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異邦からの契約者~天使と悪魔と血まみれ生活~  作者: 篠宮十祈
第二章 砕け散る平穏の叫び声
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第二章 20 死を以て償え

 ステイムの経営する宿屋から出た義利は、最も悲鳴が多い場所を目指して駆けた。ネクロが居る可能性が高い場所が、そこだと思っていたからだ。しかし実際に悲鳴を辿ったところに彼の魔人の姿はなかった。体のどこかしらに致命傷を負った人間だった者に、未だ無傷の人間が襲いかかられているために生じた悲鳴だったのだ。

 動く死体は既に数えられる範疇を超えていた。大量のそれらが押し寄せ、逃げ惑う人々を少しづつ、確実に減らしている。

 義利は強く歯を噛み締めると、その身に電気を纏った。


「ごめんなさい」


 つぶやき、地を蹴る。

 彼のしたことは至って単純だ。誰かに襲い掛かる人影を見つけては、その首を刎ねた。それだけだ。一呼吸の間に三つ。そして手刀を振るうたびにつぶやいていた。

 ごめんなさい。

 残像をも生む速度で接近し、手刀を振り上げながら次なる目標を捉え、振り下ろすのとほぼ同時に駆けだす。そうしていくつもの生首を地に落としていった。そのたび、義利は胸の中に重石を積み上げることとなる。

 返り血で腕がまみれきった中、次の目標が目についた義利は、振り下ろしかけていた手を止めて、息を呑んだ。


「なん、で……」


 目の前で起きたそれを理解できず、思考が停止する。信じられない、信じたくないことが起きていた。

 足をもつれさせて倒れてしまっただろう少女の首を、動く死体が締め上げていたのだ。それだけであれば――、ただの動く死体がそうしていただけであれば、義利はすぐにでも少女を助けるために行動できただろう。

 それをしていた死体には、首から上が存在していなかった。

 義利は周囲にぐるりと視線を巡らせる。彼が首を落とした死体が、起き上がり、再び動き出していたのだ。


「――――ッ!!」


 義利の頭からサァッと血が下り、腸を沸騰させるための燃料へと変わった。

 彼が動く死体の首を一つ一つ手刀で落としていたのは、人目では生存者との区別がつかないからという理由もあるが、できうる限り人の形のままを保たせたかったというのが最たるものだ。


「死体を操る」


 その力の意味を、義利は改めさせられる。残虐極まりないどころの話ではなかったのだ。死を利用し、人の形を留めることすら許されないネクロの力は、吐き気を催すほどに最低なものだった。人の死に、そして追悼の心に凌辱の限りを尽くしている。

 声にならない叫びを上げ、涙を流しながらも彼は死体を正中線で両断した。死体に更なる傷を付けることへの謝罪を忘れるほどに激怒した彼は、その怒りを体現するように暴力を振るう。全身を赤く染めても彼が止まることはない。そんな今の彼を見て、誰がヒトだと思えるだろう。誰が人間のために戦っていると思えるだろう。

 あたり一帯を血の海と変え、死体の山を築き、立って動く死体が視界から消えるまで、義利はその手を休めることはなかった。

 そしてようやく最後の一つを両断し終えて、再び周囲を見回す。そこには半身となってもなお蠢く死体の残骸だけが転がされていた。這ってしか進めないそれに捕まる者はいないだろうと判断し、それ以上の攻撃を加えようとはしなかった。そう考えられるだけの冷静さを取り戻した義利は、すぐにでも大本であるネクロを倒さなければと意を決する。


「ネクロはどこだ……」


 しかし魔人である彼には、同じく魔人であるネクロを探す方法がなかった。


「アシュリー。キミならネクロの場所、わかる?」

『わかるわけ無いだろ』


 アクター自身に探知能力があるわけではない。あくまで精霊が、敵性精霊の発する魔力を感じ取っているだけだと言うことを、義利は教わっている。そのためアシュリーに聞いたところでネクロの居場所を探知できるはずがないとは分かっている。だが当てずっぽうで質問をしているわけではない。


