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懺悔

 宿屋に戻る前に、ティアナは統括司令部の建設課へ立ち寄った。被害地域の家々を建て直すのがここの本来の仕事ではあるが、隊舎の建て替えなども請け負っている。


 そこで倒壊した隊舎を建て直してもらうために、彼女はここへ来たのだった。


「すみません。ヴィルさんはいますか?」


 入り口で立ち話をしていた青年たちに尋ねる。すると比較的若い男が答えた。


「親方なら今日は休みだよ?」


 その瞬間、隣にいた男が青年の頭を上から押さえつけ強引に下げさせ、同時に男も頭を下げた。


「すみませんダンデリオン指長! こいつ最近入ったばっかりで……!」


「ちょっ……、スダン先輩! 痛いっすよ!」


「バカヤロウ……! 第三指長の一人だぞ……!」


 ジャレていると思ったのか楽しげに騒ぐ青年を、男が静かに窘める。それを受けて青年は改めて頭を下げた。


「こんな女の子が、マジですか?」


 本人はティアナに聞こえないようにと小声で言ったつもりなのだろうが、丸聞こえだった。そんなティアナの苦笑いも、地面を見ている二人の視界には入らない。


「最年少小隊長の話くらい聞いたことあるだろう……! その後、魔人討滅がしたいからって第三大隊に編入されたんだよ……!」


「マジっすか……?! 仕事の鬼っすね……」


「あのー、とりあえず頭を上げてください」


 目の前で語られる自分の武勇伝に、流石に羞恥心が湧き上がる。ティアナは顔をほんのりと赤らめつつ、二人に向けて微笑んだ。


「私が来たことを、ヴィルさんに伝えておいてもらえますか?」


 すると彼らは腰を折ったまま顔だけをティアナに向け、同時に声を出した。


「かしこまりました!」


 ティアナは頭を抱えたい気持ちで建設課から去っていった。その背中を見ながら、青年はボソリと呟く。


「先輩……。俺、第三大隊目指すっす」


「奇遇だな。去年の俺も同じことを考えてたよ」


「ティアナちゃんと同じ隊に入るっす」


「お前、魔人と戦う覚悟はあるのか?」


「……やっぱここでいいっす」


 その一言を受けて、スダンは優しく後輩の背を叩いた。


「お前は俺みたいなやつだな」


「先輩……」


 彼らは絶対に追いつけない背を憧憬の眼差しで見送り、自らの職務に戻った。


 彼ら十一番大隊の仕事は復興と支援。彼らが直接魔人と戦うことは、まずない。







 義利は窓辺に立ち、夕暮れの街を眺めていた。格好付けのためではない。道行く人々を眺めているとほんのわずかに気が紛れるのだった。そうしていないと、今にも心臓すらも停止する程の虚脱を起こしそうだった。


「ただいまー」


 とそこへ、何も知らないティアナが戻って来た。


「ただいまなのー……」


 その後ろからひょっこりと、キャルロットが眠そうな顔を見せる。


「キャロはもうダメなのー。おやすみなさいなのー」


 スタスタと進むと、少し前まで義利が眠っていたベッドに飛び込み、すぐさま寝入ってしまった。彼女は二日に及ぶ戦闘で、うたた寝程度の睡眠しかとっておらず、続けざまにティアナの統括司令部までの護衛という大任を全うしたのだ。その疲れは相当なものだろう。


「おやすみ」


 そんなキャルロットへ労いの言葉をかけると、彼女と同等程度には眠いはずのティアナは義利へ向かって行った。


 彼はどうやら彼女たちには気づいていないらしい。


 ティアナは義利に近づき、そっと彼の肩を叩いた。


「おーい、帰って来たわよー。少しは何かないのー」


「ん……。ああ、おかえり」


 それまでは一仕事を終えて気の抜けていたティアナだったが、彼の顔を見てその表情を引き締める。


「どうしたのよ、その顔……」


 決して義利の顔に傷がある訳ではない。ただその目が、尋常ならざる訴えをしているのだ。


 義利はバツの悪そうに一度下を向くと、ティアナの目を見た。


「……先に謝っておく。ステイムさんから君の過去を少しだけ聞いた」


「過去……、ね。その顔からすると私の出世かしら?」


 彼女は義利の深刻な表情から、それを自分の生まれ、そして国務兵になるまでの経緯だと判断したが、そうではない。


 義利が首を横に振り否定する。


「君が初めて魔人を--、人を殺した時の話だ」


「ああ、そっち……」


 若干の肩透かしを喰らいつつも、ティアナの表情は硬いままだ。どちらにしろ聞かれて気分のいい話ではないことに変わりはない。


「僕は……、エッダを殺したことをなんとも思っていないんだ……。悲しくもないし、達成感みたいな何かもない。キミから見れば、そんな僕はどう映るのかな?」


 あまりにも思いつめている様子から何事かと内心では気を張っていたのだが、その内容に脱力した。


「別にどうもこうもないわよ。スミレさんなんか、一度に五人の魔人を同時に討滅して、その足で焼肉に行くわよ?」


 確かに初めての殺害とは重く心に伸し掛るものだ。だが、慣れてしまえばどうということではない。ティアナは自身の経験からそのことを熟知している為に、気軽に言う。


「……そのスミレさんだって、初めての時は落ち込んでたんじゃないかな?」


「まぁ、そうかもしれないけど」


「僕もさ、本当の本当に最初の時は落ち込んだよ。でもそれから一日もしないうちにもう一回殺して、それで今は平気でいられるんだ。これっておかしくない?」


「……平気ってわけじゃないでしょう。本当に平気な人はそんな顔をしないわ」


「………………」


 その言葉に義利は気づかされる。決して彼は平気なわけではないのだ。何かが違うという感覚のみが彼の心を苛んでいた。その正体の見えない何かに彼は追い詰められているのだ。


