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第三章 14

 翌朝になり、義利は目を覚ました。見覚えのない場所で目を覚ました彼だが、そのことに困惑することはなく、むしろ冷静に現状の確認を始める。

 部屋、だった。洞窟にいたはずが、今は見知らぬ部屋にいた。寝ている間に捕まってしまった、という考えはない。魔人である義利は、捕獲ではなく殺害をされるだろうことは、彼自身がよく分かっている。移動して、さらにどこかの宿に泊まっているのだと、義利は予測を立てた。

 部屋を見回す。すると彼が今の今まで眠っていた、一人で使うには大きすぎるベッドが不自然に盛り上がっていた。義利の両脇に、それぞれちょうど人ひとりほどの膨らみがある。慎重にシーツを捲れば、そこにはアシュリーとキャルロットが眠っていた。


「………………」


 起こすかどうかをしばし考え、義利は再び体をベッドに横たえた。早く状況を知りたい気持ちはあるが、宿に眠っているのであれば、眠るだけの余裕はあるのだと読み取ったのだ。切迫した只中にあるからこそ、休める間は十分に休まなければ、いざという時に動けなくなってしまう。事実、深い眠りについていたはずの彼にも、拭いきれない倦怠感が残っていた。

 横になり、義利は自身の身体に意識を向ける。

 眠る前にあった不調は、未だ変わらず改善されていない。アシュリーとキャルロットの姿も、大まかな外見と髪色から判別している。もしもよく似た他人であっても、今の彼には分からない。寝息を聞き取ることもできておらず、肌に触れている布団の感触も曖昧だ。

 このままではそう長くは持たない。自らの死を、義利は予感していた。

 浅い眠りに落ち、その後アシュリーの目覚めをきっかけに二人は起きる。そうして義利は、二人から今に至るまでの経緯を知らされた。


「--急ごう。たぶん、ティアナはラクスにいる」


 話を聞いた義利は、目をつむり考え込んだかと思うと、そう言い切った。


「なんでわかんだよ」


 義利の考えを知らぬアシュリーは、当然の疑問を抱く。話の中でアシュリーとトワは、確かに言っている。ストックが示した場所は二つ、ラクスか故郷だと。


「僕らにラクスへ向かうようにって、ストックから切り出したんだよね?」

「ああ」

「そうなの」


 二人から確認を取ったことで、義利の中で思考が結びついた。

 疑問だったのが、何故この二組に分かれたのかだったのだ。アシュリーであれば身軽さを求めて単独行動を取るはずだ。キャルロットであれば安全を優先して全員での行動を希望するだろう。トワであれば義利との組を希望する。そこからストックが分けた組み合わせだろうという想像はできた。

 誰が分けたか。それは大した問題ではない。どのようにして分けられたのかが、問題だったのだ。話し合いの末、またはくじ引きの可能性も無きにしも非ずだった。もしもそういった、一個人の思惑以外で決まったのであれば、義利は結論を出すことはできなかっただろう。

 『ストックから』という情報が加わったことで、一つの予測が確信に変わっていた。あくまで想定ではあるが、彼は導き出した結論を口にする。


「彼は未来を--、この今を既に知ってるはずだ」


 想定ではある。だが義利は確信していた。


「でもストックはそんなことは言ってなかったの」

「……そういやスミレのヤツが言ってたぜ。未来は他人に教えるべきじゃねェって」


 義利から結論だけを聞かされたキャルロットは困惑を呈し、アシュリーは思うところを口にする。アシュリーはスミレにより、ストックの能力についてを聞かされているのだ。そして、それが及ぼす変異をも。未来を誰かに伝えてしまうと、それを望ましく思わなければ変えられてしまう。未来を知るのが一人であれば、その者のみが望む未来へと向かうのだが、それが複数になると、誰もが望む未来を目指すために、未来予知から大きく外れた未来が訪れてしまうのだと。

 スミレと融合していた以上、必然ストックも未来を見ていることとなる。その彼が、らしくもなく主体的に動いているのだ。だから義利はストックの選択が、未来予知からきているのだと考えた。


