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目標~目指せ、ラクス~

 目を覚ました義利は、ひどく困惑させられた。

 いつの間に眠っていたのかと思えば、半裸同然の女の子に頭を抱きかかえられていたのだ。


 目と鼻の先には主張の弱い乳房がある。

 未発達なそれでも、異性の体温や肌の柔らかさ、そして香りは思春期の少年を煩悶させるには十分すぎるくらいだった。


 顔を真っ赤に染めて、アシュリーを起こさぬように距離を置こうとする。

 その瞬間、彼の全身に激痛が走った。


「ひッ!!」


 万力で潰されているのかと錯覚するほどの痛みだ。

 あまりの出来事に彼は悲鳴すらも上げられない。

 その痛みから逃れるために体を丸めようとする。

 しかし今度は腹筋が激痛を訴えた。


「…………んあー」


 痙攣するかの如く微細動をする義利によって、結果的に揺り起こされたことになるアシュリーは瞼を開いた。

 寝覚めは悪いようで、寝ぼけ眼で呆けた声を出す。それから抱き心地がいいのか、義利の頭を強く胸に抱いた。


「ん~~~~……」

「ン~~~~ッ!!」


 少しでも身動きを取れば痛む身体だったが、流石にこの状況には抵抗を示さずにはいられないのだろう。激痛による絶叫を咬み殺した上で喜色の強く現れている奇声を発しながら、寝ぼけて唸るアシュリーのお腹を両手で押し返した。