「でも、迷わず中央広場に向かってたじゃん」


 ネクロと最初に遭遇した際のことを、彼は言っている。コロナに襲撃された直後にアシュリーが言ったのだ。『もう一人の魔人が中央広場にいるはずだ』と。そして念を入れて近くにいたアルに確認を取り、彼が探知したもう一つの魔人の反応が中央広場の方向だったために、義利はコロナとの戦闘に参加せずに移動したのだ。

 そんなアシュリーであればネクロの位置を補足できるのではないかと期待をするも、その期待にアシュリーは応えることはできない。


『あれはな、スミレに教えられたんだ』


 なるほど、と納得するも、同時にスミレに対する怒りが義利の中で芽を出す。

 この事態を知っていたなら、より良い対処ができたはずだ。そうすることができていれば、死者の数も激減していただろう。極論を言ってしまえば、スミレも共犯者ではないか。

 普段であればスミレにはスミレの思惑があるのだろうと抑えられたはずが、消しきれなかった先ほどの怒りによって彼の判断力を鈍らせていた。


『これが最善の道だって、あいつは言ってたぜ』


 それに気づいたかのようにアシュリーは付け足して言う。


「……ひとまずティアナと合流しよう。アシュリー、お願い」

『あいよ』


 自分を落ち着かせるためにも、彼は身体を明け渡した。

 聖人の気配を探知することでおおよその位置を把握したアシュリーは、心なしか足取り重く動き出す。


『そういえばアシュリー。なんだか元気ないね』


 移動している最中に、義利はアシュリーの変化を指摘した。目が覚めてから抱いていた疑問だが、タイミングを逃して聞きそびれていたのだ。


「あー……。あそこまで完全に負けたの、今までで初めてなんだ」

『ネクロとのことなら、あれは僕がやってたからでしょ?』

「いんや。あいつ、アタシの動きを指一本で止めやがった」

『……ああ、そういえば』


 ネクロを倒すと決めたが、肝心の方法が見つかっていないことすらも義利は忘れていた。電気的負荷による高速移動での突進を、ネクロは指先一つだけで静止させたのだ。その理由が判明しない限りは何度挑もうとも倒すことなどできはしない。


「そのせいか、なんか燃えねぇんだ」


 自信を喪失したアシュリーは、戦闘意欲を失っていた。これまでに経験したことのない大敗によって、鬱屈しているのだ。


「わりぃけど、アタシがやんのは案内までだ」

『……わかった』


 想像以上に気力を失っているアシュリーを心配する義利だが、励ましの言葉を投げかけることはなかった。今の彼女にはどんな言葉も無意味だと、感覚で分かったためだ。

 その後は無言での移動となり、訓練場の直前でアシュリーは立ち止まって、義利へ身体を返した。


『ほらよ』


 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、アシュリーは無言となった。彼女を気にかけてばかりもいられない。義利は戦闘に向けて気持ちを切り替える。トワのためにも、ラクスのためにも、可能な限り素早く事態を終息させなければならないのだ。迷いは足枷にしかならない。


「迷うな」


 声に出して、自分に言い聞かせる。


「ティアナの故郷を滅ぼした魔人だ。試験場で何人もの命を焼き払った魔人だ」


 理由を並べ、迷いを振り払う。


「殺す」


 義利は、跳んだ。



「……ッは! ……はぁッ!」


 朦朧とする意識を復讐心でどうにか繋ぎ止め、ティアナは立っていた。

 アルが去って以降、コロナが全力を出して以降、二人の聖人は攻めに転じることが一切できないでいる。それまでのコロナは、二つの攻撃方法を使い分けていた。一つは自身を覆う、防御のための炎。一つは狙いを定めて放つ、攻撃のための炎。そこへ圧縮した火球を射出するという新たな手が加わり、さらに自身からは常に超高温を発するという完全なる防御がなされているために、打つ手立てがなかった。大抵の攻撃はキャロの能力で作った壁により無効にできるのだが、火球に限ってはその防御性能を上回っているために避けることしかできずにいる。火球を放つには数秒の溜めが必要で、連続しての使用ができないことが、二人の聖人の命をここまで繋ぎ止めていた。

