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協力~交わされる歪な協定~

「助けにいかないの?」


 キャルロットは逃走を始めようとした自身の契約者に声をかけた。


 岩をまとったフレアは、義利の胴を手中に収めたまま動きを止めている。

 傍目にも決着がついていることは明らかだった。


 握りつぶすことも、そのまま熱でじわじわと焦がすのも、体内に流れる溶岩で一気に溶かすも思いのままなのだ。

 逃げようにもまずは掴まれている部分を破壊せねばならず、それを行えばやはり溶岩が溢れてくる。


 状況を覆せるとすれば、それは第三者の介入があった時のみだ。


「アダチたち。キャロは別にどうでもいいの。でもティアナはそれで後悔はしないの?」


 キャルロットにとっての義利とアシュリーは、少し珍しい悪魔とその契約者でしかない。

 契約者のために人を殺すことを躊躇う悪魔と、悪魔を相手に礼節を説く人間。


 だがそんなものはどうでもよいのだ。

 キャルロット義利が死んだとしても心を痛めたりはしない。

 彼女が今、誰かを思い心を患うとすれば、それはティアナだけだ。


「私は……」


 魔人が死んでも気にしない。

 そう言おうとした口を閉ざす。


 嘘でしかなかった。


 ティアナは義利に死んで欲しくないと思っている。

 彼が死んでも泣きはしないだろう。

 だが確実に、助けられなかったことを後悔する。


 何も知らずに契約を交わしてしまった異邦人の少年を救えなかったことを、この先何度も思い出すことになるのだろう。


 そんなティアナを見れば、キャルロットは心を痛めることになる。

 だからこその問いかけだ。


「でも、今の私たちには何もできないじゃない……!」

「あの手から逃がすことぐらいならできるのー」


 ティアナは少ない情報から、キャルロットが何を言おうとしているのかを考えた。


 身体能力で現状を変えることはまず無理だ。

 平均よりもかなり上位に位置するティアナの身体能力を以てしても、あの鎧に傷ひとつすら付けることはできないだろう。

 いくらアシュリーにたやすく砕けるものだとしても、それと同等の破損を与えるには遠く及ばない。


 聖人化することも、今のところは無理と断定してもいい。払うべき対価がないのだから。


 ではキャルロットが何かをするのだろうか。

 対価のないまま不可視の壁を生み出す能力を使うことはできない。

 そんなことができるとすればそれは悪魔だ。


 キャルロットのみで使えるそれは、聖人のものとは異なるもので、物質の固定。


 整理の付かない頭でどれだけ考えようとも、今のティアナではキャロの思惑にたどり着くことはできそうになかった。


「……教えて――」


 物質の固定で何ができるのだろう。

 そしてどうすればいいのだろう。

 何もできない、というのがティアナの結論だった。


 いっそ冗談だと言われた方が納得ができる状況だが、そうではないとキャルロットの表情が主張をしている。


 導き出せない答えを求め、ティアナは問う。


「――私は、どうすればいい?」


 するとキャルロットは優しげな笑顔を浮かべて返した。


「何をしたいのかをキャロに言うだけでいいのー。キャロはそれを全力で手助けするだけなのー」


 その言葉に、ティアナは闘志を宿した瞳で意志を伝えた。



『うあああっ……、うあっ……、あぁ……』


 魔人化した義利の胴体を掴んでいる手が圧迫と弛緩を繰り返す。

 その度に肋骨が砕かれては再生し、その度にまた砕かれた。


――これはマズい。


 悲鳴から徐々に生気が薄れて行くのを感じとり、アシュリーは義利へ伝わっていた痛みを遮断する。


 アシュリーにとって、状況は最悪以外の何物でもなかった。

 拘束を解こうと力を込めれば、溶岩の鎧は簡単に破壊できる。

 しかしその割れ目から出てくる溶岩によって胴体を分断され、その傷を修復している間に再び捕まってしまうのだ。


「ねえ、いたぶられる側のキモチはどう?」


 岩の仮面の向こうからフレアが言い、それと同時に義利の身体がギリギリと圧迫される。


 まず両の腕が折れ、肋が折れ、折れた骨が内蔵に傷を付け、吐血をする。


 フレアの腕に付着した血液は蒸発音を出すと、水分を失いただの染みとなった。


 そこで圧力が緩められ、肉体の修復が始まる。

 損傷した各臓器から始まり、それが終わってから腕と肋骨が元の形に戻った。

 体外に溢れた血液は魔力によって生成される。


『……アシュリー、魔人化したまま僕に体を返してくれないかな』


 乱れた呼吸を整えつつ義利は言う。

 そこに強い意志を宿しながら。


 この状況下で痛覚の遮断を願うのではなく、むしろ前面に出ると、彼はいっているのだ。


「ねぇ、教えてよ」


