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第三章 03

 プラン・フォーレスは、基本的に事なかれ主義を取る。上司から嫌な指示を出されても、その後の自分に降りかかるだろう面倒事を避けるために、あるいは反論することを好まない彼女の性格がそうさせているのだろう。自身の生命の危機を感じる場面では異なるが、それ以外ではプランの行動は空気と大差ない。ただ流されるだけの、何の影響力もない存在。それがプラン・フォーレスという人物であると、本人も含めて誰もがそう思っていた。

 しかし。


「納得できません!!」


 それは半月前の彼女だ。今は、違う。

 足立義利という運命に弄ばれているかのような人生を送る少年との出会いが、ティアナ・ダンデリオンという不幸に抗う少女との出会いが、プランを変えた。

 ひとりの人間を変え、動かした。


「……これで何度目ですか、フォーレス?」


 急造された国務兵の屯所の奥、半壊したラクスの復興を目的として編成された仮の部隊の、現時点での隊長であるマナ・ジャッジマンに対し、プランは噛み付く勢いで詰め寄っている。要件は、その手に握られている手配書に関するものだ。


「なぜダンデリオン指長がこのような扱いを受けるのですか!」


 手配書にはティアナの肖像画と、罪の内容、それに加えて報奨金と獲得条件が記載されている。


「……何度も言っているように、彼女が魔人を手引きしたからですよ」


 罪の内容は、それだった。ほんの少し前に起きた魔人による強襲により、ラクスは崩壊の危機に見舞われた。そして今もなお、その危機は去ってなどいない。魔人との戦闘により、街を覆う魔除けの結界は効果を無くしてしまっている。今のラクスは、魔人どころか魔獣の侵入を妨げることすらできはしない。

 その元凶として、ティアナの名前が公表されているのだ。


「そんなことはしていません!」

「ええ。あなたの言葉が嘘ではないことは、嫌というほどわかりますよ」


 マナ・ジャッジマンは基本的に常に聖人の状態でいる。そのためにプランの言葉に嘘がないことは分かっていた。


「だったら……!!」

「ですが、彼女は魔人と何らかの関わりがある。そうでしょう?」

「そんなことは……」


 マナからの問いにプランは言い淀む。それを受けて、マナは肩をすくめた。


「やはり、こういう言い方をすると嘘を吐くじゃないですか。あなたが包み隠さず全てを話してくれれば、この手配書を取り下げられるかもしれないんですよ?」

「それは……」


 それは、できないのだ。確かに魔人とティアナの間には浅からぬ縁がある。しかし今回の魔人の襲撃とは一切関係がない。だがそれを話すということは、魔人・足立義利の身を差し出すことになってしまう。それだけは、できなかった。

 苦悩の末に涙目となったプランを見て、マナは罪悪感を覚えさせられる。まるで弱い者いじめをしているような気分だった。


「……手配書、生け捕りのみとされていますよね。あくまで容疑だから、そうなっているんです」


 真金貨五枚という懸賞金を受け取るための条件は、生きた状態でティアナを引き渡すこととされている。重要な情報を握っている可能性のある人物を指名手配する際にはそうされるのだ。

 それがあれば、命を奪われることはまずない。

 プランを落ち着かせようと伝えた情報だったが、マナが期待していた作用とは真逆の効果を発揮する。


「ですが、抵抗を防ぐために手足を切り落として連行する賞金稼ぎだっています!」


 生け捕りは、無傷である必要はないのだ。あくまで生きていさえすればいい。四肢を削ぎ落としていようとも、感覚器官を奪っていようとも、慰みものになっていようとも、関係ないのだ。


「……出頭して頂ければ、そのようなことにはなりませんよ」

「もしも出頭したら、拷問にでもかけるつもりなのでしょう」

「まぁ、場合によってはそうなりますね」


 場合によって。証言の中に嘘があった場合を指している。それは、確実に起こることだ。ティアナとて、自分の身の可愛さに義利を差し出すようなことはしないだろう。そうなれば、義利の悪魔であるアシュリーが黙ってはいないからだ。加えて義利は、魔人でありながら人類の味方だ。兵士としての強い志があるからこそ、ティアナは口を閉ざすだろう。そういう性格であることをプランは知っている。


「……ダンデリオン指長は決して、今回ラクスを襲撃した魔人との関わりはありません」

「ええ。それが真実であることは心得ています」

「お願いですから、手配書を取り下げてください……。そのためなら、私に出来ることは何でもしますから……」

「……なぜ、たかだか半月程度の付き合いの相手にそこまでできるのか、私は理解に苦しみますね」


 そうだ。プランとティアナの付き合いは、たかだか半月でしかない。たったそれだけの期間だ。意気投合していたとしても、自身を差し出せるほどに親しくなれる長さではない。

 しかしそれはあくまで一般論だ。プランにとってのこの半月は、彼女の価値観を一変させるほどに密度の濃いものだった。その中で築いた絆は、一般論で語れるものではない。

 そして、プランの行動にはもう一つの理由がある。


「おそらくですが、私たちは今、歴史に残る出来事の只中にいます。こうしている間にも、刻一刻と事態は進んでいるんです! 容疑の濃い人物を指名手配していることは、あなた方にとってはなんて事のないありきたりな出来事かもしれません。けど、その選択が人類全体に与える影響は途方もないものだと、理解してください」


