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異邦からの契約者~天使と悪魔と血まみれ生活~  作者: 篠宮十祈
第二章 砕け散る平穏の叫び声
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第二章 06 信じることは難しい

 玄関口での戦いを終えたプランは、リビングに通されていた。一辺につき二脚の椅子が置かれている大きめの四角いテーブル、その下座にあたる玄関へ通じる扉に最も近い席に腰を下ろし、奥側の扉に消えたトワを待っている。見張りのない隙に逃げ出そうとも考えたのだが、「抵抗すれば殺す」という脅しが頭を過ぎり、実行に移すことができなかった。自分よりも強い相手に逆らおうとすると、ろくな目にあわないことを経験からプランは知っているため、おとなしくしている。

 所在無く部屋の中をキョロキョロと見ては、居心地の悪さから尻を動かして座り直し、また周囲へ目を配る。

 既に席についてから三分ほどが経過して、待つことに飽き始めていた。それもこの緊迫している空間の中で、だ。体感時間がその分長くなっているために、プランは焦れていた。何か企みごとをしているのではないかと不安にもなる。こうしている今も、部屋の窓から外に出て、後ろから不意打ちをしようと動き出しているのではないか、などと思うも微かな声が部屋の中から聞こえているためそれはないだろうと自己解決をし、そしてまた部屋を見回す。

 会話の声は聞こえるのだが、その内容までは聞き取ることができずにいた。それをもどかしく思いながらも、扉に耳を当てるなどという行儀の悪いことはしない。こんな状況にありながら行儀を気にするのもおかしな話だが、プラン・フォーレスとはそういう性格なのだ。

 キィ、と扉が動く。そして中から三人が出てきた。

 一人は当然トワだ。その後ろから少年と少女が続いている。


「どうもお待たせしました。足立義利です」

「アシュリーだ」


 優しそうな少年と、刺のある少女。プランの抱いた第一印象は、それだった。幸せそうな笑顔を浮かべている義利からは安心感を覚えるほどだが、その後ろにいるアシュリーは、まるで世界の全てが憎いとでも言いたげな目をしているために、思わず言葉を発することをためらわされる。


「とりあえず。あの人がさっき話したプランさんです。プランさん。この三人が、今のところ隊舎にいる全員です」


 軽い挨拶を済ませると、三人は席に着いた。義利が上座に当たる位置から一脚を移し、プランとは直角となる辺に三人で並んで座る。これは別に上座に座ることを気にしたわけではなく、単に近かったからだ。プランに近い位置から、トワ、義利、アシュリーの順に並び、目線を同じくしたところで、義利が切り出した。


「ティアナの部下になるんでしたよね?」

「え……、ええ。そうです」


 アシュリーのことを警戒しながらなため舌がうまく回らず、つっかえながらプランは返す。


「僕たちも普段ここで暮らしているんですけど、もしかしてマズイんでしょうか?」

「まぁ。国務兵のための建物ですし……。事情が事情なら許可が下りる場合もありますけど……」

「あー……。ですよねー……」


 困ったように笑う義利の隣では、アシュリーが苛立ちを床にぶつけるように足を小刻みに上下させている。プランとしては威嚇されているような気持ちにさせられた。


「えっと、トワさんはここで保護されているとして、お二人はどういった事情なのでしょうか?」


 ダンッ、とアシュリーがひときわ強く床を踏みつけたため、プランは思わずのけぞる。


「ッ! ……聞かない方が良かったでしょうかぁ!」

「いえいえ。ええっとですね……。僕、異邦人って言うんですか? そういうやつで……」


 涙目になるプランに向けて、なだめるような優しい口調で義利が言う。


「え……。じゃあ、お二人はもしかして?」

「えっと……、兄妹です」


 怒りの原因はそこにあるのだろう。アシュリーは大きく舌打ちをすると、自棄気味になりながら義利の言葉に続けた。


「右も左も分からないからティアナに助けてもらってる。だよね『おにいちゃん』?」


 用意されたセリフをそのまま言っていると素人目にもわかる棒読み加減で、しかし最後の「おにいちゃん」には怒りの感情がありありと表れている。

 プランを待たせている間に行われた話し合いはこのためのものだった。もし隊舎に住んでいることの理由を聞かれた場合に不自然にならない答えをするために、そしてそこで即席ながら最も自然なのが、異邦人の兄妹だという設定だ。幸い二人は黒髪に黒目と、ガイアでは珍しい共通点がある。これを使わない手はないと義利とトワはすぐに決めたのだが、そこへアシュリーが意を唱えた。「アイツに助けられてってトコ、どうにかならねーのか? なんか気に入らねえ」と。しかしそんな反論も虚しく、他の案が浮かばなかったために兄妹で助けられたことになり、アシュリーは苛立っているのだ。


