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第三章 11

 アシュリーは洞窟内をぐるりと見回し、ティアナの姿がないことを確認すると深くため息を吐いた。


「ったぁく……。ダッチはこんなんだし、ティアナはどっか行っちまってるし。どうすんだよ、アタシら」


 白く短い髪をガシガシと掻き乱し、現状への不満を言葉にして出す。

 ラクスでの騒動があって以降、融合状態でのアシュリーの姿は随分と印象が変わっていた。地に着くほどの長い髪を靡かせる姿からは、獅子のどう猛さのようなものが見て取れたのだが、それがなくなったからか落ち着いた雰囲気すらも感じるほどだ。更に言うならば、彼女の性格面にも変化はあった。以前までのアシュリーであれば、これほどまでに追い込まれることなく、早々にティアナを切り捨てていただろう。義利の望んだこととはいえ、過労で意識を失うほどともなれば手を引いたはずだ。

 ここまでの道のりでアシュリーは数度、義利に対してティアナを見捨てるように言いはしていたが、それはただの言葉でしかない。義利が絶対にそうはしないだろうことを知っていて、その上で彼を気遣っての言葉だ。心の中ではティアナを見捨てようなどとは、欠片も思ってはいなかった。


「とにかく追うぞ」


 だから、アシュリーは当たり前のようにそう言った。

 思わぬ言葉にキャルロットは驚かされる。義利に肩入れをしているとはいえ、アシュリーは悪魔だ。聖人であるティアナを助ける義理はない。ましてや今のティアナは追われる身だ。衣食住を提供するという約束も果たせなくなったのだから、助けたところで得もない。むしろ、積極的に人へ危害を加えていなかったために名の知れていなかったアシュリーは、今回の騒動で国務兵の標的にされるやもしれぬ。損だけしか、得るものがないのだ。

 義利の指示なしでティアナの追跡をすると、迷うことなく決めたアシュリーに、キャルロットは違和感を覚えるほどだった。


「……アシュリー、助けてくれるの?」


 恐る恐る、キャルロットはアシュリーの顔色を窺うように尋ねる。今の言葉が言い間違いではないかと不安だったのだ。


「はぁ?」


 問われたアシュリーは意味が分からず眉根を寄せる。キャルロットがなぜそんなことを聞くのか、その意味を探ろうと考えを巡らせた。


「……ああ、なるほどな。確かにそうだ。アタシにはティアナを助ける理由がねぇ」

「っ……!」


 キャルロットは自ら口にした言葉を悔やむ。言わなければ何事もなく助力を得られたものを、と。

 今の余計な一言でアシュリーが気変わりをしてしまったかもしれぬ。そのことからキャルロットは、アシュリーの言葉を待った。事と次第によってはひれ伏す心積もりまである。

 しかし、キャルロットの懸念は無駄となった。

 ふっ、と小さくアシュリーは笑う。


「一緒の家に住んで、一緒のメシを食った。そんなヤツを助けるのに理由なんかいらねぇんだよ」


 アシュリーの情の深さに、途端にキャルロットは自分が卑しい存在に思えた。

 確かに出会った当初の、敵対関係の中にあったアシュリーであれば間違いなくティアナを見捨てていただろう。しかしアシュリーという悪魔は、ともすれば義利よりも厚情なのだ。言葉が粗暴だとしても、その行動が常に義利を思ってのことであったように、一般の悪魔であれば使い捨てにするだけの人間である義利のことを思いやるように……。アシュリーという悪魔は、極度なほどに仲間思いなのだ。そんなアシュリーに対して、薄情者と認識していたことをキャルロットはひどく恥じた。


「……ありがとう、なの」

「礼は全部が終わってからにしろっての」


 見方を変えれば、そんなぶっきらぼうな返事も、これ以上にキャルロットが気を使わないで済むようにと、しているように取れなくもない。--実際は単なる照れ隠しなのだが。

 話がまとまり、それぞれは荷物をまとめるために動き出した。使用した調理器具などを巨大な鞄に収め、それを融合状態のアシュリーが背負う。


「あー、みんないいかな?」


 そんな中で、一人作業をしていなかったストックが挙手をして注目を集めた。


「んだよ。移動しながらじゃダメなのか?」

「うん。移動する前に言わなきゃマズいと思う」

「何かあったのか?」

「あったっていうか……。端的に言って、どうやってティアナを追うつもりなのかなって」

「どうやっても何も、普通に追えばいいじゃねぇか」

「だから--、あーもう。じゃあ、ティアナがどこに行ったのかわかるの?」


 次第に苛立ちを露わにするアシュリーに、ストックが珍しく怒りにも似た感情を見せる。


「んなもん探知すりゃ--」


 言いかけて、ようやくアシュリーはストックの言わんとしていることを理解した。


「そうだ……。今のあいつは探知できねえ」


 精霊の探知で見つけることのできるのは、敵性精霊だけだ。アシュリーはティアナのことを聖人として認識していたために失念していたのだが、キャルロットがこの場に居るということは、ティアナを探知で見つけるのは不可能であることを意味する。

 無計画に散策をしたところで、辺りにいる聖人を不用意に引き寄せることになるだろう。


「だから、ボクに考えがある」


 そう言ってストックは、あくまで一つの計画を口にした。


「まず、二手に分かれよう。組み分けは、戦力的に考えてボクとトワ、アシュリーとキャルロットがいいかな」

「え。嫌。アダチさんと一緒がいい」


 話に割り込まれたことで、ストックは不機嫌さを増す。


「それだと意味がないんだ。悪魔を二手に分けることで、追手の混乱を誘うのも目的なんだから」

「……まあ、いいわ。横やりをいれてごめんなさい。続けて」


 不承不承、といった具合に言うトワに、ストックは不満を口にするのではなく目で表し、すぐに話に戻った。


「ティアナがいない間に襲われたんだから、相手もティアナの不在を知らないはずだ。つまり、連れ去られた可能性は低い」


 ストックの発言には十分な説得力がある。

 集団で連携を組み、その中で交代交代に襲い掛かってきたのだ。ティアナを捕獲したとなれば、その情報はすぐに広がり、わざわざ危険を犯してまで義利たちを襲う理由は無くなる。そこへ二人の兵士が来たのだから、伝達が間に合っていなかった場合を除けば、ティアナが浚われた可能性はないと言えるだろう。

 そのため、二手に分かれてティアナを探すことで情報のかく乱と、捜索の効率化を行える。


「次に、ティアナの行きそうな場所を目指すこと。たぶんだけど、故郷かラクスのどちらかだと、ボクは思う。他に意見がなければそこを目指してさっそく行こう。いいかい?」


 反論など、あるはずもなかった。ストックの話を聞いていたアシュリーとトワ、そしてキャルロットは、互いに一度目を合わせると、首を縦に振って答える。


「それじゃ、トワ。ボクのこと、よろしくね」

「……まあ、いいけど」

「アシュリー。よろしくなの」

「あー、はいはい」


 こうして、ストックの計画通りに事は進みだした。

 もしも義利に意識があれば、あるいは別の策を提案した可能性もある。だがこの場においてストックの策以上を思いつける可能性があるトワは、彼の策から、本来の目的であるティアナの救出以外の、別の意図を感じていたために、あえてそれに乗っていた。そうなるだろうことを予測して、義利の意識の戻らぬ内にストックは話を進めたのだ。

 未来を見る能力。今は使うことができないが、この時点をストックは、随分と前に見ている。そしてスミレの言葉の通りに、スミレの望む未来へと向かっているのだった。


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