 人類に味方をする魔人など、今まで一度も現れはしなかった。そしてこれからも、ありはしないだろう。

 プランの言葉は決して大げさなものではない。義利とアシュリーの存在は、間違いなく人類の今後に大きく関わることとなる。その確信が、彼女にはあった。


「……少し、検討しましょう」


 プランの本気は、五感から情報を読み取るマナには嫌というほど伝わっていた。


「よいお返事を期待しております」


 出来ることは、言えることはそれで全てだ。プランは強い意志を持った目でマナを見つめ、それから部屋を出た。

 ティアナたちに危機が及んでいないかという不安から来る焦りは、プランの中で苛立ちに変わりつつある。全てを包み隠さず話すことが、今の世情ではできない。それがもどかしかった。悪魔と魔人が全て敵としてしか見られない間は、義利の存在をひた隠しにするしかないのだ。もっと目立つ形で義利の活躍があれば、それは変わるのだろう。今回の事件では、発端でラクス内にいた国務兵の大半が命を落としていたために、義利のことはそれほど広く知れ渡らなかった。しかし市民の中には確実に彼によって救われた者がいるのだ。その者たちの声が伝播すればあるいは。


「……おい、アンタ」


 そんな風に考えを巡らせているプランに声はかけられた。

 思考を中断し後ろを振り向いた彼女の目に映ったのは、見知らぬ少年だった。

 銀ではなく、燻んだ白といった風合いの色をした髪と、服の上からでもわかる鍛え抜かれた身体が特徴の少年だった。

 睨むような目で見られているために、プランはわずかに警戒を示す。


「……なんでしょうか?」

「ティアナ・ダンデリオンの部下だったそうだな」

「ええ」


 見知らぬ少年から聞きなれた名前を出され、プランはさらに警戒を強める。そして次いで出た質問により、その警戒は敵意へと変化した。

 

「電撃を操る魔人を知ってるか?」


 一瞬で全身の血管が収縮する。プランの肉体が、本人の意思とは関係なく戦闘態勢を整えていた。

 今この時に電撃を操る魔人の話題を出すということは、それはまず義利のことを指している。そして、この場所だ。マナのいる部屋からはそう離れていないこの場所で、この声かけ。それも見知らぬ他人からのものであったため、プランの心はひどく揺すられている。そこからくる変化は、確実にマナにも届いているはずだ。

 この少年は、マナの差し金だ。彼女がそう判断するには十分な材料があった。

 プランは後悔させられる。マナのことを甘く見すぎていた。あれだけの問答の後であれば、気が抜けても当然だろう。その隙に付け込まれたのだ。


「……いえ。存じ上げません」


 せめてもの抵抗として、プランは嘘を吐いた。それで何かが変わるわけではないが、マナの策略に屈することを良しとしなかったのだ。


「……そうか」


 少年は最後にもう一度、先ほどよりも強くプランのことを睨みつけると、踵を返して去って行った。

 そしてプランは隊舎へと向かい、憤りから足音を荒くして歩き出した。



「ダメだ。ここにアイツの味方はいないらしい」


 プランと別れた少年――、アル・ブロウは、そこでの内容をナイト・クロセイに伝えた。


「そっかー。ティアナさんの部下だって言うから、てっきりヨシトシとも面識があると思ったんだけどなー」


 彼ら二人は、義利が魔人であることを知っている。知っていて、それでもなお彼らは義利のことを仲間だと思っていた。共に死線をくぐり抜けた、戦友だと。

 しかし国務兵であるティアナとともに行動し、そして魔人と敵対していた彼のことを、国務兵の中枢である統括司令部では討滅対象として扱っていた。そこから彼らは、義利はティアナによって存在を秘匿とされていることを読み取り、報告の場では義利のことを一切匂わせないようにした。

 そしてつい今しがた、どうにか義利の所在を知ろうと、ティアナの部下であるプランと接触をしたのだが、その結果として彼らはプランから敵意を向けられることとなった。

 もしも魔人としての特徴ではなく、人間としての特徴を、あるいは直接義利の名を出していたのなら、プランの反応も異なったものだっただろう。


「知らないと。しかも、その時のアイツ、よくわからんが悔しそうな顔をしてたぞ」

「悔しそう……?」

「ああ。いったい何が悔しいんだかな」


 ナイトはアルからの言葉でしかプランの言動を把握できていない。そもそも、面倒だからという理由でナイトはプランとの対面を避けたのだが、それによってここでもまた誤解が生まれることとなる。


「……もしかしたら、ヨシトシと敵対関係にあるのかもね。それで、名前を聞いて、負けた時のことを思い出したとか」


 伝聞による情報の不足から、ナイトの推理は的外れなものとなっていた。

 アルはプランとの会話を、ナイトに伝えてはいる。しかし彼の性格上、箇条書きにした文を読み上げるかのような報告になってしまっていた。もしもナイトが直接プランに話しかけていたのなら、別の可能性を見出すこともできただろう。


「……なるほど。つまりアイツは」

「僕たちの敵でもある」


 二人は意志の統一をする。義利の存在は、彼らにとって小さいものではない。彼らもまた、プランと同様に義利の価値を高く評価していた。そんな彼を守るためにも、二人は動いている。


「もしも詮索をされてもボロを出すなよ?」

「そっちこそ」


 彼ら二人は現在、国務兵により拘束されている。

 あの惨状の中で、戦闘に参加しながらも生き残っている貴重な存在であるために、知り得た情報の全てを話すまでは解放されることはない。二人は、義利に関する事以外は全てを開示したが、事件から二日が経った今も、こうして拘束されている。尋問の合間を縫って、どうにかプランとの接触を図ったのだが、義利の味方を見つけるという目的が達成されることはなかった。

 この尋問は、彼らの態度が変わらなければ、やがて痛みを伴うものになるだろう。


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