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確認~悪魔・魔人・天使・聖人~

「と、とりあえず自己紹介でもしようよ!」


 沈黙に耐え兼ねたように、義利が名乗った。


「僕は足立義利」


 すると女が眉をひそめる。

 変な名前だ、と彼女は思っていたが、言葉にはしなかった。


「私はティアナ・ダンデリオン」


 ふと、ティアナは後頭部で組んだ手を解いて握手を求めそうになったが、アシュリーがピクリと反応を見せたので思いとどまる。

 そもそもそのような関係ではないのだ。


「えーっと、そっちの子は?」


 義利がティアナの背に隠れている精霊を指で差して訊ねるも、そっぽを向いて聞こえないフリをされた。

 二度の拒絶をされ、義利は心を痛める。


「ごめんなさいね。この子はキャルロットよ」


 自身の契約精霊の態度に思うところもあったのだろう。

 そう言ってティアナが橋渡しをする。


「おいテメェ!」


 突然アシュリーが怒声を上げた。

 そして義利と融合して即座に魔人と化し、ティアナの胸ぐらを掴み上げる。


「ま、待って……、融合しようと、したわけじゃ……」


 契約者であるティアナが天使であるキャルロットの名前を呼んだ。

 そのことを聖人化のきっかけと知っての行動だ。


 しかしティアナには融合するつもりなどない。

 その証拠に彼女の瞳は琥珀色ではなく鳶色のままだ。

 色彩だけでは判別が困難だが、光量でなら明白である。


 聖人の目は、比喩ではなく輝いているのだ。

 更にキャルロットは不安げに隣に立っているままなのだから、少し冷静になれば分かるはずだ。


「…………」


 周囲を警戒するように目線を移動させ、危険はないとわかると、アシュリーは融合を解いた。

 もう一人の精霊がいる可能性を考慮しての行動だったのだと、ティアナは敵ながら感心する。


「ケホッ! ……用心深いのね…………」


 喉元をさすりながら言う。

 その程度の動作であればアシュリーは見逃した。


「こいつに死なれちゃ困るんだ」


 そう言うアシュリーは未だ霊態のままだ。

 魔人にとって、一人の聖人などわずかな脅威でしかない。とはいえ、侮れば足元を掬われることもある。


 アシュリーは平時の態度とは裏腹に慎重に慎重を重ねる性格であった。

 ティアナは呼吸を落ち着かせて立ち上がると、手を頭の後ろに回す。


「大丈夫ですか?!」


 そんなティアナに義利が寄る。


「平気よ。それよりあんまり近づかれると、アナタの精霊が警戒するから」

「アシュリーだ。精霊とか悪魔とか、そういう風にひと括りにされるのはイラつく」


 ここでようやく、ティアナは義利の精霊がアシュリーという名だと知る。

 それは、今のところは聞き覚えのないものであったため、彼女は少しだけ安堵をした。


「ちょっとアシュリー!」


 義利はムッとして霊態のアシュリーに向き合った。


「心配してくれるのは嬉しいけど、話し合いをする相手にその態度は失礼だよ!」


 その物言いにティアナは目を丸くする。

 アシュリーがもしも義利を邪魔だと思えば、いつでも殺すことができるのだ。

……周囲一帯の破壊とともに。


 先ほどの戦闘により、アシュリーがどれほどの力を持っているのかを思い知らされているティアナとキャルロットは、癇癪を起こされてはたまらないと、慌てて止めに入ろうとした。