 少女の柔肌に触れることに平素であればトギマギしていただろうが、この時ばかりはそうもいかなかった。

 起伏の乏しいアシュリーの胸も、全く膨らみのないわけではないのだ。

 強く顔面を押さえ込まれればその柔らかさを意識せずにはいられない。


 思春期真っ盛りな義利にとってはこの上なく幸運なシチュエーションだが、突発的に発生したために順応しきれず跳ねのける。


「あ……、あさだぁー」


 覚醒は未だ訪れず、夢現の状態でこっくりこっくりと首を動かしながらも、視線は徐々に義利を捉えはじめていた。


「ふぎぎぎ……」


 その義利はと言えば、幸福な拘束から逃れるために力を込めた箇所の痛みに身悶えしている。


「あー……、えっとぉ……。あ、ダッチだ。何やってんの?」


 目を擦りながら問う。薄ぼんやりとしていた瞳にもわずかに力が宿り始めていた。


「か、身体中が……、痛い……」

「あー……、キンニクツーだよ。たぶん」


 身体を払ってアシュリーが立ち上がる。

 義利は明るい中で彼女を見たことがなかったが、結局目のやり場に困らされた。

 暗い中でぼんやりと見ただけでも照れていたのだ。

 そんな彼女を日の元で、ましてや故意にではないにしろ触れてしまった後なために、直視などできるわけがなかった。


 義利の苦悩を知りもしないアシュリーは大きく伸びをする。

 その行為によってチューブトップがわずかにずり上がった。

 自然と義利の目は誘導されるが、理性が働き目蓋をキツく結んだ。


「軽くほぐしてやろうか?」

「おねがいします」


 見かねたアシュリーが呆れたように提案すると、震える声で義利は答えた。


「そんじゃあチョロっと身体借りるよ」

「えっ」


 その時、義利は初めて自身の内にアシュリーが溶け込む瞬間を、視覚的にも感覚的にもはっきりと認識した。


 まず、アシュリーの身体が光球と化す。それがスゥっと胸の中心に入り込み、変化は始まった。

 最初は髪だ。肩にもかからぬ長さのそれが流れるように伸び出す。それと並行して根元から毛髪の色が抜け落ちる。

 そしてそれが終わると爪や耳が形を変えていき、すべてが完了したことを示すかのように、パチリと小さく火花が散る。


「んじゃあ、アタシがしばらく身体動かしとくから」


 魔人化をした義利の身体でアシュリーはストレッチを開始した。

 屈伸、伸脚、前後屈、と下半身に対して特に念入りに筋肉をほぐしていく。

 その様子を見て、義利は聞いた。


『アシュリーは平気なの?』

「そりゃ、痛いは痛いけど、なんてことねーよ」


 上体を左右に曲げながら、彼女は答える。

 アシュリーは痛みを感じない訳ではない。

 だが、今感じているのはただの筋肉痛だ。

 それで死ぬわけではない。


 エネルギーの枯渇で身を裂かれるほどの痛みを受けながらも平然としていられる彼女にとっては取るに足らないことだった。


 ふと腕を見て、アシュリーが呆れたような顔を浮かべる。


「ダッチはもう少し鍛えないとなー。腕なんかアタシくらいしかねーじゃん」

『そう、だね。うん。筋肉痛が取れたら少し鍛えることにするよ』


 アシュリーは義利の身体を興味深げにまさぐりだした。

 手には何か武器を扱っていたようなタコやマメなど一切なく、少女のように綺麗な状態だ。

 そこから兵士や農民でもなければ、職人の家系でもないことがわかる。

 全体的に筋力が低く、もし取っ組み合いの喧嘩をすれば、おそらくアシュリーに軍配が上がるだろう。


 今まで何をやっていたのかが全く想像できずに困惑する。


『あの、あんまり触られると、なんか恥ずかしいんだけど……』


 義利には触られている感覚はない。

 しかし自身の体を必要以上に触られるのを見ているのは、あまり気持ちのいいものではなかった。


「うーん……。アンタさ、ここに来る前はどんな生活してたのさ」

『どんなって……、普通に学生だけど?』

「んだよ。おぼっちゃまかよ」


 アシュリーの認識では、学校は貴族の家系でしか通うことのできない場所なのだ。

 兵役も農業にも携わらずに生活のできる裕福な人間が、時間を潰すための場所だと思っている。


 少々拡大解釈ではあるが、あながち間違ってはいない。


『あー……、僕のいた国では義務教育っていって、子供のうちは学校に行かなきゃいけなかったんだよ』

「はーん。この辺じゃ考えらんねー仕組みだな」


 ラクスの周辺国では、脳と身体の発達が著しい幼少期の内から、将来を見据えて生活をする。

 鍛冶師の子は鍛冶師見習いとして。木こりの子は木こり見習いとして。

 そうして国からの勅命で兵役を課された時以外の全てを費やして伝統を受け継ぐのだ。


「こんくらいでいっか」 


 つま先で地面を叩き、アシュリーは融合を解いた。

 義利の胸の中心から光球がふわりと現れ、肉体の変化は霧散する。

 そしてアシュリーは光球の状態から少女の姿へと変わった。


「一応動ける程度にはなってると思うけど」


 言われて義利はその場で軽く跳ねた。痛みはあるが、確かに動けなくはない。


「ありがとう。うん。動けるよ」

「そんで、これからどうする?」


 アシュリーが小首を傾げる。


 義利としてはまず先に、確かめねばならないことがあった。

 昨夜聞きそびれた、ここがどこなのか、ということだ。


「アシュリー、召喚陣って別の世界からでも呼び出せるのかな……?」

「できるんじゃない?」


 軽く返されてしまったが、それで義利は悟った。


――ここは日本ではない。どころか地球ですらも。


 異世界に来た場合の対処法などを学校では教えられていないが、空想の世界ではそれらを学んでいる。

 義利はアニメやゲームを人並み程度には好んでいるため、まずはロールプレイングゲームに習うこととした。


 そこでふと、疑問が浮かぶ。


「そう言えばアシュリー。バケモノから助けてくれたり、筋肉痛をほぐしてくれたりさ、感謝はしてるけど、キミはどうしてそこまでしてくれるの?」


 ゲームでの案内役は、旅先で襲われている誰かを助けて、その恩返しとして相手が買って出るものだ。

 しかしアシュリーは義利に助けられていない。

 むしろ義利がアシュリーに助けられている。

 ありがたいのだが、同時に申し訳なく思っていた。


「なんだよ、忘れたとは言わせねーぞ。アンタはアタシと契約したじゃないか」

「ああ、そういえば……」


 思い出したが、理解はできなかった。

 命を捧げるという契約。

 義利はそれを正しく認識していない。

 差し迫る恐怖で判断力が鈍っていたせいでもあるが、彼はそもそも精霊という存在を知らないのだ。

