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第三章 12

 義利、アシュリー、キャルロットの三人は、話し合いの結果ラクスへ向かうことに決まった。理由としてはアシュリーの戦闘能力の高さだ。ラクスの現在は警戒態勢にある可能性が高く、そこへ魔人が近づけば間違いなく包囲されることとなる。もしもそうなった際には殲滅能力の低いトワではなすすべなく終わるだろう。

 アシュリーの戦闘の特性は、集団戦に向いている。それも、一対多数という限定された局面でのみだ。電撃を周囲に拡散させることで、集団の強みである連携を崩すことが可能だが、もしも味方が近くにいれば巻き添えとなる。今の場合、被害を受けるとすればキャルロットだ。だが二人の間には多少とはいえ信頼が築かれている。キャルロットが被弾する恐れのある際には広域殲滅をアシュリーは行わないだろう。そしてキャルロットは、アシュリーが広域殲滅を必要としていれば、即座に身を隠すか逃げるかを選ぶはずだ。

 そう。まさに今がその時だ。


「あ……」


 アシュリーは突然、そんな風に何かに気づいたような声を出して、立ち止まった。


「どうかしたの?」


 キャルロットは何の気なしに問う。--アシュリーのことだから、きっとどうでもいいことなの。みくびっている訳ではなく、性格を知っているからこその判断だ。アシュリーは大雑把な性格でありながら、妙なところで繊細さを発揮する。ティアナが髪型を変えたことには気づけなかったが、小さな変化から生理現象だと気づく。そんなアシュリーを知っているから、加えて彼女自身が取り立てて騒いでいないことから、今回もあまり深刻では無さそうだとキャルロットは思っていた。

 ……が。


「わり。囲まれてるわ、コレ」

「………………はぃい?」


 一瞬、何を言っているのか理解が追い付かずに沈黙を挟み、すぐにその意味を知る。

 囲まれている。正確には、囲まれていた。五感を研ぎ澄ませれば、確かに人の気配が複数ある。決して、目視できる位置に人はいない。離れていても知覚できるほどの強烈な体臭があるわけでもない。息を荒げているわけでも、味覚でも触覚でも、直接それと認識できる要素は一つもない。だが間違いなく、人はいる。それも、一人ではなく。


「探知してなかったの?!」


 思わずキャルロットは叫んだ。そうと分かるより先に知る術がアシュリーにはあるはずなのだ。それをせずにいたのであれば、怒りの一つや二つ、起ころうものだ。


「いやぁ、アタシの探知なんてよっぽど集中してねぇと五メートルがせいぜいだし」

「それなら目で見た方がまだマシなの!」

「ぼんやりとなら分かんだけどなぁ……。『あっちの方に居そう』みたいな?」

「それはただの勘なの!!」

「まあ、今更騒いだってしゃあねぇだろ」

「しょうがなくなる前に騒ぎたかったの〜ッ!!」


 騒ぐキャルロットを適当にあしらい、アシュリーは首を回して周囲に目を配った。


「ほれ、お出ましだぜ?」


 気づかれたと知り、追手である兵士たちはじわりじわりとアシュリーたちへの距離を詰めだしていた。魔人を相手にすると覚悟を決めているからだろう。焦ることなく、ゆっくりと歩み寄る。

 人影は、全部で八つ。全員が聖人であるのならば敵の数は十六--、ではない。複数の天使と契約を交わしている可能性を考慮すればさらに増える。最低でも十六だ。

 数的不利は言うまでもない。だが先に挙げたように、アシュリーには高い殲滅能力がある。


「こっ、ここは任せるの!」


 キャルロットは、せめて足手まといにはならないようにとその場を離れようとする。

 その手を、アシュリーが掴んで引き留めた。

 アシュリーはニィと口角を釣り上げ、自信に満ち溢れた表情で言う。


「キャルロット。アタシの股の間でしゃがんどけ」


 その言葉の意図はキャルロットには理解ができなかった。電撃を放つのであれば、最も危険なのはアシュリーの周囲である。その中心に居ろ、などというからには電撃は使わないのだろうか。キャルロットは、悩んだところで時間の無駄だと、最終的にそう結論を出し、アシュリーに従うこととした。


「……わかったの」


 頷き、指示の通りにしゃがみ込む。

 するとアシュリーは手のひらを打ち合わせて音を鳴らし、その間に電気を生み出す。雷が爆ぜる音が鳴り、周囲に青白い光を発散させた。


「いー機会だから、アタシの能力がすげーってところを見せてやるよ」


 言うが早いか、アシュリーは手の間の電撃を引き延ばすように両腕を大きく開き、その間を埋め尽くすように更なる電撃を手のひらから放つ。

 電撃で作られた弓が、そこにあった。

 アシュリーはそれを左手で掴み、右手から一筋の電撃をほとばしらせ、弦とした。


「アタシの能力は、電撃を生み出して操ることだ。つまり--」


 細い雷の弓弦を引き絞り、矢のない弓が形を変える。引き切った弓を即座に真上に向けると、アシュリーは右手を離し、弦を解放した。瞬間、弓は消滅し、彼女を囲んでいた兵士たちに電撃の矢が襲い掛かる。一人として撃ち漏らすことなく正確に、一人に対し一本の電撃の矢で射貫いていた。