 が。


「そーかいそーかい。悪ぅございましたー」

「まったくもう!」


 恋人同士を通り過ぎ、まるで熟年夫婦のようなやり取りを見せられて唖然とする。


「……アシュリー、あなた本当に悪魔なの?」


 悪魔は私利私欲の塊である。人間の命をいかに効率よく奪い取るか、その事しか考えない存在だ。

 そのために邪魔なモノは、たとえアクターであっても排除する。


 ティアナはそう教わってきた。そしてそこに間違いはないと、何度も体感させられている。


 だが見ている限り、アシュリーは違っていた。

 悪魔は人間を殺害することでも、契約の対価とは比較にならないほど微々たる量ではあるが、エネルギーを回収できる。

 そのため魔人に襲われた国では怪我人よりも死人の数が多くなるのだが、その殺人行為をアシュリーは、義利が好まないからというだけの理由で行っていない。

 何より、エネルギー回収率の高い、聖人であるティアナを見逃している。


 そして、義利と融合せずに霊態としてそこにいるというこの状況だ。

 この状態で――ティアナにその気はないが、あくまで仮定として――ティアナが徒手格闘で義利を殺害したとしよう。

 すると契約対象である義利を失ったアシュリーは、まともに戦うこともできずに聖人と化したティアナに殺される。


 そんな危険な状態を、アクターの意向だけを理由に作っているのだ。


「あぁん? どういうイミだよ」


 気分を害したのか光球の輝きがわずかに強まる。


「私の知ってる悪魔は、みんなエネルギー回収のことしか考えていない奴らばっかりよ。あとはそうね……、私怨とか。それなのにあなたはどちらでもなく、単にアダチくんと居るのを楽しんでいるように見えたのだけれど……。的はずれなことを言っていたらごめんなさい」


「なるほどなるほど。悪魔らしくない、とね」


 アシュリーは噛み締めるように言う。

 不穏な空気を感じ取った義利が、ティアナとアシュリーを交互にせわしなく見る。

 キャルロットはティアナの胴に抱きついたまま、そっぽを向いていた。


「まあそうだな。取り立てて否定することはねーよ。アタシはダッチと居るのが楽しいから、こうしてるだけだ。長い付き合いになるのに、あんま好き勝手やってダッチが口も効いてくれなくなったりしたらツマンネーだろ」


 結局は自分の欲で動いてるってワケ。アシュリーはそう言って締めた。


「あなたみたいな悪魔もいるのね……」

「ティアナ、忘れちゃダメなの。悪魔は最後に命を奪うの」


 緩みかけていたティアナの表情が、キャルロットの一言で引き締まる。

 今の言葉に何か深い意味があったのだろうと、義利はついに、かねてからの疑問を言葉にした。


「ずっと気になってたんですけど、精霊と悪魔と、あと天使でしたっけ? それってどう違うんですか?」


 ここに至るまでに何度も耳にした単語だ。

 それがどうやら地球で使われていたモノとは違った意味で使われていることだけは分かっていたのだが、詳しいところは曖昧なままでいる。


 この場には悪魔であるアシュリー、天使であるキャルロット、そしてそれぞれの契約者が揃っていた。

 話を聞くなら今を逃して他にないだろうと、義利は好奇心からやや前のめりになっている。


 そんな彼の質問は、ティアナの顔を青くさせた。


--何かマズかったかな……?


 呑気にそんなことを考えていると、ティアナが鋭い眼差しでアシュリーを睨みつけた。


「危うく騙されそうになったけど、所詮は悪魔ってことが、よぉく分かったわ……! そんなことすら説明しないで契約するなんて!」

「お前にとやかく言われる筋合いはねぇ。それに、状況が状況だったんだ。ダッチの場合、悪魔との契約がどういうことなのかを知ってても、あの時と同じ状況だったら契約してただろうよ」