「そういう事情なら……。確かにお二人、どことなく似ていますね」


 無難な答えをすることでお茶を濁しつつ、プランは疑念を、そしてグロウは警戒を強くした。


『プラン。三人とも油断してる。やるなら今じゃないかな』


 そんなことはわかっている。思わず言葉にしかけて押しとどめる。三人はプランが聖人となっていることに気づいていない様子だった。でなければ一言、融合を解くことを指示したはずだ。

 言葉の全てを鵜呑みにしたわけではないが、仮に異邦人なら聖人化で現れる変化を知らない可能性が高い。唯一、トワが気づいているだろうが、制圧してしまえば問題ではなくなる。

 仕掛けは、既に準備が終わっていた。やるなら今だ。今しかない。

 膝の上で握っている拳が汗で溢れた。生唾が喉を下る。


「ご、ごめんなさい!!」


 決死の覚悟でプランは能力を全開にした。







 人の腕程の太さを持つ蔦が、床板を破って三人に絡みつく。足を縛り、胴を椅子に括り、更に全身を包み込むように蠢いていた。

『植物を操る』それがプランとグロウの能力だ。彼女が隊舎に入る前に仕掛けたものとは、植物の種だった。それを能力により急成長させ、地面を這わせ、そして今、それが三人を拘束している。


「プランさん! 何を……!」


 蔦によって圧迫されている義利が呻くように言う。人を締め殺すほどの力はないが、一つ一つが人間を身動きさえ取れなくさせるだけの力を持っているのだ。それが一人につき三本も巻き付けられている。十分な酸素を取り入れるための呼吸はできるはずがない。


「すみません! でも、こうするしかないんです! 魔人とその仲間の言葉なんて、信じられるわけないじゃないですか!」


 プランを動かしたもの。それは恐怖だった。どれだけ人の良さそうな義利であっても、結局は魔人の仲間だという恐怖。三人もの敵に対面しているという恐怖。いつ殺されるやもしれぬという恐怖。そこへグロウの言葉が最後のひと押しとなり、唯一の勝ち目となり得る条件が整った今、決行に至った。


「殺されるなら……、どうせ殺されるなら、せめて兵士らしく……!」


 たった一つの勝機に全てを賭けて行動をするプランは、涙を流しながら三人を蔦で巻き上げる。彼らの言葉が真実である可能性も考え、その上でプランは能力を使っているのだ。本当に無害な人を縛り上げている後悔と、死への恐怖。それらがプランの中で混沌としている。

 義利とトワは、拘束を少しでも緩めようと抵抗を見せていた。だがアシュリーは、既に意識を失っているのかうつむいたままピクリともしないでいる。


「プラン……、さん! 早くこれを止め――」


 義利の言葉を最後まで聞かず、プランが彼の口を蔦で塞ぐ。決意が揺らぎそうになるからだ。


「本当にごめんなさい。でも、ダンデリオン指長に確認が取れるまで辛抱してください!」


 全てはそれで解決するのだ。ティアナからの確認が取れればすぐにでも拘束を解き、心の限りの謝罪を。もし彼らが嘘を吐いていたのならそのまま討滅をする。それだけのことだ。