 威力に関しては、言うまでもない。全員が同時に倒れ伏す。しかしながら負傷を負っているものは、いなかった。意識だけを奪い取るように調節をして放っていたのだ。

 満足のいく結果を前に、アシュリーは得意げな笑みを浮かべて股下のキャルロットを見た。


「コイツはアタシの手足同然ってわけよ」


 目の前に事実として示されている結果を前にし、キャルロットは思わず言葉を失う。今の状況をどう言い表すべきかが浮かばなかったのだ。

 絞り出せたのは、ただ一言。


「……すごいの」


 すごい、などという範疇ではない。一人ひとり、正確に意識だけをはく奪する電力の調節など、もはや神業としか言いようのない芸当だ--もっとも、全員の意識を奪えたのは単なる偶然でしかない。怪我をさせないための調節だけは、体格からおおよその目安として算出し、そこから念のために少し弱めた電撃を浴びせた結果、たまたま全員の意識を喪失させることができたのだ--。そんな真実はおくびにも出さず、アシュリーはさらに鼻を高くする。


「味方で良かったな」

「まったくなの……」


 実際問題として、もしもアシュリーが敵だったら、とキャルロットは考えを巡らせる。融合時の壁で身体を覆い隠せば、おそらく電撃による感電は起こさないだろう。だがそうなると、アシュリーは電撃を纏っての肉弾戦を取る。その際の破壊力を防ぐ術はキャルロットには無く、結果として敗北するだろうことは火を見るよりも明らかだった。

 能力の応用力の高さや、殲滅能力と対個人での圧倒的筋力。それらを持つアシュリーは、悪魔の中でも上位に位置する存在なのではないかと、キャルロットは背筋を寒くさせる。--アダチがアクターでよかったの。心の底からそう思っていた。少なからずいる『人間を憎む人間』とアシュリーが出会っていれば、その状態のアシュリーと最初の戦いをしていれば、ティアナ共々殺されていたのだから。


「さーて。暗くなる前に宿を見つけなきゃな」


 一仕事を終えたアシュリーが伸びをしながら言う。


「そんなことよりティアナを探さないとなの」

「ばーか。ダッチの状況も考えやがれ。意識はねえが、アタシが動かしてちゃ身体に疲れが溜まんだろ」

「でも……」

「もしもダッチが死んだら、アタシらは終わりだからな」


 アシュリーの言葉はもっともだった。義利を失うことは、魔人の戦力を失うことになる。アシュリー単体でも電撃を放つことはできるが、威力が大幅に低下するのだ。それでは聖人一人と戦うこともままならないだろう。つまり義利の死は、全滅も動議だった。


「……それは嫌なの」


 キャルロットの目的はティアナの救出だ。それを果たすには大きな力が無ければならない。少なくとも、聖人に囲まれても切り抜けられるだけの力が。それに該当する人物にはスミレもいたのだが、彼女は既に命を落としている。現状では、義利の力を頼りにするしかないのだ。

 だからキャルロットは、不満を口元に残しながらもアシュリーに従った。

 


 小さな村を、アシュリーはすぐに見つけることができた。魔人の脚力を以て近場の樹の頂点に立ち、そこからさらに跳び上がることで俯瞰し、発見したのだ。その発案は、もちろんアシュリーではなくキャルロットだった。「上から探した方が早いの」という言葉に、始めは意味が分からず首をかしげたが、詳細を聞き実行し、そして今は如何に入るかで頭を悩ませている。


「魔人のままじゃ騒ぎになるし、この格好じゃあ怪しまれるし……」


 度重なる戦闘、そして逃亡生活により、義利の衣服は傷だらけになっていた。肌への損傷は魔人の修復能力で再生しているため、まるで死体から漁った衣服を着ているように見える。追い剥ぎをするような人間を受け入れる者など、おそらくはいないだろう。


「荷物を全部捨てて、野盗に襲われたことにすればいいの」

「どうやって生き延びたのかって話になんだろ」

「聖人って言えばいいの」

「証拠見せろって言われたらどうすんだよ」

「その時はキャロがアダチと契約するの」


 キャルロットが平然と言ったことを、アシュリーは一笑に付した


「知らねえのか? 精霊は二人のアクターと契約できねぇんだよ」


 精霊が持てる契約は一つまで。これは天使であっても悪魔であっても等しく科せられる制約だ。魔力を得る対価、とも言い換えられる。精霊契約において、人間は対価を失い、精霊は自由を失う。とはいえ悪魔の場合は人間からも自由を奪うが、その代償として三つの命令権があるのだ。精霊契約は、残酷なまでに平等な契約である。一見不平等に思える悪魔の契約にも三つの命令権が与えられるように。