「それに、ティアナの行く場所を予測したんだったら、ラクスと故郷もそうだけど、見知らぬ土地の方が可能性は高いんだ」


 そう言った義利に、アシュリーは即座に反論する。


「いやいや、無罪を訴えるためにラクスに行くか、心を癒すために故郷を目指すかじゃねーの? 手配書だって回ってんだから、知らねえ場所じゃあ誰にも匿って貰えねえし」


 事実だけを言えば、確かにティアナは義利たちの無罪を勝ち取るためにラクスを目指している。そうとは知らぬ義利は、自身の予測に沿って意見を述べる。


「手配書って言っても、所詮は絵だから、ティアナのことを見たことのない人になら、他人の空似でやり過ごせるでしょ?」


 へーゲンにて実際に手配書を見た義利は、その精巧さを理解できている。名家の者が残す肖像画のような、まさに生き写しとでも言うべき完成度だった。しかし絵は絵。写真であったとしても、実物と見比べると違いを感じるのだ。絵ともなればそれは更に大きくなる。しかし名前も顔も知られている土地であれば、一目で見抜かれてしまう。その考えから、義利は続けた。


「居場所を推察したんなら、まずラクスって考えは浮かばないと思わない? ストックに促されてたからアシュリーはそれらしい理由をつけたけど、先入観なしで考えた場合だと、警戒態勢にあるラクスに単身で行くっていうのは、なかなか思いつかない発想じゃないかな?」

「……言われて見りゃあそうだな」


 他者から指摘されたことで、アシュリーも自身の考えが偏っていることに気がつく。先日の騒動で、ラクスは間違いなく警備体制を強化しているのだ。そこへ指名手配をされている本人が向かうと想像するのは簡単ではない。


「まあ、アシュリーが言ったみたいな理由でラクスに行く事も、あり得なくはないんだ。でもストックは真っ先にラクスと故郷の二箇所を指定した。だから彼は、きっと知った上で僕らに道を示したんだよ」

「アダチはその二箇所から、なんでラクスって言い切れるの?」


 義利自身が言ったのだ。ラクスに向かう可能性は低い、と。であれば消去法としてはラクスよりもスコーネに向かうという目算の方が理に適っている。

 しかし義利は、あくまで自分がストックであったならばと突き詰めた推理で語る。


「ティアナが居れば、まず間違いなく戦いになる。アクターのいないストックとしては戦闘を避けたいはず。だから、それらしい理由で戦いから遠ざかったんだ。二手に分けたのは、たぶん不審に思われないためかな。で、ティアナのいる場所にはキャロも向かわせないとでしょ。だから戦力である僕とキャロ。この二人をまとめて向かわせたラクスにいるんじゃないかって予測」


 アクターのいない精霊には戦うことはおろか、逃げることすらままならない。それはアクターにも当てはまることである。精霊がいなければ、精霊術を使えなければ、精霊術を使う相手には太刀打ちできない。

 人間への関心がそれほど強くないストックが、それでもティアナの救出に参加しているのは、スミレからの頼みであると考えて間違いはないだろう。ティアナを守れ。恐らくはそう頼まれている。それを叶えるために動いているのだとすれば--。義利はそうして予測を立てていた。


「……前から思ってたけど、アダチって頭がいいの」

「ありがと。けど、こんなのはただの予測でしかないよ。合ってるかどうかはわからないし」

「それでもすごいの」


 説明を受けて感心するキャルロットからの賞賛を、義利は謙遜をもって返す。するとアシュリーは、義利の肩に手をかけ組んだ。


「何がすげーって、その予測が結構当たるんだよな」


 まるで我が子のことであるかのように、アシュリーは鼻を高くする。


「そうかな?」

「そうだっつーの。へーゲンの時にゃエッダの正体を見抜いたりしたじゃねーか」

「あれはエッダが口を滑らせたのが大きいよ。それに……、ネクロの時は外しまくりだったし……」


 予測の甘さから命を失いかけたことを思い出し、義利は肩を落とす。電撃が通じなかったのは濡れた包帯が原因ではなかった。死体を操る能力は、頭部を切り落としたところで止まることはなかった。命の半分を魔力へ変換しても、それでもネクロには遠く及ばなかった。同じ魔人であるのなら渡り合えないことはない……、などということはなかった。

