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衝突~魔人対魔人~

「なんで……」


 ティアナは人間を捨てた部下に憐れみの表情を向けた。

 少なくとも彼女は、ガルドを友人のように思っていたのだ。

 同じ志を持つ数少ない存在であり、年齢もそれほど離れているわけでもなく、親しみやすい性格であった。


 だが今は違う。


 彼はティアナを、そして自分自身を裏切っている。

 いつからそうなっていたのかは分からない。

 だがティアナの知るガルドはこの世からいなくなってしまったのだ。

 そこにいるのはガルドでも。国務兵でも。人間ですらない。


 魔人だ。


 ティアナは迷いを捨てる。そして覚悟を決めた。


「……殺す」


 それをつぶやく。心に決めた思いを。

 しかし決意とは裏腹に、ティアナは聖人から人間へと戻ってしまった。

 瞳から放たれていた輝きが消え、色も鳶色に戻っている。


「キャロ?! なんで!」


 声を荒げるティアナに対し、キャルロットは申し訳なさそうに項垂れた。


「対価が、足りないの……」


 聖人が聖人たるには必要不可欠なソレ。

 先ほどの見えない壁を最後に、事前に支払った対価を消費しきってしまったのだ。

 そのため融合状態ですらいられなくなってしまった。


 魔人ほどではないにしろ、多少は向上していた身体能力が人間レベルに引き戻される。

 それは最悪ともいえる現象だ。


 今は炎の雨の範囲外にいるからいい。

 だが、もしもフレアがその範囲を広げるか、もしくは移動させたのなら、ティアナとキャルロットはなすすべもなく焼かれてしまう。


 こういった状況に陥らないよう、普段から対価を持ち歩いているティアナであったが、それも含めた全てを義利と会話をする交換条件で捨ててしまっている(正確にはアシュリーに放り投げられている)のだ。


 どこにやってしまったか、懸命に記憶を探るが、動揺していたときのことを正確に思い出せるはずもなく。


「ここは逃げましょう……」


 泣く泣く逃走という道を選んだ。


「ごめんなさいなの……」


 今にも泣きそうなキャルロットを背負い、駆け出す。

 小児と変わらぬ体格のキャルロットでは、戦場での行動には向かないのだ。

 霊態での移動も、魔人同士が戦闘を繰り広げているここではむしろ危険が高い。


 ティアナは悔しさのあまり出血する程強く唇を噛んだ。


 すぐそこに二体もの魔人がいるのに逃げることしかできないことが、ガルドの弔いをしてやることもできないことが悔しかったのだ。

 そしてなにより、この状況を作り出したのがすべて自分のせいであると、悔やんでいた。


 もしも最初の時点でフレアを討滅できていれば、部下を失うなどという事態にはなっていなかったはずだ。

 自責の念に駆られ、押しつぶされそうになる。


「ごめんなさいなの……」


 背後で涙声を発するキャルロットも、自身の不甲斐なさを痛感していた。



 突然の襲撃に、アシュリーは喜び勇んで戦闘を開始した。


 ティアナの動向から位置を特定し、地面を蹴る。

 予測はあたり、そこにはティアナと同じ服装の者が立っていた。


 発見し、様子見として軽いジャブを放つ。

 その時に何かを砕いたような感覚があったが、彼女はそれを気にもとめない。


 一撃目は視界の悪さが影響して掠めるだけに終わった。そのためすぐに次の手を打つ。

 拳は襲撃者に的中するが、当たっただけで損傷を与えられた手応えは得られなかった。


 そのことにアシュリーは歓喜する。


 ティアナの時は一撃目に不可解な感触を受け、二手目で力量を測り終えたために、三手目は寸止めにした。

 しかしこの相手にそれは必要なさそうだと、直感で悟ると叫んだ。


「アハッ! やぁっとまともに戦えるっ!!」


 殺さず、致命傷を与えず。

 そんな戦闘もどきにアシュリーは少なからぬ不満を抱いていたのだ。


――せっかくの肉体を全力で動かしたい。


 その欲求がついに満たされる機会を得たのだから、鼓動が高まるのを抑えられる訳がなかった。


 振り抜いた拳を開き、襲撃者の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 そのまま額を突き出して頭突きを当てると、今度は顔を覆っている布に手を掛けて投げ飛ばした。

 それらの動作をひと呼吸のあいだに済ませて、相手の反応を覗う。

 あれだけの攻撃を受けたなら、たとえ聖人だとしてもしばらくは動けないはずだ。


 この時点ではまだ、アシュリーは襲撃者を聖人だと思っていた。

 ティアナが呼び寄せたような状況なのだからそれもやむなしだが、それでも少しは疑うべきだった。

 そして今の一瞬で速やかに息の根を止めるべきだった。


――ゴウッ!! 