 そうして再び圧迫が始まる。

 骨折の音、岩の擦れる音、吐血の音、血液の沸騰する音。

 それらが止み修復が終わった瞬間に、アシュリーは声を出した。


「痛みはアタシに任せな。どーせアタシじゃ何も思いつかねぇから、しばらくは好きにすればいい」


 それは義利に向けられた言葉だ。

 だがフレアはそんなことを予想もできなかった。

 まさか、悪魔が人間に肉体を明け渡すなどとは。


「あなた、何を――」

「ありがとう」


 フレアの言葉を義利が遮る。

 その直後に、彼は舌を噛みちぎった。


「あらら、とうとうイカれちゃったのかしら?」


 唾液と血液の混ざり合ったものを、義利はフレアの手に垂れ流す。

 伝った液体はすぐに水気を失う。舌の再生は血を吐き切ったころには完了した。


 義利は、再生をする度に舌を噛み千切るのを続けた。

 吐き出される液体は徐々に広がってゆき、そしてフレアの手首のあたりから地面に滴る。


「何がしたいのか分からないのだけれど、死にたいのならそう言ってよ」


 そして胴体が強く握られる。

 吐血の量が更に増え、その全てがフレアの手にかかった。


――そろそろか。


 義利は頃合を見計らって、フレアの手の甲側に体重を思い切り傾けた。


 そんな抵抗はアシュリーが既に試している。

 その際の結果は、言うまでもなく失敗だ。


 指を破壊したことにより拘束を逃れること自体はできたが、溶岩に巻かれ、その損傷が移動可能になるまで修復している間に、再び捕獲されてしまった。


「無駄なことを……」


 その経験から、フレアは義利の行動を嘲笑った。


 だが――。


 ゴギャッ――‼


 という破壊音と共に亀裂が入ったのは、手首だった。


「アシュリー、あとは頼んだ!」


 義利が吐き出し続けた血液は、親指の付け根辺りにかかったあとに蒸発を開始するが、徐々にその範囲を広げ、手首の辺りを濡らし続けた。

 その結果、繰り返される加熱と冷却によって脆くなり、亀裂が入ったのだ。

 親指側ではなく、その反対に体重をかけたのはそのためだ。


 手首と同じく脆くなっているそちらに体重をかけては先にそこが破壊されてしまう。


 彼の作戦においては、手首を壊さなければ意味がないのだ。


 鎧の手が地に落ちる。

 接合していた場所から溶岩が溢れるが、今まで拘束の役割を果たしていた岩石の鎧が今度は盾として機能した。

 その上、中に通っていた溶岩も切断面から流れ出て、今はカラになっている。


「オモシレーなぁ、ダッチ! 最高だよ!」


 アシュリーが叫ぶ。

 中途半端ではあるが溶解したフレアの手は容易に破壊でき、拘束を逃れたアシュリーは、鎧の残骸を担ぎ上げると、そのまま叩きつけた。


 衝撃で体勢を崩したフレアは、もう一方の手をアシュリーに伸ばす。

 その手に掴まれる前に、アシュリーは全力でその場から離れた。



「アシュリー!」


 フレアから逃走したアシュリーは、その声を受けて歩みを止めた。

 全身を黒で統一した衣装のその人物は、ティアナだ。


「よお、探してたぜ」


 目的の人物の方から声をかけられたことには驚いたが、それを顔には出さずに本題に入った。


「あの悪魔を倒したいなら力を貸してやるよ」


 それがアシュリーにできる最大限の譲歩だった。

 それ以上下手に出るのは癪だったのだ。


「……四人でお話したいのだけれど、いいかしら」


 アシュリーとだけでは交渉が円滑に進まないと考え、ティアナはそう言った。


 アシュリーも自身の性格を、そしてティアナの言葉の意味を理解している。

 そのため多少の躊躇いを見せつつも魔人化を解いた。


 その上、一応の礼儀として人間態をティアナに見せる。

 ただし、服装は義利と初めて会った時と同じく下着同然の姿であった。


 その格好にティアナは思うところがあったが、今は気にしている場合ではない。


「フレアを倒すために協力し合いましょう」

「うん。僕たちもそう思っていたんだ」


 ティアナの言葉に義利が答える。


「ただし、条件がある」


 義利とティアナのみで進められると思われた交渉に、アシュリーが口をはさんだ。


「ある程度なら受けるけど」


 今までの――短いやり取りではあるが――経験から、それほど異常な条件を提示されるとは考えていない。

 僅かではあるが心を許しているのだ。


「フレアを倒したあとにアタシらに危害を加えるな。それだけでいい」


 予想通り、義利のための条件であった。


「元々私たちじゃあ、あなたたちには敵わないのだからその条件は不要じゃない?」


 ティアナの問にアシュリーは首を横に振る。


「アタシらの場合、一日中融合してるってこたぁまずないし、それに、もしアタシが寝てる間にダッチを殺されちまえばそれで終いだからな。これが飲めねぇってんならアタシは一切協力しねー」


