっと、拳を握り締める。その甲で涙を拭い、義利は部屋のドアの前に立った。うつむき、目を閉じ、駆け寄ってくる何者かに意識の照準を合わせる。すると義利には、不思議と壁の向こう側がぼんやりと感じ取れた。淡い光の残像のように見えているソレが、聖人だという確信が彼にはあった。それは正しく、精霊の行う『探知』と同質のモノだ。

 人ならざる力を、知らず知らずの内に義利は身につけていた。さらにはそれを当たり前のように使えてまでいる。

 だが彼には、自分が異常になっている自覚はない。今の彼にそんな精神的余裕は無かった。

 目の前に迫る、トワの眠りを妨げようとしている無粋な存在。それを排除することにのみ集中しているのだ。


 聖人がドアノブに手を掛ける。すかさず義利はその顔面に目掛けて拳を打ち込んだ。


「ふぎゃっ!」


 どこか間の抜けた悲鳴と同時、聖人の気配が消える。今の一撃で意識を失い、融合が解除されたのだ。拳の先に確かな感触を覚えた義利は、ドアから腕を引き抜く。そして聖人を追い出そうとドアを開け放ち――。


「……え?」


 向かいの壁に頭を打ち付けて目を回していたのは、プランだった。

 プラン・フォーレス。処刑の場に彼女がいなかったことに、義利は今更ながらに気づく。ラクス内にいたすべての国務兵を動員したであろう騒動に、彼女は参加していなかったのだ。


「プラン……、さん?」


 拭えぬ違和感から、義利が無意識に彼女の名を呼び、それをきっかけにプランは目を覚ました。頭を振り、完全に覚醒をすると、彼女は義利を押しのけてトワの元に駆け寄る。

 魔人化もせず、ドアを隔てての一撃。しかし人の域を超えている彼の一撃だ。それをモロに受けたプランの鼻はあらぬ方向へと先端を向け、鼻腔からは鼻血が湧き出ている。

 酷い有様だった。だが当の本人は気にも止めず、至極真剣な顔で、言った。


「ああ、時間が足りるかどうか……。レパイルちゃん、やりますよ!」

「その『ちゃん』って付けるの、やめてよね」


 プランの周りを漂う桃色の光球は、ぼやきながらも融合をするためプランの胸に入り込んだ。


「レパイル……? なんで--」

「約束したじゃありませんか。またみんなでご飯を食べましょうって」


 比喩ではなく、プランの瞳が輝きを帯びる。聖人化した証だ。

 プランがその手をトワにかざす。すると胸に空いていた穴が塞がり始めた。レパイルとの契約で得られる力は『復元』だ。『治す』ではなく『直す』ための能力。

 義利は、かすかな希望を見出した。


「……も、もしかして、トワが助かるんですか?」


 レパイルの能力では死人を生き返らせることができないと、彼は知っている。

 あくまで『直す』というだけだ。その延長線上に傷を塞ぐ応用がありはするが、死者の蘇生だけは『直す』ことも『治す』こともできはしない。

 知っている。しかしプランの言葉や行動が、義利に夢を見せた。

 希望が潰えないかという恐怖。夢が夢のまま終わってしまわないかという緊張。それらにわずかな期待を織り込んで声を戦慄かせる義利に、プランは片瞬きを送った。


「ええ。そのために来たんです!」


 その言葉と同時、血液が宙を漂ってきた。彼女は片方の手をトワに、もう片方の手を血液に向ける。すると今度は、血液に混じっていた砂や埃が、元来た道を辿って行った。

 次第に、プランの表情に影が射し始める。見れば額には大量の汗を浮かべていた。


「この能力……、調整が難しい……」


 何をしているのか、それを聞きたい義利だったが、余計なことで彼女の気を散らさぬようにと、プランのもう一人の契約精霊に掛け合う。


「グロウ、プランさんが何をやってるか、分かる?」


 今まで霊態でいたグロウは、義利に声をかけられたことで人間態となる。彼なりの礼儀だ。


「見ての通り。傷と血液の復元」

「傷はわかるんだけど、どうして血まで……」

「あの子、血を流しすぎたせいで心臓が止まったんでしょ。なら血を直さないと、心臓を動かそうにもできないじゃないか」

「そうじゃなくて……。血液にまで能力を使ってる理由は?」

「ゴミを取らなきゃ、すぐに身体の中で血が固まっちゃうじゃないか。それに、固まった血も直さないとだろう?」


 つまらなさそうにグロウは言う。


「はぁ……。お人好しが過ぎるんだよ……」


 グロウの様子に義利は首を傾げ、それからプランに目を戻した。まだ『復元』を始めてから一分ほど。傷も完全には塞がっていない。

 だというのに、既にプランは満身創痍だ。

 額には汗だけでなく血管までもが浮かび始めた。

 表情は苦痛に歪められ、血の涙が滴るほどだ。


「なっ--! プランさん! 血がッ!!」

「ふぇ? ああ……」


 さして気にすることもなく、プランは二の腕で目元を拭うだけで、手を休めることはなかった。

 秒ごとに、彼女の容体は悪化していく。

 まるで能力の副作用であるかのように出血の量が、箇所が、増えていった。

 目、耳、そして口。


 殴られたことによる鼻血も含め顔中から血を流し、それでも彼女は平静を装い続けた。


「プランさん、代わってください! 僕がレパイルと契約します!」

「ダメです」


 義利がたまらず叫ぶも、彼女は取り合おうとすらしなかった。


「トワが助かっても、あなたが死んだらダメじゃないですか!」

「死にませんってば……。ああ……、頭痛が酷いので、あまり大きな声を出さないでください……」


 血液の『復元』が終わり、残るは胸の傷を『直す』だけだ。

 契約の解消、再契約、融合、能力の使用。

 計四つの手順を踏まなければならないが、時間はそれほど必要とはしない。

 だがプランは、譲るつもりなど一切持ち合わせていなかった。


「いいですか、アダチくん……。もうすぐ『復元』が完了します。そうしたら、何があっても構わず、トワちゃんの心臓をどうにかして動かしてください……。胸を上から押すだけでいいです……。頼み、ました――」