 しかし無傷とはいかない。見えない速度で襲い来る火球を完全に回避することなど不可能と言える。アルとティアナは火球の前兆を見て回避行動をしていた。その結果、四肢を失うところまでは行っていないが、二人ともが数度、肉をそぎ落としている。そこで繰り広げられているのは戦いではなく、虐待のようだった。それほどまでに一方的だった。


「しぶといなぁ……。しぶとすぎ」


 面倒くさそうに言いながら、コロナは炎を放射する。それを壁で防ぎ、ティアナは一定の距離を保つために、重い体を引きずるように移動した。


「いい加減かわいそうになってきたからさ、さっさと殺されてくれよ」


 この状況からの逆転など、奇跡でも起きない限りは無い。誰が見てもそれは明らかだ。

 そして奇跡は、唐突に降ってきた。


「――なッ! 誰だ!」


 ティアナは初め、何が起きたのかを理解することができずにいた。突然空から何かが落ちてきて、それがコロナの腕を胴体から切り離したのだと気づくことにすら一拍ほどの間を要する。落ちてきたそれが人だと気づくのにさらに一拍、そしてそれが白髪の魔人だと気づくのにも一拍と、三拍目を終えてようやくその人物が義利であることに気づくことができた。

 そんな風に彼女が茫然としている間にも、義利の攻撃は続いている。

 上空からの奇襲に成功した彼は、足に着いた炎を気にも留めず、着地の衝撃を和らげるために屈んだままの姿勢でコロナの足を払った。姿勢を崩されたコロナは、残った腕を慌てて地面に突くが、直後にその腕も蹴られ、喪失する。自分を襲った相手の姿すら捉えることのないまま、彼は地面に倒れた。


「止めを刺すのはキミだ」


 やるべきことはすべてやったと言わんばかりにコロナから離れた義利は、ティアナの許まで歩み寄ると腰を下ろし、黒炎に巻かれている右足を自ら手刀で切り落とした。


「早くしないと、ほら。再生するからさ」


 自身の足を指でさし示しながら、ティアナをせかす。すでに義利の足は再生を始めている。内側から、肉が盛り上がるように形を作り始めていた。


「………………わかった」


 聞きたいことも、言いたいことも飲み込んで、ティアナはナイフを握りしめる。両腕供を肩口から無くしたはずのコロナは、その再生能力により上腕の半分までの復元を済ませている。立ち上がるまでそう時間はないだろう。

 能力である壁を全身に纏い、ティアナは徐々にコロナへと接近する。一歩、また一歩と歩みを進めるたびに、彼女の心の奥深くから憎しみが込み上げてきた。

 この時を、どれほど待ち望んでいただろう。

 家族を殺されたときの記憶が鮮明に蘇る。焼かれた故郷の姿が脳裏によぎる。それらを奪った者が目の前にいる。

 ナイフを握る手に、より一層の力が加わった。


「ま、待て! こちらの勢力を包み隠さず教える。だから剣を納めろ!」


 魔人が集団で襲ってきたことなど、聖人であるティアナは既に知っている。その数も、その位置もだ。


「俺は組織の中枢だったんだ。全員の能力も知っている。それも教えよう!」


 命乞いに貸す耳など、持ち合わせていなかった。ティアナの歩調は変わることなくコロナへ向かい続けている。足を動かし、身を捩りながら少しでも距離を置こうとするコロナだったが、ティアナがそれを許すはずもない。這いずるコロナを、壁で覆い身動きを封じる。


「これから人間には一切手を出さない! これまでしでかしたことにも、可能な限り贖罪する!」


 ついに手の届くまでに近づいたティアナは、そこでようやく足を止めた。復讐の対象を見下ろし、ティアナは吐き捨てるように言う。


「死んで」


 身動きを封じ、両の手を無くした魔人など脅威にはならない。それが炎を操る魔人であればなおさらだ。ティアナはその手に、殺されたいくつもの無念をのせ、コロナの頭部を狙いたがわず突き刺した。

 ゾグッ。

 小さく鳴ったその音が、ティアナの復讐の終わりを告げる。


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