 睨みつけるような目つきでアシュリーは言った。

 この一線だけは譲れないと念を押すように。


「……わかった。その条件を飲むわ」

「あ、もう一個」


 まとまりかけたところに、今度は義利が横槍を入れる。


「僕らの当面のあいだの衣食住を確保して欲しいんだ」


 この条件には、義利以外の三人が眉をひそめた。


「なんでそんな条件を?」


 そしてアシュリーがその理由を問うた。


「僕ら無一文じゃないか。野宿するにしてもずっとって訳にはいかないし」


 ラクスの治安は悪くはない。

 しかし流石に子供が二人だけでいて襲われないという保証はない。

 加えて無一文であるならば食事もまともに摂れず飢えてしまうだろう。


「当面って……、いつまでなのかしら?」


 まさか一生養え、などというのではないだろうと思いつつも、さすがに確認しないわけにはいかなかった。


「とりあえず職が見つかるまではお願いしたいんだけど……」

「未定、ってわけね」


 ティアナはしばし黙考する。

 ラクスでの職探し。それ自体は決して難しくない。

 商店や酒場の従業員にならば、すぐにでもなれるだろう。


 だがそれはラクスの住人ならばの話だ。


 別の世界から来た住所不定無職の未成年ともなると、雇う側としては好ましくない。

 売り上げ金の持ち逃げの可能性を考えてしまうだろうし、なにより意思疎通に滞りが生まれるからだ。


 就職までの援助は、もしかしたら一生の援助になってしまうかもしれない。


「その条件を受けるための条件を言わせてもらってもいいかしら……」


 条件のための条件、などと話をややこしくさせる事だと承知の上で彼女は言った。


「どうぞ」


 まあ、そうなるよなぁ。義利はそう思いながら話を聞く。


「今度の国務兵採用試験を受けること。別に落ちてもいいわ。それだけ」

「それは僕でも受けられるの?」

「ええ。難民でも受けられるし、あなたでも問題ないはずよ」

「あと、筆記試験があったりすると、僕はこっちの字を読めないんだけど」

「問題ないわ。全部実力を試すものだから」

「それはそれで厳しい気がするけど……。わかった。その試験を受ければいいんだね」


 落ちてもいいのならば受けてやるか。そんな軽い気持ちで義利は了承した。

 こういった流されやすい性格は彼の悪いところだが、他者を信用することができると考えれば美点でもある。


 話がまとまったと判断したアシュリーは、手のひらに拳を打ち、音を立てて仕切り直しをした。


「んじゃあ、サクッとフレアをぶっ殺しに行こうぜ」

「……その前に、あなたたち、何か甘いものを持ってない?」


 場にそぐわないティアナの発言に、アシュリーは思わず転げそうになった。


「こんな時にオヤツの時間ってか?」

「いいえ、そうじゃないの。キャロの対価なのよ……」


 そんな彼女の発言、そして彼女たちの状態からアシュリーは分析する。


「テメェ……、まさか対価切れしてんのか?!」


 胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで、ティアナに詰め寄る。


「仕方ないでしょう、あなたたちを相手に使いすぎたのよ!」


 幾重にも張り巡らせた不可視の壁を、アシュリーは打ち砕いているのだ。

 その時に能力を使いすぎたために、対価が必要となってしまった。


 それを言われてしまい、アシュリーは強く出られず押し黙る。