「プランさん! 今すぐやめて! じゃないとアシュリーが!」


 義利に代わってトワが懇願するも、プランは聞き入れるつもりなどなかった。義利と同じく、トワの口も塞ぐ。


「なあ、ダッチ。もういいよな?」


 それまで一切の抵抗を示さなかったアシュリーが下を向いたまま言う。

 プランは一つ、大事なことを見落としていた。これは彼女の中に植えつけられた常識が故のことだ。失敗の原因は彼女ではなく、世界にある。

 魔人が融合を解除するはずがないという常識のために、見落としてしまったのだ。


「いい加減、我慢の限界なんだよッ!」


 突然、アシュリーを捉えていた蔦が対象を失い床に落ちる。義利に意識を集中させていたプランが慌ててアシュリーを見ると、そこには小さな光の球が浮かんでいた。

 人間態から霊態になったために、蔦の拘束が意味をなさなくなったのだ。


「まさか……!」


 プランの背中を冷や汗が流れる。黒髪のアシュリーが精霊だった。それは彼女が悪魔であることの確固たる証拠だ。状況からしてそのアクターは義利になる。


「あの人……、魔人?!」


 気づくのが、そして行動をするのが遅すぎた。プランがアシュリーを消滅させるために手を伸ばした時には、既に融合は始まっていた。

 義利を覆う蔦をすり抜け、アシュリーが放つ光が消える。そして変化が始まった。


『プラン! 彼の拘束を!』

「わかってますっ!」


 グロウが指示を出すのと同時に、プランはアシュリーの拘束に使っていた蔦で義利の拘束を強固なものにする。一つでは殺傷能力のないそれも、束となれば話は変わる。既に義利に対する拘束力は普通の人間であれば内蔵が潰されるほどのものとなっていた。だが、その程度では魔人を止めることなどできはしない。

 眩い光が放たれ、蔦の拘束がちぎれ飛ぶ。こんなにも容易く蔦が破られるとは想像もしていなかったプランは動揺し、一瞬の間だけ硬直させられる。

 閃光によってくらんでいたプランの視界が鮮明さを取り戻すと、そこには姿を変えた義利が立っていた。

 白の長髪に鋭く尖った耳と爪。そしてそれまでの義利からは想像もできないほどに高圧的な眼差しと、その奥にある魔人の証明である逆三角の瞳。


「さあて。久々の戦いだ。せいぜい楽しませろよ?」


 はっとしてプランはカバンの中身をひっくり返した。その内の鉢植えを抱えるように持ち、瞳の輝きを一層強くする。植えられていた苗木は鉢を砕くほどに急激に成長した。その木を盾にするように後ろへ回り込み、プランは茨の種を撒き散らす。砕いた床板から地に落ちたそれらが伸び、蔦と同じく魔人となったアシュリーを覆い尽くした。


「こ、これで!」


 始めにただの蔦を用いたのは、その目的が拘束だったからだ。しかし相手が敵だとわかった今、拘束ではなく制圧に切り替えた。

 茨の刺が魔人の皮膚をも裂く。しかし致命には至らず。プランは自分の能力の限界を知っている。縛り上げるのが関の山な能力では魔人を殺すことなどできはしない。だが、刺による痛みと出血により行動を阻害しようと考えたのだ。


「このまま……、ダンデリオン指長を待ちましょう」


 なんとかその場を収めることができたと思い、プランはくたびれた様子でグロウに告げる。彼女として今回の戦闘は予想外のものであったが、それにしてはうまく立ち回れていたつもりだった。拘束と、それを解かれた動揺の中での防御と更なる拘束。その際に迷うことなく茨の種を選び出せたこと。皮肉にも、嫌々ながらこなしていた魔獣との戦闘経験が役に立っていたのだ。

 茨の拘束は魔獣に対しては絶対のものだった。生き物にとって痛みとは避けられるものではない。些細なものだとしても反射的に動きを止めさせられる。それが野生動物ともなれば更に顕著だった。この拘束を破られたことは一度もなく、プランは安心しきっていた。

 しかしそれではアシュリーを止めることはできない。痛みによる拘束など、彼女にとっては障害とはなりえないのだ。

 蔦よりも細いために耐久度の低い茨は、易易と引き裂かれる。武器や、何らかの道具を使うこともなく、身体で押し切られた。


「残念だったなぁ。まさか、これで終いか?」

「そんな……!」


 全身に刻まれた無数の切り傷がみるみるうちに小さくなっていく。それを見て、プランは次なる手を考え始めた。純粋な拘束能力でもなく、痛みによる拘束でもなく、その他の方法で身動きを止めさせるためには――。

 ここに来て、プランの考えがわずかに変わる。それまでは魔人を拘束してティアナを待ち、その後に二人で協力して討滅をしようとしていたのだが――。

『自分の手で、討滅をすればいい』

 そうと決めたら行動は早かった。散乱した数々の種の中から毒草の種を選び、魔人に目掛けて振り撒く。幾つかの種は傷口に付着し、芽を出した。


「何だこりゃ?」


 だがそんなものは軽く払い落とされてしまう。乾ききっていない血液とともに拭い、剥がす。プランの狙い通りだった。


「まさか、寄生植物の種か?」

「いいえ。人体に寄生できる植物はありませんよ」


 勝ちを確信して今度こそプランは張り詰めていた心の糸を緩めることができた。


「リリーバレー。毒草ですよ」

「毒は食わなきゃ回らねえだろ。コレに何の意味があったんだ?」


 毒草には死に至るものもある。しかし多くは摂食することでその効果を発揮するために、仮に身体に根付かせていたとしてもアシュリーを止めることはできない。

 そもそも摂食から毒性による作用が起きるまでにはある程度の時間を要するのだ。この場をどうにかするために使ったのだとすれば、プランの死後になってしまう。


「知らないようなので教えてあげます。リリーバレーは日光がなくてもある程度育つことができるんですよ。そして今、あなたの体内には数粒ですが、その種が入りましたよね? 傷から払い落としたところで種の一粒、根っこのひと切れは残っているはずです」