 熱気とともに土煙が巻き上げられる。

 視界が晴れ、ようやくアシュリーは敵を目視で捉えた。

 そしてそこに魔人としての特徴を見つけ、口角を更に釣り上げる。


「魔人か……。いいぜぇ、楽しませてくれよッ!」


 再び拳を構えて放つ。しかしそれが炎の魔人に届くことはなかった。


 実際には当たっているのだが、触れた先から炭化し、崩れてしまったのだ。

 そのためアシュリーは手応えを感じられなかった。


「ッ?!」


 さすがのアシュリーもこれには動揺して距離を取った。

 もしもあと少し深く踏み込んでいたら、どれだけの重傷を負わされていたのかは想像に難くない。


 相手の周囲数センチの範囲だけが異様なまでの熱を持っているのだろう。

 炭化した箇所より手前は焼け爛れてすらいない。


 今、炎の魔人には触れることもできない状態だ。

 戦闘どころの話ではない。


「ヒキョーだぞこんにゃろうッ!」


 八つ当たりするように喚く。

 不意打ちを決めておいて卑怯だなんてどの口が言えたものかと義利は若干呆れたが、確かに反則的な戦い方ではあるので内心に留めた。


 高熱を操る魔人が自身の炎に身を焼かれることなどない。

 つまりアシュリーからの攻撃は全て封じられ、逆に炎の魔人はその行動のすべてが攻撃に変わるのだ。


「あら? あらあら? 何が卑怯なのかしら? 私は文字通り、命を燃やしているだけなのに」


 悪魔との契約、その対価は命。


 炎の魔人は契約者の命を消費し、あれだけの熱量を得ているのだ。

 確かに命を燃やしている。


 うまいことを言うじゃないか、と思うと同時に義利は、女言葉で喋る男の魔人に気持ち悪さを感じていた。

 もしや自分もあんな風に見えているのだろうかと不安に駆られる。


「アタシを前に洒落込むたぁ、いい度胸じゃねえか!」


 しかしすぐにアシュリーの荒々しい口調を聞き安心する。一人称以外に違和感はなかった。


 そんな風に、義利が余計なことを考えている間も、アシュリーは終始笑顔を浮かべていた。

 まるで新しい玩具を与えられた子どものような笑顔だ。


 ただし、少々悪人寄りの。


 アシュリーは手始めに小石を拾い集めると、それらをまとめて投げつけた。

 適度に拡散した小石が、魔人の身体のいたるところに命中する。


 もちろん石も熱によって溶かされてしまうのだが、完全に燃え尽きるよりも早く魔人に到達する速度でアシュリーが放っているのだ。


 魔人は顔面に向かってきた幾つかを手で防ぐだけで、他は一切気に留めず。

 命中した小石は一つ残らず溶解し、外れた小石は樹木を削り、あるいは貫通した。


 一見、なんの成果もないように取れるが、しかし魔人は顔面に向かってきた石だけは手で防いでいる。

 他は避けなかったのに、だ。


 アシュリーは小石を拾うと、今度は一つずつ、顔面を狙って投げた。

 それを炎の魔人はすべて防ぐ。


「ちょっと、やめてよ。あなたと戦う気なんてないんだから」


 未だに続く投石を鬱陶しそうに弾きながら魔人は言った。


「知ってるっつーの」


 それに対してアシュリーはあっさりとした言葉を返す。

 もちろん、投射の手は休めずに。


「だったらやめてよ。攻撃されたら反撃しないとなんだから」

「アタシは戦いたくてウズウズしてんだよ!」


 投石による攻撃では一向にダメージを与えられそうもないために、アシュリーは一度土をすくい上げて、それを投げた。


 散弾のように拡散しながら迫るそれは、さすがの火力でも防ぎ切ることはできなかったようで、魔人は目を固く閉ざす。

 首から下に当たった土は今までと同じく蒸発しているが、顔面に付着した土は、そのまま残っていた。


「そんなに戦いたいなら、あっちに行っちゃった聖人と戦いなさいな」

「あんなザコじゃつまんねー」


 アシュリーの求めているのは一方的な虐殺ではない。

 それこそ身を焦がすほどに熱い戦いを望んでいるのだ。


 そもそも殺害は自ら禁じている。

 あくまで彼女が欲しているのは戦いだけなのだ。


 そのためにはティアナでは物足りない。

 最初の戦闘において、アシュリーは実力の半分も発揮してはいないのだ。

 先程までの投石の方が、破壊力、殺傷能力で言えば上回っているくらいであった。


「アンタならまぁ、戦いくらいにゃなりそうだ」


 ようやく相手を見つけたというのに、現状では戦うことができない。

 高温を纏っている間は触れることすらきないのだ。


 こうして物を投げて少しづつ削るのも多少は欲求の解消となっているが、いずれはそれがストレスにもなり得る。


 拳を交えてこそ、彼女の願望は達成されるのだ。


「あーもー、めんどくさいわねぇ……」


 と、炎の魔人は突然その熱量を増した。


「うわっ!」


 触れてなどいない。ましてや拳の届く範囲にもいない。

 だというのに、皮膚が焦げたのだ。


 驚愕の声を漏らしながらも、アシュリーは咄嗟の判断で飛び退いた。


「あなたをぶっ殺してから聖人の方をぶっ殺す」


 アシュリーとしては、挑発をして肉弾戦に持ち込むつもりだったのだ。