 それらは自分に力があると過信した結果だ。自惚れていたための誤りであり、過ちとして体に刻み込まれている。だから彼は、想定に想定を重ね、その上で出した結論を、あくまで予測と呼んでいた。


「ありゃ相手が規格外だったってだけだろ」

「それを言うならストックだって十分規格外だよ。だって、未来を見てるんだもん」


 未来を見た。その優位は圧倒的だ。なぜならば--。


「お前がさっきの予測をするだろうことも見えてて組み分けをしてるかもな」

「それを言ったらキリがなくなるよ……」


 アシュリーの言った通りだ。そして義利の言った通りでもある。考えを予測されることを知った上で、その裏を突くこともできる。そして更に、それを予測されること……、と延々と繰り返すこととなる。

 そのため義利は、予測裏を突いて、といった考えは早々に切って捨てているのだった。


「ま、元々ラクスに行くつもりだったんだ。そこにティアナのヤツがいるってんなら、さっさと行こうぜ」


 アシュリーに促される形で、三人は客間を出た。幸か不幸か、まとめるべき荷物など全ては捨てている。最低限の武器を持つだけで、出発の準備は完了した。

 部屋を出た矢先。客間のドアを開けると、目の前にはマリアが待ち構えているかのように立ち塞がっていた。

 とっさのことで、アシュリーは飛び退る。その反応を無視してマリアは口を開いた。


「ひとつ、聞かせてください。あなたは悪魔なのですか?」


 どきり、とアシュリーは心臓を掴まれたような気持ちとなる。うまく隠し通せているつもりであったのだ。それを、いつからかはともかくとして見抜かれていたと知り、肝を冷やさせられるアシュリーだが、それもすぐに収まる。

 マリアが悪魔の容疑者として指差したのは、義利だった。


「いえ、人間ですけど……」


 当然、義利の答えはそうなる。しかし、容疑をかけているからにはそれに足る理由があるのだ。


「はい、私もそう思うのですが、何故かあなたから微かに悪魔の気配が感じられるのです。明滅を繰り返しているかのように、本当に微かな気配が……」


 そうと言われたところで義利の答えは変わらない。精霊のいない世界で、人間として生まれ、人間として育ってきたのだ。

 悪魔でないという証明は、困難となる。例えば義利の髪色が明るければ、何かの間違いだとマリアは見て見ぬ振りをしただろう。暗色でさえなければ、それは悪魔以外の何かである。

 自分が悪魔でないと証明する手立てがないことに即座に気づけた義利は、軽くお辞儀をするような形でマリアに応じる。


「はあ。あ、でも安心してください。もう出て行きますから。泊めていただき、ありがとうございました」


 お辞儀から姿勢を正し、キチンと頭を下げてから横を通り抜けようとした義利の前に、マリアは回り込み、両手を広げて行く手を阻んだ。


「はいそうですか--、と通されると思ったか?」


 そこへ、一人の男が現れた。同時にマリアは霊態となり、男の肩の辺りで待機をする。

 年は桑年の頃と思われる彼の顔には、その人生を漂わすシワがいくらか見えていた。そして威風堂々とした佇まいからは威厳を感じ取れ、権力を有する者であることは容易に見て取れた。加えてマリアの態度を見れば、その男が何者であるかはすぐに分かる。

 この村の--、リーセの長であろう男は言う。


「少年に恨みはない。だが悪魔である可能性が僅かとはいえある以上、みすみす野放しにはできぬ。悪いが悪魔でないと証明できるまでは、捕らえさせてもらうぞ」


 そして彼は、小さな声で精霊の名を呼んだ。


「行くぞ。マリア」

「ええ」


 人間と天使が融合し、聖人となるためには、人間が天使の名を呼ぶという手順を踏まねばならない。そしてそこから天使が人間の中へ入り、ようやく融合が完了する。つまり数秒間の隙があるのだ。

