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異邦からの契約者~天使と悪魔と血まみれ生活~  作者: 篠宮十祈
第二章 砕け散る平穏の叫び声
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第二章 15 正義の散華

「正義の味方、だと?」


 黒い魔人は小馬鹿にするような表情を浮かべると、両腕を大きく開いた。


「人間どもはそう思っていないらしいぞ?」


 アシュリーの登場による市民の反応は様々だった。


 二体もの魔人を目にし逃げ出す者、諦める者、神に祈る者、泣き出す者、家族や恋人の盾になろうとする者……。

 どれもが彼女を歓迎していないことだけを現している。


 いくら正義の味方を自称しようとも、何も知らない人間からすれば同じ魔人でしかない。

 目の前に現れた二人の魔人に、驚異以外の認識ができないのだ。

 それはまるで自然災害のようなもので、抗う術のない人々は、ただそれが過ぎ去るのを待つ他にない。


 敵も味方も、そこでは無意味だ。

 魔人であるというだけで、人間からすれば忌避すべき者に変わりはなくなるのだから。


 圧倒的破壊力、圧倒的力量差、圧倒的生命力の差。

 それらは負の感情以外を人間に抱かせない。

 種の保存という生物の本能が、それらを味方と認識させないのだ。


 人間の内に眠っている生物の本能が、魔人を敵として拒絶しているのだ。


「そんな奴らを助けて何の得がある?」


 既に広場には硬直状態が生まれている。

 二人もの魔人を前に動き出すことのできなかった者たちは、その動向にすべての神経を集中させていた。

 そうすることが自身の生存率を高める唯一の方法だと、頭ではなく感じ取っているのだ。


 そんな彼ら彼女らの視線の中には、欠片の善意すら含まれてはいない。

 敵意のみが、アシュリーや魔人には向けられている。


 アシュリーはそれを見て、フンと鼻を鳴らした。


「歓迎されねーことなんか知ってるっつーの」


 言葉は刺々しいが、不満はないらしい。

 彼女は拳を突き合わせると、魔人に対し宣言した。


「感謝されたくてやってんじゃねーんだよ。アタシはなァッ!」


 全身に魔力と電力を充実させて大地を蹴る。

 アシュリーの動きを目で追える者などそうはいない。

 百戦錬磨のスミレですら、ストックの未来予知による補助がなければ、影を捉えることも不可能だったのだ。

 それをもしも止められるなどということがあるとすれば――。


「まあ聞け。こっちはちゃんとお前に得がある話をしてやるから」


――それは、アシュリーの敗北を意味する。


「ッ…………!!」


 魔人は人差し指のみで、アシュリーの動きを止めた。否、受け止めた。

 ただの筋力のみで高速で動くアシュリーを止めたのだとすれば、その指によりアシュリーの額には穴が穿たれたことだろう。しかし今、アシュリーの額には血の一筋すらも流れてはいない。まるで投げられた卵を優しくそうするように、アシュリーの力を分散させながら受け、静止させたのだ。


「自己紹介がまだだったな。俺はネクロ。死体を操る魔人だ」


 ネクロはそっと、アシュリーの額を抑えていた指を離すと、自然体のまま名を告げる。


「死体を操る……、だと?」

「ああ。人間だろうとなんだろうと、生きてた物なら何でも操れる。俺みたいな能力のヤツは見たことがないのか?」


 死体を操る能力自体は確かに珍しい。

 だがアシュリーが驚いたのはそこではないのだ。


 状況からしてネクロが嘘を吐く理由はないのだから、死体を操る能力というのは本当なのだろう。

 そうなると今度は別の問題が生まれるのだ。

 果たしてネクロは、どんな方法でアシュリーを止めたのだろうかという、生死に関わる重大な問題が。


「おい、お前。今何しやがった」

「今?」

「とぼけんじゃねえよ……。アタシの攻撃をどうやって止めた?!」


 姿を消し、影をも絶つ移動方法。

 アシュリーはそれに自信を持っていたのだ。


 自分よりも早く動ける者などいるはずがない。いたとしてもそれは速度に特化した魔人だけだ。そんなヤツは簡単に叩き潰せると。


 速度と力を併せ持った自分は、魔人の中でなら五本の指に入る実力なのだという自信があった。


 アシュリーからの疑問に、ネクロは暫し悩み、それから驚いたように言う。


「……まさか、さっきのが攻撃のつもりだったのか?」


 アシュリーの自信が、音を立てて崩れ落ちる。


 電で強化した部位からの出血が無いために、たしかに全霊の攻撃ではなかった。

 とはいえ、それなりに力は込めていたのだ。


 相手の実力を測るための手段として、彼女はよくその攻撃を行う。

 避けられたのならそれなりの実力者、そうでなければ遊び相手と、区別を付けるためでもある。


 反撃を受けることなら数度あったが、それが受け止められたのはアシュリーの生涯でこれが初のことだった。

 そのため彼女は確信する。これは勝ち負け以前の問題だと。

 この魔人とは戦いにすらなりはしないと。


「まあいい。それよりお前、俺の仲間にならないか?」


 スッと、ネクロがアシュリーに向けて手を差し伸べる。


「俺たちは今、ある計画のために魔人を集めているんだ。一人でも多くの仲間が欲しい」

「ある計画……?」

「そうだ。知的生命体の正しい序列を取り戻すのさ。精霊が上で、人間は下だ。絶対的な力の差を見せつけて、地上を精霊の物とするんだ。人間はただの魔力の素、つまりは家畜にする」