 しかし事はそう上手くは運ばず。


 炎の魔人は、速やかに敵を殺そうと、火力を増していった。


 予想外の行動に、アシュリーは引きつった笑みをうかべる。


「さすがにこれはマッズイなぁー……」


 魔人の周囲の木々が炎上していくのを見ながら、アシュリーは冷や汗を流した。



 ナイフ、ロープ、砥石、水筒……。

 順調に失った荷物の回収をしたティアナだったが、肝心の対価だけは未だに見つけられずにいた。

 逃走を選びつつも、それを拾うことができれば魔人たちの元へ戻るつもりでいたのだ。


 悪魔――、とりわけ炎を使う悪魔に対して、ティアナは執拗に殺意を抱く。


 それは彼女の過去に起因するのだが、その話が語られることは今はない。

 肝心なのは、彼女は可能であればすぐにでも悪魔狩りの任務に戻ることを望んでいるということだ。


 実際、逃げると決めつつこうして対価を探して歩いている。

 背負われているキャルロットとしても、自分の契約者であるティアナの望みを叶えてあげたいと思っているが、対価なしでは融合すらできないのだ。


 天使の能力は単体でも発動することはできる。

 しかしその場合、聖人となっている際の物とは異なった能力となってしまうのだ。


 キャルロットが単体で使用できる能力は『物質の固定』だ。

 その能力をかけた時の状態を保つ、というものだった。


 生活面では食材等の保存などでかなりの利便性があるのだが、戦闘においては全く活用できない。


 こうなるとキャルロットは、自身がお荷物であることを痛感させられる。

 幼い体躯の所為で自力での逃走は困難なために背負われ、ティアナの移動速度を低下させる。

 まさに足かせだ。霊態となれば少なくとも質量的には軽くなるが、その状態で魔人に触れられれば二度とティアナを守ることすらできなくなってしまう。


「ごめんなさいなの……」


 もう何度目になるかも分からない謝罪。


「謝らないで」


 それに対してティアナは静かに返した。


「キャロのおかげで私は何度も命を救われてきたのだから、このくらいなんてことないわよ」


 慰めや、優しさからくる嘘ではない。

 それが分かるからこそ余計にキャルロットは自分を責めた。

 肝心な時にどうしてこうも無力なのだろう、と。


 そんなキャルロットの視界に、ふと森では見慣れない色彩が映り込んだ。


「ティアナ、あれ……」


 キャロの指が指し示す先を見つめて、ティアナは不気味さを感じる。

 そこにあるのは空色の、四角い何かだった。


 もしもその場に義利が居れば「あれはエナメル製のバッグだ」もしくは「僕のバッグだ」と、それが何であるかを教わることができたのだが、残念なことに彼は絶賛戦闘中だ。


 目に映った不審な何か。

 それは彼女の足を止めさせるには十分なきっかけとなった。


「なにかしら……?」


 既に魔人たちからは随分と距離を離している。

 そういった理由から多少の余裕があったこともあり、正体不明のそれを確認しようと近づく。


 角の丸い直方体に、カバンの肩紐のようなものがついている。

 第一印象としてのティアナの感想はそれだ。

 だが開閉用の紐や金具は見当たらない。


「?」


 唯一、それらしいツマミ部分を見つけたのでそれを引く。

 すると上底面が左右に裂け、中身を確認できるようになった。


「な……、不思議なバッグね」


 驚き、それから中を漁る。

 運良く対価があれば万々歳だ。

 なかったとしても何か使えるものがあれば、そう思っての行動だったが、とうてい役に立つとは思えない代物ばかりなので舌を打つ。


 幾つかの紙束と紙で包装された黒い板。バッグと同じ開閉方式の小さなケース。それと数十の丸い玉が入っている袋が一つあった。


 他の物には目もくれず、小さなケースを開く。

 中に入っているのはペンのような何かだった。


「使えないわねぇ!」


 ティアナのために用意されたわけでもないのに関わらず腹を立てる。

 それだけ気が立っていたのだ。焦っていると言い換えてもいい。


 魔人を放置することにより生じる人的被害は予測できる範疇では収まらない。

 魔人の気分次第で大きくも小さくもなるのだ。

 大抵の場合は大きくなるのだが、とにかく死人の数が増えることだけは確かだった。


 テーレ大樹林から最も近いのはラクス。

 襲撃されるとしたらそこが最も狙われる確率が高い。

 ラクスにはティアナの家があり、戦友がいる。


 これ以上自分の大切な人を失いたくない。

 その思いが、ティアナの心を冷静とは真逆の方へと引き離してゆくのだった。


 それは戦場において最も重要な、状況認識能力を鈍らせている。


 この森に安全な場所などないのだから、一瞬たりとも気を抜くことは許されない。

 ティアナは油断をしていたわけではないが、周囲への警戒を怠っていたのは確かだ。

 その結果として近づいてくる足音に気づけず――。


 魔人と、遭遇してしまった。

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