 そんな義利を、ティアナは優しく抱きしめた。


「ティアナ……?」


 いきなりのことに困惑する。そして振りほどこうと腕に力を込めるが、それよりも強くティアナは押さえ込んだ。


「アナタはたぶん、もう誰かに許されているんでしょう?」


 心当たりは、あった。彼は既に殺しの罪をアシュリーによって許されている。ティアナが言いたいのはそのことだった。


 それまではティアナからの抱擁を解こうと身じろぎしていた義利だったが、途端におとなしくなる。


「……うん」


「でもね、それだけじゃダメなのよ。罪に対して必要なのは、許しと、もういっこ」


 ティアナはそこで義利を捕らえていた腕から力を抜く。義利はスッと彼女から一歩遠ざかり、その顔を見ようとした。


 直後のことだ。


 ――パァンッ!


 という乾いた音とともに義利の視界がぶれる。同時に頬に熱を感じ、ようやく彼は頬を打たれたことに気づいた。


「罰よ。どちらかひとつだけだと、心の均衡を保てないの」


 平手を打ち、それからティアナはもう一度義利を抱きしめた。


「だから言ったじゃない。民間人のアナタが戦う必要はないんだって」


「……ごめん」


 優しく叱るティアナの声に、義利は弱々しく謝る。


「私はね、これが仕事だからって割り切ってるの。スミレさんもそうだと思うわ。でも、あなたは違うでしょう?」


「うん……」


「人殺しは嫌だって、あんなに言ってたじゃない」


「ごめんなさい……」


 ティアナは義利の頭を撫でる。愛しい我が子を撫でる母親のように。


 凝り固まっていた義利の心が徐々に解されていく。


 涙が、彼の瞼を越えた。


「泣きたい時は泣くべきよ。今は誰も見てないわ」


「君が見ているじゃないか……」


「見てないわ。この状態じゃあ見えないもの」


「……ありがとう」


 そのままで、義利の涙が止むまで、ティアナは彼を抱きしめ続けた。


 その途中で義利の年齢を思い出してティアナは赤面して彼を突き放しそうになったが、流石に空気を読んで自重した。







「……ありがとう、もう大丈夫」


 今度こそ、立ち直れた義利は晴れ晴れとした顔をしていた。


「どういたしまして」


 対してティアナはどこか恥ずかしそうにそっぽを向く。


 義利はそんな彼女の態度に疑問を覚え、首をかしげた。


「どうかした?」


「……いえ、むしろさっきまであんなだったのに普通にできるあなたのがどうかしてるんじゃない?」


「あ、はは。ホントにありがとうね」


「……最後に一個、助言しておくわね。何事にも区切りは必要よ。あなたもこの件にどんな形でもいいから区切りをつけること。それができれば前に進めるんじゃないかしら?」


 区切り、と聞いて義利は、ある行為を思いつく。日は既に傾いていて、通りの店は少しづつ片付けを始めていた。


「ティアナ。僕、やらなきゃいけないことができた」


「あら、なら行きなさいな」


「うん」


 慌てて荷物を掴んで義利は駆け出した。


 その顔にもう陰りはなかった。


 ふあ、とティアナは大きくあくびをする。


「私ももう限界……」


 そしてキャルロットの眠るベッドへ潜り込んだ。







 オレンジ色の太陽が地平線の向こうへと沈んでいく。ここ、ラクスの隊舎のある丘は、この国で最も長く太陽を眺めていることのできる場所だ。


 そこに義利は立っていた。彼の両手には花が握られている。


「……エッダ。ユネスさん。これで許して欲しいとは言わない。だけどこれ以上の何かを思いつかなかったんだ」


 そこに墓石はない。埋めるべき物が何一つないのだからと、あえて作らなかったのだ。


 しかしそこは間違いなく二つの命が終わった場所。荒れ果てたその地で、穴があいておらず草が焦げているのはそこだけなのだ。アシュリーの電撃が、それを作った。


「これはエッダに。売れ残りで悪いけど、レースフラワー。花言葉は、感謝。どう考えてもキミに手向ける物じゃないよね……」


 膝を付き、その場に花をそうっと置く。


 続いてもう一つの花束を、彼は捧げるように両手で持った。


「こっちはユネスさんに。鶏頭。花言葉は、色あせぬ恋。僕からあなたに贈るわけじゃ、ありませんよ?」


 義利はポケットから折りたたまれた布を取り出し、それを広げる。


 正方形に内接するように一筆書きの六芒星があり、その四角を円で囲った模様が描かれている。


 それは、魔法陣だ。


 彼が街で買ったのは花だけではない。それを探すために駆け回っていたのだ。


「これはそっちで旦那さんに渡してください」


 そう言って彼は円の端に触れた。


 花を包んでいた紙が、布との接地面から変色していく。始めは茶色に、次第に黒く。そして、火が付いた。


 その布は着火用の魔法陣を描いたものだったのだ。


 メラメラと燃える花束を、義利は見続けた。火の着いた花は水分を失って、燃え、灰になる。その様子はまるで魔人の最後のようだった。


 花が燃え尽きたところで、義利は立ち上がる。


 そして手を合わせ、目をつむった。


「ごめんなさい。あなたたちの命を背負って、僕は前に進みます。いつか僕が死んだら、あの世で僕を殺してください」


 そういって彼は歩き出す。登り始めた月だけが、彼の背中を見つめていた。

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