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第三章 18

 朝になり、ティアナは目を覚ました。危惧していた就寝中の襲撃もなく、途中で目を覚ますこともなかったため、魔力は十分に回復している。

 ぐっと背伸びをし、彼女は身体の調子を確かめた。コロナとの戦闘で負った傷は、治癒の魔法陣が描かれた包帯を巻かれているために出血もない。とはいえ、それも時間の問題だ。最後に包帯を巻きなおしたのが義利たちとの別れ際なため、作用時間の一日は既に経過してしまっている。いつ効果が切れてもおかしくない状態だ。

 失血により意識を失うわけにはいかない。そこでティアナは、まず魔法屋で包帯を購入し、交換を行った。傷は未だ生々しく、安静にしていても更に一週間は完治に必要だろう。

 傷の具合を確かめながら包帯を交換したところで、ティアナの身体が空腹を訴えた。


「……まあ、空腹で動けなくなるのも馬鹿らしいし」


 言い訳をするようにして、ティアナは宿の受付に向かい、そこでパンと少しの野菜を買い、それを朝食とした。受付から肉を勧められたが、万が一にも魔獣の肉であったらと考えた結果だ。

 質素な食事になっているが、不満はない。もそもそと咀嚼し、胃に落とし込むと、すぐに彼女は行動を始めた。


「まずは移動の脚ね……。流石にこれじゃ、馬は買えないし……」


 手持ちを確認し、小さくつぶやく。彼女の手にある硬貨は銅貨三枚のみとなっていた。節制すれば一ケ月の食費にも相当する銀貨だが、そのほとんどは包帯を買ったことで消費されている。この街--、アトリエでは、治療魔法を施してある包帯は貴重な品だったのだ。


「……行商馬車に相乗りをお願いするしかないか」


 ため息混じりに呟いて、彼女は厩を目指した。

 厩は本来、家畜の飼育小屋として使われる。しかし旅人や行商人の馬を一時的に休めるためにも用いられるのだ。国務兵がいる門の付近での待機には危険が伴うため、ティアナはそこで行商人との接触をしようとしている。


「……家畜にしては筋肉が多いのが一頭、後は全部望み薄」


 傍目に馬を観察し、率直な感想を述べた。

 そうして待つこと一時間。

 一人の商人が厩に入り、荷馬車に乗って出てきた。


「止まって!」


 速度が乗る前に馬車に立ちふさがり、行く手を阻む。すると商人は慌てた様子で手綱を引き、馬を止めた。


「危ないだろ! 何を考えているんだ!」


 商人が声を荒げる。それを受けてティアナは頭を下げた。


「突然の非礼はお詫びします。ですがお願いです……。私を、ラクスに送ってください……」

「……ラクスなら、確かに通る。荷台にも空きがあるから、乗せてやるのも吝かじゃあない」

「では--」

「ただし、こっちだって慈善家じゃあないんだ。わかるな?」


 暗に、金銭を要求しているのだ。それを察したティアナは、懐から取り出した真銅貨を男に手渡す。

 男は握りしめた硬貨を見ると、フヘっと笑った。


「わかってんじゃねぇか。乗りな」


 顎で荷台を指した男は、ティアナが乗り込んだのを確認すると馬を走らせアトリエを後にした。

 荷台で揺られながら、ティアナは身を隠すために積み荷を動かす。中身の詰まった樽や木箱を、並べ、積み重ね、身体を隠す空間を作り、彼女はそこに身を潜めた。

 幌を開けて中を覗いただけでは見つけることはできない。一応の保険としては上出来と言えよう。

 ティアナは国務兵であったために、指名手配後の動きは概ねわかっていた。街道には検問が敷かれる。荷馬車は中を検められるが、チラリと一瞥するだけで終わる。


「止まれ!」


 だから荷馬車が止められた時も、息を殺すだけで逃げようとはしなかった。


「手配書は見ているか?」

「いえ、なにぶん旅商人なもので」

「この顔に見覚えはあるか?」


 おそらくは手配書を見せたのだろうと、会話からティアナは外の様子を窺い知る。

 馬車の持ち主に、ティアナは顔を見せていない。

 故に男の答えは、否定だ。


「知りませんな……」


 すると兵士は荷台の中を覗き、声を張る。


「積み荷はなんだ?」

「果物や毛皮でございます」

「それだけか?」

「え、ええ」


 困惑気味に馬車の持ち主が言う。そこへ、それまで野太い声ばかりだった会話へ、凛と通った声が割り込んだ。


「嘘を、吐いていますね」


 ゾクリ、とティアナは背筋を寒くする。その声には聞き覚えがあったのだ。


「あなたは手配書を見ておらず、ダンデリオン指長の顔に見覚えもない。そこまで本当のことを言っていたのに、積み荷に関しては嘘を吐いた。何故でしょう?」

「……実は一人、相乗りをしている者がおりまして」

「なるほどなるほど。相乗りをしている人物が、もしかしたら指名手配犯かもしれない。そう考えたあなたは、この場をうまく切り抜けることで謝礼を受け取り、あわよくばラクスに着いてから差し出すことで報酬も得ようと、そう考えたわけですね」

「そんなことは--」

「嘘ですね」


 人の嘘を見抜くことができ、無駄に頭の回る少女。そして相手の選択肢を削るような言葉選び。そんな人物に、ティアナは心当たりがあった。


「荷台を検めてください。隅から隅まで」


 少女の声に従い、二名の国務兵が荷台の積み荷を漁り始めた。

 ティアナは、観念をする。


「いました!」


 見つけられたティアナは、ぞんざいに外へ放り出された。その先で、彼女は旧知の者との再会を果たす。

 地面に這いつくばったティアナを見下ろし、少女は冷たく言い放つ。


「お久しぶりですね。ダンデリオン指長--、いえ。ティアナ・ダンデリオン元・指長と、そうお呼びした方が良いでしょうか?」

「そういう態度は友達を無くすわよ。マナ・ジャッジマン」

「……すこし前まででしたら、あなたのその言葉に対し、友好的な返しをしていたでしょうね。ですが、今の私たちは、正義の味方と犯罪人です。お話は、鉄格子越しでしましょうか」


 ティアナが捕らえられたのは、ラクスに二人の魔人が侵入をしてから一週間後のこと。

 それはちょうど、トワがティアナの故郷であるスコーネに着いたのと同時だった。


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