「だからなんだよ」

「私の能力は今まで見せたように、植物の成長を急激に早めること、そして操ることです」


 涙目に闘志を宿し、プランは殺しのために力を発動した。


「内側から、犯されろ!」


 アシュリーの皮下で芽生えたリリーバレーが皮膚を貫き顔を見せる。さらに一部は皮膚を破ることなく成長し、体内を侵食するように伸び、大量の内出血を起こした。


「ぅおっ!」


 皮膚の下からという防ぎようのない攻撃に、思わずアシュリーも驚かされる。痛みの耐性がなければ身じろぎの一つで走る激痛のために敗北を免れなかっただろう。

 これだけであればアシュリーは自ら皮膚を裂いて体内の植物をえぐり出して何事もなかったかのように戦いに戻ってしまう。そんなことはプランも茨の拘束での失敗から学んでいた。


「リリーバレーは全体に水に溶けやすい毒を含んでいるんです。そして人間の体内では絶えず水が循環しています。そろそろ、眩暈が起きているんじゃないですか?」


 言われてアシュリーは息苦しさを覚える。焦点のブレ始めた目で植えつけられた植物をえぐり出すも、時すでに遅し。時間にして一分にも満たないが、一人の人間を死に追いやるだけの毒が溶け出して体内を巡っていた。


「くっそ……」


 立ちくらみ、床に膝を着く。

 プランは壊れてしまいそうなほど早く動く心臓を落ち着けるために大きく深呼吸を繰り返した。

――よかった……、本当に、良かった。

 リリーバレーの毒は確かに水溶性が高いが、それが作用するまでに少しではあるが時間を要する。毒が回るまでに攻撃をされていたなら、プランは殺されていただろう。だから、彼女はわざわざ敵に対して自身が仕掛けた攻撃を説明したのだ。言葉による暗示という成功するかも不確かなそれに賭け、そして勝った。


「どうです、グロウ。私だって、やれば出来るんですよ」

『そうだね。よく頑張った』


 勝利の余韻に浸りながら、倒れ伏す魔人から目を離し、穴だらけになった床を見る。


「……怒られますよね」

『だろうね』

「あっちの子は、どうしましょう?」


 完全に拘束をしたもう一人の魔人を見て、プランは首をひねる。命の危機を感じて一人を殺してしまいはしたが、彼らが本当にティアナの知人であったかもしれないと、未だプランは悩んでいたのだ。そのことを悔やむ気持ちから、プランはアシュリーの方へ向き直り、目撃する。

 死んだはずの魔人が立ち上がっていたのだ。


「なん――ッ!!」


 驚きを言葉にする暇もなく、プランは首元を掴まれ投げられた。リリーバレーの草は葉一つでも大人一人を死に追いやる程の毒を含んでいるのだ。それを複数本、短時間ではあるが体内に取り込んだのなら間違いなく死ぬ。そんな中平然と動く魔人に動揺し、受け身を取ることができなかった。

 衝撃で肺の中の空気が押し出される。そして起き上がるよりも先に腹に座られ、全身に電撃を流された。


「ッ~~~~~~!!」


 電気刺激を受けた筋肉が収縮し、完全に身動きを封じられる。一度逃れた死の恐怖に再び襲われ、プランは目を強く瞑った。

 椅子に座るようにプランを尻で踏みつけにしているアシュリーは頬杖をつき、プランとトワへ向けて声を出す。


「ティアナが来るまでこのままな」


 プランに対しては電撃を流し続けることを、トワに対しては拘束が続くことを伝えたのだ。電撃を止めることは反撃の機会を与えることになり、そしてプランの上から離れられない以上、トワの拘束を解くことも不可能である。

 宣言の通りアシュリーは電撃以上のことをプランにせず、そのまま動かずにいた。


「これでいいんだろ、ダッチ? あー、ツマンネー」


 動きの少ない戦闘に欲求は満たされず、むしろ中途半端なことをしたせいで不満を募らせたアシュリーが小さく呟いた。

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