 ティアナの向けた怒りを軽くいなして、アシュリーは取り合おうとはしなかった。

 その会話の意味すら理解できていない義利に、憐れみの視線が向けられる。

 ティアナからだ。


「あなたみたいな子どもに、こんな話をしていいのかわからないのだけれど――」

「ダッチは見かけほどガキじゃねーぞ」


 重々しく口火を切ったティアナだったが、アシュリーによってすぐに遮られる。


「シモの毛も生えてるし」

「ち、ちょっとアシュリー、なんで知ってる――、っていうかなんで今それを言うの?!」


 赤面しながらどうにかアシュリーの口を塞ごうとするが、アクターであっても霊態の精霊に触れることはできない。


「融合すりゃ感覚はアタシのモノなんだし、あれだけ触りゃあわかるわ」

「ああ、あの時……」


 ティアナにはどの時なのかはわからないが、とにかく彼女の想像よりは成長していることが分かり、わずかに安心する。


「アダチくんっていくつ?」


 こんな状況で年齢の話など少々どころではなく異様だが、会話の流れとしてティアナは問う。


「十七だけど?」


 あまりの衝撃に義利以外の全員が息を飲んだ。

 そして三度目の沈黙。


「え、なにこの空気?」

「ダッチ、いくらなんでもそりゃウソだろ」


 アシュリーが声を若干震わせながら言った。動揺しているのだろう。


「いやいや、なんで歳を聞かれて嘘を吐くのさ」


 その態度から嘘ではなさそうだとアシュリーは驚愕する。

 ティアナも同じく、口をあんぐりと開いて義利を見ていた。


「私より年上……。信じられないわ」

「え、ティアナさんっておいくつなんですか?」


 ティアナの独り言同然の声を拾い上げて、女性に年齢を聞くというマナー違反をうっかり犯し、それに気付いた義利が、はっとして口を抑える。

 が、ティアナは気にしていない様子でサラリと答えた。


「十五歳よ」

「…………ちなみに僕のこといくつ位に見てた?」

「十一か十二かと」

「…………」


 全員そろって閉口する。

 あまりにも彼の見た目と実年齢がかけ離れていたのだ。

 数字にすればたかだか五つしか変わっていないが、青年期の成長においての五年とは大きな変化を生むものである。

 その変化が、義利からは感じられなかったのだ。


「あの、アダ――、ヨシトシさんって呼んだ方がいいのかしら……?」


 ティアナもやはり動揺しているために、そんなことを口走る。


「呼び方は別に、呼びやすいように言ってくれればいいけど……。あとアダチが苗字でヨシトシが名前だからね?」


 アダチ・ヨシトシが異国どころか異世界からの来訪者であることを、アシュリーとティアナは改めて痛感させられた。



 悪魔と天使の違いは対価。

 精霊とはその二つの総称。


 天使と契約した者を聖人、悪魔と契約した者を魔人と言う。

 アクターは契約者の総称。


 聖人は国などで重宝され、魔人は討滅の対象である。


 ティアナはそれらについて、理由や由来なども含めて話した。

 彼女は訓練期間に教えられた物をそのまま伝えたのだが、アシュリーは「それは違う、あの戦争の引き金を引いたのは人間側だ」などといくつか指摘をした。


 それでもおおよその内容は理解できたため、できてしまったため、義利は鎮痛な面持ちでもの思いにふけっている。


「後悔してんのか?」


 そんな彼に、アシュリーは尋ねた。

 どういう意図があっての問いかけなのか、ティアナにはわからない。

 それもそのはず。アシュリーに意図など何もない。

 ただ義利の気持ちを知りたいだけだったのだ。


「うん? 別に後悔なんてないけど?」


 しかし、ティアナとしては意外なことに、あっけらかんと義利は答えた。


「だってあの場でアシュリーと契約してなかったら、たぶん野犬に食われてただろうし。どちらかと言うと感謝してるよ」

「あの、アダチさん、話聞いてた? あなた死ぬのよ」


 魔人になったことによる逃れられない死の運命、それについてもティアナははっきりと伝えた。

 それでも義利は、アシュリーに感謝していると言うのだ。


「そりゃあ、助かったかと思ったら死ぬってわかってショックだけど、アシュリーを恨んだりはできないよ。繰り返しになるけど命の恩人――、って人じゃないんだっけ? とにかく救われたんだから」