 その隙を、義利は見逃しはしなかった。

 先に融合をしたことにより油断が生じたのだろう。そして義利が好戦的に見えなかったこともあり、故に村長は対処ができなかった。

 あろうことか義利は、マリアが村長の胸に入ったその瞬間。一気に間合いを詰め、村長の側頭部の毛髪を掴むと、そのまま壁に叩きつけたのだった。頭部への衝撃で村長が怯んでいる内に床へ抑え込み、組み伏せ、腕を捻り上げることで身動きを封じ、そうして義利は緩やかに言う。


「まあまあ。落ち着いてくださいよ。邪魔をしないのであれば、僕は何もしませんから」


 既に抵抗をできない状態に追い込んでいるが、それは行く手を阻んだ代償として彼の中では片付けていた。


「やはり魔人か……!」


 自身の失態を悔やむように声を出した村長へ向け、義利は事実を述べる。


「まだ魔人にはなっていませんよ」

「なん--だと?!」


 村長が驚くのも無理はない。彼はその細腕からは想像もできないほどの力で村長の頭を壁に叩きつけ、そして今は組み敷いているのだ。それが魔力の汚染によるモノであることなど、国務兵であるティアナですら認知していなかったのだから、直接魔人と相見える機会の少ない田舎村の長が知る由もない。

 現状を、魔力汚染に関する予備知識なしで見れば、義利が魔人であると考えるのが妥当だ。

 だから村長は、融合中のマリアから、今の義利が悪魔の気配を放っていないと聞かされ、更に驚愕させられる。

 抵抗が薄くなったことを感じ、義利はゆったりとした声で再度警告をする。


「もう一度言います。僕らの邪魔をしないのであれば、僕は何もしません」


 そこで一息を挟み、義利は腹の底にぐっと力を込め、「でも」と付け加えた。


「邪魔をするつもりなら容赦はしない。村を、村の人を巻き込みたくないのなら、これ以上僕らに構うな」


 村を納める者として、村人を盾にされては逆らうことができないのだろう。小さく呻くと、村長は全身の力を抜き、床に伏せた。


「ご理解いただけたようで何よりです。では、一宿の恩義もありますし、約束通り大人しく去りましょう」


 先ほど見せた威圧的な態度から一変し、出会い頭の大人しさを纏って義利が言う。その言葉に対する返事はなく、元より返事を期待してなどいなかった義利は、速やかにリーセを出発した。

 村を離れて間もなく、顔色を伺うような態度でキャルロットは義利へ声をかけた。


「アダチ。さっきの言葉、本気なの……?」

「え? まさか。ただの脅しだよ」


 恐る恐る発したキャルロットへ、義利はあっけらかんと返した。

 嘘を言っているようには見えず、不殺の信条が変わったわけではないと安心したキャルロットは、はぅ、と息をつく。


「……ならいいの。本気にしか見えなかったから、怖かったの」

「本気に見えなきゃ脅しにならないからね」


 笑顔で嘘を吐きながら、義利は言う。


「さ、ラクスに急ごうか」


 少なくとも、村長が抵抗をしてあれ以上の足止めとなっていたのなら、義利は迷わず殺すつもりであった。その殺意を感じたからこそ、村長は折れたのだ。

 不殺の信条。キャルロットが義利を信用している理由の中で最大のそれは、既に彼には存在していない。そうと気づける機会はあったのだが、その時のキャルロットは、意識を失ったティアナへ融合したまま声を掛けることに必死で、見逃していた。足立義利はラクスの騒動から逃げ出した際、ラクスの壁外にいた二人の魔人を、虫を潰すかのようにあっさりと殺しているのだ。声を掛けているだけで気づけないほどに。

 そして義利の内心に起きた変化に気づいているアシュリーには、先ほどの脅しが単なる言葉ではないことが、分かっていた。

 二人の精霊は、少年の中の狂気に気づかず、あるいは狂気を無視してラクスを目指す。

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