 傷が跡形もなく塞がれると同時に、プランはその場に倒れこむ。思わずプランを抱え起こしたい衝動に駆られる義利だったが、すぐに気持ちを切り替えた。頑としてプランが譲らなかった理由に、ようやく気付いたのだ。

 義利はプランに言われた通り、意識を失って倒れた彼女に構うことなく、トワの胸に手を当てた。


「……やっぱり!」


 傷は、直っている。だが心臓の鼓動は止まったままだ。


 レパイルの能力である『復元』により、身体を元の健全だった状態には『直す』ことができている。

 しかし、それは『治った』わけではなく、あくまで生きていられる身体に戻しただけなのだ。


『治す』力ではないために、身体の異常を正常にはできない。停止した心臓を、動かすことまではできないのだ。

 そのため『復元』したトワの心臓を動かす役が必要だったのだ。

 プランはそのために、血を流しながらも能力を使い続けた。

 そんな彼女の努力を、無駄にするわけにはいかない。


「アシュリー、指示するから、人工呼吸お願い!」


 簡潔に指示を出し、彼も行動に移った。胸の中心に両手を重ねて置き、

 トワの場合、いくら心臓を動かしたところで、血液に酸素がなければ意味がないのだ。呼吸が止まってからどれだけの時間が経過したかを記憶していないため、死の境界線が不鮮明になっている。人の脳は、呼吸を止めたその瞬間から損傷が始まるのだ。二分以内であれば助かる見込みは十分あるが、それ以降は加速度的に死の確率が上がっていく。レパイルの能力が、血液に酸素が含まれている状態にまで『直し』ていれば、今から二分が制限時間だが、そうでなかった場合は一秒すらも惜しまれる。

 義利は霞掛かっている記憶の中から、心肺蘇生に関する知識を掘り起こした。

 童謡『うさぎとかめ』を脳内で歌いながら、彼は三十を数える。


「今!」


 その声に反応し、アシュリーがトワに息を吹き込む。

 何度も、何度も繰り返した。

 腕が痺れ、次第に力がこもらなくなる。それでも心臓の圧迫を続け、そして。


「ケハっ……、カハッ!!」


 トワが、息を吹き返した。

 荒く呼吸を数度し、彼女は眼を瞬かせる。


「……あ、あれ? 生きて――」

「トワッ!!」


 困惑気味に状況を確かめようとしていたトワを、更なる困惑が襲う。

 感極まった様子の義利が抱き着いてきたのだ。


「んぅ?! ~~~~~~ッ?!」


 意中の相手と密着をして、少女であるトワが冷静でいられるはずもなく、言葉にならない歓声を上げた。


「良かった……。本当に……」


 泣きじゃくる子供が母親に縋っているかのような義利に、トワは喜んでばかりもいられないことに気付く。彼の背を優しくなでてあやしつつ、周りを見た。

 ベッドに血と思われる赤黒いシミを見つけ、トワは咄嗟に股の間へ視線を落とす。そこからの出血ではないために、破瓜によるものではないと、一先ずは安堵した。それと同時に彼女は自分が冷静ではないことにようやく気付く。

 深呼吸を一度はさみ、再度周囲の確認を開始し、ベッドの脇にプランが倒れているのを見つけた。


「アダチさん、プランさんが!」


 トワの声にも義利は反応せず、抱き着いたまま泣き続けている。そんな彼を払いのけるわけにもいかず、しかしプランを放っておくこともできず、トワはどうしたものかと考えた。


「あ、アシュリー! プランさんが!」

「知ってる」

「だったらどうにかして!」

「あー。心配すんな。血は止まってるし、息もしてる。気ぃ失ってるだけだ」


 心ここにあらずな様相のアシュリーに、トワは違和感を覚え、すぐに忘れさせられる。


「うわっ、ちょ……、アダチさん?!」


 義利の体重を支え切れなくなり、結果的に押し倒される形になった。どうにか理性的であろうとしていたトワが、弾ける。理解の範疇を越えられたのだ。


「きゅぅ……」


 これ以上ないほどに顔を赤くしたトワは、そんな小さな鳴き声とともに正気を失った。



 物事の決着というものは人によって、見方によって、捉え方によって変わる。

 コロナの出現に始まったラクスでの一連の事件を例に挙げれば、市民にとっての決着はネクロの撤退だ。ティアナの処刑に伴う魔人・義利のことは別件である。国務兵たちからした事件の決着は未だ遠く、復興の完了が決着だ。

 では、足立義利にとっての決着は何か。

 それは今、この時だった。

 ティアナが安全を保障され、トワが命を落とすことにならず、トワのために能力を酷使したプランも生きている。スミレを除くガイアでの仲間が、欠けることなく生きている。

 それが彼、足立義利にとって事件の決着だった。

 問題は山のようにそびえている。ネクロの動向、ティアナの処遇、自身の扱い、プランの容体……。数えればキリがない。

 それでも。

 この時の義利は、それらの問題を忘れ、一応の決着を感涙の中で噛みしめていた。

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