「そいつぁまた……」


 荒唐無稽な計画だ。と、普段のアシュリーであれば一笑に付していただろう。

 しかし今、不用意な発言が生命の危機につながる状況にまで追い込まれているため、軽口の一つすら口を噤ませていた。


 アシュリーの反応を見て、ネクロは肩を大きく竦ませる。


「結構声を掛けてるが、大体がお前と同じ反応だったよ」


 だけど、と彼は続ける。


「おかしいとは思わないのか? どう考えても俺たち精霊の方が人間を上回っているじゃないか。あいつらに高威力の魔法を即座に発動出来るだけの能力があるか? 他の生物を契約によって縛る力があるか? 無いんだ。それなのにあいつらは我が物顔で精霊使いだなんて名乗って、あまつさえ、悪魔のことを抹殺対象として見ている! こんなおかしなことがまかり通っていて、お前は納得しているのか?!」

「………………」


 まるで宣教師のように、ネクロは熱く語った。

 人間は劣等種であり、精霊こそが地上を支配するのに相応しいと、彼はそう言っているのだ。


 同じ精霊の立場からして、アシュリーには反論の余地がない。

 だが、感情論でしかないが、アシュリーは人間のことを悪しからず思っているために、賛同はできなかった。

 それ故に沈黙にて答えている。


「珍しいな。この意見には結構な数が同意してくれてるんだが」

「だって、それじゃあ今の人間と同じじゃないか」


 アシュリーは––、いや。

 足立義利は言う。


「何で下を作ろうとするのさ。そんなことをするから、こうしてキミみたいに不満を持った誰かが暴動を起こすんだって、なんでわからないんだよ」

「お前……、誰だ?」


 ネクロからの問いかけに、彼は胸を張って名乗り上げる。


「足立義利。アシュリーの契約者だ」

「そうか、支配権を渡したのか……」


 肉体を操る者の交代に、ネクロは既に納得のいっている様子だ。

 同じ魔人であっても、その行為は容易に信じられるものではないはずが、彼は随分と落ち着いている。


「人間と同じだと言ったな。詳しく聞かせてくれないか?」


 ネクロは更に、直に義利に向けて言葉を投げかける。


「今の人間は、ある意味では悪魔を下に追いやってると思うんだ。けど、キミはそれを逆にしようとしてる。そうすると今度は人間が暴動を起こすだけ。永遠に、上と下を入れ替えて戦うだけになるじゃないか」

「……ならどうしろと? 悪魔は我慢して淘汰されろと言いたいのか?」

「違う。なんでそう極端にしか考えられないんだ……。共存っていう道を、少しも考えはしないの?」

「お前は今の状況を見て、例えば悪魔が投降したらどうなると思う?」


 義利は、言い淀んだ。


 仮に悪魔の全員が投降したとしても、人間は嬉々としてそれを駆逐するだろうことは、想像に難くなかったからだ。


 一度根付いた差別意識は、そう簡単に消えはしない。

 地球での教育を受けていた義利にはよくわかっていた。

 肌の色という些細な違いですら差別の対象だったのだ。

 それが魔力を行使する才能の差とまでなれば、劣等感や優越感により、大きな溝が生まれることだろう。

 それでも。


「それでも僕は、悪魔から歩み寄るべきだと思う」


 義利の意見に、ネクロは眉をわずかに上げて、顔に憤りを浮かべた。


「それはなんでだ? まさか、怪我をしても治るからか? それに伴う痛みや屈辱は考えないのか?」


 魔人の怪我はたちまち治る。

 だがそれは痛みを感じていないわけでも、傷ついていないわけでもないのだ。

 腕を切り落とされれば悶絶するほどに痛み、その心には確かな傷が残る。


 アシュリーは特例中の特例でしかない。

 痛みも、傷つけられることも、本来であれば慣れることなどできようはずがないのだ。

 それを知っているからこそ、義利は言う。


「違う。悪魔の方が圧倒的に強いからだ。人間が歩み寄ろうにも、悪魔の力に対する恐怖がある限り、それはできないんだ」


 歩み寄るとは、上の者が下の者に譲ることを言うべきだ。

 下の者が上の者に譲れるものなどありはしない、というのが彼の持論だ。


 事実そうだろう。

 例えば肉食動物と草食動物が共存を目指すとすれば、肉食動物が捕食を諦めねばならないように。


「……面白い意見だ。頭の片隅に、少しは留めておこう」


 ネクロはそう言って、義利の言葉を終わらせた。


「だが俺も仲間たちを率いてきた身だ……。たった一人の言葉に動かされたとあっては命を張って戦うアイツ等に顔向けできなくなる。立ちふさがるなら、ねじ伏せられる覚悟をしろッ!」


 彼は何者かの傀儡ではなく、先導者だ。

 そしてその責任も背負っている。


 覚悟を決めている男を前に、説得は意味をなさないと義利は悟った。


 ネクロにはネクロの、義利には義利の、それぞれ譲れない信念があるのだ。


「必ず止めてみせる!」


 義利は正義を貫くために拳を握り、目の前に立つ魔人に向けて自身の正義を振りかざした。


––そして。


「お前の正義は見せてもらった。だがな、力のない正義ほど脆いモノはないんだ」


 義利の身体から腕を引き抜き、ネクロは小さく声に出す。

 完全に心臓を破壊された義利は、その場に崩れ落ちたまま、ピクリとも動かない。

 そんな彼へ哀れみの視線を向け、ネクロは再度、小さく言う。


「悪いな。俺の勝ちだ」


 思い出したかのように動き始めた人々へ向かい、ネクロは駆け出した。

 その黒い影を止められるモノは、この場にはいない。

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