 だからあの言葉を、奴隷か何かになれという意味だと解釈した。


 それも、彼の想像している奴隷は召使い程度の扱いだ。


「アタシらは運命共同体。切っても切れない縁。例えんなら夫婦みたいなもんだ」

「フウフッ?!」

「あくまで例えだっつーの」


 全力で驚く義利に、呆れ顔でアシュリーは返す。

 義利としてはまんざらでもないのだが、どうやら彼女にその気は無いようだ。


 こほん、とひとつ咳払いをして一度会話を終了させる。

 それから義利は真面目な顔になった。


 異国、異世界、別次元……、それらに行ってしまった場合、まずするべきは情報収集だ。


「とりあえず、一番近い街か何か――、できれば人が多くいるところに行きたいかも」


 たとえ有益な情報が得られなくとも、せめて衣食住の確保がしたい。

 義利はそう考えていた。特に衣服の面で。


「さすがにその……、目のやり場に困るというか……」


 アシュリーの服装は、下着と変わらぬ布面積しかない。

 パーカーを渡そうとも思ったのだが、昨夜の騒動で血と汗と泥に汚れている物を女の子に渡すのははばかられた。

 自分とアシュリーの衣服を確保することが、今のところは義利にとって最優先事項だ。


「あん? もしかしてアタシに欲情してんの?」

「そりゃそんな格好でいられたら…………」


 いたずらっぽくアシュリーが笑う。


「なるほどねぇ。だから夫婦って言われてあんな反応しちゃったわけだ?」

「そうじゃな――、くもないけど……」


 自身が赤面していることに気づき、嘘をついても弄られるのだからと正直に答えた。


「ま、ダッチの言うことも一理あるな。街に行くなら人間らしい格好しなきゃだし」


 こめかみの辺りを指で押しながら、アシュリーが考え事を始める。

 そして一度光球と化し、それからすぐに少女の形に戻った。

 すると彼女は下着同然の姿から、飾りのない純白のワンピースに変わっていた。


「どうよ?」


 得意満面でアシュリーが鼻を鳴らす。

 どことなく野性的だった漆黒の髪は、櫛で梳かしたようで、随分とおとなしくなっている。

 それが地肌よりも白い衣服、それもワンピースであることによって、清楚さを醸し出していた。

 これでつばの広い麦わら帽子でも被っていれば、真夏のお嬢様のようになっていただろう。


「……なんか言えよ。それともどこかおかしいのか?」


 一転、不安げな表情になる。そこで義利はハッとさせられた。


「全然! 変じゃないよ。ごめん、見蕩れてた」


 お世辞でも誤魔化しでもない、心からの言葉だ。義利は見蕩れていた。言葉を失ってしまうほどに。


「そうかそうか。ならよし!」


 そうして表情をコロコロと変化させる少女に、義利は父性のような何かをくすぐられる。

 庇護欲と言ってもいい。それに加えて命を救われた恩もある。


 彼はこの時、何があってもアシュリーの味方であろうと決意した。


 色ボケしかけた脳をどうにか冷まし、彼は真面目な顔を作る。


「とりあえず、僕は完全に何も知らないから、行き先は任せた」

「ここから近くて人が多く集まるのはラクスって街だ」

「じゃあそこに行こうか」


 アシュリーの先導で、二人の旅は始まった。


「ちなみに徒歩だと半日くらいかかるぜ」

「…………けっこう歩くね」


 ため息を吐きつつも、その顔は笑っていた。



 森林を歩くのには少々コツが必要になる。

 例えば木の根や水分を多く含んだ土の上を歩く時には、重心を考えて地を踏みしめなければ転倒してしまう。


「のわっ!」


 そう、義利のように。

 どてっ、と尻餅をつくと、彼は小さくうめき声を上げた。


「しっかりしろよ。何回転ぶんだよ……」


 呆れつつも、アシュリーは手を差し伸ばす。

 それを借りて義利は起き上がり、申し訳なさそうにはにかんで、ズボンについた土を払った。


 歩き始めてからまだ半刻すら経っていない。

 その間だけで三回、義利は転んでいる。

 間近で見ていたアシュリーは、腰に手を当てると深いため息を吐いた。


「アンタさぁ、運動音痴にも程があるだろ……」

「待って。言い訳させて」


 アシュリーからの好感度が低下した気配を察して、義利は慌てて口を開いた。


「アシュリーのおかげで歩ける程度にはなってるけど、やっぱり痛むとつい庇っちゃうんだ」


 義利の言葉に嘘はない。痛みとは、そもそも脳からの危険信号なのだ。

 それを感じればどうしても反射で動きに異常が生じてしまう。


 アシュリーはそれを無視することが可能だが、それができるようになるにはかなりの時間と苦痛を伴う。

 普通の人間にはまず無理だ。


 アシュリーとしてもそのことに関する理解はあるようで、腕を組んで目を瞑り、彼女なりの意見を告げた。


「融合して歩いてもいいけど、それだと魔人化の影響で筋組織を修復しちゃうから、ダッチの今後を考えるとこのままでいる方がいいんだけど……。どうする?」


 魔人化している時には、重傷であれば重傷であるほど修復が速く進む。

 手に空けられた穴が即座に塞がったように、ナイフを握っていた手が痕も残さず消えているように。


 先ほど融合した際に痛みが軽減したのは単にほぐしたからではなく、その修復力が働いていたからでもあるのだ。


 ここで重要なのは『回復』ではなく、あくまで『修復』であるという点。

 治癒力によってより強固な筋肉になるのではなく、他からの働きで元に戻るのだ。

 筋力の向上を願うなら、融合するのは得策ではない。


 アシュリーは義利が痛みで苦しんだとしても、筋力が向上しなかったとしても何ら損害はないので、義利に判断を委ねた。


「…………」


 義利はアシュリーの言葉を噛みしめる。


――今後を考えるとこのままがいい、ってどういうことだろう?


 肝心な部分を伝えられていないため、困惑させられていた。

 しかし義利は質問をしようとは考えていない。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とはよく言ったものである。

 義利はアシュリーに『理解の悪い男』と認識されたくないがために一生の恥を選んだ。


「このまま歩くよ。また転ぶかもしれないけど」


 そう告げると、アシュリーは小さく笑った。


「そん時はまた起こしてやるよ」


 そうは言いつつも、直後に早速転んだ際には流石にため息しか出なかった。

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