 命の恩人を恨むことはできない。その理屈は理解できた。

 だがその恩人に殺されることがわかった時にも恨まずにいられるものなのだろうか。

 経験のないティアナには理解できるはずもなく。


「ああ、そう」


 と流した。

 その時の感情は呆れというより諦めに近い。

 この男にはこれ以上、何を言っても無駄なのだと諦めた。


「なにかないかな? いい方法」


 それに加えて、義利はティアナにそんな風に意見を求めた。

 今現在もアシュリーの命令で手を後頭部に回している敵に対して、だ。


「死ねばぜぇんぶ解決!」


 義利の問いに答えたのは、残念ながらティアナではない。

 彼女がそんな、アシュリーを煽るような発言をするはずがない。

 そうした場合のリスクを考えられぬような愚か者であれば、とっくに義利を殺害しようと動いていたはずだ。


 その場にいた四人が一斉に声のした方――、上を向く。

 そこに人の影はなく、爆炎が渦巻いていた。

 円形の巨大な炎から雨のように火が降り注ぐ。


「キャルロット、行くよ!」

「ダッチ!」


 襲撃に即座に反応できた二人が声を張る。

 義利はすぐにそれを察し、身体をアシュリーに明け渡した。


 悪魔と言えど、融合の際に抵抗されるのとそうでないのではずいぶんと違う。

 初めての時と比較すれば随分と魔人化までの時間は短縮されている。


 およそ三秒。


 それが義利の魔人化までにかかった時間だ。

 たった三秒。しかしこの場においての三秒は致命的だ。


「づあああッ!」


 融合が完了するまでに受けた熱に、義利が悲鳴を上げる。

 アシュリーが感覚を完全に奪うには融合が終わっていなければならないのだ。

 そしてただの炎ではないのだろう。

 落下してきた礫ほどの火が触れた場所は、肉が抉られていた。


 土砂降りの中で外に出て雨粒が当たるだろう位置だ。

 それはつまり、体のほぼ全面を意味する。


 咄嗟に腕で頭部を庇うようにした義利だったが、それでもただの人間であれば命に関わるほどの大怪我を負わされた。

 しかし彼は魔人だ。融合が完了するとそれらは修復される。


 アシュリーは即座に人間を超越した身体能力をもって、炎の雨が降る範囲から離脱した。


 一方、ティアナたちは融合を完了させると、キャルロットの能力である見えない壁を傘のように使い、炎の雨を防いでいた。

 体の変化がない分、融合にかかる時間がないために彼女たちは無傷だ。


 アシュリーがあたりを見回し、炎を生み出した相手を探す中、キャルロットはすでにそれがどこにいるかを察知していた。


「ガルド! 助かったわ!」


 そう言い、キャルロットから教えられた場所を目指す。

 この時、彼女は二つのミスを犯した。


 まず始めに、なぜ五感で見つけるよりも早くキャルロットがガルドの位置を見つけられたのか、それを考えなかったことだ。

 あたりは未だに炎の土砂降りで、まともに視界を確保することすらできない状況だ。

 目で見て確かめられるはずもなく、炎の音によって足音等で確認することもできず、草木の焼ける匂いで嗅覚による発見も不可能。味覚や触覚は言うまでもない。


 つまりキャルロットが天使としての能力によって発見したのだ。

 天使の索敵能力が働くのは悪魔に対してのみである。

 そんな初歩中の初歩すらも、ティアナはこの瞬間だけは忘れていたのだ。


 そしてもう一つは、部下であるガルドの使った攻撃方法だ。

 ティアナは上官として、ガルドの契約精霊をすべて聞いている。

 他者からの認識を薄くするステラ。

 所有物の形状を変化させるアルマ。

 炎を操るイーリヤ。

 皮膚硬化のダニー。


 この中で、現状を生み出せるのは唯一、イーリヤだけだ。

 しかし彼女の対価は貴金属であり、本人も使い勝手が悪いとぼやいてもいた。

 これだけの爆炎ともなるとその対価は、事前に用意していた装飾品で補えるはずがない。


 だがアシュリーからの驚異をまぬがれたことで気の緩んでいたティアナは、そこまで考えを巡らせることができなくなっていた。

 死を確信させられていたが故に、それから解放された安心感が思考を低下させている。


「気をつけて。あの魔人は異常な強さだから」


 その目でガルドを見つけ出し、そばによって忠告をする。


「いえいえ、アレと戦う必要はありませんよ」


 するとガルドは言った。


「だってあなたは死ぬんですから」


 疑問を感じるよりも早く、兵士としての直感が働いた。

 見えない壁をガルドとの間に作り出す。


――ガギィッ!!


 金属同士を打ち合わせたような音が響く。

 見れば赤く熱せられたナイフを、ティアナは向けられていた。


「……どういうつもり?」

「あれ、アレあれ? おかしいなぁ、ぶっ殺せると思ったのに」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらも、ナイフにこめる力は緩めない。

 そしてようやくティアナは気付いた。


 ガルドの瞳の色に。それは赤燈色。イーリヤと融合した際に現れる薄紅色ではない。


「まさか――」


 言いかけたところに魔人化した義利が現れる。

 とっさのことで能力を解くのが間に合わなかったが、まるでそんなものは存在しないかのように拳が打ち砕いた。


 壁を砕いた彼――あるいは彼女の拳が、赤燈色の瞳を持つ者の覆面を掠めて剥ぎ取る。

 そこにある顔はガルドの面影を色濃く残してはいる。だが、人ならざる特徴が現れていた。

 獣の如き鋭い牙に、逆三角の形をした瞳。


 そこにいたのは、彼女の部下でありながら、そうではなくなっていた。


 悪魔に魅了されてしまった人間――、魔人だ。

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