 契約の原則を知らない精霊はいない。だというのにそれを無視するかのような発言をしたキャルロットに、アシュリーは呆れ果てていた。

 彼女は未だ知らないのだ。ティアナがキャルロットとの契約を断ち切ったことを。

 伝える機会を逸していたその事実を、キャルロットは悩んだ末に打ち明けた。


「……キャロは今、誰とも契約してないの」

「…………は?」

「ティアナとの契約、破棄されちゃったの」


 せめて明るく振舞おうと無理に笑顔を作るキャルロットだったが、性質は違えど同じ精霊であるアシュリーには、それがどれほど辛いことかが分かっていた。精霊にとって、契約は唯一のアクターとの繋がりだ。浅い付き合いであるならまだしも、家族同然の仲であったティアナからの契約破棄とあれば、その精神には多大な痛みを感じているだろうと、アシュリーには分かってしまった。


「……深くは聞かねえでおく」

「ありがとうなの」


 掘り返したところで好転はしない。むしろ悪化する恐れのある繊細な問題であるために、アシュリーは話を断ち切る。心の傷を癒すよりも、ティアナ救出という目的のために身体を休めることを優先していた。


「とりあえず、それでいくぞ」


 言うとアシュリーは融合を解き、人間態となる。


「アタシはここでは基本人間態で過ごす。その方が何かと都合がいいだろ」


 アシュリーが義利と肩を組み、引きずりながら村へ近づく。キャルロットは二人の二歩ほど後ろをついていった。

 そうして村へ入るや否や、三人は村人に囲まれた。


「お前たち、何者だ……? それにその少年は……、気を失っているのか?」


 予想していた通り、村人は突然の来訪者に強い警戒をしていた。男手ばかりが集まり、逃げ道をふさぐように円形に並んでいる。

 アシュリーは警戒を解かせるために、事前に決めていた設定で話を始めた。


「野盗に襲われて……。アタシは兄貴が守ってくれたから何ともないけど、兄貴は逃げたところで気絶しちまったんだ」

「……その少年だけで、野盗を追い払ったのか?」

「兄貴は聖人なんだ」


 するとアシュリーと会話をしている男はキャルロットに気づき、目線をそちらに移した。


「人間態になれ」


 指示に従い、キャルロットは人間態になる。

 霊態の精霊を見分けることはできないが、悪魔でないことの証明は簡単だ。人間態となった際の髪色で判別ができる。暗色であれば悪魔、明色であれば天使だ。そしてキャルロットの髪色は、金。悪魔であれば成りえない色である。

 それを見て張りつめていた空気がわずかに弛緩する。が、会話をしている男だけは別なようで、彼は再びアシュリーを見た。


「なぜここに村があるとわかったんだ?」

「開けた場所じゃすぐに追いつかれると思って、森を歩いてたら偶然見つけたんだ」


 間を開けては不信感が募ると思い、アシュリーは即座にそれらしい理由を作り上げる。


「まだ子供の二人で、なぜこれほどひと気のない土地にいるんだ?」

「それは……」


 疑り深い男から想定していなかった問いを投げかけられ、アシュリーは言葉に詰まらされる。

 早く次の言葉を出さねばとアシュリーが思考を巡らせていると、そこへ一人分の足音が近づいてきた。


「まあまあ、トラストさん。言いたくない事情があるかもしれないじゃないですか」


 若い女性の声だった。トラストと呼ばれた疑り深い男は、アシュリーから目線を外して声の方を向く。


「ですが、近頃は魔人の活動が増えていますし、その手先かもしれないではないですか」

「悪魔も近くにいないことですし、休ませるくらい許してあげてもいいではありませんか」

「……マリアさんがそうおっしゃるのなら」


 アシュリーを窮地から救った女性はマリアというようだ。男の様子からして、この村での地位は高いのだろう。


「村の者が失礼しました。ようこそリーセへ。私はこの村の長の契約精霊のマリアと申します」


 ゾクリ、とアシュリーは背筋を寒くさせる。

 人間の村の長。その契約精霊ということは、まず間違いなく天使だ。そして先ほどの「悪魔も近くにいないことですし」という発言。つまりは探知を行ったということだ。だというのに悪魔であるアシュリーを庇うようなことをする。

 裏があると、そう確信するには十分すぎた。


「どうぞ、宿までご案内しますわ」


 しかし村人に囲まれている中で融合をしようとすれば、アクターである義利の身体に危害を加えられてしまう。

 にこやかに微笑むその裏で何を考えているのか。それが理解できず、ただただアシュリーはマリアに底の知れない不気味さを覚える。

 だが今は、そのあとに続くしかなかった。

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