「甘いものって、アメでもいいのかな?」

「もってるのー?」


 にらみ合う二人をよそに、義利はキャルロットに声をかけた。


「二個だけど。はい」


 義利から渡された包みを見て、キャルロットは首をひねる。


「どうやって開けるの?」


 こっちにはこういうのは無いのか、と呟きながら、ポケットからもう一つを取り出し、両端につけられているギザギザの部分から包みをちぎった。


「こうするんだよ」


 義利から開封されたアメを受け取り、口に含む。


 キャルロットの対価は甘いもの。


 だが、単に甘ければそれで良いわけではない。

 何かしら手を加えてなければならないのだ。

 例えば砂糖や蜂蜜、果物では対価として機能しない。


 その点を、義利の持っていたアメはクリアしていた。


「甘くておいしいのー!」

「対価ってそれで大丈夫かな?」

「うーん……、フレアと戦うならコレじゃたりないのー……」


 申し訳なさそうにキャルロットはうなだれる。


「バッグがあればなぁ……」


 義利の呟きでキャルロットは思い出した。


「それってもしかして、空色のツルツルしてるバッグなの?」

「どこかで見た?」

「はいなのー。でも甘そうなものはなかったのー」

「あー、確かに初めて見てアレが甘いものには見えないよなー……」


 一人で納得する義利をよそに、キャルロットはアシュリーといがみ合うティアナの元に向かっていった。


「だいたい恩知らずよね、あなたって。キャロのおかげでフレアから逃げられたっていうのに」

「何言ってんだ? ありゃダッチのオカゲだっつーの」

「キャロの物質固定をフレアの親指の付け根に使ってたのよ。物を一定の状態のまま保つ能力。それがなければ、手首より先に指が壊れてたんじゃないかしら?」

「ほー、そいつぁどーも。だからって、それじゃアイツは倒せねーじゃん」


 ずいぶんと仲良しなの、と思いながら、キャルロットはティアナの背中をつついて自身の存在をアピールする。


「あら、どうかしたの?」


 アシュリーに向けるものとは違う声音で、ティアナはキャルロットに向き合う。


「あのバッグ、アダチのだったのー」


 とっさにはそれが何のことなのか判断がつかず、ティアナは考えさせられたが、すぐに思い至る。


「ああ、あれね。あとで拾いに行きましょう」


 キャルロットはふるふると首を横に振った。


「すぐ行くのー。甘いのが入ってるらしいのー」


 事情を知って頷く。

 そもそも、こうしている間にもフレアが迫っているかもしれないのだ。

 忘れていたわけではないが、勝利に近づいたことによる安心感から油断が生じていたことは否めない。

 ティアナは一転、真剣な表情を浮かべた。


「まずはアダチさんのバッグを拾いに行って、それからフレアと戦いに行きましょう」


 フレアを相手にまともに戦うにはティアナの聖人化が必要だった。

 そのためにはキャルロットへの対価、つまりは甘い物の回収を最優先させなければならない。

 そのことは義利、及びアシュリーも納得している。


 出来うる限り迅速に義利のバッグを回収、その後はフレアとの戦闘を開始する。

 作戦らしい作戦などそこには存在しない。

 ただフレアを倒すという共通の目的を達成するだけだ。


 こうしてガイア史上初めて結成された、魔人と聖人のチームは動き出した。

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